連載コラム「銀幕の月光遊戯」第25回
異国でおもう故郷は何故こんなにも遠い…。
初演以来、上映回数1000回を超える舞台作品を、『超人X.』(2014)、『輝ける日々に』(20018)のグエン・クワン・ユン監督が映画化。
祖国ベトナムを離れ、ニューヨークに暮らすベトナム移民たちの姿を描いた、映画『ベトナムを懐(おも)う』は、3月23日(土)より新宿K’sシネマにて、『漂うがごとく』と同時公開で全国順次公開されます。
CONTENTS
映画『ベトナムを懐(おも)う』のあらすじ
1995年、ニューヨーク。
トゥーは雪が積もったニューヨークの街を横断して、息子グエンと孫娘タムのアパートにたどり着きました。
恋人と一緒だった孫娘のタムはいきなりノックもなくトゥーが入ってきたのに驚いて大騒ぎとなります。
今日は大切な日なんだと言うトゥー。タムが老人ホームに連絡を入れると、どうやら無断で飛び出してきたようです。
息子、グエンが仕事に行ってしまい留守だと知らされがっかりするトゥー。今日は亡くなった妻の命日なのです。
「大切な日だからケーキを作った」というタムの言葉に一瞬歓ぶトゥーですが、それは恋人の誕生日を祝うためのバースデーケーキでした。
アメリカ育ちの孫娘は、ベトナムの伝統的習慣にまったく関心がなく、会ったことのない祖母の命日などに時間をとられたくありません。
仕方なく一人で準備をしているとトゥーの子供時代からの親友ナムが訪ねてきました。2人はロウソクを灯しながら、昔の思い出に浸ります。実は彼らはかつて恋のライバルでした。
トゥーもナムも幼馴染のウットのことが大好きで、3人でよく遊んだものです。やがて3人は成長し、ナムがウットにプロポーズ。ナムの家は村一の裕福な家庭で、親同士がさっさと結婚を決めてしまいました。
ところが、ウットはトゥーのことが好きだったのです。トゥーの家は貧しく、彼はそのことを気にしてプロポーズ出来なかったのです。
二人の本当の気持ちを知ってしまったナムは身を引き、トゥーはウットと結婚式をあげることが出来ました。
妻は亡くなる際に、トゥーに「私が死んだら、息子と孫娘のところに行きなさい」と伝え、その言葉どおり、トゥーは息子たちの住むアメリカにやってきたのです。
外出から戻ってきたタムはケーキが持ち出されているのを見て怒り出し、トゥーがアメリカに来てからずーと溜まっていた不満が爆発してしまいます。
孫娘の本当の気持を知ったトゥーは家を出ていきました。そこへ帰ってきたグエンは、これまで娘には伝えてこなかった故郷への悲しい想いを語り始めます・・・。
映画『ベトナムを懐(おも)う』の解説と感想
浮かび上がる異文化ギャップ
本作の序盤は、少しばかりコミカルに展開します。
息子と孫娘を訪ねてベトナムからアメリカにやってきて今は老人ホームに入っている祖父と、孫娘との世代間ギャップ、異文化ギャップが描かれます。
アメリカ人として自己を確立している孫娘にとって、祖父の取る行動は理解し難いものでした。
個人のプライバシーに関しても、祖父がアジアの伝統的な家族単位で物を考えるのに対して、アメリカでは家族間でも“個人”の尊重が重要となります。
同じアジア圏の人間としては、孫娘を若干ドライに感じてしまったりもするのですが、それこそ、異文化ギャップであり、互いの価値観を認め合うことの難しさが、二人のいざこざから見えてきます。
『ベトナムを懐(おも)う』という作品は、元は、20年前に初演され、以来、1000回以上も上演を重ね、多くのベトナム人が涙を流してきた舞台作品です。
二人の老人のみの出演で描かれた舞台を、グェン・クアン・ズン監督が映画化。監督はタムと祖父の関係を描くことで、舞台とはまた一味違う、問題提起を行っています。
父親が胸に秘めた故郷への想いとは?
孫娘の怒りが爆発してからは、物語はシリアスな調子に転換します。そこで、この家族にまつわる悲劇を知ることとなります。
そのキーパーソンは父親のグエンです。彼が経験してきたことはアメリカに暮らす多くのベトナム移民が味わってきたことなのです。
1975年、ベトナム戦争が終結し、その後社会主義体制に移行したベトナムから逃れるために、数多くの人々が国外に亡命しました。
小さな漁船で海に乗り出した難民はボートピープルと呼ばれ、アメリカ合衆国が最も移民を多く受け入れ、アメリカには亡命ベトナム人のコミュニティが数多く存在しています。
グエンがまさにそのボートピープルとしてアメリカにやってきた難民の一人だったのです。
こうしたベトナムの歴史を踏まえて鑑賞すると、作品の本質がより見えてくるはずです。
緑溢れる瑞々しいベトナムの大地と、凍りつく冬のニューヨークの街並みを交互にドラマチックに映し出し、人々の心の機微を掬いとる演出方法は迷いもなくとても鮮やかです。
そうした物語の中で浮かび上がってくる三代に渡るベトナム人家族のおもいやり、親から子に注がれる強い愛情が、ずしりと胸に響く見ごたえある作品となっています。
娯楽から社会派へ
空撮でとらえた緑の田園、そこに戯れる少年たちの無邪気な仕草、恋人同士が隣同士で座る澄んだ川のほとり、伝統的な結婚式のエキゾチックな光景。
描かれるベトナムの美しさにすっかり目を奪われ、「故郷に帰りたいなぁ」とつぶやく老人の言葉がしみじみと伝わってきます。
またボートピープルとして苦難の末に新しい住処を見つけた人々のその後の暮らしを知る機会を映画は与えてくれます。
現在でも世界中で、身の危険を感じて祖国を命からがら脱出する難民があとをたちません。
そうした事柄を身近な問題として感じ取ることができるという点で、映像として観ることの意義の大きさを感じます。
映画『ベトナムを懐(おも)う』は、オーソドックスな家族物としての物語の魅力と社会派の側面がうまく融合されています。
まとめ
グェン・クアン・ズン監督は日本でも広瀬すず主演でリメイクされた韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』(2011/カン・ヒョンチョル監督)のベトナム版リメイク『輝ける日々に』(2018)を監督しています。
これまで娯楽映画のヒットメイカーとして名を馳せたグェン・クアン・ズン監督ですが、最近では、その中に様々な社会問題を織り込む作風に変化してきています。
娯楽映画中心のベトナム映画界ですが、このように、徐々に社会派やアート系作品も作られるなど広がりを見せてきています。
今後、さらにどのような多様性を見せてくれるのか、ベトナム映画の動向に目が離せません。
『ベトナムを懐(おも)う』は、2019年3月23日(金)より新宿k’s cinemaにて『漂うがごとく』(2009)と同時ロードショーされます(その後全国順次公開)。
次回の銀幕の月光遊戯は…
次回の「銀幕の月光遊戯』は、2019年4月19日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほかで全国公開される映画『ヒトラーVS.ピカソ 奪われた名画のゆくえ』をお届けします。
お楽しみに!