連載コラム『大阪アジアン映画祭2019見聞録』第10回
毎年3月に開催される大阪アジアン映画祭も今年で第14回目となります。2019年3月08日(金)から3月17日(日)までの10日間に渡ってアジア全域から寄りすぐった多彩な作品51作が上映されます。
3月14日(木)には、シネリーブル梅田にて〈オーサカ ASIA スター★アワード〉授賞式、トークライブが開催されました。今年の受賞者は台湾の俳優、ロイ・チウさんです。
本コラムではその様子をお届けすると共に映画祭の特集企画《台湾:電影ルネッサンス2019》の一本として上映されたロイ・チウさん主演作品『先に愛した人(誰先愛上他的)』を取り上げます。
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オーサカ ASIA スター★アワードとは
大阪アジアン映画祭10周年を機に、2015年より設けられた〈オーサカ Asia スター★アワード〉。
より多くの人々にアジア映画への関心を持っていただくことを目的に、日本を含むアジア映画界に多大な貢献をし、今後のさらなる活躍を期待される映画人を一名選出し、授与するものです。
第10回のジョセフ・チャンをはじめ、永瀬正敏、カラ・ワイ、チャップマン・トー(敬称略)と、これまでに4人の方が受賞しています。
本年度の〈オーサカ Asia スター★アワード〉は、本映画祭の特集企画《台湾:電影ルネッサンス2019》の一本として上映された『先に愛した人(誰先愛上他的)』に主演の台湾の俳優、ロイ・チウさんが受賞しました。
『先に愛した人』の2回の上映も、“〈オーサカ Asia スター★アワード〉授賞式、トークライブ”も即完売となり、人気の高さを示しました。
ロイ・チウさんのプロフィール
台北体育学院に進学。バレーボールの選手として活躍し、台湾代表になったこともあります。
2002年、連続TVドラマ『星が輝く夜に』で俳優デビューを果たします。俳優の他に歌手、モデルとしても活動。レーサー経験もあります。
華流第一次ブームに湧く当時の日本ではF4に次ぐ人気を誇り、2006年には、兵役前のファンミーティングが六本木で開催され、多くのファンに見送られました。
退役後は俳優業に専念。2011年『進め!キラメキ女子』で再ブレイク。『スクリュー・ガール 一発逆転婚!!』(2012)などの人気番組に出演し、”新視聴率男”と呼ばれるようになりました。
2018年、映画『先に愛した人(誰先愛上他的)』で、台客(ダサい兄ちゃんの意)でゲイいうこれまでとはがらりと違った役柄を演じ、高い評価を受けました。
2018台北電影獎では最優秀主演男優賞を受賞。第55回台湾金馬奨でも主演男優賞にノミネートされました。
授賞式とトーク
大阪アジアン映画祭代表理事の上倉庸敬さんから本年度の受賞者ロイ・チウさんの紹介と選考理由の発表がありました。
『先に愛した人(誰先愛上他的)』の演技は圧倒的でした。粗野な性格に繊細な内面、憎らしいけれど愛らしい、そうした矛盾した性格の登場人物にあたかも現実にそこに生きているかのようなリアリティを与え、アジア映画の未来にさらなる可能性をもたらしたと私たちは信じます。
上倉庸敬さんからトロフィーと花束が授与されました。
このあと、受賞を受けてロイ・チウさんは、「まいど」と「おおきに」という大阪弁をまじえながら、「お招きを感謝しています。受賞できてとても光栄です。いつの日か日本の映画にも出演できるよう期待しています。これからも一生懸命がんばりますので、応援よろしくお願いいたします」と流暢な日本語で挨拶され、英語、中国語でも感謝の気持ちを述べていました。
フォトセッションのあと、長年ロイ・チウさんを取材している台湾映画コーディネーターの江口洋子さんによるインタビューが行われました。
兵役の間、未来や人生について様々なことを考えたこと、『進め!キラメキ女子』などのドラマに出演し、”新視聴率男”と呼ばれるようになって、「頑張っていかなくてはいけない、新しいステップが始まった」と思ったことなど興味深いお話が展開しました。
第55回台湾金馬奨で主演男優賞にノミネートされ(ロイ・チウさん以外は全て中国のベテラン俳優)、最優秀賞は逃したものの、3回行われた審査員の投票で2回目まで残る快挙を成し遂げたことを尋ねられた際は、「ノミネートされたことが光栄」と謙虚に応えていました。
また、今後の予定としては、2本の映画が公開待機中とのことで、そのうちの一つは幽霊が見える能力を持った刑事役だそうです。日本での公開が待たれます。
最後は客席からの質問コーナーに移りました。
『先に愛した人』で一番NGが多かったシーンはという質問が出たのですが、、恋人の男性がまともな生活がしたいんだと去っていくシーンで、なかなかOKが出ず16テイクかかったそうです。
ミュージカルへの挑戦についての質問には、いい脚本に出会えたらやってみたいとのこと。
ロイ・チウさんの真摯で暖かなお人柄が伝わる和やかな“授賞式&トーク”となりました。
映画『先に愛した人』のあらすじ
「僕はゲイだ」と言って、父親は出ていってしまい、母親は被害者意識が強くいつも機嫌が悪い・・・。
一人息子の宋呈希は、うんざりしていました。
家を出ていって数年後、父は癌で亡くなってしまいます。自宅も銀行預金も財産もすべて母親と自分に残されたはすでした。
ところが保険金の受取人が変更されていたことがわかり、母の劉三蓮は、父の”愛人”だった男の家に乗り込んで行きました。自分を連れて。
相手は阿傑という、派手な寝巻きのような姿で出歩く、小劇団の演出家兼俳優をしている人物でした。
母が彼を”愛人”と呼ぶと、「内縁の妻だ」と彼は答え、逆に母のことを「愛人」と呼び、母を逆上させます。
保険金を返せ、この子を将来留学させるためのお金なのよと母が詰め寄っても、阿傑は「なんのことだ?」ととぼけるばかりです。
家にかえると母の癇癪が爆発。おまけに母が自分のいない間に勝手に部屋に入り、父親からの手紙や贈り物を取り上げたことがわかり、腹をたてた宋呈希は阿傑のアパートに転がり込みます。
母が血相を変えて飛んできましたが、息子は「絶対にここを動かない」と家に戻るのを拒否しました。
そんなわけで父の恋人だった男と行動を共にすることになった宋呈希。
父親の保険金をせしめた悪い奴と思っていたら、どうやら保険金のことはまったく知らなかったようです。
何かとこまめに世話してくれて悪い人ではなさそうですが…、いや、「彼は悪人」「彼は悪人」と繰りかえす宋呈希。
”愛”と保険金をめぐる正妻〈愛人?)と内縁の妻のバトルは混迷をきたし、母と息子の生活も元に戻るきざしはまったく見えず…。
映画『先に愛した人』の感想と評価
こんなに遅い運転していたら怒られないのだろうか?と思うくらい、映画の冒頭、カメラは車道をゆるゆると進んでいきます。
街の景色を見上げる画面に手書き文字のクレジット、画面にマンガが書き込まれ、時には画面を線で消してしまうポップな作りが、ひょうひょうとしたリズムをさらにとぼけた感じにしています。
しかし、ここで展開しているのは、愛憎劇とよんでもいいくらい、ドロドロした人間関係のはず。
愛する人、愛そのものを失った人々の哀しみと憎しみがぶつかり合う世界なのです。ですが、画面には笑いさえ誘う人間の存在の可笑しみが溢れています。
三蓮役のシェ・インシュエンは、”世界一うるさくて、被害者意識が強く、いつも機嫌が悪い”という母親を文字通り体当たりで演じているのに、その姿には慈しみすら感じられます。
それは、母親の言動、行動にいちいちがつんと楯突く息子の対応によるところが大きいでしょう。
冷めた目で人生を達観している息子が語り手となって、母親につっこみを入れているという物語の構造が、どこかユーモラスで滑稽な感情を観るものに抱かせるのです。
そしてまた、ロイ・チウ演じる阿傑とのやり取りも、元妻(愛人?)が、必死になればなるほど、阿傑の母親が勘違いしたように、仲良さげに見えてしまうという、矛盾が生まれてくる面白さ。
みんな愛を無くして、愛の証を求めていて、元妻とその息子と内縁の妻という関係にある人間が衝突し合うことで生まれる不可思議な化学反応が、ある意味確信的に描かれています。
宋呈希が、阿傑と画面の手前と奥に離れて位置し、平行に横移動していく映像の素晴らしさ、過去の物語に戻る場面のつなぎの巧みさや、演劇の見せ方(実際に客を入れて公演という形で撮ったそうです)、楽曲の親しみやすさも特筆に値するでしょう。
映画を観終わったあと、誰もが「バ~~リ島~~♪」と大声で唄ってみたくなるのではないでしょうか。
ロイ・チウは、粗野で乱暴な口をきいているかと思えば、愛くるしい笑顔を見せ、自由気ままに暮らしているように見えて、内面では孤独な悲鳴をあげている阿傑という人物を見事に創造しています。
回想シーンでの好きな人に見せるせつない瞳や、愛した男性の息子から「家庭を壊した」と言われたときの繊細な身振りなど、阿傑になりきっており、彼以外の阿傑を考えることはできません。
2018台北電影獎で最優秀主演男優賞を受賞するなど高い評価を得たのも納得です。
シェ・インシュエンも三蓮役で2018台北電影獎と第55回台湾金馬奨で最優秀主演女優賞のW受賞を果たしています。
(映画に関する文章では俳優の敬称を省略しています)
まとめ
3月13日(水)のABCホールでの上映後のアフタートークで客席の質問を真剣に聞くロイ・チウさん
“オーサカ ASIA スター★アワード&トーク”の際、客席から「もう一度共演したいと思う人は誰ですか?」という質問がありました。
ロイ・チウさんは、「どんな方でももう一度共演したい」と一旦応えた後、「シュー・ユーティン監督の作品にはちょっとした端役でもいいので是非出演したい」と熱く語っていました。
また、ABCホールでの上映後のアフタートークではシュー・ユーティン監督にカメラを観るなと言われたことを明かしていました。阿傑に成り切るように指導されたそうです。
再び二人がタッグを組むときが楽しみです。今度はどんな世界を見せてくれるでしょうか。
本作品は、Netflixで配信されています。
配信は多くの人に気軽に観てもらえるメリットがあると同時に、劇場で観られないのが大変残念なのですが、大阪アジアン映画祭で2度も公開されたことは映画を愛する人々にとって、とても貴重な機会となりました。
アルフォンソ・キュアロン監督の『ROMA/ローマ』がアカデミー賞外国映画賞をとったことで、日本でも劇場公開されることになったように、本作も、またどこかで劇場公開される機会があることを願っています。