娯楽として“人間狩り”を行うという設定が物議をかもした映画『ザ・ハント』
富裕層による庶民階級を獲物にした「人間狩り」を描き、その内容が問題となり、アメリカで一時は公開中止に追い込まれた、サバイバル・アクション映画『ザ・ハント』。
現代のアメリカ社会を皮肉的に風刺した本作は、実は映画好きほど裏切られる、独特の展開が持ち味の作品です。
全米公開時に物議をかもしたと言われる、映画『ザ・ハント』の内容に迫ります。
映画『ザ・ハント』の作品情報
【公開】
2020年公開(アメリカ映画)
【原題】
The Hunt
【監督】
クレイグ・ゾベル
【製作】
ジェイソン・ブラム、デイモン・リンデロフ
【脚本】
ジェイソン・ブラム、デイモン・リンデロフ
【キャスト】
ベティ・ギルピン、ヒラリー・スワンク、アイク・バリンホルツ、ウェイン・デュバル、イーサン・サプリー、エマ・ロバーツ
【作品概要】
「富裕層」の娯楽による「人間狩り」に巻き込まれた、12人の男女のサバイバルを描いた映画『ザ・ハント』。
『ゲット・アウト』(2017)や「パージ」シリーズの製作に携わった、ジェイソン・ブラムが本作の製作に参加。
監督を『コンプライアンス/服従の心理』(2017)で、監督、脚本、製作を担当したクレイグ・ゾベルが務めています。
主演は、テレビシリーズ『GLOW ゴージャス・レディ・オブ・レスリング』のベティ・ギルピン。
「人間狩り」の首謀者アシーナを、名女優ヒラリー・スワンクが演じています。
映画『ザ・ハント』のあらすじとネタバレ
広大な森の中で目覚めた12人の男女。
全員が猿ぐつわをされており、森に辿り着くまでの記憶を全員が失っているという、異常な状況となっていました。
さらに、森の中心地に、いきなり巨大な木箱が出現した事で、一同は困惑します。
木箱に罠が仕掛けられている可能性がある中、1人の男性が木箱を開けます。
木箱からは1匹の子豚が出現した後、さまざまな武器が入っている事が判明します。
さらに、猿ぐつわを外す鍵も見つかり、1人1人錠前を外していきます。
ですが、その瞬間に何者かの狙撃が始まり、男女は次々と命を落としていきます。
逃げる者も、森の中に仕掛けられた、数々の罠の餌食になっていきます。
残された者は、これは富裕層が娯楽として、庶民階級を狩る為に作った組織「マナーゲート」による「人間狩り」であると気付きます。
「マナーゲート」の「領域」から逃げ出した3人の男女は、近くのガソリンスタンドへ助けを求めます。
一見、温厚そうな老夫婦のいるガソリンスタンドでしたが、これも「マナーゲート」の罠でした。
3人の男女は、次々と命を奪われます。
その後、ガソリンスタンドに、獲物とされた女性、クリスタルが訪ねて来ます。
老夫婦は、クリスタルを騙し、命を奪う機会を伺います。
ですが、クリスタルは老夫婦の嘘を見抜き、2人を返り討ちにします。
何もかもが理解できない状況の中、クリスタルは生き残りを賭けた「マナーゲート」との戦いに身を置く事になります。
映画『ザ・ハント』感想と評価
富裕層による恐ろしい「人間狩り」を描いた映画『ザ・ハント』。
「人間狩り」をテーマにした作品は、これまでも数多く作られており、特にB級映画の定番ジャンルとも言えます。
また「ハンガー・ゲーム」シリーズや、『バトル・ロワイアル』(2000)など、限られた空間で人間が殺し合いを繰り広げる「サバイバル映画」も、1つのジャンルとして確立されています。
映画『ザ・ハント』は、前述したような「人間狩り」や「サバイバル映画」系の作品を、多く鑑賞してきた人ほど、その特異性に気付くのではないでしょうか?
まず、作品の序盤ですが、森の中で目覚めた、1人の女性の視点で物語が進行していきます。
この女性が、若くて純粋そうな女性で、猿ぐつわの鍵を見つけ、全員の錠前を外していくという、優しさをも見せます。
通常の作品であれば、この女性が主役で、女性の視点を通して「人間狩り」の実態が明かされるという構成になるのですが、作品開始20分ぐらいで、この女性は頭を狙撃されて死亡します。
続いて、物語は1人の男性の目線に移り進行していきます。
この男性を演じているのが、ジャスティン・ハートリーという、アメリカのテレビドラマで注目株の、非常にイケメンの俳優です。
今度こそ、このジャスティン・ハートリーが演じる男性がメインになるかと思えば、男性は地雷を踏んで死亡します。
その後は、森から脱出した3人組が、ガソリンスタンドの老夫婦の罠にかかり死亡し、そこからガソリンスタンドの老夫婦目線で物語が進むという、これまでの「人間狩り」や「サバイバル映画」系の作品とは違う、異色の展開が続きます。
いつになっても、主役が登場しないからです。
しかし、この「人間狩り」や「サバイバル映画」系の作品にありがちな「お決まりのパターン」へのイメージを、裏切る展開こそ、本作に込められた、風刺的な作風を際立たせる効果があるのです。
『ザ・ハント』は、中盤からは、ようやく登場した主人公のクリスタルの目線で展開し、「人間狩り」を行う組織「マナーゲート」の正体が明らかになっていきます。
「マナーゲート」は、アシーナを中心にした、ある会社の重役達、いわゆる富裕層が作り出した庶民階級を娯楽で狩る組織です。
しかし、当初はそんな組織は存在しておらず、あくまで、重役達がコミュニティツールでやりとりしていた遊びでした。
そのコミュニティツール内のやり取りを、ゲリーがハッキングし、世界中にばらまいた事で、架空の組織でしかなかった「マナーゲート」が、本当に実在するようになってしまいました。
ゲリーは庶民階級に属するタイプで、一方的に、富裕層へ悪い印象を抱いており、いわゆる「陰謀論」を信じている男です。
そして、ゲリーの情報拡散により、重役を解任されたアシーナ達は、怒りから「庶民階級にろくな奴がいない」と思い込み、本当に人間狩りを開始したのです。
富裕層と庶民階級による対立がキッカケで、この異常な状況が生まれた訳ですが、これは、右派と左派に分断された、現在のアメリカを投影した構図となっています。
しかし富裕層と庶民階級、どちらか片方が異常で悪質という訳ではなく、どっち側にも、異常で悪質な人間がおり、それらの人間が状況を悪くしているというメッセージが、本作には込められています。
状況を悪くしている原因が、双方の思い込みなのですが、本作の序盤で「お決まりの展開」へのイメージを、ことごとく裏切ったのは、「人間狩り」や「サバイバル映画」系の作品を多く見ている映画好きの「こいつが主役でしょ?」「こいつが生き残るんでしょ?」という思い込みを全て覆し、思い込みによる決めつけが、いかに愚かな事かを観客に体現させる為です。
本作の主人公クリスタルは、庶民階級として森に連れ去られた訳ですが、富裕層へ悪いイメージを持っていません。
ただ、ゲームのルールに乗っ取り、自分の力で、冷静に戦っているだけです。
本作は、右派と左派に分断された、現在のアメリカを投影した構図であると前述しましたが、日本でも「勝ち組」「負け組」というような言葉が生まれ、分断された状況という点では、他人事ではありません。
しかし、そういう状況だからこそ、クリスタルのように、状況を見極め、自分の力で戦い抜く、冷静さが必要だという事です。
映画『ザ・ハント』、非常に風刺のきいた内容ですが、現代社会を戦い抜く為の、力強いメッセージも込められた作品であると感じました。
まとめ
映画『ザ・ハント』は、現代のアメリカ情勢を巧みに風刺した作品ですが、独特の面白さに振り切った作品でもあります。
前半の、木の箱から子豚が出てくる絶妙な間であったり、銃火器を使い慣れていない「マナーゲート」のグダグダさや、クライマックスのクリスタルの優しさが溢れる、アシーナとの戦闘など、かなりユニークな演出が目立ちます。
特に黒幕のアシーナを、過去2度のアカデミー主演女優賞に輝いているヒラリー・スワンクが演じているのですが、「マナーゲート」の真相に迫った過去の場面で、必要以上に、ヒラリー・スワンクの存在感を引き出そうとする、謎のカメラワークが最高です。
本作は、アメリカ社会への風刺的な内容から、一度は公開中止に追い込まれた作品です。
ですが、実際に鑑賞してみると、90分の上映時間に、ユニークな演出を盛り込み、現代社会へのメッセージも込められた、最高に楽しい作品でした。
直接的な残虐描写も抑え気味な印象ですので、「残虐な怖い映画」と、まさにに思い込みで鑑賞をためらっている方、観て損の無い作品ですよ。