連載コラム「最強アメコミ番付評」第29回戦
こんにちは、野洲川亮です。
今回は3月8日に公開されたアニメ作品『スパイダーマン:スパイダーバース』を考察していきます。
“スパイダーマン映画史上最高傑作”と言われるほどの高評価を受け、アカデミー賞長編アニメ映画賞も受賞した本作の魅力を、これまでの作品が乗り越えてきた“差別と偏見”の歴史を交えて探っていきます。
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映画『スパイダーマン:スパイダーバース』のあらすじとネタバレ
ピーター・パーカーは、スパイダーマンとして10年間ニューヨークの街を守ってきたスーパーヒーローで、市民にとって正義のシンボルとなっています。
そんなニューヨークで暮らす黒人の高校生マイルズは、警官である父親の薦めにより転校した学校に馴染めずにいました。
秀才の集まる学校で、勉強にはついていけるものの友人は出来ず、周囲とのギャップに悩むマイルズは、夜になると寮から抜け出し、叔父のアーロンの元へと向かいます。
アーロンを慕うマイルズは、勉強のことや今日授業で出会った気になる女の子の話をします。
アーロンは女子への落とすための話しかけ方、肩に手を置き「よお」と低い声で言うことを伝授すると、マイルズをある場所へと連れだします。
地下鉄の線路から抜けていった、その場所には大きな壁があり、二人はそこでスプレーアートを楽しみます。
そこへ1匹のクモがマイルズの手に噛みつきますが、マイルズは意に介さず叩き落とし、寮へと戻っていきました。
翌日のマイルズは体調が優れず、自分の心の声が大きな音で聞こえ、汗も止まらない状態になり、パニックになっていると、昨日出会った女の子と出会います。
自己紹介で「グワンダ」と名乗った彼女に、マイルズは教わった通りに肩に手をやり声を掛けますが、反応はイマイチ。
すると、グワンダの肩に置いた手が離れなくなってしまい、慌てる中でグワンダの髪にも手がくっついてしまい、やむを得ずグワンダはくっついた髪を切り落とすことになります。
事態に戸惑うマイルズは、昨夜に寮を抜け出したことを教師にとがめられそうになり逃げだすのですが、逃げ回る中で手が壁や天井にくっついてしまいます。
部屋に戻ったマイルズはスパイダーマンのコミックを目にし、自分にスパイダーマンの能力が宿ったことに気付いたマイルズは、噛まれたクモを調べるために昨夜の場所へと向かいます。
クモの死骸を調べようとしたマイルズは、大きな音を耳にしてそちらへ向かうと、音の先ではスパイダーマンとグリーンゴブリンが戦いを繰り広げていました。
そこではキングピンが異世界への次元を開く実験を行っていて、逃げ出そうとしたところで落下してしまったマイルズを、スパイダーマンが助け、マイルズに自分と同じ力が宿っていることを察します。
マイルズに事態を解決した後に、力の使い方を教えると告げるスパイダーマンでしたが、実験の途中で起きた爆発に吹き飛ばされます。
重傷を負ったスパイダーマンは、装置を止めるためのキーをマイルズに託しますが、キングピンにより殺されてしまいました。
動揺し、気付かれてしまったマイルズは、キングピンの手下プラウダーの追跡を何とか振り切り、両親のいる自宅へと逃げ込み泊めてもらうことになりますが、そこでスパイダーマンことピーター・パーカー死亡のニュースを目にします。
スパイダーマンの追悼式で、ピーターの妻MJが話した「一人ひとりがスパイダーマンなのです」という言葉に奮起し、スパイダーマンとして活動することを決意します。
しかし、ビルから飛ぶ練習をしている最中に、誤まって装置停止のキーを壊してしまいました。
落ち込んだマイルズは、ピーターの墓を訪れますが、そこでマイルズに声をかけてきたのはピーターそっくりの顔をした男でした。
アメコミ映画の歴史も踏襲した“異色の正統派”
本作は2018年12月に公開されるや、各界で大絶賛を浴び(日本公開は2019年3月)、アカデミー賞の長編アニメ映画賞を受賞しました。
冒頭から、ピーター・パーカーがスパイダーマンとしての“自己紹介”を観客にすることで、細かい設定を気にせず作品世界に入っていくことが出来ます。
そこでサム・ライミ監督版の実写映画作品をメタ的にイジってみせ、映画シリーズのファンにも「ちゃんとあなたたちの気持ちは分かってるよ」というジャブをかまして、序盤から観客の気持ちを積極的に掴みにきます。
コミックの一コマ、一コマがのようなタッチで描かれたキャラクターや背景は、正にアメコミの紙に印刷されたページをめくっているような錯覚と気持ちよさに溢れています。
いかにもマンガらしい効果音、効果線も可視化させており、これらのコミック的演出の数々は、今後もアニメ業界でも新機軸となり得る予感をさせます。
黒人のスパイダーマンが主人公、別次元から複数のスパイダーマンが出現し(モノクロ紳士、日本の女子高生、動物までいる)、スパイダーマンたちが入り乱れてストーリーが進行する、という設定だけを聞くとかなりの異色作が想像されます。
ところが実際の作品は、これぞ王道!とでも言うべき、ヒーローの誕生から苦悩、葛藤、成長が余すことなく描かれていました。
主人公マイルズは、家庭や学校における疎外感を味わい自身のアイデンティティーを見失いつつあります。
そんな時に唐突に超能力を手に入れ、そして目の前でピーター・パーカーの死を目撃したことで、普通の高校生であるマイルズがなけなしの勇気をふるい、ヒーローとしての能力と責任感を育てていく過程に観客は熱狂していきます。
またブラックミュージックやファッション、アートも、劇中のあらゆるところで盛り込まれており、音楽的、ビジュアル的なカッコ良さも、大きな見どころの一つとなっています。
ソニー・ピクチャーズ社内のメールのリークがきっかけ⁉︎
本作が製作される一つのきっかけとなった事件が2015年にありました。
ソニー・ピクチャーズ社内のメールがリークしてしまったこの事件で、スパイダーマン映画の関する取り決めに「ピーター・パーカーは白人の異性愛者でなければならない」というものがあったのです。
これが世間の目に止まると、アメリカでは非白人のスパイダーマン誕生の機運が急速に高まっていきます。
本作の原作コミックは2014年から2015年に渡って発表されたもので、この時期が被ったことも本作が映画化された大きなきっかけとも言えるでしょう。
機運に乗って製作された本作の好評はアメリカだけでなく、世界中に伝播していき、“スパイダーマン映画史上最高傑作”と言われるまでに高まりました。
思い返せば、近年の他作品でも既存の価値観や人種差別、偏見を打ち破ってきた映画は存在していました。
『ブラック・パンサー』(2018)、『キャプテン・マーベル』(2019)、『ゴーストバスターズ』(2016)、これらの作品はいずれも公開前にネット上でバッシングや低評価を受けます。
これは人種、性別を理由とする差別や偏見に基づくものがほとんどであり、作品の出来不出来を無視したヘイト行為でした。
しかし、上述した映画はそういった負のエネルギーを、作品のクオリティーで吹き飛ばしてみせます。
『ブラック・パンサー』は3部門を受賞し、『キャプテン・マーベル』と『ゴーストバスターズ』も、共に大ヒットし、強く逞しい女性像を見せつけてくれました。
フィクション作品が現実世界の差別や偏見を吹き飛ばし、さらに面白い表現を見せてくれる、映画ファンにとってこんなに素晴らしいことはありません。
次回の「最強アメコミ番付評」は…
いかがでしたか。
次回の第30回戦は、4月19日公開の「見た目はオトナ、中身はコドモ」なスーパーヒーロー『シャザム!』の公開前情報を解説していきます。
お楽しみに!