あの中島哲也の4年ぶりの作品が、来る…!
話題沸騰、新感覚のホラーである映画『来る』を原作『ぼぎわんが、来る』との比較もしながら解説していきます。
なぜタイトルを変えたのか、そして一体何がやって来るのか。
怖くて面白くて、議論をよぶこと間違いなしの注目作です。
映画『来る』の作品情報
【公開】
2018年(日本映画)
【原作】
澤村伊智『ぼぎわんが、来る』
【脚本・監督】
中島哲也
【企画・プロデュース】
川村元気
【キャスト】
岡田准一、黒木華、小松菜奈、松たか子、妻夫木聡、青木崇高、柴田理恵、太賀、志田愛珠、蜷川みほ、伊集院光、石田えり、西川晃啓、松本康太、小澤慎一朗
【作品概要】
『下妻物語』『嫌われ松子の一生』『告白』など日本映画界を揺るがす作品を作ってきた鬼才、中島哲也監督が、「第22回日本ホラー大賞」大賞作品の傑作ホラー小説『ぼぎわんが、来る』
を映画化。
小松菜奈、松たか子、妻夫木聡ら中島作品経験者に加え、初参加の主演の岡田准一や黒木華も、今までにないダークな人物像に挑戦します。
2018年を締めくくる必見のホラーエンターテインメントです。
映画『来る』のあらすじとネタバレ
会社員の田原秀樹は、実家で行われる祖父の13回忌に、婚約者の香奈を連れて現れます。
生い立ちが原因で、まともな親戚の集まりというものに参加したことのない香奈は宴席でも居心地が悪そうでした。
騒ぐ子供たちに年寄りが「悪い子は“ぼぎわん”に連れて行かれるで!」と怒鳴っています。
祖母が宴席を抜け、縁側で1人で誰もいない場所を見つめていたので、秀樹が何をしてるのか尋ねると、彼女は「呼ばれたんや」と暗闇を指さしました。
秀樹は子供時代を思い出します。
幼なじみの女の子が野山で遊んでいた時に「“アレ”に呼ばれてしもてん」と言い出したこと。
そして「あんたも呼ばれるで…」と言われたこと。
その後、家族で話をしている際にもその女の子の話題が出ますが、秀樹を含め誰も名前を思い出せません。
彼女は小学校の時に行方不明になっていました。
秀樹はさらに、寝たきりの祖父と留守番をしていたときに、家の前に奇妙な影が現れ「ヒデキさん…いらっしゃいますか」と言われたこと、そして磨りガラス越しに見えたその影が人間ではないように見えたことも思い出します。
香奈は秀樹に結婚することへの不安を語りますが、秀樹は彼女に大丈夫と言ってキスをします。
数ヶ月後の結婚式で秀樹は大はしゃぎし、「俺絶対欲しいよ、2人の子供!」と叫びます。
みんなから祝福されますが、何人かは秀樹の悪口や、香奈が借金を抱えていてそれを秀樹が払ったという噂をします。
香奈の母親も来ていましたが、やつれた彼女は「面白くないから」と帰ってしまいます。
秀樹の親友の民俗学者・津田大吾も招かれ、香奈と仲良くなっていました。
数ヶ月後、香奈が妊娠したため、秀樹は思い切ってマンションを購入し、パパ友ママ友をたくさん作ってブログも開設します。
予定日が近くなり赤ちゃんは女の子だとわかった頃、実家の祖母が亡くなりました。
そしてある日の勤務中、後輩の高梨が秀樹に「チサさんの件で」という来客があるといいます。
“知紗”は子供に付ける予定の名前でしたが、まだ誰にも教えていなかったので、秀樹は不審がりながら来客を迎えに行きます。
しかしそこには誰もおらず、高梨に聞いても何故か顔が思い出せないと言われます。
すると突然、高梨の肩から血が流れ出し、彼は苦悶の表情を浮かべて倒れ込みます。
病院送りになった高梨は一度復帰するも、また入院してしまいました。
知紗が生まれ、お見舞いがてら報告に行くと、高梨は人が変わったようにやつれ、恐ろしい形相で秀樹への嫉妬や恨み節をぶつけてきます。
そして高梨は会社を辞め、その後死亡しました。
彼の流血した傷口は、巨大な歯を持つ何かに“噛み付かれた”ような跡だったと聞きます。
2年がたち、知紗は成長し、秀樹のイクメンブログはパパ友からも好評でした。
しかし、ある夜帰宅すると家の中が荒らされ、親からもらったお守りなどが切り裂かれていました。
香奈と知紗は部屋の隅で怯えており、何があったのかと思っていると、電話が鳴り「ヒデキ…さん…?」ととぎれとぎれの声が聞こえてきます。
“アレ”の存在を思い出し不安になった秀樹は、学者の津田に相談し、彼からオカルトライターの野崎と霊能者の比嘉真琴を紹介してもらいます。
真琴の家に行く途中、一緒に来ていた津田は野崎が編集者だった妻と別れた話をします。
野崎は黙って聞いていました。
真琴は詳しい話を聞く前から「原因は分からないが対処法はわかる」と言い、秀樹に「奥さんと子供に優しくしてあげてしてください」と告げます。
「家族を守ろうとしている自分がなぜそんなことを言われなければならないんだ」と怒り帰ってしまう秀樹と、それを追いかける津田。
真琴は野崎に「津田って人も嫌な感じがする」と漏らしました。
真琴と野崎はその日から定期的に秀樹の家にやってくるようになります。
知紗は真琴に懐き、香奈も楽しそうなので秀樹は2人を渋々受け入れます。
真琴と野崎は恋人同士でしたが、野崎は子供が嫌いなようでした。
ある日、再び“アレ”が家を襲い、彼らの目の前で食器が割れ、お守りがブチブチと裂けていきます。
真琴は必死に呪文らしきものを唱えてなんとか撃退しますが、その直後、真琴の携帯に彼女の姉から電話が入ります。
真琴よりはるかに強力な霊能者らしい姉は事態をすべて把握しているようで、秀樹に「“アレ”は想像以上に凶悪です」と説明し、知り合いのベテラン霊能者を紹介します。
野崎と秀樹は、逢坂という女性の霊能者と中華料理屋で面会。
彼女は「いまここに“アレ”が来ます」と言い出します。
慌てる秀樹の携帯に着信が入り、逢坂は「聞くだけで返事をしてはいけません」と指示をします。
野崎とイヤホンをシェアして応答すると、電話口から香奈、知紗、祖母、結婚式で悪口を言っていた人たち、高梨、など秀樹の知っている人の声が次々聞こえてきます。
そして秀樹自身の声が。
「たかが一人生んだくらいで偉そうに…」
秀樹が「俺はそんなこと言っていない!」と狼狽していると、突然呻き声が。
逢坂がいつの間にか右腕を切断され虫の息になっていました。
周りが大パニックになる中、何者かが血まみれの手形を残して店を出ていきます。
“アレ”が家族のもとに向かったとわかった秀樹はその場を野崎に任せ、香奈に電話して今すぐ知紗と家を出るように言い、タクシーで自宅に向かいます。
道中で真琴の姉から、“アレ”を撃退する方法があると携帯電話で教えられます。
秀樹は恐怖を押し殺し、家族を守るために戦う決意をします。
秀樹は家に戻ると彼女の指示通り、鏡を全部割り、刃物を縛って引き出しにしまいました。
「アレを迎え入れます。ここからは私の仕事です」という彼女に秀樹は望みを託します。
ところが、そこで家の固定電話が鳴り、留守録になったあと真琴の姉の声で「田原さん、“アレ”の罠です。今すぐ家を出てください。間に合わないなら“アレ”が嫌う鏡のそばに行ってください」と聞こえてきます。
今まで携帯で話していた相手は“アレ”のなりすましでした。
対処法の鏡も刃物もなく、“アレ”が家に入ってきます。
それは少女の姿をしており、秀樹は昔遊んだあの子のことを思い出します。
彼女の名前が「知紗」だったことも。
「あんたも呼ばれるで…、だってあんた嘘つきやから…」
抵抗も虚しく、秀樹は胴体を真っ二つにされ死亡します。
映画『来る』の感想と評価
大胆な原作改変
原作の『ぼぎわんが、来る』は2015年に発表され、ぼぎわんという謎の怪物の正体を探るミステリー要素、すれ違う田原夫妻や厭世的なライター野崎のリアルな人物描写、小説ならではの章立ての視点の切り替えによって側面を変える斬新なストーリー、ラストの琴子とぼぎわんの霊能力バトルというストレートなエンタメ要素も盛り込んだ傑作ホラー小説として評判を呼びました。
日本ホラー小説大賞受賞作として世に出た本作は初稿のタイトルは『ぼぎわん』というものでした。
そこから迫り来る怪異を表す意図で『ぼぎわんが、来る』に変わり、映画化されるに至ってタイトルは『来る』というシンプル極まりない物になっています。
このタイトルはインパクトがありますがただの興味引きではなく、この作品のスタンスを表すものになっています。
原作では、終盤で野崎が「ぼぎわん」の正体を探るというミステリー要素があり、それによって「ぼぎわん」を倒す手段を見つけるという展開になっていくのですが、映画版ではその「ぼぎわん」の正体が何かという謎解きはほとんど省略されています。
「ぼぎわん」という単語も数回序盤に出てくるだけです。
タイトルから「ぼぎわん」を取ったのは正体不明の何かが来るという恐怖要素を先鋭化して描く映画になっているからなのです。
それを象徴するのが、比嘉真琴が初登場時に放つ「どうしてかはわからないけどどうすればいいのかはわかる」というセリフです。
姉の琴子も同じような事を言います。
映画は小説と違い、アクションの連続で見せていくもの。
作り手たちは理由を探るよりもとにかく状況に対処するソリッドな物語にするという決断を下したのです。
原作の謎解き部分に惹かれた人たちからはこの改変に不満もあるようですが、原作者の澤村伊智はインタビューで本作のアイデアの源流として「昔、祖母の家に訪問販売員が来た時に祖母はドアも開けずに追い返した。その磨りガラスに浮かんだ人影がもし「お化け」だったら…。という単純な思いつきなんです」と語っているので、物語本来のシンプルな形に戻ったとも言えます。
本作のプロデューサー川村元気も「原作の“何かはわからないけど確実に何かが迫ってきている”感覚に惹かれた。中島哲也という日本一の映像作家が“目に見えないもの”を描いたらどうなるのか見たかった」と語っています。
ただ、この映画は登場人物たちが謎を解こうとしていないだけで、「アレ=ぼぎわん」の正体につながるヒントは映像として提示されているのが巧いところでもあります。
あらすじでは書ききれなかったんですが、時々挟まれる子供の霊の存在や野崎が夢で見る流される赤ん坊、幼虫、「お山」というキーワード、“アレ”が言う「ちが…つり…」という謎の言葉などなど。
あれは何かと考え解釈したくなりますし、原作も読みたくなります。
ちなみに原作では、野崎や琴子の調査で
「ぼぎわんという名前の由来は西洋のお化けの総称表現“ブギーマン”が南蛮人の渡来によって伝わり、訛って“ぼぎわん”になった。」
「田原家が“ぼぎわん”に狙われるのは、秀樹の祖母シヅが夫の銀二に子供を2人虐待死させられたために、夫への恨みで魔導封を入れたお守りをずっと飾っていたから」
「“ぼぎわん”の正体は昔の貧しい農村で口減らしのため殺された子供の霊の集合体」
野崎がたどり着く仮説で断定的ではないものもありますが、原作では謎が明かされています。
ぼぎわんという呼称はほぼ使われず、祖母のストーリーも描かれませんが、原作にあった「女性を支配し蔑ろにする男」「子供を犠牲にする親」という要素は映画にも入っています。
むしろ原作より強烈に盛り込まれていると言えます。
”痛み”にまつわる人間ドラマ
中島監督が原作から取り出したエッセンスは「人の闇が魔を呼ぶ」という部分です。
中島監督は原作の登場人物たちのキャラクターに惹かれ、あくまでも人間の面白さを描きたかったと語っており、原作よりも人物像をかなり負の側面が増した「人間の怖さ」を現すキャラクターに改変しています。
“アレ”は人の心の闇が生まれた結果として襲ってくるものとして描かれています。
この映画で“アレ”の正体を探らないのはある意味当然なんです。
そしてこの映画では“闇”を生む理由を、「痛みを知らないから」という風に描いています。
秀樹は過去に傷を抱え育児に疲れる香奈の痛みも、自分に嫉妬して“アレ”に襲われた高梨の痛みも、怪我をした知紗の痛みも知ろうとせず、理想の家族像を詰め込んだ自分のブログに逃げ込みます。
香奈は親の愛を受けない知紗の痛みも、子供を持てない真琴の痛みも理解せずに、自分の生きたいように生きる道を選んでしまいます。
田原家を窮地に追い込む津田は、痛みを避けるどころか他人に痛みを与えることが生きがいになってしまっています。
その結果彼らは“アレ”に殺されてしまいました。
原作では香奈は死なないんですが、一度知紗を完全に見捨ててしまう描写がある分、よりシビアな話になっています。
秀樹が子供時代に野山で“知紗”と一緒に虫を殺すシーンがあったり、“アレ”を呼び寄せる元となる存在として幼虫が描かれるのも示唆的です。
なぜなら虫は痛みを知らないからです。
ただ、秀樹も香奈も死ぬ直前には痛みを厭わずに知紗を守ろうとする描写があり、ただの酷い人間の物語に終わっていないのもバランスが取れています。
一方、真琴は劇中で唯一、子供を産めない体でありながら知紗と向き合い、身を呈して田原家を守るなど“痛み”を受け入れる存在です。
野崎も親になるという責任から逃れ、面倒なことを避け、真琴の痛みも見ないふりをしていましたが、最後は自分で痛みを受け入れて他者である知紗を守り成長します。
原作ではほぼ完璧な存在である琴子も、“アレ”につけ込まれるシーンがあるということは、彼女本人のセリフにもあるように痛みを避けてきたが故の隙がある人物ということでしょう。
それもあって、映画の中では最後に“アレ”と戦った琴子が生き残ったのかどうかもわかりません。
そして劇中で一番の「魔を呼ぶ」存在であり、父親のイクメンブログのように自分の理想である「オムライスの国」に逃げ込んだままの知紗は、観客に不安を与えます。
彼女は両親の愛の不在を味わった“痛み”は知っていますが、まだ他者の“痛み”は理解していません。
いずれ彼女が再び“アレ”や別の魔の存在を呼び寄せてしまう可能性も消えていません。
“アレ”も知紗の心の闇も取り払われたのかわからないまま終わってしまう本作ですが、それゆえに見た人の心に残るんではないでしょうか。
中島監督らしい、計算された意地悪な作りです。
まとめ
観客の心にモヤモヤしたものを残す映画ですが、それ以上に中島監督のスタイリッシュな映像センス、細かい人物描写が光る作品でもあります。
特に序盤の葬式と結婚式の中で、細かく人間関係の嫌な感じを積み重ねていく手腕は流石です。
のちの展開を示唆するようなセリフや描写もあり、是非、2回観ることをおすすめしたい映画です。
気になった方には観る前でも観たあとでもいいので、原作も是非読んでいただきたいです。
ちなみに原作の『ぼぎわんが、来る』は“比嘉姉妹”シリーズの一作目であり、後に刊行された『ずうのめ人形』『ししりばの家』『などらきの首』も負けず劣らずの傑作ホラーとなっています。
いずれもタイトルに耳慣れない不気味なワードが入っていますね。
その謎は読んでのお楽しみです。