『新感染 ファイナルエクスプレス』が大きな話題を集めたヨン・サンホ監督のアニメーション作品『ソウル・ステーション パンデミック』をご紹介します。
ブリュッセル・ファンタスティック国際映画祭シルバークロウ賞、アジア・パシフィック・スクリーン・アワード最優秀長編アニメ賞に輝いたほか、数多くの映画祭で絶賛された傑作ゾンビ・アニメーションです!
1.映画『ソウル・ステーション パンデミック』作品情報
【公開】
2017年(韓国映画)
【原題】
Seoul Station
【監督】
ヨン・サンホ
【キャスト】
(声の出演)シム・ウンギョン、イ・ジュン、リュ・スンリョン
【作品概要】
ソウル駅で首から血を流したホームレスの老人が目撃される。彼はまもなく死ぬが蘇り、人々を襲い始めた。恋人のキウンとケンカしたヘスンは、感染症パニックに巻き込まれ、ホームレスの男と一緒に逃げ惑う。キウンはヘスンの父親とともに、彼女を救い出そうとするが、感染はどんどん広がり、軍隊が一般市民に発砲し始める。ソンビによるパニックを描き、韓国社会の暗部をえぐり出す社会派アニメーション。
2.映画『ソウル・ステーション パンデミック』あらすじとネタバレ
ある夏の夜、首から血を流した老人が、ソウル駅周辺をふらふらと歩いていました。
助けなければ!と近づいた人もいましたが、老人がホームレスだとわかるとしかめっつらをして足を止めてしまいます。
ソウル駅周辺にたむろするホームレスたちのそばに老人はしゃがみ込みましたが、周りの男たちは彼に見向きもしません。
そこへやってきた一人のホームレスが老人に気づき、ソーシャルワーカーに助けを求めますが、ヤクザの患者に追い返されてしまいます。
仕方なく閉店準備をしていた薬局に無理を言い、薬を手に入れて戻ってみると老人は死んでいました。
駅員にそのことを告げに行くと、駅員は面倒くさそうに立ち上がって、現場へと向かいました。
しかし、驚いたことに、そこには血痕だけが残り、老人の姿はありませんでした。
そのころ、ある旅館で、若い女性、ヘスンが悪夢から目覚めていました。恋人キウンは側におらず、外に出ようとすると、旅館のおかみに呼び止められ、いい加減に宿代を払うようにと催促されます。
払えなければ出ていってもらうよと通告されたものの、金のあてはありません。キウンはネットカフェに入り浸っていて、働く気配すらありません。
ネットカフェでキウンをつかまえると、彼は彼女に体を売らせようと、出会い系サイトに彼女の写真をアップしていました。
怒ったヘスンはキウンを責め立てますが、キウンは「風俗店から連れ出してやったのに、俺の金が無くなるとそういう態度をとるのか」と逆ギレして、彼女を置き去りにしてしまいます。
一人残されたヘスンは、家出したことを後悔し、「お父さんごめんなさい」と泣きじゃくるのでした。
ある中年男のもとに電話がかかってきました。ヘスンに良く似た女性の写真がネットにあがっていると電話の相手は言います。観てみると、確かにヘスンそっくりです。
キウンは連絡してきた男と会い、彼を客だと思って対応していると、ヘスンの父親とわかり愕然とします。
娘はどこだ!と問われ、他に行くところがないので、すぐに宿に返ってくると思いますと答えました。父親の車で宿へと向かいました。
ソウル駅周辺。男は消えた老人を探していました。すると、老人が女性を食べているところに出くわします!
ソウル駅にやって来たヘスンの耳に男の断末魔のような悲鳴が飛び込んできました。携帯が鳴りますが、キウンからとわかった彼女は出ないで切ってしまいます。
「出ないんですけど」と言うキウンに、「戻って来なかったらお前をぶっ殺すからな」と父親は怒鳴りました。
宿に到着しました。受付には誰もいません。廊下を進んで行くと、別の部屋から争うような音と悲鳴のような叫び声が聞えてきました。
不思議に思って振り返ると、扉があいて、男が飛び出してきました。男は女に襲われ絶命してしまいます。
さらに女はキウンたちに襲いかかってきました。父親が何度も殴りつけたので女はその場に崩れ落ちました。
「お父さん殺しちゃいましたよ…」キウンがか細い声を出していると、先程死んだはずの男が起き上がり、二人に襲いかかってきました。
あわてて部屋に入り扉を閉じます。一体何が起こっているんだ?! 彼らの部屋の前には大勢のゾンビが集まり始めていました。
ソウル駅周辺でもゾンビが生きている人間を襲っていました。ゾンビに遭遇したヘスンは数人のホームレスと一緒に走って逃げ、警察署に飛び込みますが、そこにもゾンビがなだれ込んで来ます。
一人の警官が犠牲になり、別の警官とヘスンたちはあわてて、留置所に逃げ込みました。警官は肩に傷を追って苦しそうです。大勢のゾンビが群がり、隙間から手を伸ばしてきます。警官は電話で応援を要請しました。
その頃、父親とキウンは窓から脱出し、屋上に上がっていました。路上にも多くのゾンビがいるのが見えました。ヘスンは相変わらず電話に出ません。
父親は「お前がやつらの気を引いている内に、車を取りに行く。お前は細い道を走って大通りにでろ。そこで拾ってやる」とキウンに命じました。
震えながら、降りていくキウン。それを観て、父親もそっと下に降りていきます。
キウンに気がついたゾンビたちが彼の後を追う間に父親は車に乗り込みました。車の窓ガラスに頭を突っ込んできたソンビを撃退し、車を走らせます。
「大通りってどこなんだ!?」と叫びながら、必死で逃げるキウン。やっと光が見えてきたと思ったら女子高生のゾンビがふらっと目の前に現れました。もうダメかと思った瞬間、父親の車がソンビを轢き殺し、キウンはやっとの思いで車に乗り込みました
一方、警察署では、怪我をした警官が拳銃を構えていました。錯乱していて危なっかしいことこの上ありません。
すると、先程絶命したはずの警官が立ち上がりました。ソンビと化して、留置所に近づいてきました。「生き返ったらああなっちまうのか!?」ホームレスは目をむきました。
その時、応援の警察が到着。彼らはこの異様な有様を見て凍りつきます。一斉にソンビが彼らの方に飛びかかりました。そのどさくさに紛れてホームレスとヘスンは脱出を試みます。
怪我をしていた警官はソンビと化し、ヘスンに襲いかかりますが、ホームレスの男性がピストルを奪い、彼を射殺しました。
他の二人のホームレスは殺されてしまい、残ったのは彼とヘスンだけです。外に出ると救急車が止まっており、彼らを乗せて動き始めました。
大勢の人が噛まれて病院に搬送されているという話しを救急隊員から聞かされる二人。混乱しているらしく、電話しても誰も出ないんですよと男性は言います。
「これはどこへ行くの?」とホームレスが聞くと「病院ですよ」と男性は答えました。「行ってはいけない!」ホームレスは運転手の背後からハンドルを操作しようとし、隊員ははがそうとしてもみ合いになり、ついに車は道路の真ん中に横転してしまいます。
ヘスンとホームレスも激しい打撲を受けましたが、這い出ると、シャッターの降りた駅構内に潜り込みました。
二人は線路に降りて、歩きはじめました。とにかく遠くへ逃げなければというホームレスの背中に向かって、ヘスンは「私は家に帰りたい」と涙声で語りかけました。
「俺も家に帰りたいよ。でももう俺には家がないんだ」男も泣き始めました。
やがて前方に明かりが見えてきたので誰か人がいるに違いないとヘスンは駆けだしました。しかしガラスの向こうのホームに見えたものは、蠢く大勢のゾンビの姿でした。彼らはヘスンたちに気付くとガラスを激しく叩き始めました。
あわてて逃げるヘスンとホームレス。携帯を開くも圏外で、連絡を取ることが出来ません。
キウンと父親は見晴らしの良いところに行こうと、車を走らせました。見下ろすと、車があちこちで襲われているのが見えます。
そしてなにやら軍隊のような一群が、目にはいってきました。「あれはなんだ?」父親はつぶやきました。
ヘスンと男性が外に出ると、ようやく携帯がつながりました。キウンは彼女のお父さんと一緒にいて自分を探していることを知ります。
フェヒョン駅の近くにいるから早く助けに来てくれと頼み、これでやっと助かると思った矢先、またもゾンビに見つかってしまいます。
彼女とホームレスを助けてくれたのは、バリケードを築き、迫ってくるゾンビを次々と殴打している数人の男性でした。
ほっとする間もなく、反対側に目をやると、電車の車両がひっくり返って横づけされており、軍隊によって封鎖されていました。
軍隊はそこに逃げてきた人々を“暴動の扇動者”ときめつけた挙句、放水まで始める始末です。
軍隊の後ろに、車で到着したキウンと父親は幹部に、これは暴動ではない、恋人(娘)がフェヒョン駅にいるから助けに行かなくてはならないと訴えますが、杓子定規な返答しか帰ってこず、話になりません。
すると、物々しい軍用車両が次々とやってきます。幹部はキウンたちに告げるのでした。「たった今、首都防衛司令部に現場の指揮権が移りました」と。
3.映画『ソウル・ステーション パンデミック』の感想と評価
『新感染 ファイナルエクスプレス』が大きな話題を集めたヨン・サンホ監督。もともとはアニメーション作家として知られ、『豚の王』(11)では校内暴力を、『我は神なり』(13)では新興宗教を扱うなど骨太の社会派監督として国内外で高く評価されています。
長編アニメ第3作の本作は、『新感染~』の前日譚と言われています。
真夜中から未明にかけて、なるほど、このようなことが進行していたのか、それがソウル駅始発の列車につながっていくのかと見ていく楽しみがあります。
しかし、『新感染~』とはテーマも、表現方法もかなり違っています。本作は、社会派アニメとしてずしりと心に迫ってくる一編となっています。
作画は、エイドリアン・トミネなどのアイロニー漂うアメリカンコミックを想起させます。登場人物も、皆、社会の底辺でもがいている人々です。
怪我をしている人物がいても、それがホームレスだとわかると途端に皆、知らぬふりをする。ホームレスになるなど自業自得とばかり、排除の精神が働いてしまう様子が冒頭に集中して描かれます。
しかし、一旦何か事が起こると、そのような区別はなくなり、誰もが被害者になってしまうのです。それを社会全体が忘れているとばかり、作品はクールな視線で、ゾンビに襲われ、ゾンビとなっていく人々を描きます。
中盤には、国民の方を見ていない政府への激しい批判が現れます。自国の軍隊が、何の罪もない国民を攻撃してくる様にはゾンビとは違う別の恐怖を感じてしまいます。
これらは、韓国政府、韓国社会だけの問題でなく、いつか起こりうる私たちの問題として普遍的なテーマを内包しているだけに、説得力のある場面となっています。
もっとも、映画は、エンターティンメントとして観ても十分面白く、とりわけ、ゾンビと拳銃を持った狂った警官に囲まれた留置所から如何に逃げ出すかというシーンは実にスリリングで、見事な演出を見せてくれます。
後半のあっと言わせる展開も、考えてみれば腑に落ちる点もあり(ヒント:電話)、しっかり伏線がはられているのに感心してしまいました(『新感染~』の伏線回収も見事でした!)。
まとめ
「家に帰りたい」とヘスンは何度も口にしますが、この言葉は、本作のキーワードと言ってもいいかもしれません。
ヘスンと共に逃げるホームレスのおじさんは、もしかしたら、会社に忠誠を誓った仕事人間だったのかもしれません。しかし、会社の倒産か、何かの理由で家族も家も失ってしまったのだろうと想像されます。
ホームレスのおじさんも「俺だって家に帰りたいよ~」と叫びます。
帰りたいのに、その家がない。家族も崩壊してしまっている。でも出てくる言葉は「家に帰りたい」。なんとつらいことでしょう。
一体誰がこんな贅沢なマンションに住めるんだ?!と言いたくなるような超豪華マンションのモデルルームが、最後の舞台になるのも示唆的です。
この作品で崩壊してしまっている「家族の尊厳」、それを取り戻すために『新感染~』は制作されたのではないかと思えてくるくらいです。
勿論、2つの作品は独立した作品で、『新感染~』を見ていなくても十分楽しむことが出来ますが、二作続けてみると一層楽しめることは間違いありません。