連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」第29回
今年もヒューマントラストシネマ渋谷で開催中の“劇場発の映画祭”「未体験ゾーンの映画たち2019」。様々な58本の映画が公開中ですが、今回は極め付けに凶悪なホラー映画が登場します。
1990年代『八仙飯店之人肉饅頭』と『エボラ・シンドローム 悪魔の殺人ウィルス』という、強烈なバイオレンスホラーを世に送り出した怪優アンソニー・ウォンとハーマン・ヤウ監督。
当時ホラー映画ファンを震撼させた2人が再びタッグを組み、あの衝撃を復活させました。
第29回は見る者を恐怖のドン底に突き落とす、バイオレンス・ホラー映画『ザ・スリープ・カース』を紹介いたします。
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CONTENTS
映画『ザ・スリープ・カース』の作品情報
【公開】
2019年(香港映画)
【原題】
失眠 The Sleep Curse
【監督】
ハーマン・ヤウ
【キャスト】
アンソニー・ウォン、ミシェル・ワイ、ジョジョ・ゴー、ラム・カートン
【作品概要】
不眠症に苦しむ元婚約者を救おうとする医学者。しかし恐るべき症状を生んだ真の原因は、彼の父親の行いにまでさかのぼるものでした。
恐るべき運命に縛られた人々を、目を背けたくなる惨劇が襲いかかります。
科学とオカルト、そして先代の因縁を通じて描かれる、香港発のショッキング・ホラーです。
ヒューマントラストシネマ渋谷とシネ・リーブル梅田で開催の「未体験ゾーンの映画たち2019」上映作品。
映画『ザ・スリープ・カース』のあらすじとネタバレ
1990年1月15日の日付で始まるビデオには、眠れず奇妙な行動をとる男の姿が映されていました。
日が過ぎるにつれ衰弱し、そして暴力的になる姿に家族は困惑します。何かの呪いに影響かもしれないと考えた家族は、呪術師の力を借りることにします。
男の前で儀式をとり行う呪術師。しかし男はいきなり呪術師に襲いかかり、その鼻を喰いちぎります。
同じ年、ラム教授(アンソニー・ウォン)は寝付けないでいました。彼は幼い頃、同じように眠れなかった父に子守歌を歌っていたことを思い出しました。
寝返りをうつラムの傍らに、不気味な女の姿が一瞬現れました。
香港大学の医学部に勤務する彼は、睡眠について研究し、研究室のマウスは不眠実験に使われています。
学生たちに講義するラム教授は、睡眠の種類やその性質について語ります。人生の1/3は費やす睡眠を減らせないかと教授は研究していました。
ラムの不眠実験は、大学の研究助成委員会の承認を得ることができませんでした。睡眠を必要としない動物がいる例をあげ、人類が眠らなければ文明はより進歩できると教授は力説しました。
しかし委員会は、教授の申請した実験は非倫理的で認めらないと結論を出します。
ラム教授は激しく抗議しますが決定は覆りません。
研究室のラム教授を彼の元婚約者で、資産家一族であるモニーク(ジョジョ・ゴー)が訪ねてきました。
久々に再会した2人はレストランで食事をします。その席で彼女はラム教授を尋ねた理由を語ります。
現在マレーシアで暮らす彼女は、特殊性不眠症の治療をメラ博士に受けていました。そのメラ博士が半年前に交通事故で亡くなったのです。
生前のメラ博士はもし自分が亡くなった後は、教え子であるラム教授の治療を受けるように話していました。
モーニクの祖父も父も、不眠症の果てに亡くなっていました。彼女はこの不眠症が遺伝性のものではないかと恐れていました。
現在の彼女に問題ありませんが、兄がすでに3ヶ月間も眠っていない状態だと伝えます。ラムはモニークの兄を診ることになりました。
マレーシアのクアラルンプール空港に到着したラム教授を、モニークが迎えます。
彼女の生まれる前に祖父は亡くなっていましたが、彼女は父の病状を覚えていました。まず悪夢を見て目覚める様になり、やがて一晩中眠れなくなります。
幻覚を見て暴力的に振る舞う父を、医師は治療することが出来ませんでした。相談した呪術師は家族全員が呪われていると告げます。
父が死ぬと呪いから逃れるべく家族の手で、父の瞼は糸で縫い付けられたとモニークは語ります。呪いか、遺伝による病か不明ですが、今は彼女の兄が不眠に苦しめられていました。
ラム教授は入院中の兄を尋ねますが、治療にあたる医師は兄に睡眠薬を与えていました。他の親族は専門家であるその医師を信頼していましたが、ラムはそれは逆効果と主張します。
しかし親族はすでに有能な医者に任せていると、ラムを連れて来たモニークを非難します。
突然眠りたくないと叫び、モニークの兄は暴れ出します。周囲の静止を振り切った彼は病院から走り出て、自動車にはねられ死亡。
モニークの兄の遺体は病院の霊安室の安置室に運ばれますが、ラムはその部屋に忍び込みます。
許可なく遺体を解剖し、標本として脳髄を取り出すラム教授。傷付けられた遺体を目撃した職員は院長に報告しますが、院長は事が公にならないよう隠蔽を指示します。
帰国の際に疑われることなく、研究材料の脳を持ち出そうと細工しているラムをモニークが訪ねてきます。
モニークは祖父は姓を変えていると説明し、自分たちの先祖の行いから呪いを受けたのではないかと語り、兄の死は呪いの結果だと考えているとラムに告げます。
ラムは呪いと科学は別の現実だと語り、呪いを否定せずそれを解く人物を見つけ、それが無理なら医学に任せるべきだと語ります。
モニークは彼の研究に資金を出すと提案します。彼女は自分が不眠の果てに凶暴化して、家族に迷惑をかけることを恐れていました。
彼女の身に不眠症の症状が現れたら自分を尋ねるよう告げると、ラムは彼女から小切手を受け取ります。
標本の脳を偽装して発送し、ラム教授は帰国の途につきます。
香港の研究室で夜遅くまで脳を調査した結果、視野の縮小とニューロンの減少、異常なタンパク質の増加を確認したラムは、不眠症の原因は脳の異変の結果だと分析します。
もし呪いが原因だとすれば、それは視床をむしばみ幻覚を見せる黒魔術の結果と、ラムはつぶやきます。彼が研究室の電気を消すと、何者かの姿が見えました。
降霊術師のもとを訪ねたラムは、父ラム・センの霊を呼び出すことを依頼します。なぜかラムは1943年に死んだ父に、亡くなった時に何があったか尋ねようとしていました。
降霊術師の口を借りて父は、お前も眠れないのかと、ラムに語りかけてきました。
戦時中、日本軍占領下の街で父ラム・セン(アンソニー・ウォン二役)は、幼い息子ラムと老いた母と暮らしていました。
家々を捜索する日本兵。チャン家からは幼い娘を含む4人の姉妹が連行されます。
ラム・センの家にも日本兵が入ってきますが、指揮官の田中大佐は、彼が日本の書籍を持っていると気付き、事情を尋ねられたラム・センはそれに日本語で答えます。
清朝の改革派の役人を父に持つラム・センは、父と共に日本に逃れて育ち、日本で教育を受けていました。使える人間と判断した田中は、明日自分を尋ねて来いと命じます。
翌日日本軍の兵営を訪ねたラム・センに、田中は翻訳の仕事を与え、同じ仕事で日本軍に協力しているチョウ(ラム・カートン)を紹介します。
日本軍に協力することに抵抗を覚えるラム・センですが逆らうすべも無く、また教師の職を失い貧しい生活を送っていた彼は、家族のためにも仕事を引き受けます。
ラム・センはチョウと共に、街を歩き日本軍の宣伝活動に協力します。
同じ街に茅山術を使い、呪いと治療を生業とする呪術師を父を持つ双子の姉妹、シュウウンとシュウチン(ミシェル・ワイ=二役)がいました。
呪術は代々息子が継ぐものですが、息子のいない父はシュウウンを男として育て、茅山術を学ばせていました。術を学ぶ際の事故で、彼女は片目を傷付けていました。
妹より僅かに早く生まれた結果の扱いの差に、姉は不満を感じていました。
呪術師の家に金を取り立てに、チョウとラム・センが日本兵と共に現れ、姉妹は身を隠します。責め立てられる呪術師の姿に同情したラム・センは自分の金を差し出し、その場を収めます。
日本軍から得た金で、近隣のチャン家に食料を手渡すラム・セン。しかし彼に売国奴との言葉が浴びせられます。
それでも彼は家族の生活ため、日本軍への協力を続けるのでした。
仕事を続けるラム・センに、田中大佐は新たな仕事を与えます。チョウと共に向かった先は日本軍の慰安所です。
チョウに仕事の内容を説明され、アヘン中毒にされる女の姿に衝撃を受けるラム・セン。しかし田中の命令に逆らうことも出来ません。
慰安所で働くことになったラム・センは、女たちの中にチャン家の4姉妹を見つけ、彼女らに助けを求められます。
一度は助けを断ったラム・センですが、ある夜慰安所に務める日本兵に酒を飲ませ酔い潰させると、その隙に4姉妹を逃がします。
しかし警戒中の日本兵に見つかった彼女らは銃で撃たれ、無事逃れることが出来たのは幼い1人だけでした。
田中に女に逃げられた責任を追及されたチョウは、新たに女を調達するよう命じられます。治療を受けに呪術師の家を訪ねたチョウは、そこで彼と争いになります。
日本兵に暴行を受ける父の姿を見たシュウウンとシュウチン姉妹は、助けに入りますが捕まり連行され、抵抗した父は銃剣で殺されます。
田中大佐たち日本軍の幹部の宴席に、ラム・センとチョウもいました。そこに呪術師の双子の娘を含む女たちが引き出されます。
酔った田中は妻と死別したラム・センに誰か女を選ぶよう強要すると、彼は断りますが田中に脅され、とっさに双子の妹、シュウチンを選びます。
姉のシュウウンを田中が連れて行きますが、彼女の傷ついた片目に気付いた彼は気味悪がって怒り出します。
ラム・センはシュウチンを自宅に連れ帰ると、手を出さず休ませます。幼いラムは彼女の姿を見つめてました。
田中に責められたチョウはお前のせいだとシュウウンに怒り、慰みものにします。行為の後シュウウンは彼に憎悪の目を向け、チョウに呪いをかけます。
その態度に怒ったチョウは、彼女に多くの日本兵たちの相手をさせます。
翌朝、ラム・センに救われたシュウチンは礼を述べると共に、姉も救ってくれるよう懇願します。
慰安所でラム・センが見たのは、身も心もボロボロになったシュウウンの姿でした。ラム・センは妹の無事を告げ彼女を励ましますが、彼女の口から出たのは恨みの言葉でした。
何故あの時、自分ではなく妹を選んだのか。自分は不公平になる運命だと、シュウウンはつぶやきます。
何故売国奴になったとの彼女の問いかけに、ラム・センは必死に否定しますが、あなたは悪人だとつぶやいたシュウウンは、彼にもチョウと同じ呪いをかけると絶命。
自宅に帰ったラム・センは、姉の死をシュウチンに伝えることができませんでした。
降霊術師の元を去ったラム教授は、大学で助手を募集します。モーニクから提供された資金で、大学の外に新たに研究所を構えたのです。
数々の機材や不眠実験に使われたマウスも、新たな研究所に移されました。
その研究所をモニークが訪ねてきました。ついに彼女も不眠症を発症したのです。ラムは彼女を臨床試験の対象とし、必ず不眠症を直すと約束します。
モニークは研究所の一室に隔離されます。ラムは恩師メラ博士の開発した、脳のタンパクを補充するガスをモニークの部屋に流し治療を開始します。
助手にガスの定期的な補充を指示すると、ラム教授はモニークを様子を観察します。
ラムの父、ラム・センの物語に戻ります。彼はシュウウンの死以来、不眠症に襲われていました。
その様子を不審に思ったシュウチンは、ラム・センに姉が死んだのでは、と尋ねます。茅山術を学んだシュウウンが、彼に呪いをかけたのではと考えます。
それを知ったラム・センの母は、シュウチンに呪いを解いてくれと必死に願います。しかし彼女に呪術の知識はありません。
そこで彼女は姉の魂に詫びるべく老母と幼いラムと共に、シュウウンの遺体を探しに行きます。
3人は多くの遺体が投げ捨てられた巨大な穴に着きます。穴の中に入ったシュウチンは無数の遺体の中からシュウウンを見つけます。
3人はシュウウンの遺体を運び出し、怯えるラムを含め皆で遺体に頭を下げます。シュウチンは妹に免じてラム・センを許してくれ、と懇願し姉の遺体を埋葬しました。
ガスの効果で不眠症が改善したかにみえたモニークでしたが、眠りが浅くなり症状が悪化してきた様子です。彼女はもう12日間もまともに眠っていない状況です。
天罰を信じる、悪人には報いがあると考えたモニークは、それが次の代に続くのかと、ラム教授に尋ねます。先祖の呪いを疑っていた彼女は、祖父の行いを調査させていました。
映画『ザ・スリープ・カース』の感想と評価
90年代香港映画界の最凶コンビの軌跡
参考映像:八仙飯店之人肉饅頭 (1993)
1985年にマカオで実際に起きた殺人事件を、噂を元に憶測を交え興味本位で報道された内容まで含め、映画化した作品が『八仙飯店之人肉饅頭』です。
日本で『ザ・スリープ・カース』はR18+指定ですが、『八仙飯店之人肉饅頭』はあまりの描写に映倫から「劇場上映不許可」とされました。
その内容はホラー映画マニアの間の評判となり、2004年の東京国際ファンタスティック映画祭で特別上映されるなど、イベント上映の形でスクリーンに登場しています。
残酷描写が売りの“スプラッター・ムービー”の製作ブームは、日本でも世界的でも様々な背景から80年代末には終息に向かいつつありました。
しかし香港映画界はアンソニー・ウォンとハーマン・ヤウ監督の成功をうけ、90年代にも様々な、そして容赦のない描写の“スプラッター・ムービー”を世に送り続けたのです。
甦った悪趣味香港映画
その悪名名高いコンビの新作が、「未体験ゾーンの映画たち2019」に登場しました。
知る人ぞ知るこの作品の注目度は高く、上映では若い女性を含めた多くの観客を集めていました。
そして見た人の大半は、期待通りの残酷かつ救いの無い内容に満足したでしょうが、90年代の凶悪な映画をご存知無かった方にはキツい体験だったでしょう。
劇中で悪役で登場し、凄惨な最期をとげる田中大佐。演じた方は日本の俳優です。
FUNAKI(船木)の役者魂
アジアに活躍の場を広げたいと考えていたこの方は、知人からの紹介で「サスペンス映画の冷酷な日本軍人役」とだけ説明を受けて、この映画に出演したそうです。
自分の部分だけの脚本を与えられるという、いかにも昔ながらの香港映画らしい製作環境で出来たのがこの作品でした。
ご自身はこの役を、良い感じのものでなかったと本人のブログ「IKKI道」で述懐されています。
この俳優は以前の中国・香港の仕事で、自分なりの日本人像を演じても役柄がどんどん変えらる苦い経験を積んでいました。
結果としてスタッフと対立したり、金銭面でもトラブルになるなど苦労を重ねられました。
望まぬ役柄を与えられても、それでもなお現場では役者として頑張ってしまう自分自身にも、葛藤があったと振り返っておられます。
他にも出演した日本映画がトラブルで日の目を見ないなど、様々な経験をしたこの方は『ザ・スリープ・カース』を最後に、体調不良他の理由もあって役者業を休業されたそうです。
この映画を見た方は様々な感想を抱くでしょうが、その舞台裏に一人の悩める俳優があったことを、心に留め置いて頂ければ幸いです。
まとめ
怪優アンソニー・ウォンとハーマン・ヤウ監督らしい作品と紹介したこの映画、実は以前の作品とは大きな違いがあります。
90年代では暴力的な演技を見せたアンソニー・ウォンですが、2000年以降は『インファナル・アフェア』シリーズなど、役者として円熟の域に達しています。
今回、彼が見せる演技は控え目に抑えながら、狂気をたたえた姿を見せてくれます。
アンソニー・ウォンが新たな演技を見せても『八仙飯店之人肉饅頭』と変わらぬ、ある意味それ以上の衝撃を持った映画『ザ・スリープ・カース』。
インパクトのある映画ですが、お好きな方は、ぜひ楽しんで下さいね。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2019見破録」は…
次回の第30回はメル・ギブソンの息子、マイロ・ギブソンが主演する、CIA傭兵部隊とテロ組織の戦いを描いたアクション映画『リーサル・ソルジャーズ』を紹介いたします。
お楽しみに。