世界各国から集めた選りすぐりの危険な映画たちを上映する、「モースト・デンジャラス・シネマ・グランプリ2018[MDGP2018]。
その第3弾となる作品が『アンシンカブル 襲来』。
スウェーデンで製作された、未知の勢力からの恐るべき攻撃を描いたパニックアクション映画です。
CONTENTS
映画『アンシンカブル 襲来』の作品情報
【公開】
2018年(スウェーデン映画)
【原題】
The Unthinkable, Den blomstertid nu kommer
【監督】
ヴィクター・ダネル
【キャスト】
クリストファー・ノルデンルート、リサ・ヘンニ、ジェスパー・バークセリウス
【作品概要】
ある日突然、スウェーデンは正体不明の何者かによる攻撃を受ける。混乱の中で運命に翻弄される人々。はたして敵の正体は何者なのか?そして絶望の中で、人々は救われるのだろうか?
ハリウッドで『モールス 』としてリメイクされた、スウェーデン製ホラー映画『ぼくのエリ 200歳の少女』を製作した、ジョン・ノードリングが本格的なスケールで描いた『アンシンカブル 襲来』。
現在の状況を反映させた設定を持つ、かつて無い脅威との戦いが繰り広げられるのだ。
映画『アンシンカブル 襲来』のあらすじとネタバレ
冒頭、画面には大地に立ち上る黒煙、そして乗り捨てられた乗用車が映し出される。
物語は過去にさかのぼり、2005年の12月から始まる。スウェーデンの地方にある村に暮らす16歳の青年、アレックスは恋人アンナと教会のピアノを二人で演奏するなど、音楽に親しむ日々を送っていた。
またアレックスは父ビョルンの操縦するセスナ機で共に空を飛行し、充実した親子の時間を過ごしてもいた。しかしビョルンは海面に不審な船舶を見つけると、通報の為に機体を引き返えさせるのだった。
国に尽くす事を誇りに思う、同時に気難しくもある父と母クララの関係は冷え切っていた。それでもアレックス一家は、笑顔でクリスマスの日を迎えたのである。
そこでクララはこつこつ貯めた金で買ったギターをアレックスにプレゼントする。しかしそれを見てビョルンの表情は不機嫌になる。実は彼はアレックスの為にギターを自作していたのだ。
この行き違いから夫婦は激しく言い争い、ビョルンはギターを2つとも壊してしまう。そしてクララは家を出てしまうのであった。
その翌朝は、恋人アンナが彼女の母エヴァと共に引っ越す日もあった。
彼女に自作の曲をプレゼントする用意をしていたアレックスだが、前夜の出来事に深く傷付いた彼はアンナに曲を渡す事も声をかける事も出来ず、2人は不幸な別れを遂げてしまう。
やがて横暴な父との暮らしに耐えかねたアレックスも、家を飛び出して首都ストックホルムでの生活を始める。
そして現在、ミュージシャンとして成功を遂げたアレックスは家族とも、アンナとも連絡を絶って1人孤独に暮らしているのであった。
そんなある夜ストックホルム市内で渋滞に巻き込まれた、アレックスは市内で爆発が起きた事を知る。2つの主要な駅や橋などが、突如何者かに爆破されたのだ。
このテロ行為に巻き込まれ母が死んだ事を知るアレックスだが、母の葬儀よりも仕事のスケジュールを優先しようと振る舞う。彼はそんな気難しい人間になっていたのであった。
一方父ビョルンも孤独な生活を送っていた。村にある送電所に勤務し、同僚と今回のテロについて話し合うが、そのテロで別れた妻が死んだ事は知る由もなかった。
ビョルンは送電所の前で不審な人物を見かける。声をかけたが殴られ気を失い、意識を取り戻した時には誰もいなかった。彼は警察など関係各所に通報するが、普段の言動もあって取り合う者はいなかった。
アレックスは母の葬儀のために故郷の村に向かおうとしていた。テロはISの仕業、沈静化の見込みと報道されていたが、電話やネット回線が使用出来なくなるなど、スウェーデン国内のインフラに様々な障害が発生、進行しつつあったのである。
それでも故郷に到着したアレックスは、かつての恋人アンナと再会する。彼女は多忙な母と別れ故郷に戻り、祖母の元へと帰っていたのであった。久々にアンナと一夜を過ごしたアレックスは、久々に笑顔を取り戻す事が出来たのだった。
その頃、スウェーデン政府の閣僚となっていたアンナの母、エヴァは緊急の招集を受けていた。
集められた関係者に対し、今回のテロ行為はISによるものでは無く、もっと大きな背景を持つものであり、スウェーデンは厳戒態勢に入る事が伝えられる。有事に備え政府要人は3つのグループに分かれ行動する事が決定された。
エヴァはこの状況に備えさせる為にアンナに電話をする。しかしその通話も途切れがちとなった。しかしアンナにはこの状況を察する事が身近にあったのだ。
アンナは軍人である夫が、この事態に備え基地に待機させられている事をアレックスに伝えた。
しかしアレックスはアンナに夫、そして娘がいる事を初めて知らされたのだ。彼は今までそれを語らなったアンナをなじり、家を飛び出し車で去るのであった。
ショックの余り路上に車を止め、考え込むアレックス。そこに突然トラックが突っ込んで来る。なんとか車外に逃れた彼の前で次々と車が事故を起こす。そしてトラックの運転手の言動は異様なものであった。
ストックホルムから逃れようとするエヴァも同様の、次々と車が衝突する事故に巻き込まれる。更に彼女の目の前で国会議事堂が爆破されるのだった。
異常な事態に気付いたアレックスはアンナの元に戻り、娘を迎えたいという彼女の意志を無視して、強引にアンナと祖母を連れ避難する。多くの人々と共に、有事の際にシェルターとなる送電所に車で向かうのであった。
一方その送電所でビョルンは、送電網のオーバーロードや監視カメラの切断といった事態に遭遇していた。何者かの侵入に気付いた彼は銃を手に備えるが、現れた敵との銃撃戦となる。
倒したガスマスクを身に付けた敵の遺体をビョルンは探るが、その身元は判明しない。
この事態に送電所に兵士を乗せたスウェーデン軍のヘリコプターが応援に向かうが、彼らの表情には何か異常なものがあった。やがてヘリのパイロットは操縦の意志を失ってしまう。
ヘリコプターはアレックスらを巻き込む様に墜落する。避難民たちは扉を閉じようとする送電所のシェルターに我先と逃げ込むが、その混乱でアレックスは負傷する。
そのアレックスを引きずる様にして、アンナは何とかシェルターに逃げ込む事に成功したのであった。
アンナは意識の無いアレックスを、彼の父ビョルンに引き渡す。そしてビョルンの静止も聞かず、娘を迎える為にシェルターの外に出てしまう。
一方のエヴァも、何とか軍の施設に逃れる事に成功する。多くの政府要人が死亡・行方不明となる中、彼女は指揮官からスウェーデンを混乱に陥れた状況について説明を受けるのであった。
映画『アンシンカブル 襲来』の感想と評価
正体不明の脅威に翻弄される人々を描いた映画
『アンシンカブル 襲来』を紹介する文章を目にした方は、その内容に困惑したかもしれません。
宇宙人?テロリスト?一体何が攻撃してくる映画なんだろうと。
あらすじとネタバレで紹介した様に、映画では敵の正体は明確に描かれていません。
他国軍でも声明は発表するテロ組織でも無い、大きな勢力を持つ何かに支援された集団が、スウェーデンを混乱に陥れたのです。
映画はこの脅威との対決を正面から描くのではなく、ネットも通信も遮断され状況が見えない状態において、人々を襲う混乱と恐怖に焦点を合わせて描いたものなのです。
あえて例えるなら、姿のない武装集団と化学兵器という“怪獣”に襲われた、『シン・ゴジラ』的なスウェーデン製シミュレーション映画、と言って良いのかもしれません。
スウェーデンの抱える危機意識が見えてくる
敵の正体は不明、と記しましたが、ラストでその背後にいる者が示唆されています。
ひょっとしてこの映画、何らかの意図を持ったプロパガンダ映画ではないかと思った方がいるかもしれません。
そこでこの映画を生んだ、スウェーデンの背景について考えてみましょう。
スウェーデンといえば国民幸福度の高い福祉国家、また年配の方は東西冷戦時代には徴兵制を持ち中立を保った事をご存知でしょう。
映画ファンなら性描写の先進国、フリーセックスの国と呼ばれていた事も…。少々脱線いたしました。
しかし冷戦終結後スウェーデンを取り巻く環境は激変しています。
かつての中立国はEUに加盟、通貨はユーロではなくクローネという独自通貨を所持する、イギリスと良く似た立ち位置の国なのです。
軍事的にも中立を捨て2010年に徴兵制を廃止、NATOには加盟していないものの協力関係を構築しました。
この様なかつての中立国の西側への接近を、東の大国ロシアが快く思う訳がありません。
2014年からクリミア半島・ウクライナで紛争が始まると、ロシアと接するバルト海での緊張が高まります。
そして必要な兵員を確保出来なくなったスウェーデンは2018年、徴兵制を復活させます。
主人公のアレックスの父、ビョルンは冷戦期の徴兵を経験した世代と知れば、彼の言動や、親子の対立として描かれた物の正体が浮かび上がってこないでしょうか。
更にEU諸国共通の問題、移民の増加や極右政党の躍進など、スウェーデンは現在、かつて無かった様々な難問に直面しているのです。
『アンシンカブル 襲来』のクレジットの最後に膨大な数の氏名が記されていますが、本作はクラウドファンディングでも資金を集めて制作されました。
目標額は24時間で達成、スウェーデンではかつて無い金額を集めたそうです。
映画が描いた様々な問題に対する、スウェーデンの人々の高い関心を示しているのではないでしょうか。
化学兵器で攻撃された人々の、新たな描写
化学兵器・細菌兵器で人々が正気を失っていく映画といえば、『ゾンビ』で有名なジョージ・A・ロメロ監督が1973年に製作した『ザ・クレイジーズ/細菌兵器の恐怖』を思い浮かべる方もいるのではないでしょうか。
参考映像:『クレイジーズ』(2010)
この映画は2010年に『クレイジーズ』のタイトルでリメイクされており、その際にご覧になった方がいるかもしれません。
共に正気を失った人々が互いに殺し合う、またその人々を軍が殺戮するという終末的な描写で描かれた映画です。
また『ザ・クレイジーズ/細菌兵器の恐怖』の凶暴化した人々が襲い来る様は、最近の激しい動作で攻撃してくるゾンビ映画の元祖の1本といえる作品かもしれません。
しかし『アンシンカブル 襲来』に登場する化学兵器は、人を殺すものでも凶暴化させるものではなく、無力化させるものです。
結果としてそれが多くの事故を引き起こし、残酷な結果を招くのです。
よって映画に描かれた同士討ち・殺し合いは化学兵器によるものではなく、互いの猜疑心やコミュニケーションの不在によって生じたものなのです。
これは国家間、またスウェーデンの人々が政治的に対立している現状への風刺を描いたものです。
敵の攻撃より恐ろしいのは、互いを理解しようとせず対立する姿勢ではないか、との問いかけと考えていいでしょう。
主人公アレックス一家の崩壊も、恋人アンナとの別れも誤解とコミュニケーションの不在が生んだものでした。
劇中のアレックスの行動・目撃したものが、どこまでが化学兵器の影響で、どこまでが自らの心が生んだものかも、決して明確には描かれていません。
ラストで雨の中正気を失ってゆくアレックスの姿に、頑なであった自らの心からの解放が感じられるのは、絶望的状況での詩的な描写といえるのではないでしょうか。
まとめ
以上紹介で重い映画を想像されたかもしれませんが、『アンシンカブル 襲来』多くの高度なVFXシーンを駆使した破壊描写、先の見えないサスペンス描写もある見応えのある作品に仕上がっています。
また明るい緑に包まれた地であり、暗く霧と雨に包まれた地でもあるスウェーデンを感じさせてくれる映画でもあります。
ド派手なアクションや、宇宙人の襲来を期待していた方には驚きの映画であったかもしれません。
しかし映画の背景に触れてみると、より深いものが読み取れる作品なのです。
同時にそのメッセージは、決して他人事ではない事も、理解させれるものに仕上がっています。