連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第54回
ヒューマントラストシネマ渋谷で開催された“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」。今回は、血まみれにして捧腹絶倒のブラック・コメディを紹介します。
小さなものから大きなものまで、兵器を手広く生産・販売しているテキサスの大手軍事企業。ある日極秘に開発したエナジードリンクを、社員全員に飲ませてみたら、さあ大変。
元気100倍になった社員は凶暴化、文字通り血で血を洗う社内抗争が勃発。ハイテク・オフィスビルは収拾不能の修羅場になります。
このピンチに遭遇した主人公のボンクラ社員。果たして仲間と共に生還できるのか。
第54回はサバイバル・アクションコメディ映画『Z Bull ゼット・ブル』を紹介いたします。
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CONTENTS
映画『Z Bull ゼット・ブル』の作品情報
【日本公開】
2019年(アメリカ映画)
【原題】
Office Uprising
【監督】
リン・オーディング
【キャスト】
ブレントン・スウェイツ、ジェーン・レビィ、カラン・ソーニ、ザッカリー・リーバイ、カート・フラー、バリー・シャバカ・ヘンリー、イアン・ハーディング、アラン・リッチソン、グレッグ・ヘンリー
【作品概要】
殺人兵器を生産・販売する巨大軍事企業のオフィスビルで、試作品の兵士用強化ドリンクを飲んだ社員たちが狂暴化、殺し合いを始めるサバイバル・コメディ映画。
主演は『パイレーツ・オブ・カリビアン 最後の海賊』で、オーランド・ブルームの息子役を演じたブレントン・スウェイツ。
主人公の恋人を『ドント・ブリーズ』で、盲目の老人相手に恐怖の体験をしたジェーン・レビィ、親しい同僚を「デッドプール」シリーズの、タクシー運転手役でお馴染みのカラン・ソーニが演じます。
凶暴化して襲って来る上司を演じるのは、TVドラマ『CHUCK チャック』や『塔の上のラプンツェル』、そしてDCコミック映画『シャザム! 』のザッカリー・リーヴァイです。
映画ファンなら納得の豪華キャスト共演でおくる、風刺の効かせた不謹慎な笑いが、全編に弾ける映画の登場です。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『Z Bull ゼット・ブル』のあらすじとネタバレ
テキサス州にある、100年の歴史を誇る巨大軍事企業アモテック社。
CEOのフランクリン・ガント(グレッグ・ヘンリー)は、中古車販売店の様な悪趣味なCMで、アメリカの敵をブッ殺してきた、歴史ある自社製品の数々を誇らしげに紹介しています。
そのアモテック社に出社してきたデズモンド(ブレントン・スウェイツ)。ゲートの警備員クラレンス(バリー・シャバカ・ヘンリー)に通行証を見せるのにモタつき、言い訳して何とか通過。要は遅刻して出社です。
オフィスに急ぐデズモントは、同僚で幼馴染のサマンサ(ジェーン・レビィ)とエレベーターで一緒になります。
常に遅刻とサマンサに指摘され、やる気が無いのは仕事のせいだと答えるデズモント。
そんな彼にサマンサは、遅刻防止の為のプレゼントとして腕時計を渡します。
デズモントは遅刻がバレないよう、コソコソ隠れながら経理部の自分のデスクに到着。
さっそくパソコンを操作しますが、仕事をせず何やらゲームをいじっている様子。そこに上司のナスバウム(ザッカリー・リーバイ)から呼び出しの連絡が入ります。
ナスバウムのお婆ちゃん秘書、ヘレンが丁寧かつもたもたと、デズモントを案内してくれます。
現れた彼にナスバウムは、アモテック社がアルトリア社と合併すると告げます。
ところで、クレイトン報告書は出来ただろうなと、尋ねるナスバウム。
デズモントはすぐ出来ると報告しますが、全力を尽くさないと合併後会社に残れないぞと、ナスバウムは警告します。
解放されたデズモントが戻ると、同僚たちが寄ってきます。皆合併に伴う人員整理を恐れていました。
年配のレントワース(カート・フラー)は経理の半数はクビになる、昨日解雇されたメグは記念にアモテック社のTシャツを渡されたと話し、明日は我が身と心配していました。
同僚でジャカルタ出身のムラト(カラン・ソーニ)は、叔父はアメリカに行けば心臓病と解雇と、セクシーな白人のお姉さんに悩ませられると、警告してくれたのに、と嘆きます。
一方ムラトを“ジハード戦士”呼ばわりするマーカスは、自分はおエライさんの甥だから安泰、クビになるのはお前らで、自分は昇進だとはしゃいでいます。
レイシストとして振る舞うマーカスの横暴に、平和主義者のイスラム教徒であるムラトは我慢します。
次にナスバウムに呼び出されたのはレントワース。彼はさっそく転職先を考え始めます。
そんな騒ぎの中、研究部門のフローム博士(イアン・ハーディング)に呼び出されたデズモント。彼は会社の中での処世術を語りながら、博士の元に向かいます。
その1、クリップボードを持つ事。何となく忙しそうに見えます。その2、困った時は専門用語を口にする。その3、同僚に求められても何も与えない。そうすりゃ誰からも期待されず楽ができる。
広告部門を通ったデズモントは、ボブ(アラン・リッチソン)から宣伝コピーのアイデアを求められますが、実に適当な事を言って誤魔化します。
その4、上の階に行くほど社員の人格は低下する。上の階にある販売部門のヤリ手社員たちは、電話でトンデモない内容をまくしたてていました。
その5、発注に関する権限は、経理の僕が握っている。研究部門に到着したデズモントは、頼んだ物が届かないとフローム博士に文句を言われます。
博士は新兵器のバトルスーツ、XL-9を開発中でした。人は殺すが有機物(生ゴミ)で動く、実に地球に優しいエコな兵器です。
バトルスーツ以外にも、怪しげな物を開発研究中のフローム博士の部下。XL-9のテストに巻き込まれ、笑い者にされるデズモンド。
博士の態度に怒ったデズモンドは、経理の力で対抗します。彼の発注書を握り潰します。
その6、ストレス軽減には正しい呼吸法。隠れて仲間と共にハッパを吸うデズモンド。結局クビを宣告されたレントワースも、一緒に吸ってストレス軽減中です。
そして最後、自分の尻は自分で拭く。クビに備えて予備プランを用意しておく。デズモントは就業中に、本業そっちのけでゲームアプリを開発していました。
やる気の無いデズモンドは、ピザを頼もうと電話をかけますが、会社のコールセンターで止められます。就業中は外部への連絡禁止。コスト削減第一で作られた会社の方針でした。
何ともイヤな会社ですが、デズモントは世界一の会社だと話します。医療保険にタダのコーヒー、そしてゲームアプリの開発が出来る。しかしムラトは、他に理由があるのでは、と冷やかします。
それはサマンサの事でした。彼女は幼馴染であり、恋愛で彼女との友情を壊したくないと説明するデズモンド。
放送が社員に対し、午後4時から開かれる自己啓発セミナーに参加するよう告げます。
全社員が集められ、CEOのガントがスピーチを始めます。ガントは開発された新製品、内なる戦士を呼び覚ますエナジードリンク、「ゾルト」について語り始めます。
付き合いきれないと思ったデズモンドは、家に帰って報告書を完成させると言って、サマンサとムラトを残し、セミナー会場を後にします。
会場を後にしたデズモントは、大量の「ゾルト」が運び込まれるのを目撃します。
家に帰ったデズモンドはパソコンに向かい、報告書の作成を始めます。しかし家ではマリオキャラのコスプレをした友人たちが、ゲームに興じていました。
友人たちの誘いに乗らず、真面目に仕事をするデズモンド。
しかし“マリオカート”に誘われては断れません。友人たちと街に出て、ショッピングカートを使った、リアル“マリオカート”に興じてデズモンドは大はしゃぎです。
翌朝、いつもの様に寝坊をしたデズモンド。当然報告書は未完成。それでも慌てて出勤します。
いつもの如く遅刻して出社、いつもの如くゲートの警備員クラレンスに言い訳を、と思ったら誰もいません。ヤバそうな顔で退社する、開発部の研究者とすれ違い、これ幸いと出勤します。
人目を逃れ身を隠しつつ、オフィスに向かうデズモンド、お蔭でそこらに転がる死体に、都合よく気付きません。なんとか自分のデスクに着くと、早速上司のナスバウムから呼び出しが入ります。
いい加減な内容のレポートをプリントし、深呼吸して上司の部屋に入るデズモンド。しかしナスバウムの言動が怪し過ぎます。
その脇に無数の鉛筆が突き刺された同僚、ジェリー・ソロモンの死体が転がっているのを見て、ようやくマズい状況に気付いたデズモンド。
ジェリーの報告書には酷いスペルミスがあったので、始末したと告げるナスバウム。そんな恐ろしい上司に、デタラメなレポートを見せるという大ピンチ。
内容以前にスペルミスを発見され、キレた上司からデズモンドは逃げ出します。
他の社員も何やら叫んで追ってきます。同僚のカーターに事情を尋ねますが、彼は「ゾルト」の飲みながらパソコン仕事に没頭。仕事のデータが騒ぎで失われると、彼もキレて襲ってきます。
デズモンドは警察へ通報を試みますが、間に入ったコールセンターが外への連絡を許しません。電話越しにそこも修羅場になったと知り、彼は何とか逃れようと走り回ります。
クリップボードを文字通り盾にして身を守り、危ないテンションで「ゾルト」のコピーを考える、広告部のボブのチームには、適当な事を言って逃れるデズモンド。
身を潜めた時に、サマンサからもらった腕時計のアラームが鳴りだします。デズモンドはまず彼女の無事を確かめる事にします。
サマンサは無事でしたが、机の上に「ゾルト」を置いて仕事に夢中。デズモンドの質問に缶の半分位は飲んだかかなと答えるサマンサ。
これなら彼女は大丈夫、と信じたいデズモンド。
しかし彼が「ゾルト」をこぼすとブチキレ、花婿の介添人のイケメンみたいにナニしてやると、叫んで襲ってくる始末。やむなくデズモンドは彼女を、心の平穏を説く自己啓発本でブン殴り、文字通り大人しくさせます。
彼はサマンサを台車に乗せると、テープでグルグル巻きにします。
彼女は解放してと訴えますが、怒るとトンデモない事を口走る状態です。彼女を乗せた台車を押して逃げるデズモンド。
ナスバウムの経理部チームと、ボブの広告部チームが迫る中、逃げ回った2人はムラトに出くわし大慌になります。
ありがたいのはイスラム教の教え。ラマダン(断食)のおかげで、ムラトは「ゾルト」を飲まずにいて無事でした。
グルグル巻きのサマンサは「ゾルト」を飲んでいると知り、ゾンビみたいに襲って来るから始末しよう、と物騒な提案をするムラト。
それでも彼は、平和主義者と称する優しい性格ですから、結局デズモンドとサマンサを助け行動を共にします。
互いに会社での功績を誇る経理部と広告部の派閥抗争が、全面戦争に発展するかと思いきや、ナスバウムがボブを「ゾルト」の空き缶で殺害、広告部を引き継ぎます。
暴徒の群れは1つになり、それを見たデズモンドたちは逃げ出します。
階段では社員同士が殺し合い、エレベーターは破壊された状況で、どう脱出するかは至難の業。
映画っぽく通気口から脱出するにも、どうがんばっても台車のサマンサが通気口に入りません。
ならばと窓ガラスを破ろうとするデズモンド。サマンサとムラトが止めるのも聞かず実行すると、次世代テロ対策システムが働き、ビルの窓と出入り口は完全封鎖。
マニュアルを読まなかったのかと責められても、いい加減に仕事をしていたデズモンドが読んでる訳がありません。
もはや脱出の手段無し。いや、会社の経営陣ならセキュリティ解除が出来るはず。そう気付いた3人は、ビルの最上階にある役員室を目指します。
怒れる社員の群れを通り抜けるには、イカれたふりをするしかありません。
3人はジェニファー・ローレンスのドレスの趣味とか、セグウェイに乗ったジャスティン・ビーバーとか、思いつく限りのイカれたものを叫んで突破します。
3人を凶暴化したお婆ちゃん秘書のヘレンが、気の毒にもヨボヨボと襲ってきます。やむなくデズモンドが、植木鉢をヘレンの頭に叩きつけて責められます。
しかし文句を言ってたムラトが襲われ、ヘレンを壁に叩きつけて始末する結果に。己の行為に心が折れかける、と嘆くムラト。
先に進むには心優しい女子社員の園、人事部を通り抜けるしかありません。
マトモな状態のレントワースが人事部に現れましたが、やはり凶暴化していた「ショムニ」の皆さんに囲まれます。
レントワースの危機を救うため、デズモンドは処世術その2に従い、デタラメな専門用語を並べた放送を流し、女子社員を納得させ大人しくさせます。
小切手を受け取りに現れたレントワースは助け出され、行動を共にします。
一致団結して襲い来る人事部社員をどうするべきか。そこでサマンサは女子社員に、敵は私たちでなくお局様のリサだと言い出します。
リサが誰かのウワサを広めただの、誰かの子供の陰口を言っただの、彼女の秘密を暴いていくサマンサ。
予算をケチって冬に暖房の温度設定を下げた、との言葉が引き金になり、女子社員は今まで見てきた以上の、醜い内輪モメを始めます。その隙に人事部を通り抜ける一同。
さらに上に進むには、普段ですら人格に難のある連中の巣窟、販売部を通り抜けるしかありません。レントワースを加えた4人は用具置き場に入り、備品を使って武器を作り始めます。
この状況は自分の作っているゲームみたい、とつぶやくデズモンドに、サマンサは興味を示します。彼女はデズモントのゲーム作りに好意的でした。
サマンサは暴れたら殺してかまわない、と言って台車のグルグル巻きから自由の身にするよう訴えます。彼女も解放され、デタラメな装備を身に付けた4人は覚悟を決めます。
雄叫びを上げ販売部に飛び込んで行く一同。何かの拍子にケガさせても、偶然だからね、と叫ぶ平和主義者のムラト。凄惨かつ過激な闘いが幕を開けます。
映画『Z Bull ゼット・ブル』の感想と評価
ブラックな笑いで見せるサラリーマン抗争劇
この罰あたりな映画で、一体全体、合計何名の犠牲者が出たのでしょうか。
凶暴化した社員が、オフィスビルで殺し合う。誰にも皮肉が理解出来る設定ゆえか、シリアスからコメディまで似たシチュエーションの、あの手この手の映画が多数あります。
参考映像:『Z Inc. ゼット・インク』(2018)
「未体験ゾーン」をご存知の方なら、タイトルも含めて「未体験ゾーンの映画たち2018」に登場した『Z Inc. ゼット・インク』を思い浮かべるでしょう。
こちらの舞台は権力抗争の激しい法律事務所、凶暴化の原因はウィルス。どちらも上の階ほど偉い方がいるお馴染みの構図。全く別の作品ですが、似た邦題が付いたのも納得できます。
しかし、明らかに『Z Bull ゼット・ブル』の方が、悪ノリ度パワーアップ。紹介した以外にも言葉ネタが豊富で、不謹慎ネタが大好きで、この程度の流血なんのその、という方には実に明るく楽しいホラー・コメディ映画です。
映画好きならどこかで見た顔が並ぶかも?
この映画は作品概要で紹介した通り、旬のキャストを揃えた豪華なものになっていますが、脇役陣も映画や海外ドラマを見る人には、お馴染みの顔ぶれがそろっています。
冒頭、警備員のクラレンスとして僅かに登場するだけの、バリー・シャバカ・ヘンリーは黒人脇役俳優の代表格のお一人。強いて代表作を上げるなら、スピルバーグ監督作『ターミナル』の空港警備員役。映画や海外ドラマをよく見る人なら、絶対見ている人物です。
レントワースを演じたカート・フラーも、脇役として欠かせない人物。個性的な顔で悪役からコミカルな役までこなせる人物で、こちらも強いて映画の代表作を上げると、ウディ・アレン監督作『ミッドナイト・イン・パリ』の、レイチェル・マクアダムスの父親役でしょうか。
問題の多いCEOフランクリン・ガントを演じ、悪乗り演技を見せるグレッグ・ヘンリーも、同様の活躍を見せるベテラン俳優。最近はジェームズ・ガン映画の常連で、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』でスター・ロードこと、ピーター・クイルの祖父を演じた人物です。
この3人のベテラン俳優、この記事を読んでいる人には、間違いなくピンとくる顔です。
まとめ
ブラックな笑いがお好みの方には、必見の映画『Z Bull ゼット・ブル』。
タイトルに“Z”が付いているものの、どちらかと言えば『ゾンビ』ものと言うより、同じジョージ・A・ロメロの『ザ・クレイジーズ 細菌兵器の恐怖』に近い作品です。
舞台になるのは軍事企業、大活躍するイスラム教徒と、風刺的なネタが多数ありますが、決して“政治的に正しい”、お堅い笑いの映画ではありません。
むしろ全編に漂う不謹慎ネタ、セリフに散りばめられた小ネタを楽しむ、バチ当たりな笑いを楽しむタイプのコメディです。
実は一番際どいセリフを口走って笑わせてくれるのは、サマンサを演じたジェーン・レビィ。リブート版『死霊のはらわた』や『ドント・ブリーズ』の印象が強いですが、2011年から3シーズン続いた人気のシットコム『Suburgatory』に主演している女優です。
この映画で是非、コメディエンヌとしての彼女の姿を確認して下さい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第55回は宇宙を舞台に巨大生物を相手に、体一つで立ち向かう人々の姿を描いたSFアクション映画『ホワイト・スペース』を紹介いたします。
お楽しみに。