アフガンから逃れイランで暮らすラッパー志望の少女が、古い慣習による結婚を強要され、その反発心をラップにぶつける―。
『だからドキュメンタリー映画は面白い』第3回は、サンダンス映画祭ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門グランプリ受賞の衝撃作『ソニータ』を取り上げます。
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映画『ソニータ』の作品情報
【公開】
2017年(ドイツ・スイス・イラン合作映画)
【原題】
Sonita
【監督】
ロクサレ・ガエム・マガミ
【キャスト】
ソニータ・アリザデ、ロクサレ・ガエム・マガミ
【作品概要】
アフガニスタンのタリバンの脅威から逃れるため、イランに移住した難民少女ソニータに密着したドキュメンタリー。
イラン社会で暮らすソニータに待ち受けるいくつもの困難を、監督のロクサレ・ガエム・マガミが、同じ女性目線で追っていきます。
映画『ソニータ』のあらすじ
アフガニスタンのタリバン政権による迫害から逃れ、イランの首都テヘランで難民として暮らす少女、ソニータ。
母と兄をアフガンに残して幼い弟と暮らす彼女は、現地の子ども保護施設で、支援団体から教育や将来のアドバイスを受けています。
将来ラッパーになりたいソニータは、マイケル・ジャクソンとリアーナを理想の両親と考えており、スクラップブックには自作のリリック(歌詞)を書きためています。
そんなソニータが16歳になったある日、アフガンに住む母親から手紙が。
内容は、兄の結納金を得るためにこちらが用意した年上男性と結婚しろ、というものでした。
結納金の値段は9千ドル、つまりそれは、ソニータ自身に付けられた金額でもあります。
もちろんソニータに結婚する意志はありません。
しかし同じ施設の少女たちは、結納金と引き換えに次々と結婚が決まっていきます。
ラッパーになりたいという夢を持ちつつも、家族との関係も失いたくない。
そんなジレンマを抱えたソニータは、自身の怒りや悩みをラップに込めたミュージックビデオを制作しようと動きます。
ソニータにミュージックビデオをネットにアップすることを助言したのは、本作の監督で、長らく彼女に密着していた女性、ロクサレ・ガエム・マガミでした。
ソニータは、望まぬ結婚でアフガンに戻らなくてはならなくなると、マガミ監督に助けを求めます。
見かねたマガミ監督は、ソニータの母に2千ドルを送って、半年の猶予期間を得ることにします。
しかし、イランでは女性が公共の場で歌うことは禁止されています。
そのため、ビデオ制作をするスタジオが見つからずに苦労するソニータでしたが、なんとか協力者を見つけます。
額にバーコードを書きこみ、ウェディングドレスを着たソニータは、自作曲『売られる花嫁』のミュージックビデオを制作。
ソニータのビデオは、YouTubeにアップするやいなや瞬く間に話題となり、強制婚の実態を全世界に知らしめることとなります。
そんな折、ついにしびれを切らしたソニータの母親が訪れ、「娘の結婚は一族の幸せにつながるもの」と変わらず結婚を強要します。
そんな母親に対し、マガミ監督は「人身売買だ」と非難するのでした。
事態は動き出します。
ソニータのビデオを見た非営利団体ストロングハートの手配により、2015年に、彼女は奨学金でアメリカ・ユタ州の学校に留学する運びとなりました。
学生として学びつつ、念願のラッパー活動を始めたソニータの人生は、これから始まります。
「私は売り物じゃない」──観る者の胸を打つ入魂のラップ
本作『ソニータ』で明らかとなるのは、主人公ソニータのような中東出身の少女に降りかかる幾多の困難です。
中東、特に児童労働が横行する貧困地域に暮らす少女は、将来の展望が見えなかったり、借金返済などの理由から、いわゆる「児童婚」をさせられるという現状があります。
ソニータの母親も、兄の結納金を得るために、顔も知らない年上男性と結婚するよう娘に迫りますが、実はその母親自身、ソニータより幼い頃に夫のもとに嫁いでいるのです。
つまり中東においては、児童婚が古くからの慣習として根付いていることが示唆されます。
もう一つは、ソニータが暮らすイランにおける女性への抑圧です。
イランでは、女性が外で歌うことが禁止されているだけでなく、レコーディングも政府の許可なしにはできないなど、厳しい表現・言論統制が敷かれています。
そうした、女性が意見を言うことが許されない社会において、ソニータは「親が娘を売るなんて」、「私たちは羊じゃなく人間だ」と、魂のラップに乗せて切実に訴えます。
参考映像:ソニータ「売られる花嫁」- Sonita “brides for sale”
監督もまたドキュメンタリー映画の主役となり得る
本作の撮影に際し、監督でイラン出身のロクサレ・ガエム・マガミは、2012年夏から15年冬までの約2年半、ソニータに密着しました。
序盤こそ、マガミ監督はフィルムメーカーに徹してカメラに映りませんが、ソニータが強制結婚させられそうになる辺りから、自身も被写体として登場。
時にはソニータの相談相手として、時には結納金を欲しがる彼女の母親を叱責する者として、要所で姿を見せます。
取材対象であるソニータの人生に関与すべきかどうか悩みながらも、監督は彼女の希望ある未来が狂いそうになるのを阻止しようとするのです。
ドキュメンタリー映画を制作する過程において、取材対象者のみならず、製作者たちにも予想だにしない展開に転がっていくことは、往々にしてあるもの。
マイケル・ムーアや森達也のように、自分がホスト役になってカメラに映るドキュメンタリー監督もいるなか、『ソニータ』は、一人のアフガン難民少女のみならず、期せずして出演者となったマガミ監督の物語でもあります。
ソニータの「その後」はどうなった?
本作は、無事にアメリカの学校に留学を果たしたソニータが、同級生たちの前でラップを披露してエンドマークとなります。
その後の彼女はどうしているのかと言うと、近々では2018年1月に、ニューヨークの国連本部にて、日本人ミュージシャンのMIYAVIが奏でるギターに乗せてラップを披露しました。
これは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)親善大使に任命され、ソニータの生き方に感銘を受けたMIYAVIが、日本人芸術家による「平和」をテーマに行うイベントの一環として行われたものです。
着実にラッパーとしての活動の幅を広げるようになったソニータは、家族に仕送りもできるようになったそうです。
抑圧される女性たちの声を“言葉の弾丸”に変える
前回取り上げた映画『ヒューマン・フロー 大地漂流』同様、本作も根底には難民問題があります。
イランに暮らすアフガン人は約300万人といわれ、その多くは隔離されて生活しており、中でも女性は外出することはおろか、近隣住民と話すことも禁じられているとされます。
それにプラスして、貧困を起因とする児童婚という由々しき実態も浮き彫りとなります。
中東の一部に今なお残る理不尽な社会に立ち向かうべく、ラップという手段を選んだソニータ。
今もなお無数に存在する、窮状を訴えたくてもできない女性たちの代弁者として、元難民ラッパーは今日も、“言葉の弾丸”を撃ち続けるのです。
次回の「だからドキュメンタリー映画は面白い」は…
次回は、ヌーヴェルヴァーグの騎手として知られたフランソワ・トリュフォーによるアルフレッド・ヒッチコック監督へのインタビューを収録し、長きに渡って“映画の教科書”として読み継がれる「定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー」を題材にした、2016年公開のドキュメンタリー映画『ヒッチコック/トリュフォー』をご紹介します。
お楽しみに。