巨匠スタンリー・キューブリックの反戦映画『突撃!』
はじめまして!歴代の巨匠監督たちが映画史に残した名作・傑作の作品を、シネマダイバーの中西翼がご紹介する、連載コラム「電影19XX年への旅」。
コラムの第1回目となるのは、『2001年宇宙の旅』や『時計じかけのオレンジ』など、数多くの名作を残した巨匠スタンリー・キューブリック監督の1957年の初期作『突撃!』です。
ドイツとフランスの戦争を軸に、ドイツ軍の堅牢なアリ塚を攻め落とそうと紛争するフランス軍を描いた作品で、自国の兵士を殺すこともためらわなくなってしまう無慈悲でフランス軍、そうさせてしまった戦争の愚かさや不条理に満ちた物語。
難解で複雑な映画を撮影し続けたスタンリー・キューブリックには珍しく、反戦というストレートなテーマの物語の映画『突撃!』を紹介します。
映画『突撃!』の作品情報
【公開】
1957年(アメリカ映画)
【原題】
Paths of Glory
【監督】
スタンリー・キューブリック
【キャスト】
カーク・ダグラス、ラルフ・ミーカー、アドルフ・マンジュウ、ジョージ・マクレディ、ウェイン・モリス、クリスティアーヌ・ハーラン
【作品概要】
『2001年宇宙の旅』(1968)や『時計じかけのオレンジ』(1971)で、数多くの映画人を魅了したスタンリー・キューブリックの初期作品。戦争の不条理を映し出した反戦映画で、主演は『炎の人ゴッホ』(1956)のカーク・ダグラス。
スタンリー・キューブリックが脚本を気に入ったカーク・ダグラスが、ノンクレジットではあるものの、脚本に手を加えたことでも有名です。秀でたカメラワークと脚本による、スタンリー・キューブリック初期の到達点。
映画『突撃!』のあらすじとネタバレ
時代は、フランスとドイツが戦争を繰り広げる第一次世界大戦。フランス軍の戦線の士気は、徐々に下がりつつありました。
フランス軍の大将であるブルラールは、ドイツ軍のアリ塚を攻撃するよう、ミローに命令します。
ミローは少し渋い表情をします。しかしブルラール大将から、アリ塚を攻略できるのであれば、階級を昇進すると約束され、アリ塚の攻略を目指すことにしました。
ミローは直々にフランス軍の兵士が休む壕に赴いていました。フランスの兵士達は、ミローに忠誠を誓いますが、疲労や神経衰弱の色を隠せませんでした。
「妻はいるか」ミローの質問に対して、ミローが口にした言葉を何度も唱え続ける兵士がいました。
死を恐れる余り、兵士として役に立たなくなったと、壕からの排除をミローは命じます。昇進のためにも、弱気の伝染を食い止めようとします。
パリス伍長は、酒に酔った上官がフランス軍の兵士を殺したところを目撃していました。しかしその証拠は、パリスの目撃情報にしかありませんでした。
一兵士の意見を誰が信じるか。そう言って、パリスの訴えは流されてしまいます。
ミローは、軍の大佐であるダックスと会います。そして、アリ塚への突撃を命じます。壕から飛び出し攻め入ることは、相当危険なものです。
兵士を死地に追いやる不可能な任務だとダックスは反対します。しかしミローはダックスの意見も聞き入れずに、命令の強行を図ります。
そうして、ダックスはミローの命令に従います。アリ塚への突撃に、兵士達は次々と命を落としていきます。
映画『突撃!』の感想と評価
戦争の理不尽を、内側から描いた映画『突撃』。
敵となる人民を撃ち殺し、また撃ち殺されるといった銃撃戦の視点だけでなく、兵士を捨て駒のように扱う、非人道的な国家の正体をあぶり出しています。
ドイツ軍を一切映さず、フランス軍の内情を淡々と映し出したスタンリー・キューブリックの脚本は、戦争の核心に迫る非凡のものでした。
また、銃撃や砲弾が飛び交う場面では、キューブリックの臨場感溢れるカメラワークが輝いていました。鈍く響く重低音が、身体の芯を刺します。
上官達は悠々自適に豪邸で生活をし、形ばかりの軍法会議をこなしていました。泥まみれになりながら命を落とす兵士との映像的な対比で、冷酷無比な上官の姿は際だって見えました。
自軍の兵士にも関わらず、戦地で死にたくなければ軍法会議で殺すこともいとわない上官の姿は、まさに戦争の恐怖そのものです。
命の価値がほとんど無に等しくなり、権力者の自分勝手がまかり通るようになるのです。そして反抗する者には、愛国心という言葉を用いて黙らせるのです。
愛国心は悪党の最後の口実だと、ダックスは語っていました。
戦争を背景に、個人の尊厳を著しく下げる忠実の恐ろしさは、現代にも普遍のテーマを示しています。
自分の命を大事にし、逃げ出すことが罪に値してしまうような国家の姿こそが、戦争の愚かさであり、理不尽さなのです。
まとめ
兵士達に歌声を響き渡らせたドイツ人を演じたクリスティアーヌ・ハーランは、後にスタンリー・キューブリック監督の妻となります。
国境を越えてフランス兵士達の感動を誘った彼女の歌声こそ『突撃!』が最後に示した、庶民の美しさです。
敵であるはずのドイツ人に心を揺さぶられるのでれば、何のために戦争をしているのかが分からなくなる。つまりは戦争の意味など、最初からないのです。
国家とは、貴族の館で暮らし裕福にふんぞり返った上官達。彼らの私利私欲や出世のためだけにみすぼらしい庶民が戦争にかり出される姿に、胸が痛みます。
数々の名作を生み出したスタンリー・キューブリックなりの反戦映画は、愛国心に目を眩まし、自己や他者を大切にする心を失うなという、警鐘を鳴らしているのでした。
次回の『電影19XX年への旅』は…
スタンリー・キューブリック監督の、若い女性への恋心を描いた映画『ロリータ』(1962)をお送りします。