連載コラム「電影19XX年への旅」第9回
歴代の巨匠監督たちが映画史に残した名作・傑作の作品を紹介する連載コラム「電影19XX年への旅」。
第9回は、『めまい』や『白い恐怖』など、多くの名作を映画史に残したどアルフレッド・ヒッチコック監督作品『サイコ』です。
借金に悩む恋人と結婚をするため、4万ドルを盗みだしたマリオンは、警官の目を逃れるため、モーテルに転がり込みます。宿主のノーマンは、母親に依存をしている様子で…
モーテルの近くの一軒家で暮らす殺人鬼を描いたサイコ・スリラー系のサスペンス映画です。
映画『サイコ』の作品情報
【公開】
1960年(アメリカ映画)
【原題】
Psycho
【監督・制作】
アルフレッド・ヒッチコック
【キャスト】
アンソニー・パーキンス、ジャネット・リー、ヴェラ・マイルズ、ジョン・ギャヴィン、マーティン・バルサム、ジョン・マッキンタイア、サイモン・オークランド、
【作品概要】
『めまい』(1958)や『白い恐怖』(1945)のアルフレッド・ヒッチコック監督作品。借金を抱え結婚に踏み切れない恋人を持つマリオンが、働いている不動産屋で4万の現金を盗み、モーテルでの事件に巻き込まれる物語。
『さよならをもう一度』(1961)のアンソニー・パーキンスがサイコ殺人鬼を見事に演じ、『若草物語』(1949)のジャネット・リーが被害者であるマリオンを演じています。
第33回のアカデミー賞には、監督賞や助演女優賞など、4部門でノミネートされました。
映画『サイコ』のあらすじとネタバレ
アリゾナ州のフェニックスのホテルで、マリオンとサムは逢瀬を重ねていました。雑貨店の経営をするサムは出張の度に、マリオンと会っています。マリオンは、昼休みに仕事場を抜け出していました。
マリオンは、サムとの煮え切らない関係に不満を持っていました。チェックインを目前に、サムと結婚したいと望みを口にします。
サムはしかし、父の借金と離婚した妻の扶養料の支払いに追われ、経済的に厳しい状況でした。こんな状況ではマリオンを幸せにはできないと考え、諦めるよう促します。
サムとマリオンは熱い口づけと抱擁をしますが、結婚に向けた進展はありません。そうして、マリオンは仕事場の不動産会社に戻ります。
マリオンが働く不動産会社の社長は、キャシディという取引相手と会っていました。キャシディは4万ドルもの大金を現金で支払います。
キャシディはマリオンに気がある様子です。金で幸せになるのではなく、不幸を追い払うのだと現金をチラつかせ近づくと、浮かれた様子で社長と飲みに行くと言います。
マリオンは頭痛で会社を早退しました。現金は銀行に移して小切手にすると言われていましたが、マリオンは4万ドルを家に持ち帰ります。
荷物をケースに詰め、現金は紙に包み、手持ち鞄に入れました。そして車を走らせます。マリオンはサムとの結婚のため、4万ドルを盗んでしまいました。
サムに会いに行くための道中、マリオンは社長と目が合い、不審に思われます。緊張感の中、真夜中になるまで運転をしました。
しばらくすると、マリオンは車中で仮眠を取り、休みました。そこで警官に声をかけられます。マリオンの焦った様子に、後ろめたいことがあるのではないかと警官は疑い、後を付けました。
カーナンバーを控えられたためマリオンは中古車屋に入り、車の交換を申し出ます。中古屋の店員は、異常なマリオンの急ぎようと、それを見張る警官に盗難を疑います。
車が本人のものであると確認すると、店員は車を売り、マリオンは颯爽と逃げました。道中は長く、再び夜になります。雨も轟轟と降り、視界は悪く運転どころではありません。
マリオンは偶然見かけたベイツ・モーテルに車を止め、宿泊を決めました。クラクションを鳴らし、宿主を呼び出します。
隣の一軒家から、一人の青年が現れました。彼の名前はノーマン。一軒家に母親と二人暮らしをしながら、モーテルを経営していました。
マリオンは名前と住所を偽り、宿帳に記入します。腹を空かせたマリオンは、食事を取れる場所を聞きますが、モーテルから距離の離れた場所にしかありませんでした、
マリオンが部屋に入ると、遠くからノーマンと母が言い争う声が聞こえます。ロウソクでも灯して、淫らな女性を誘惑するつもりだ、さっさと追い払えと言われると、ノーマンは一軒家を出ました。
ノーマンはサンドウィッチを持って、マリオンを事務所に呼びます。そこには、いくつもの鳥の剥製がありました。
ノーマンは鳥に詳しくありませんが、大人しく剥製にふさわしいと語ります。ノーマンの母親が心の病を患っていました。
マリオンは遠回しに、施設に入れればいいとアドバイスをすると、ノーマンは様子を変えます。ノーマンにとって母親は、かけがえのない存在でした。
人は皆、何かしらの罠にかかっているとノーマンが口にします。ノーマンと親睦を深めたマリオンは、宿帳にロサンゼルスと書いたにも関わらず、夜が明け次第フェニックスに帰ると言いました。
部屋に戻ったマリオンは、メモで計算をし、破いてトイレに流します。ノーマンは、穴の空いた壁から、シャワーを浴びるため着替えるマリオンを、瞬きもせずじっくりと覗きます。
マリオンがシャワーを浴びていると、カーテンの奥から何者かの影が近づきます。すると何者か、ナイフを持った人物にめった刺しにされ、マリオンは恐怖に顔をゆがめます。
すがる思いでカーテンを握りしめるも、力を無くして倒れ込みます。マリオンの血を、止まらずに出続けるシャワーが流しました。
映画『サイコ』の感想と評価
ノーマンというサイコキラーが、多くの観客を恐怖に陥れた名作映画『サイコ』。登場人物を追って動くカメラワークなど、緊張感を高め、恐怖を生み出す仕掛けが多分に含まれていました。
最初は、借金に追われる恋人と結ばれるために大金を盗み出すハラハラの逃走劇かと思いきや、マリオンの殺害を皮切りに、サイコキラー映画へと姿を変えます。
特に、実際に包丁が身体に刺さった様子を見せることなく殺人を描写したシャワールームでの場面は秀逸です。
細かいカットでスピード感を保ったトラウマを覚えるほどの恐ろしさから、その後の展開にも殺害の記憶を残しました。
これによって、直接的な殺害を映していない後半部分でも、ヒリヒリとした緊張を味わい続けることができます。
ノーマンの表情や母親の存在などあらゆる要素に怯えながら、観客はライラやサムと共にノーマンに近づきます。これは逃走劇とは違い、完全なる被害者としての恐ろしさです。
行き詰まるような展開を緩めるのではなく、一本の映画内で方向を変えるという斬新な手法をヒッチコックは用いていました。
それだけでなく、サプライズ映画としてのエンタメ要素も豊富でした。大金を持って逃げる物語自体をミスリードにし、殺人シーンの衝撃を増加させています。
また、犯人を母親だと思い込ませることで、未知の存在である母親がどれほど残虐な母親なのかを想像させられました。
マリオンとアーボガストの殺人では顔を隠し、短い髪や女性の服が映されています。しかし実際の母親はどうでしょう。既に亡くなった骸骨でした。観客は病気の母親がいるという情報で、母親への恐怖を肥大化させるのです。
母親への引きつけは、ノーマンと骸骨の顔が重なるラストの場面をより一層引き立たせました。
その後の車が沼から引き上げられる場面でも、ノーマンの底知れぬ異常性を感じさせます。
見えないほど、そして分からないほど身の毛もよだつものを、観客自ら創り出すという映画の特性を十分に把握した、ヒッチコックの妙技でした。
まとめ
公開当時ヒッチコックは、作品のサプライズ性から、ストーリーの口外や途中入場の禁止を求めました。途中から入場をし後半だけを観ると、主人公であるはずのジャネット・リーが登場しないことに驚かされるからです。
また、77のカメラアングルと50カットを費やしたシャワールームの3分間は、実に撮影期間の3分の1である1週間もかけて撮影されました。
物語の転換部分であり、ここの迫力がそのまま映画の評価に繋がるため、非常に力を入れて撮影がなされたのです。
本作品は遺体の再生。死者の復活という古典的な恐怖も利用し、サイコな殺人鬼を表現しました。
剥製された鳥は、自由を奪われた遺体、つまりは母親を暗喩しています。ノーマンの影は、自由を奪われた鳥であるカラスの剥製と重なり、それが骸骨になった母親とノーマンとの同化を示していました。
モーテルという恐怖の対象の用意や奇々怪々な音楽など、ホラー映画にとって必要な要素も全て取り揃えています。
このことから『大人は判ってくれない』(1959)のフランソワ・トリュフォーは映画『サイコ』を、赤ずきんのようだと評しました。
まさにホラー映画の教科書と呼ぶべき作品でした。
次回の『電影19XX年への旅』は…
次回は、アルフレッド・ヒッチコック監督のアパートを舞台にしたサスペンス映画『裏窓』(1954)を紹介します。どうぞ、お楽しみに。