連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第52回
ヒューマントラストシネマ渋谷で開催された“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」。今回はシルヴェスター・スタローン主演の映画が登場します。
駆け出しの頃はポルノ映画に出演などの苦労を重ね、『ロッキー』の成功で大ブレイク。同作品で主演男優・脚本賞でアカデミー賞ノミネートされ、世界的スターとなったスタローン。
「ロッキー」「ランボー」シリーズでその名を不動のものとしますが、同時に作品や役柄に停滞感が漂い始めると、スターの地位の代償か、ラズベリー賞の常連になりました。
そんな中、誰もが期待していなかった『ロッキー・ザ・ファイナル』が、2006年全米で公開されるや大絶賛、その後『ランボー 最後の戦場』のヒット、そして「エクスペンダブルズ」シリーズ誕生と、奇跡のV字回復を成し遂げ現在に至ります。
そのスタローンが、今回は役者業に徹しアクションで魅せる映画に主演します。
第52回はノンストップ・クライム・アクション映画『バックトレース』を紹介いたします。
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CONTENTS
映画『バックトレース』の作品情報
【日本公開】
2019年(アメリカ映画)
【原題】
Backtrace
【脚本・監督】
ブライアン・A・ミラー
【キャスト】
シルヴェスター・スタローン、ライアン・グスマン、マシュー・モディーン、メドウ・ウィリアムズ、クリストファー・マクドナルド、コリン・エッグレスフィールド
【作品概要】
刑事のサイクスは、かつて2000万ドルが奪われた強盗事件を担当していた。犯人は仲間割れから殺し合い、唯一の生存者マクドナルドは記憶を失って事件は未解決となります。
その7年後、マクドナルドが何者かの手引きで、収容先の医療施設から脱走する。彼の逃亡を助けた者の目的は何か、事件の真相は。因縁の事件を追跡するサイクス刑事。
記憶を失った強盗犯を演じるのは、80年代は青春映画のスターとして、また『バーディ』や『フルメタル・ジャケット』の優れた演技で人気を博したベテラン、マシュー・モディーンです。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『バックトレース』のあらすじとネタバレ
荒れた工場の敷地から現れた3人の男。シャベルを手にした男たちは、何かを隠してきた模様です。3人の男は慌てて車に乗り立ち去ります。
こんなのは計画と違う、誰も傷つけず死者も出さず、盗まれたものを取り返すだけだったと、訴えるマクドナルド(マシュー・モディーン)。
車は林にほど近い空き地に到着します。そこには2台の車が待ち受けていました。
待ち受けていたのは3人が知らない人物。マクドナルドは嫌な予感を覚えます。
3人は周囲を警戒しながら待っていた男たちと交渉します。マクドナルドたちは2000万ドルを銀行から強奪し、金の洗浄と逃亡の手配を依頼していました。
しかし相手は金の洗浄に必要だと、全額の引き渡しを要求、交渉は言い争いになります。
険悪な雰囲気の中、相手は銃を撃ってマクドナルドの仲間2人を射殺します。マクドナルドは必死に林に逃げ込みます。
男たちは金が無いと気付き、隠し場所を知ろうと彼を追い始めます。
銃撃されながらも必死に逃げるマクドナルド。撃たれて激しく転倒し、意識を失います。男たちはマクドナルドを捕えようとしますが、人が迫ってきてやむなく引き上げます。
意識を取り戻したマクドナルドは、頭部を負傷していました。ヨロヨロと歩きますが、また倒れてしまいます。
男たちが撃ち合った現場を捜査する警官の中に、サイクス刑事(シルヴェスター・スタローン)がいました。
警察は残された遺体は、3人組の銀行強盗犯の2人だと調べてあげていました。1人は銀行の警備員トルビー、もう1人はフォスター。
もう1人の犯人、マクドナルドは行方不明です。状況から犯人が仲間割れを起こしたものと判断されました。離れた場所で倒れていたマクドナルドが発見され、病院に運ばれます。
テレビのニュースは、2000万ドルが強奪された銀行強盗のニュースを報じていました。犯人のうち2人は射殺され、残る1人は昏睡状態。警察はFBIと共に捜査中であると発表していました。
7年後。警備員の立ち合いの下で、マクドナルドは医師の診察を受けていました。彼は負傷の後遺症の頭痛と悪夢に苦しめられ、過去の記憶を失っていました。
医師はマクドナルドに記憶を失っていた方があなたの為かも、と告げますが、彼は刑務所に行くべき事を行ったなら、事実を知って罪をつぐないたいと話します。
医師は看護師のエリン(メドウ・ウィリアムズ)に、指示通り治療を行うように告げます。
犯罪容疑者が収監される医療施設にマクドナルドはいました。食堂にいた彼に、男が近づきます。男はここに来たばかりのルーカス(ライアン・グスマン)だと名乗ります。
マクドナルドが彼が「来た」と告げた事を疑問に思います。ここは自分の意志で「来る」場所ではないと。マクドナルドは何となく、彼に見覚えがあると感じていました。
ルーカスは7年も収監されているマクドナルドに、外に出たいだろうと持ちかけ、薬を渡します。今クスリを飲めば、仲間が彼を脱出させると言うのです。
ルーカスの狙いは強奪事件の後、行方不明となった2000万ドル。マクドナルドは記憶に無いと答えますが、それでもかまわないと逃亡を薦めるルーカス。
彼は今日には出所するので、計画に乗るなら今だと告げます。ルーカスは職員に連行されて行き、マクドナルドは渡された薬を飲みます。
薬の効果で倒れたマクドナルドは医務室に運ばれます。そこに看護師のエリンと、診察に立ち会った警備員のファレンがいました。2人は彼に回復する薬を与え、共に逃亡を図ります。
エリンの車に潜んだマクドナルドは、ファレンに助けられ施設の外に出ていきます。
マクドナルドの逃亡を知り、医療施設に現れたサイクス刑事。
サイクスは彼の記憶喪失が芝居であったかを問いますが、医師は深刻な逆行性健忘症であり、脳のダメージは自分が見た最悪のケース。生きているのが不思議な状態だと説明します。
そのような人物がどうやって脱走したのか謎でした。サイクスは脱走後、警備員のファレンが行方不明だと報告を受けます。サイクスはファレンの自宅を捜索するよう指示します。
案内された隠れ家で、ルーカスと再会したマクドナルド。彼は医療施設に勤務していたエリンとファレンが、周到な計画を持って自分に近づいたと悟ります。
彼に見せたいものがあると告げ、一室に案内するルーカス。
そこには7年前の銀行強盗事件に関する、警察の資料を含む詳細な情報が集められていました。マクドナルドはこの件で、何度もサイクスに尋問されていました。
ルーカスは弾道検査の結果、トルビーとフォスターを射殺した銃は現場には無く、第三者が射殺した可能性を告げます。マクドナルドは2人を殺したのは自分では無いと知り驚きます。
警察ではサイクス刑事が中心となって、マクドナルド追跡の捜査会議が行われていました。そこにFBIのフランクス捜査官(クリストファー・マクドナルド)が現れます。
強盗事件の捜査を行っていたFBIが、警察にすべての情報を伝えていなかったのがサイクスには不満でした。
サイクスの仕事ぶりを見て信用したのか、フランクスは7年前の事件の詳細を彼に教えます。
強盗された銀行は不正を行っていました。マクドナルドの務めていたセメント工場のオーナーは、従業員の企業年金を担保に、銀行から3000万ドルを借り入れ、オーナーは計2400万ドルのボーナスを得た後、会社を倒産させていました。
銀行は企業年金を差し押さえ、セメント工場の従業員は路頭に迷う事になりました。この不正を知った元従業員のマクドナルドは、仲間と共に銀行を襲ったのです。
医療施設から行方をくらました警備員のファレンの家には、サイクスの部下カーター刑事(コリン・エッグレスフィールド)が踏み込んでいました。
しかしファレンの姿はありません。カーターはサイクスに報告すると、更に彼の身元を追求していきます。
その頃マクドナルドは、隠れ家で新たな治療薬について説明されていました。LPT促進剤という脳の前頭葉を刺激する薬で、臨床試験では8割の患者が記憶を取り戻していました。
但し残りの2割は死亡しています。マクドナルドは薬の使用を拒否します。
ファレンは無理やりにでも薬を注射しようと言いますが、ルーカスがなだめます。彼らはマクドナルドが2000万ドルの行方を知っていると信じていました。
8割に成功に賭ける気になったマクドナルドは、副作用について尋ねます。
目まいに頭痛と聞き、既に経験している事だと言い彼は使用を決断します。ルーカスは薬剤の注射後、15分経てば効果が現れるはずだが、効果を高める為に記憶に関わる現場に行くと説明します。
脳に直接薬剤を注入するため、エリンは苦痛を伴う注射を彼に打ちます。
サイクス刑事とフランクス捜査官は、改めて7年前の強盗事件を調査していました。
事件を起こした3人の身元は、マクドナルドはセメント工場の従業員。フォスターはセメントを使用していた業者、トルビーは襲われた銀行の警備員でした。
フォスターとトルビーを殺害した銃は現場にありません。彼らを殺し、マクドナルドを逃亡させたのはセメント工場の元従業員か、取引関係の者か。多くの者が動機を持っていました。
隠れ家のマクドナルドに注射の効果が現れます。この家を知っている、来たことがあるぞと、彼は叫びます。
幻覚も副作用の1つですが、彼は自分の記憶の断片を見ていると感じていました。この家は何だ、と叫んで彼は扉を開けて回ります。
その隠れ家に、警察の車両が近づいてきます。警察は差し押さえ物件の家に、人がいる事を不審に思い確認に現れました。
ルーカスとエリンが出て物件の購入希望者を装って誤魔化し、警官は警告すると立ち去ります。
この家を知っている、と繰り返すマクドナルドに、エリンはここはあなたの家、だからここに連れて来たと告げます。ルーカスらは荷物をまとめると、マクドナルドと共に移動します。
ルーカスはマクドナルドを、事件に関連した場所に連れて行きます。
徐々に記憶を取り戻すマクドナルド。彼は仲間にした銀行の警備員、トルビーが奪った金の洗浄を依頼する目的で、別の男を引き入れた事を思い出しました。
しかし強奪した金を隠した場所は思い出せません。痛みを訴えるマクドナルドに、エリンは我慢してと励まします。
彼は金を隠したのは水辺でタワーのある場所だと、そこは彼が務めていたセメント廃工場だと気付きます。
警察署では集まった一同に、サイクスが7年前の事件について説明していました。
マクドナルドを脱走させたのが、彼の仲間を射殺した人物なら危険な相手だと、全員に警戒を促します。
サイクスは部下のカーターから、マクドナルドを逃がした一味の1人、ファレンの身元が特定出来ていないとの報告を受けます。
サイクスは信頼する彼に、セメント工場について語り、その関係者がマクドナルドと接触していないか確認中と状況を説明します。
セメント廃工場で立ち尽すマクドナルド。エリンは彼の邪魔をさせず、記憶を思い出す事に専念させます。4人は廃工場に入っていきます。
かつてここで働いていた、と聞かされたマクドナルドは徐々に記憶を取り戻していきます。
銀行から奪った金を詰めたカバンを持ったマクドナルドたち。彼らは工場の敷地内に金を埋めてはいません。工場内の階段を上へと登っていきます。
彼らはシャベルで壁を壊し、セメントを運ぶコンベアーの下に押し込んで隠します。
ならばセメントの貯蔵庫、サイロの中にあるはず。それを聞いたルーカスとファレンが探しに向かいますが、それらしき物は見つかりません。
サイクスからセメント工場の話を聞いたカーター刑事は、車で廃工場に向かっていました。そして工場のゲートが開いている事に気付き、中へと車を進めます。
工場内ではマクドナルドがある事に気付きます。当時工場は閉鎖され、コンベアーは動いていなかったはず。ならばカバンは貯蔵庫に落ちず、廃棄物を落すダクトへと落ちたはずだと。
ルーカスとファレンはダクトの下を捜し、何かある事に気付きます。取り出そうとするマクドナルドたち。エリンが警官が1人、廃工場に現れたと気付き皆に警告します。
その言葉でマクドナルドは、新たな記憶を取り戻しました。強奪した金の洗浄を依頼した相手に、警察関係の人物がいた事実を。
そしてマクドナルドは、最も大切な記憶を取り戻していました。
映画『バックトレース』の感想と評価
格差社会を反映した犯罪映画の1本
スタローン主演のクライム・アクションであるこの作品。記憶を失った容疑者という特殊な状況だけでなく、設定には世相を反映した一工夫があります。
健康保険や年金を、企業が用意した民間のものに頼るアメリカ社会。優良企業の高所得層はその恩恵を満喫できますが、務めた会社が破たんすると、悲惨な運命が訪れる事もあります。特に経営陣が上手く逃れて財産を守り、割りを喰うのは労働者という事例も発生しています。
参考映像:『ディック&ジェーン 復讐は最高!』(2005)
ジョージ・シーガルとジェーン・フォンダ主演の映画、『おかしな泥棒 ディック&ジェーン』は、2005年ジム・キャリー主演の『ディック&ジェーン 復讐は最高!』としてリメイクされた犯罪コメディ映画です。
務める会社の倒産に遭遇した夫婦が、犯罪稼業を始めるというコメディですが、リメイク版は当時粉飾決済の果て破たんした大企業、エンロン事件を風刺した内容になっています。
エンロン事件も、幹部が破綻直前に株を売り抜け資産を守ったのに対し、多くの一般従業員が財産を失い社会問題になりました。
映画には元エンロン社員が登場、クレジットに「参考になった倒産した会社」を表示した、強烈な風刺映画になっています。
参考映像:『ジーサンズ はじめての強盗』(2017)
日本ではビデオスルーの映画、『お達者コメディ シルバー・ギャング』をリメイクした犯罪コメディ『ジーサンズ はじめての強盗』。
こちらもジーサンズことモーガン・フリーマン、マイケル・ケイン、アラン・アーキンが、務めた会社の合併で企業年金を失った結果、強盗に手を染めるお話となっています。
共にリメイクに当たって、格差社会を風刺したストーリーに改変されました。
アメリカでトランプ政権を支持する白人労働者層とは、過激な人々というイメージがありますが、多くがこの様な社会的格差と不公平に、不満を感じている層でもあります。
紹介した2本の映画も『バックトレース』も、格差社会に不満を覚える人々に、少しは溜飲の下がるエンターテインメントを提供した作品といえます。
スタローンの役者業専念映画
俳優だけでなく製作・監督・脚本として、自身の映画に関わる事の多いシルヴェスター・スタローン。
「エクスペンダブルズ」シリーズや、「ロッキー」シリーズのスピンオフ「クリード」シリーズで、現在も精力的に活躍しています。
特にこれらの作品は、同世代に活躍したアクション俳優にもう一花咲かせる、洒落っ気と漢気を感じさせる起用は、映画ファンから熱く応援されています。
その一方で2010年以降の役者業に専念した作品には、アーノルド・シュワルツェネッガーとW主演作『大脱出』、ウォルター・ヒル監督の『バレット』、ロバート・デ・ニーロと共演のボクシング映画『リベンジ・マッチ』と、映画界を支えたベテランとの共同作業が多数あります。
『バックトレース』もベテラン、マシュー・モディーンとの共演作。
デビュー以来公私に渡り、様々な浮き沈みを経験したスタローン。今はそれを踏まえた、余裕を持った姿勢で同じ業界の仲間と共に、映画に関わっています。
まとめ
社会風刺のスパイスを加えたクライム・アクション映画『バックトレース』。
監督はブルース・ウィリス出演作を多く手掛ける、アクション映画の職人監督ブライアン・A・ミラー。その中に『ウェストワールド』的な設定の映画『デッド・シティ2055』があり、そのSF趣味がこの映画にも反映されているのでしょう。
参考映像:『デッド・シティ2055』(2015)
「正しい動機」を持つ犯罪者が主人公の映画は、勧善懲悪のルールに従ってか、主人公が犯罪の成果を得る代償として、ある種の犠牲を払わされるパターンのラストがあります。
この映画のマシュー・モディーンも、強盗で手にした財産を手にする代償として、長い年月と家族を犠牲にする、お約束のルールを守っています。
とはいえこれ程の大金を、一刑事が許しただけで、後腐れなく手に入るものでしょうか。そもそもそんな事が可能でしょうか。
これはきっと、スタローンだから許される行為でしょう。あの大スターが了解したから万事OK、何もかも上手くいったと解釈しましょう。どう考えても無理を、サラっとやってのけたスタローン。本当に大したもので、心から憧れてしまいます。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第53回は事故で姉を失った妹。しかし彼女の意識を死んだはずの姉が奪い、復讐を遂げようとする。驚愕のマインドハック・スリラー『フォー・ハンズ』を紹介いたします。
お楽しみに。