SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019エントリー・宇津野達哉監督作品『遠い光』が7月15・19日に上映
埼玉県川口市にて、映画産業の変革の中で新たに生み出されたビジネスチャンスを掴んでいく若い才能の発掘と育成”を目指し誕生したSKIPシティ国際Dシネマ映画祭も、2019年でついに16回目を迎えます。
そこで上映された作品の一つであり、国内コンペティション短編部門にて優秀作品賞を受賞したのが、宇津野達哉監督が手がけた映画『遠い光』です。
雪降り積もる山中での狩猟、夜のガレージにおける鹿の解体場面など、山と人の関わりを映し出した映像の数々、幻想的にして謎に満ちた雰囲気を漂わせる設定と物語など、多くの見所に溢れた作品です。
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映画『遠い光』の作品情報
【上映】
2019年(日本映画)
【監督・脚本・編集・製作】
宇津野達哉
【撮影】
伊集守忠
【録音】
上門幸樹
【音楽】
有田尚史
【キャスト】
木村知貴、小林麻子、星野樹里、角張さつき、古見満男
【作品概要】
山で妻を亡くし、娘や年老いた母とともに暮らしながらも猟師として山に通い続ける男が経験するある出来事を描いた短編映画。
監督を務めたのは、フランスにて初短編映画を監督する一方で編集助手・カメラマン・助監督として活動、帰国後も映画・TV番組・CM制作の撮影部・演出部として活躍中の宇津野達哉。
撮影を担当したのは、2019年6月に公開された映画『劇場版パタリロ!』でも撮影監督を務めた伊集守忠。
そして主演を務めたのは、2016年に「木村知貴映画祭」が開催されるなど現在の国内インディペンデント映画界には欠かせない俳優の一人である木村知貴です。
映画『遠い光』のあらすじ
雪の降り積もる山間の村で、妻を事故で亡くした男は娘と母の3人で暮らしていました。
老いた母は山を見つめ、男は娘を連れて山へ入り狩りを続ける毎日。
ある日、山へ迷い込んだ娘の前に死んだはずの妻が現れます…。
映画『遠い光』の感想と評価
霊魂の代わりに猟銃を信じる男
劇中、男は娘を連れて幾度となく山へ行き、狩猟を行います。
橇(カンジキ)を履き、猟銃を背負い、獲物を求めてひとり雪山を彷徨う姿。その姿はまるで亡き妻を“死者の色”に包まれた山で探し出そうとしているとも受け取れます。
けれども、自宅にて亡き妻から帰りの時刻を尋ねられても無視し、母と全く同じセリフで父に帰りの時刻を尋ねた娘にはきちんと返答した男の様子から、“亡き妻を探しに山へ通い続けている”という予想は“半分誤り”であることが分かります。
妻はもうこの世にはいない。もう二度と会うことはできない。だからこそ自身の目の前に現れた亡き妻を無視し、時にはそれ以上の無情なる形で“亡き妻の幻影”を否定する。
しかしその一方で、もう一度だけ妻に会いたいという未練を断ち切ることができない。
その迷い、そして迷いから生じる精神的動揺は、老いゆえにすでに亡くなっている義娘の名を呼び続ける実母の姿を見てその場を立ち去り、離れのロッカーに保管していた猟銃を手に取る姿に表れています。
霊魂、あるいは精霊を信じ切ることも否定し切ることもできない。ただ「生物学的見地から定義された“生命”を奪う道具」あるいは「“生命”の与奪に深く関わっていながらも、“霊魂”や“精霊”といった曖昧な思想/思考を排除できる道具」として、猟銃が持つ機能を信じ続ける。
そして、男が信じ続けていた猟銃の機能もまた“半分誤り”であることは、映画『遠い光』を観れば一目瞭然でしょう。
猟師・鹿・亡き妻から見えてくる“鹿踊り”
また本作では、男が山中で仕留め、自宅のガレージで解体した鹿が映像的にも物語的にも重要な役割を果たしています。
鹿。猟師。そして、雪降る山間の村。
この3つの言葉から、日本の東北地方や愛媛県の一部における伝統舞踊である「鹿踊り」を連想された方も多いのではないでしょうか。
東北・岩手県出身の詩人・宮沢賢治が遺した童話の一編『鹿踊りのはじまり』でも知られている鹿踊り。
「空也上人が広めたとされる“舞踊”としての念仏踊りの起源伝承との共通点」「山伏修験者が伝えたとされる神楽を経由しての伝承拡大と起源の混淆」「“山の文化”あるいは“狩りの文化”としての縄文文化との深い関わり」などなど、その起源伝承に関する学説は諸々あります。
ただ、鹿の姿を借りて舞い踊るその目的については、概ね「自然にて命を失った、あるいは奪われたものたちの霊魂を鎮めるため」「祖霊/精霊の供養のため」にあるとされています。
それは、かつて“シシ”という言葉が「鹿」のみならず「山で獲った動物の肉全般」を指すものであったこと。そして盆、或いはその前後の時期においてのみ踊ることが許され、その舞台となる場所の多くは寺や墓地であったことからも分かります。
何よりも興味深いのが、東北地方を中心に現在も行われている鹿踊りの中には、映画『遠い光』の人物設定と多くの共通点を持つ起源伝承が存在するというところです。
それが岩手県・江刺で行われている奥山行上流・餅田鹿踊りに伝わる起源伝承であり、そこには“鹿を仕留めようとした猟師”、そして“猟師である夫が仕留めようとした鹿を庇い、猟銃から放たれた玉をその身に受けたことで死んでしまった妻”が登場するのです。
劇中にて明確な説明は行っていませんが、宇津野監督は妻が亡くなった理由を「山で起こった事故」と語っています。
「山で起こった事故」と、餅田鹿踊りに伝わる一組の夫婦の物語。そこに何かしらのつながりを想像することは、決して飛躍し過ぎた発想ではないでしょう。
男が山に通い続ける理由。そして“妻との再会”を信じ切ることも否定し切ることもできない理由。そして、霊魂や精霊の代わりに猟銃を信じ続ける、あるいは執着し続ける理由。
本作の主人公である男にまつわる様々な理由も、餅田鹿踊りが伝えてきた物語によって新たな側面を垣間見ることができるのです。
宇津野達哉監督のプロフィール
SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019授賞式での宇津野達哉監督
日本映画学校(現・日本映画大学)24期卒業。在学中は『十二人の優しい日本人』『櫻の園』などで知られる中原俊監督に師事しました。
日本で数年間助監督として活動していた中で交通事故に遭い、その保険金を元手に渡仏。2015年にはフランスで自身初の短編映画『À moi seul』を監督しました。
ドラマ、映画などで様々な部署を担当しながら、主にメイキングディレクターとして活動中。そのほかPVやVPなどでディレクターや撮影も行っています。
まとめ
本記事では映画『遠い光』における登場人物の設定、劇中で展開される物語に関する感想・考察をご紹介いたしましたが、それはあくまで本作の一側面に過ぎません。
スマートフォンによる自撮り映像や無線機を通じての会話音声を用いるなど、映像・音の両面におけるアイデア性の高い演出と、照明による背景の色変化など、ある意味古典的といえる演出の融合。
何より、自然と人の関係性の“一部”を切り取ろうと試みたことで生まれた荘厳さをたたえる映像は、その人物設定や物語に関する考察抜きで一見の価値があります。
約19分の時間にあらゆる見所が凝縮された本作。ご機会があった際にはぜひご覧になり、自身の内にある感性と想像力へ“自然”と身を委ねていただきたい作品です。