Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2018/10/23
Update

『バーバラと心の巨人』の感想と評価。結末ラストで少女は中二病を克服したのか|最強アメコミ番付評11

  • Writer :
  • 野洲川亮

こんにちは、野洲川亮です。

今回はグラフィックノベル『I Kill Giants』(2008)の映画化した『バーバラと心の巨人』を紹介します。

「ハリー・ポッター」シリーズのクリス・コロンバスが製作総指揮を務めた話題作を、グラフィックノベルとはどのようなものを交えながら解説していきます。

【連載コラム】『最強アメコミ番付評』記事一覧はこちら

グラフィックノベルとは

(C)I KILL GIANTS FILMS LIMITED 2017

近年「アベンジャーズ」シリーズ、「ジャスティス・リーグ」シリーズなどの、アメコミ映画化作品のヒットが続いています。

これにより、今や多くの人たちにとって、“アメコミ=スーパーヒーローもの”という図式は一般的になっていますが、日本の漫画がそうであるように、当然ながらアメコミの中にもヒーローもの以外の作品はたくさんあります。

では、アメコミとグラフィックノベルは一体何が違うのでしょうか。

グラフィックノベルを一言で定義するのはなかなか難しく、また言葉の使い方、意味付けも人によって変わってきていますが、一つの大きな特徴として通常のアメコミ作品に比べて、“より大人向けの内容”ということが挙げられます。

さらに出版形態でも、一般的なアメコミがソフトカバー(薄いリーフ形式)が主流であるのに対し、グラフィックノベルはハードカバータイプが主流です。

アメリカではグラッフィクノベルを、“コミックブックではあるが本のように書棚に収納出来るもの”、という風に定義してもいます。

日本で言えば、『ワンピース』などの週間連載漫画の単行本も、グラフィックノベルに含まれることになります。

本作『バーバラと心の巨人』の原作『I KILL GIANTS』も、日本語版が小学館からハードカバータイプで発売されていて、スーパーヒーローも登場せず、一人の少女の心に寄り添った、いわゆる“ジュブナイル”ものとなっています。

巨人に見る“中二病”というカテゴライズ


(C)I KILL GIANTS FILMS LIMITED 2017

「いずれ襲来する巨人との戦いに備える」ために、森に罠を仕掛け、巨人の生態を探る日々を送るバーバラは、学校や家庭内での理解から外れ、孤立しています。

このバーバラの姿を見たときに連想されるのが、“中二病”というワードです。

中二病とは、自らを非現実的で壮大な空想や妄想世界の中に置くことで、承認欲求を満たすような状態を表します。

この言葉は、実際の中学二年生だけではなく、夢や理想を大仰な言葉や行動に表す大人相手にも揶揄の意味で使われることもあります。

それは多数派の人たちにとっては、“中二病”とカテゴライズすることで、自分の理解が及ばないものを無理やり見下して安心したいがためのものでもあります。

そして、このカテゴライズをするという行為は、おそらく多くの人たちがする側、される側の両方を経験したことがあることで、一概に悪い行動ではなく、私たちが日々の生活を送る上で少しでも生きやすくするための工夫でもあります。

ただし本作におけるバーバラは、そんな観客や劇中の登場人物たちからの侮りや見下しを、物語が進むにつれ、少しずつ払しょくしていきます。

友人となったソフィアに巨人の世界観を説明する場面では、ギリシャ神話など膨大な書物をバーバラが読み込んでいることが分かり、単なる要地で夢見がちな少女の一人遊びではなく、むしろ大人顔負けの確かな知恵と知識に基づいた“根拠のある空想世界”を作りだしていることが分かります。

しかし、そのバーバラの隠した真意は、すれ違いがちな姉カレンにも、徐々に仲良くなるソフィアにも、親身に寄り添おうとするカウンセラーであるモル先生にも、汲み取ることが出来ません。

バーバラが隠そうとしている真意とは何か。この秘密は巨人の正体にも直結しています。

説明無し、描写無しの脚本、演出が生み出す興味の持続

本作では、特に序盤においてバーバラが置かれている家庭環境、対人関係などは、ほとんど説明されることがありません。

ただ、愚痴りがちな姉、皮肉屋の兄との、窮屈そうな日常がほんの少し描かれるだけです。

“自分にしか見えない巨人と戦う少女”という設定に目を奪われ、最初はさほど気になることはありませんが、物語が進むにつれて観客の心に少しずつ疑問が浮かんできます。

バーバラが周囲から理解されないことを分かりながらも巨人の存在を主張する理由、自宅の2階を恐れる理由、両親の不在、これら全てが“説明されていない不自然さ”に気づき、描写が無いことがその答えであることに勘付くに至るのです。

この説明と描写を無くすことで連想させるという演出は、今作の大きな特徴であり、観客の興味を持続させる効果を生んでいます。

そして、終盤になり巨人という荒唐無稽な空想世界の創造は、余命いくばくもない母親が侵された病気を可視化するための行為であり、その対象である巨人を打ち倒すことで、バーバラは母親の命を救おうとしていたことが分かります。

この余りにも切ない光景を見た時に、受け入れ難い現実を目の前にした人間が、自らに都合の良い空想世界を作ってしまうことの、切実さを理解することとなります。

それは、思春期の少年少女たちだけでなく、現実に負けそうな大人たちでも、誰にでも“自分なりの巨人”を作りあげ、自己防衛を図ろうとする時期、瞬間があるからに他なりません。

この葛藤の数々を経て、ラストには来たる母の喪失を受け入れて家族、友人、恩師と共に、強く現実に立ち向かうバーバラの姿に、観客は希望を見出すという行為の素晴らしさを実感することが出来るのです。

次回の「最強アメコミ番付評」は…

いかがでしたか。次回の第12回戦では、『ヴェノム』公開前に『スパイダーマン ホームカミング』を考察していきます。

お楽しみに!

【連載コラム】『最強アメコミ番付評』記事一覧はこちら

関連記事

連載コラム

映画『マイ・スパイ』あらすじネタバレと感想。元プロレスラー俳優デイヴ・バウティスタと少女の凸凹バディ|未体験ゾーンの映画たち2020見破録31

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第31回 「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」の第31回で紹介するのは、肉体派アクション俳優と子役のタッグで送るアクション映画『マイ・スパイ』。 …

連載コラム

ドラマ『THIS IS USシーズン3』ネタバレあらすじと感想。第7・8・9話に見られる視聴者との身近な距離感|海外ドラマ絞りたて8

連載コラム『海外ドラマ絞りたて』第8回 人気ドラマ『THIS IS US』のシーズン4は北米で9月24日から放送が開始! 本コラムではシーズン3のエピソードを3話ずつネタバレで掲載し、見所や撮影秘話も …

連載コラム

『リキッドスカイ』ネタバレあらすじ結末と感想評価の解説。カルトムービーおすすめ!80年代パンクカルチャーのぶっ飛び映画|増田健の映画屋ジョンと呼んでくれ!11

連載コラム『増田健の映画屋ジョンと呼んでくれ!』第11回 変わった映画や掘り出し物の映画を見たいあなたに、独断と偏見で様々な映画を紹介する『増田健の映画屋ジョンと呼んでくれ!』。 第11回で紹介するの …

連載コラム

SF映画おすすめランキング!2000年代の隠れた名作ベスト5選【糸魚川悟セレクション】|SF恐怖映画という名の観覧車105

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile105 記憶に新しいにも関わらず、冷静に考えるとかなりの年月が経過しているという感覚の奇妙さを感じる2000年代。 様々な映画の功績によりVFX …

連載コラム

映画『鬼手』評価考察と内容解説。リ・ゴン監督が描く韓国囲碁世界のアクション劇|コリアンムービーおすすめ指南18

人生が「遊び場」になるか、それとも「生き地獄」になるか、2つに一つだ! 韓国映画『鬼手』が2020年8月7日(金)よりシネマート新宿、シネマート心斎橋他にて全国順次公開されます。 囲碁の「静」とアクシ …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学