連載コラム「最強アメコミ番付評」第37回戦
こんにちは、野洲川亮です。
今回は10月4日に公開された『ジョーカー』をネタバレ考察していきます。
『ヴェノム』(2018)や『ジャスティス・リーグ』(2017)のオープニング興収記録を超えるヒットとなるなど、全世界でジョーカー旋風を巻き起こす本作の魅力に迫っていきます。
『ジョーカー』のあらすじとネタバレ
ゴッサムシティでは貧富の格差が拡大し、多くの人が貧困にあえぎ、街中に不満と閉塞感が漂っていました。
アーサー・フレック(ホアキン・フェニックス)は、道化師の仕事でわずかな収入を得ながら、病気の母親ペニーと二人で暮らしています。
ペニーはかつてゴッサムの大富豪トーマス・ウェインの元でメイドとして働いており、貧困に苦しむ現状を何度も手紙でトーマスに訴えていましたが、返事は一度も返ってきません。
脳の損傷により、緊張すると大笑いしてしまう発作を持つアーサーは、職場で肩身の狭い思いをしつつも、コメディアンになる夢を追い求め、毎日を過ごしていました。
しかし、街の福祉予算が削られ、カウンセリングと向精神薬が受けられなくなった上、同僚のランドルから護身用に渡された拳銃を派遣先の小児病棟で仕事中に落とし、職場も解雇されてしまいます。
落胆し地下鉄に乗り込んだアーサーは、車内で女性に絡む3人組の男たちを見て笑いの発作を起こしてしまいます。
女性はその場を去りますが、男たちは標的をアーサーに変え、彼を袋叩きにします。
アーサーは思わず持っていった拳銃を発砲し3人全員を射殺、そのままアパートへと戻ります。
味わったことのない高揚感にあふれたアーサーは、同じ階に住む美人のシングルマザー、ソフィーの部屋を突然訪れ唇を奪います。
後日、母が見るニュースにトーマスが登場していました。
アーサーが殺害した3人組は、トーマスが社長を務めるウェインカンパニーのエリートサラリーマンで、トーマスは記者会見で道化師の格好をした犯人を卑怯者だと罵ります。
もう一度トーマスへの手紙を書き、アーサーに送ってほしいと頼むペニー、アーサーは好奇心でその手紙の封を開けます。
なんと、そこにはアーサーがペニーとトーマスの間に生まれた子供であると書かれており、母を問い詰めたアーサーは、メイドとして働いていたころにトーマスと関係を持ったと打ち明けます。
真実を確かめるため、ウェイン邸に向かったアーサーは、トーマスの息子ブルースと執事アルフレッドに出会い、母ペニーは気が狂っていて、アーサーがトーマスの息子であることを否定されてしまいます。
そんな中、アーサーは憧れであったスタンドアップショーに出演し、ソフィーを招待しますが、緊張のあまり笑いの発作が出てしまい、持ちネタもウケることはありませんでした。
さらに、殺人事件の捜査で事情聴取にきた警察の前で母ペニーが脳卒中の発作で倒れ、ペニーの容態と自分に嫌疑がかかっていることにアーサーは落胆します。
その時、病室のテレビで流れていたアーサーが憧れる、マレー・フランクリン(ロバート・デ・二ーロ)のTV番組でアーサーが出演したショーの様子が放送されていました。
驚き、喜びかけるアーサー、ところがそれはアーサーがウケていないことを嘲笑するような内容だったのです。
様々な状況に追い詰められていくアーサー、今度はトーマス・ウェイン本人の元を訪れ、自分はトーマスの息子であるはずだと詰め寄りますが、トーマスにも否定された上に、ペニーの実の息子ではなく養子だと告げられます。
アーカム州立病院を訪れ母の入院記録を手に入れたアーサーは、自分が養子であることだけでなく、幼い頃に母の恋人から虐待を受け、その影響で脳が損傷し、笑いの発作を持ったしまったことを知ります。
絶望したアーサーは母の病室を訪れ、枕を押し付け窒息死させ、その足で恋人ソフィーの家を訪ねます。
ところが、勝手に家に上がっていたアーサーの姿を見て怯えるソフィー、彼女との交流は全てアーサーの妄想であったのです。
すがるものが無くなったアーサーの元に、マレー・フランクリンの番組からの出演オファーが舞い込みました。
貧困、差別、孤独、理不尽で不条理な世界にジョーカーは咲く
普段アメコミ映画を見ない人にも、バットマンのヴィランといえばジョーカーが真っ先に浮かぶほど、このキャラクターは高い知名度を誇っています。
過去作ではもちろんバットマンの宿敵として度々登場してきましたが、本作ではバットマンは登場せず(バットマンになる前のブルース・ウェインのみ)、初めてジョーカーが単独主演を務めることになりました。
原作コミックにおいてもジョーカーの起源が描かれた作品は少ないですが、その中でも高い評価を得ているのが『バットマン:キリングジョーク』という作品があります。
このコミックでジョーカーになる前のアーサーは、妻と生まれてくる子供のために犯罪に手を染めるコメディアンという設定で、これは本作にかなり近いものがありますが、ジョーカーのキャラクターは、どちらかと言うとヒース・レジャーがジョーカーを演じた『ダークナイト』(2008)に強い影響を感じます。
本作の監督であるトッド・フィリップス監督も公言している通り、本作は『タクシードライバー』(1976)や『キング・オブ・コメディ』(1982)からインスパイアされたオリジナル作品で、悲哀を込めたサスペンスドラマと言うほうが正しいと言えるでしょう。
時代設定は1980年代のゴッサムとなっていますが、本作は現代の設定に置き換えても全く違和感のないもので、貧困、差別、格差という重く辛い社会情勢が、ジョーカーを生みだした背景として強調されています。
劇中でアーサーは、コミュニケーションの支障となる病気を持ち、病気の母の面倒を一人で見る状況であり、さらに強烈な不幸が矢継ぎ早に襲い掛かり、徹底的に正常な人間性を破壊される状況に追い込まれていきます。
彼を取り巻く不条理で理不尽な世界は、やがて人々の不満、怒り、悲しみを集約したジョーカーという邪悪な花を咲かすことになります。
本作が世界中でヒットを飛ばし、その内容が大きな賛否を起こすのは、この作品が現代社会の写し鏡となっているからなのでしょう。
極限の狂気へと到達したホアキン・フェニックス
本作が大きな賛否を起こしているのとは反対にホアキン・フェニックスの演技には多くの人から称賛、喝采の声が上がっています。
いつまでも頭に残るように、不協和音として響き渡るアーサーの笑い声は、笑いたくもない状況で笑ってしまう、彼の背負った悲しき業を表現するものになっています。
24キロの減量で作り上げたホアキンの肉体は、苦境にあるアーサーというキャラクターへの説得力を大いに深めています。
それを最も分かりやすく見せるのが、上半身裸で靴を直すアーサーの後ろ姿を映すシーンです。
肩甲骨が身体の外へ飛び出すのではないかと思わせる不気味な動きを見せる後ろ姿は、セリフは無くともアーサーが身体的、精神的に大きな問題を抱えた人間であることが、一目で明らかとなる象徴的なシーンです。
そして、そういった狂気をより際立たせるのは、前半や中盤で自分の母親や妄想の中での恋人と語り合う場面での、穏やかで優しげな表情からアーサーが根っからの悪人ではなく、むしろ善人であったことがよく分かるからでしょう。
スケジュールの都合により、撮影の途中でジョーカーの場面を撮ることとなり、キャラクターを時系列順に演じられないことに現場で監督に不満を漏らしたというホアキン。
しかし、結果的にこれでジョーカーへの理解度が高まったらしく、キャラクターに矛盾が出ないよう、序盤のアーサーでのシーンを再撮影することになったそうです。
かつてジャック・ニコルソン、ヒース・レジャー、ジャレッド・レトという、アカデミー賞俳優たちが演じてきた伝説の役に挑んだホアキンは、その大きな責務を十二分に果たしました。
本作は、このホアキン・フェニックスを見るためだけでも価値がある、そう言い切っても過言ではありません。
次回の「最強アメコミ番付評」は…
いかがでしたか。
次回は、故ヒース・レジャーがジョーカーを演じた大きな話題となった『ダークナイト』のネタバレ考察をお送りします。
お楽しみに!