第15回大阪アジアン映画祭上映作品『女と銃』
毎年3月に開催される大阪アジアン映画祭も今年で15回目を迎えます。2020年3月06日(金)から3月15日(日)までの10日間に渡ってアジア全域から寄りすぐった多彩な作品が上映されます。
コロナウィルスの影響により、いくつかのイベントや、舞台挨拶などが中止となりましたが、連日、盛況で、上映後は拍手が起こることも。
映画『女と銃』は、「2019 Qシネマ国際映画祭」で最優秀監督賞、主演女優賞を受賞した、フィリピン・ノワールの秀作。
『バードショット』(2016)や『ミッドナイト・アサシンズ/ネオマニラ』(2017)の脚本で知られるラエ・レッドによる長編映画初の監督デビュー作品です。
今回は、新たなるフィリピン・ノワールの映画『女と銃』(2019)をご紹介します。
【連載コラム】『OAFF大阪アジアン映画祭2020見聞録』記事一覧はこちら
映画『女と銃』の作品情報
【日本公開】
2020年公開(フィリピン映画)
【原題】
Babae at Baril (The Girl with the Gun)
【監督】
ラエ・レッド
【キャスト】
ジャニーン・グッチェーレス、フェリックス・ロコ、JCサントス
【作品概要】
『バードショット』(2016)や『ミッドナイト・アサシンズ/ネオマニラ』(2017》の脚本で知られるラエ・レッドの長編映画初単独監督作品。
抑圧された毎日を過ごす女性は、ある日一挺の拳銃をみつける。銃をめぐる人間模様を緊張感たっぷりに描き、「2019 Qシネマ国際映画祭」で最優秀監督賞、主演女優賞を受賞したクライムドラマ。
ラエ・レッド監督プロフィール
共同監督作品『チェデン&アップル』
第29回東京国際映画祭で上映された『バードショット』(2016=NETFLIXで視聴可能)や、OAFF2018上映の『ミッドナイト・アサシンズ/ネオマニラ』(2017》の脚本でも知られているフィリピンの女性監督。
ファットリック・タバダ監督との共同監督作品『チェデン&アップル』で長編映画デビュー。本作が長編映画初単独監督作品で、2019年Qシネマ国際映画祭で最優秀監督賞を受賞しています。
映画『女と銃』のあらすじ
田舎の母親のもとを離れ、都会でルームメイトと暮らすデパート販売員の女性は、マネージャーからいつも服装がだらしない、ストッキングを履き替えろときつい注意を受けていました。しかしストッキングは高級で簡単には買えません。
仕事を終えた時にはひどい靴ずれが出来ています。職場から家までは遠く、売店の男は最低の接客態度で彼女をあしらい、やっと帰ってきた部屋にはルームメイトの彼氏があがり込んでいる始末。大家からは家賃の残りをちゃんと払わなければ出ていってもらうと告げられます。
マネージャーにまたもや厳しく注意された彼女のところに同僚の男がやってきて、ストッキングを買ってあげるから試着してみろとしつこく話しかけます。気弱な女性は断りきれず、ストッキングを試着していると男がいきなり襲いかかってきました。女性は抵抗することも出来ず、泣くしかありません。男は誰にも言うなよと脅すと逃げるように去りました。
やっとの思いで、家まで戻ってきた女性は、道端に転がっていた一挺の拳銃に気が付きます。
映画『女と銃』の感想と評価
ジャニーン・グッチェーレスが扮するデパート勤めの女性は服装がだらしないと毎日のように上司に叱られていますが、それはストッキングを購入するお金がないからです。最低賃金しか支払われていないのにそこからさらに出費を余儀なくされる理不尽さ。これは当然フィリピンの話だけでなく、世界中の労働者が抱える問題でもあります。さらにこの女性は田舎の母親に仕送りをしており、ぎりぎりの経済状態の中、都会で孤独な暮らしをしているのです。
夜遅く帰宅していると、彼女が通らなければならない道にはいつも酔っ払いたちがたむろしていて、毎回、毎回、彼らのねっとりした視線と不愉快な言葉を受けなければなりません。こうした男たちがつぶやく「家はどこだ?」という言葉の怖さといったらどうでしょう。
雑貨屋で生理用品を買おうとしても店員は男で態度も横柄です。ようやく帰宅するとルームメイトが彼氏を連れ込んでおり、休息する居場所もありません。彼女はそうした事柄に声も出せず、体を縮こませるだけです。
家夫長制のもと、女性は常に軽んじられ、一人の人間として認められず、男性の意図どおりに行動することを望まれ、しばしばあからさまに性的対象として扱われ侮辱されます。女性が社会で直面する受難の数々が浮かび上がってきます。
この女性は最後まで名前を与えられません。つまり彼女は、社会に抑圧される女性像の象徴的なキャラクターとして登場しているのです。
そんな彼女が卑劣な男にレイプされるという事件が起こり、そこに銃が現れるとなると、いわゆるジャンル映画的な“レイプ・リベンジもの”を想像してしまいます。
実際、彼女は銃を手にした途端に「声」を出しはじめ、機敏に動き回ることすらできるようになります。まるで人格が変わったように、自信を取り戻し、これまで自分を侮辱してきた男たちに「ノー!」を突きつけていきます。それは、女性がこれまでどれだけ頼るべきものを持っていなかったのかという証でもあります。
逆転の展開は小気味よく、女性はフードをかぶり夜へと踏み入っていきます。
ところが、そのあと、意外な展開が待っています。まったく違う男たちが新たな主役となって登場してくるのです。このあたりを詳しく書いてしまうと、映画の面白さを減少させてしまう恐れがあるので控えますが、映画の全貌が明らかになった時、その構成の巧みさと緻密な作りにすっかり驚かされることとなるでしょう。そこには“歴史”までが存在し、机の引き出しがタイムトンネルになりさえします。
映画の冒頭、車がひっきりなしに流れる道路と画面の右手を角度によっては左手を通り過ぎていく電車、駅と道路をつなぐ歩道橋を流れるように歩いていく人々というフィリピンの都市の風景が映し出されます。
本作はそうした都市の映画であり、スラムを含む都市生活者の物語です。そこに立ち込める貧困、暴力、不条理、格差という現代の都市生活の様々な現象があぶり出され、映し出されていきます。
そうした視点からタイトルにある「女と銃」という問題を考えれば、多くの映画が銃を持った女にロマンを感じ、そこにカタルシスを期待するのに対し、この映画はその上をいっていると言ってもよいでしょう。
最後の微笑みの正体を考える時、これまでと違う“女と銃”の話が出現したのだという興奮を覚えずにはいられなくなるのです。
まとめ
画面にテレビが映っているシーンがいくつか出てきます。ブラウン管には、決まって拳銃を振り回し、発砲し、殺し合う男たちが映っています。売店の男などは仕事そっちのけでテレビに見入っています。
映画の中で起こっている事柄とブラウン管の中の映像はシンクロします。ラエ・レッド監督は、男たちの拳銃、映画における拳銃というものがどのように扱われ、描かれてきたのかを洞察します。このことにより”女と拳銃”の関係がより鮮明になってきます。
「アルコール、ギャンブル、コーヒー、女」と歌うグルーヴィーな楽曲も、作品の雰囲気を大いに盛り上げ、アグレッシブに脈動しています。ラエ・レッド監督の並々ならぬセンスの良さと戦略の旨さを感じさせます。
『女と銃』は、2020年3月11日(水)の19:10よりABCホールにて上映されます。