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Entry 2019/06/02
Update

『長いお別れ』映画と原作小説の違いをネタバレ解説。中野量太版と中島京子版を比較

  • Writer :
  • もりのちこ

アメリカでは、認知症を患い徐々に記憶を失っていく過程を「ロング・グッドバイ(長いお別れ)」と呼ぶそうです。

認知症を患う父親とその家族の姿を描いた中島京子の小説『長いお別れ』の映画化です。

監督は、映画『湯を沸かすほどの熱い愛』でアカデミー賞のほか多数の映画賞を受賞、様々な家族のカタチを描いてきた中野量太監督です。

認知症の父親と家族が過ごしたお別れまでの切なくてあたたかい時間。家族の名前を忘れてしまっても、お父さんは最期までお父さんでした。

父親が認知症になるという厳しい状況を、どこかユーモアを交えて描かれた原作は、それを受け入れるという選択肢があることに気付かせてくれます。

「帰りたい」。と言い続けたお父さん。帰りたい場所はどこだったのでしょうか。映画『長いお別れ』のあらすじと感想、原作との違いを紹介します。

映画『長いお別れ』の作品情報


(C)2019「長いお別れ」製作委員会 (C)中島京子/文藝春秋
【公開】
2019年(日本)

【原作】
中島京子

【監督】
中野量太

【キャスト】
蒼井優、竹内結子、松原智恵子、山崎努、北村有起哉、中村倫也、杉田雷麟、蒲田優惟人、松澤匠、清水くるみ、倉野章子、不破万作、おかやまはじめ、池谷のぶえ、藤原季節、小市慢太郎

【作品概要】
中央公論文芸賞と日本医療小説大賞をW受賞した、中島京子の小説『長いお別れ』を、『湯を沸かすほどの熱い愛』で日本アカデミー賞を受賞した中野量太監督が映画化。

認知症の父親とその家族の姿を描いたヒューマンドラマです。

認知症の父親を演じるのは、自らも原作を読み「この役は自分に来るかもしれないと」予感していたという山﨑努。厳格ある父親が変わっていく姿を、愛情込めて演じています。

妻役には、いつまでも少女のような松原智恵子。忘れられても夫に寄り添う妻を優しく演じます。

そして、両親の老いに戸惑いながらも力を合わせる姉妹役に、竹内結子と蒼井優と豪華キャストが勢揃いです。

映画『長いお別れ』のあらすじとネタバレ


(C)2019「長いお別れ」製作委員会 (C)中島京子/文藝春秋
遊園地のメリーゴーランド乗り場。小さい姉妹が、「子供だけでは乗れない」と係員に止められいます。そこに、ぼおーっと突っ立ってる、おじいちゃんがいます。

おじいちゃんの名前は、東昇平。

2007年、秋。東家に、父・昇平、妻・曜子、長女・麻里、次女・芙美の家族が全員集合していました。頭にはパーティー用の三角帽子をかぶっています。

曜子の「お父さんの誕生日会をやりましょう」。の呼びかけで、連れ戻された娘たち。麻里は夫の仕事でカリフォルニアに在住しています。芙美は、自分のお店を持つために忙しく働いていました。

久々に揃った家族でしたが、昇平の様子がどこか変です。麻里と芙美の名前を間違えたり、ポテトサラダの干しブドウを懸命に取り出したり、本を貸すと怒鳴り芙美に国語辞典を渡したり。

「いつから?」「半年ぐらい前かな。でも普通の時もあるの」。曜子はあわてた様子もありません。そんな夫婦の姿に、突然不安になる娘たち。父・昇平、70歳の誕生日でした。

2009年、夏。キッチンカー「青空食堂」で働く芙美の姿がありました。客足はいまいちのようです。

母の曜子から電話がかかってきました。「お父さんの友達が亡くなって、葬儀に一緒に行って欲しいの」。困惑しながらも約束する芙美。

葬儀での昇平は一見普通に見えましたが、死んだ人が友達の中村だとは分かっていません。位牌に向かい「1本!勝者、中村!」と叫びます。どうやら柔道仲間だったことは思い出したようです。

昇平はデイサービスへ通っています。学校の先生で校長先生まで務めあげた昇平は、難しい漢字もすらすら解き、歌の時間には前に出て指揮を振ります。でも、雨になると「帰りたい」。何度もドアの前に立ちます。

デイサービスの送迎車で自宅に帰ると、孫の崇が迎えに出ました。崇は麻里の息子で、母親と一緒に里帰り中です。「あんた誰?」「孫の崇だよ」「そんなことはないだろう」。

麻里と曜子は買い物に出かけています。崇はおじいちゃんと2人でお留守番です。あんた誰?攻撃もなんのその、崇はおじいちゃんが難しい漢字を書けることに驚きます。

「これからは漢字マスターって呼ぶよ」「好きにすれば」。2人は気が合うようです。

「帰りたい」。昇平は家にいながらも、こう呟き外へ出ようとします。曜子と麻里は、昇平を故郷の実家へと連れて帰ることにしました。

縁側に腰かけ、ぼぉーっとする昇平。どうやらここも帰りたい場所ではなかったようです。「おじいちゃん、嬉しくないの?」孫の崇が、おじいちゃんに質問します。

「この頃、いろんなことが遠いんだよ。あんたたちやなんかもよ」。「遠いのは寂しいよね」。崇は遠く離れたガールフレンド、ベスのことを考えていました。

2011年、春。昇平は、認知症になっても本好きのままでした。葉っぱをしおり変わりに挟み、常に読んでいます。今は「相対性理論」を逆さまに持ち熟読中です。

突然やってきた大きな地震。日本の地震のニュースは海外でも伝えられました。心配で居ても立っても居られない長女の麻里。

母・曜子へ連絡をとり、出かける時は放射能の心配があるから、マスクと帽子をして出かけてと言いつけます。

帽子を深くかぶりマスクをした老夫婦の姿は見るからに怪しいものでした。スーパーで引き留められる2人。お会計は済ましたはずです。しかし、昇平のポケットから鮭の切り身が顔を出します。

万引きで捕まった両親を迎えに来た芙美。芙美もまた恋人との別れの予感に揺れていました。

家の縁側で父・昇平と過ごす芙美。「私、またダメになっちゃった。繋がらないって辛いね」。泣き出す芙美のおでこに手を当てる昇平。「熱はないから」。

「まぁーそう、くりまるな」。謎の言葉を発する昇平。「くりまっちゃうよ」。芙美には言葉の意味は必要ありませんでした。「ゆーとするんだな」。さすがに何を言いたいのか分かりません。

寝転がって伸びをする芙美。その姿は、ゆーとしていました。

以下、『長いお別れ』ネタバレ・結末の記載がございます。『長いお別れ』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)2019「長いお別れ」製作委員会 (C)中島京子/文藝春秋
父・昇平の認知症は、ゆっくりながら確実に進んでいました。今後の相談を兼ねて、カリフォルニアから長女の麻里が帰省します。

とたんに、いなくなった父・昇平。妻の曜子と麻里、芙美の姉妹は昇平の携帯に設置したGPS機能で探索し、昇平の元へ向かいます。

たどり着いた先は、遊園地でした。「前に来た事あったっけ?」家族の記憶にありません。

場面は冒頭のメリーゴーランドのシーンに戻ります。

メリーゴーランドに乗れない小さな姉妹が、昇平に声をかけてきます。「こんにちは。かわいそうな子供がいたらどうしますか?」

曜子と麻里、芙美は遊園地内を探し回ります。目に飛び込んできた昇平は、小さな姉妹と一緒に、メリーゴーランドに乗りぐるぐる回転しているではありませんか。

その光景はどこか懐かしく、ほのぼのとしていました。

曜子が思い出します。「お父さん、一度この遊園地に来た事あるわ。最初は私たち3人だけで遊んでいたんだけど、雨が降りそうだからって迎えに来てくれたの」。

仕事一筋でそんなタイプではない父の行動を信じられない姉妹。「その時は、芙美ちゃんが風邪気味で鼻をぐずぐずさせていたの。傘を3本持ってきてくれたわ」。

見ると、メリーゴーランドの入り口に3本の傘が掛けられていました。「お父さん、今日も迎えに来てくれたのね」。

「お父さん!」娘の声に気付き、こちらに向かって手を挙げてみせる昇平。その顔には笑顔が浮かんでいました。

昇平が帰りたかった場所というのは、あの頃だったのではないでしょうか。

2013年、秋そして冬。東京が次のオリンピック開催地に決定しました。昇平にとってはどうでもいいようです。好きな本のページを破り、口の中にいれモグモグしています。

献身的に昇平の介護を続けていた母・曜子が網膜剝離で手術、入院を余儀なくされました。昇平のことが心配で仕方ない曜子は医者の言葉をよく聞き、最短で退院しようと頑張ります。

その間は、次女の芙美が父の介護をかってでました。食事を喉につまらせ吐き出してしまう昇平。元気にうんちも漏らします。介護一日でぐったりな芙美。お母さんの大変さに気付きます。

芙美の介護も空しく、昇平は入院することになります。熱が下がらず、脚の骨にヒビが入っていました。

病室の昇平は、カリフォルニアの麻里とパソコンでテレビ電話中です。麻里は家族の問題を抱えていました。

海外の生活に馴染めず、英語を毛嫌いしている麻里。息子の崇は、学校を登校拒否。夫は研究ばかりで家族を放任しています。

「お父さん、私どうしたらいい?東先生なら崇に何て言ってあげるの?」。麻里は、反応のない昇平に一方的に話し、泣き疲れて寝てしまいます。

そこに帰って来たのは崇でした。そんな母にそっと毛布をかけます。繋がったままのテレビ電話で日本のおじいちゃんの姿を見つけた崇は、そっと左手をあげて見せます。

今まで反応がなかった昇平もまた、笑顔で手を挙げ返しました。やはりこの2人は気が合うようです。

昇平の病室では誕生日会が、妻・曜子と2人の姉妹によって開かれていました。昇平の意識はありませんでした。東家でのお決まり三角帽子をかぶる3人。昇平にもかぶせます。

「今更だけど、この帽子かぶらなきゃダメ?」「始めたのはお父さんよ」。皆で昇平をのぞき込むと、いたずらっ子のように笑っていました。

カリフォルニアの学校のある一室に、崇が呼び出されていました。マスターは崇に何でもいから話すように促します。

「日本の祖父が死にました。記憶を失くしていく病気です」。「アメリカでは、記憶を失くしゆっくり遠ざかっていく認知症のことをロング・グッドバイ(長いお別れ)と言うんだよ」。

「一番の思い出は、祖父は漢字をたくさん知っていて、僕は漢字マスターと呼んでいました」。崇がそう言いながら取り出した紙切れには、エリザベスと漢字で書かれた昇平の文字がありました。

「君が学校に来ない理由は、祖父の死に原因があるのかな?」「まったくありません」。

崇と昇平は確かに繋がっていました。帰りの廊下に、緑の葉っぱが舞い落ちていました。おじいちゃんが本の間に挟んでいた葉を思い出します。

『長いお別れ』映画と原作の違い


(C)2019「長いお別れ」製作委員会 (C)中島京子/文藝春秋
2015年刊行の、中島京子の原作「長いお別れ」は、中央公論文芸賞と日本医療小説大賞をW受賞しました。

認知症を患った父と、父を支えた家族の10年間の物語ですが、映画では7年間のお話となっています。

作者の実体験を元に書かれた小説『長いお別れ』は、父親が認知症になるという厳しい状況において、家族の奮闘をどこかユーモアを交え描かれています。

映画は、原作の雰囲気はそのままに、演じるキャストの皆さんの素晴らしい演技力で、より身近に感じられるものとなっています。

原作との違いを比較してみましょう。

原作『長いお別れ』は3姉妹

映画では長女・麻里と次女・芙美の2人姉妹の設定ですが、原作では長女・茉莉、次女・奈菜、そして三女の芙美の3姉妹です。

原作の長女・茉莉は映画と同様、夫の仕事の都合でカリフォルニア在住。次女・奈菜は結婚して家を出ているも、母・曜子にとっては一番頼り易い娘。三女・芙美はフードコーディネーターとして大成しています。

映画では、次女の奈菜の設定を失くしたことで、芙美が2人分の役を演じています。仕事と恋愛に悩みながらも、父の介護を通して前向きに成長していく芙美。

原作での芙美は三女で要領が良く、言いたいことを言うタイプです。葬儀で会った父の同級生におせっかいな見合い話を持ち掛けられ、フードコーディネーターの仕事をフリーターと言われ、たまらずお猪口を投げつけるという珍エピソードを映像で見たかったです。

そして映画では、姉妹の関係に母・曜子が混ざることで、三姉妹のような役割分担が完成しています。

母・曜子の献身的な介護

原作では、父の介護の過酷さがよりリアルに描かれています。そして母・曜子のパワフルで愛情たっぷりの介護エピソードが盛りだくさんです。

メアリーというアルツハイマー治療薬をアメリカから取り寄せ、マンゴーが良いと聞けば干しマンゴーでお茶を作ると言い出し、薬を飲みたがらない夫と格闘しながらも、体力の限界まで世話を焼きます。

原作での衝撃エピソードをひとつ。それは、入れ歯の捜索です。何度も入れ歯を失くす昇平。曜子はそのたび腹を立て見つけようとしますが見当たらない。それを、探偵ドラマ好きな孫が毎回探し出してくれます。

映画でも、曜子の献身的な介護が描かれています。「お父さんのことは私が」と思う反面、自分の体力も限界になる老老介護の厳しさが伺えます。

孫・崇とおじいちゃん


(C)2019「長いお別れ」製作委員会 (C)中島京子/文藝春秋
この物語の核のひとつに、おじいちゃんと孫の関係があります。2人の会話は噛み合うことはありませんが、不思議と分かり合っています。

歳を取ると子供に返ると言いますが、おじいちゃんと孫というのは相性がいいのかもしれません。

認知症でも漢字の得意なおじいちゃんのことを、孫は「漢字マスター」と名付け、素直に尊敬します。2人の関係には言葉はいりませんでした。

原作では「漢字マスター」ではなく「永久名人」と名付けられます。また、映画では崇のガールフレンド、ベスの名前を漢字で書かせるシーンがありますが、原作にはありません。

ラストで崇が、昇平が書いた漢字の紙切れを持っていたシーンは、映画だけのオリジナルです。

原作だけのエピソード

原作ではなんと、昇平と曜子がカリフォルニア在住の長女の所へ遊びにいくことになります。

「いったい、どこへ行くんだ」と、何度も聞く昇平をなだめ、カリフォルニアに出発します。

航空会社がシニア向けに提供している高齢者サポートサービスを利用するも、知らない女性にはカッコつける節がある昇平は、サポートの女性を見ると急にシャキッとし飛行機に乗り込みます。

どうにか長女の元へたどり着くも、カキ以外は口にしないという荒業で過ごし、帰りには「いったい、どこへ行くんだ」と振り出しに戻ります。

「行ったとも思わないのにもう帰るのか。なにやらはかない旅だった」。

映画だけのエピソード

映画では、突然いなくなった昇平を、曜子たちはGPS機能を使って探し出し、遊園地まで迎えに行きます。しかし、原作では迎えに行くことはありませんでした。

遊園地のメリーゴーランドに乗る昇平を見守る家族のシーンは、とても愛情に溢れていて感動的でした。

知らない子どもたちと、成長した娘、麻里と芙美の姿が重なります。父親の昇平が帰りたかった場所は物理的な場所ではなく、頭の記憶の中にある幼い子供たちといる自分に戻りたかったのだと思い知らされます。

また、昇平が入院し最期が近づく病室で、家族は誕生日会を開きます。これも映画だけのシーンです。東家でのお決まり、三角帽を昇平にもかぶせます。穏やかな時間が救いとなりました。

老いは誰にでもやってきます。あらゆることを忘れてしまっても、最後に残る記憶は家族の記憶なのかもしれません。

まとめ


(C)2019「長いお別れ」製作委員会 (C)中島京子/文藝春秋
映画『長いお別れ』を原作との違いを交えて紹介しました。

認知症は、進む高齢化社会で誰もがなり得る病気です。身近な家族がなってしまったら、将来自分が何もかも忘れてしまったら。そう思うと、とても怖い病気です。

映画『長いお別れ』は、そんな認知症を、どこかユーモラスに取り上げています。認知症の父に戸惑う家族の葛藤や、介護の厳しさをリアルに描きながらも、認知症を受け入れるという道を示してくれます。

また、老夫婦だけでお互いを介護し合う「老老介護」の実態や、何を持って幸福と感じるかQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を考慮した介護のあり方を取り上げており、自分の老後も含め、高齢介護について考えるきっかけにもなりました。

今や他人事ではない認知症。ロンググッバイ(長いお別れ)と、どうやって向き合っていくのか。映画『長いお別れ』は、ひとつの答えを与えてくれます。

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