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Entry 2018/11/10
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ジーン・セバーグ映画『リリス』のあらすじと考察。 ロバート・ロッセン監督が放つ美しく危険な神話|偏愛洋画劇場17

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  • Cinemarche編集部

連載コラム「偏愛洋画劇場」第17幕

ケネディ大統領の就任、公民権運動、ベトナム戦争、キング牧師やマルコム・Xの登場、そして暗殺…。アメリカだけでも数え切れないほどの出来事が起こった動乱の時代であった1960年代。

人々の思惑が熱望が渦巻く激動の時代は、映画史には欠かせないムーブメントを巻き起こしました。


『リリス』(1964)

“アメリカン・ニューシネマ”として知られる60年代の作品群ですが、今回の連載で取り上げるのはひと味違う、日本では劇場未公開の『リリス』(1964)です。

【連載コラム】『偏愛洋画劇場』記事一覧はこちら

映画『リリス』のあらすじ

帰還兵であるヴィンセントは、裕福な患者たちが入院する精神病院で作業療法士の見習いとして働き始めます。

そこで彼は隔離されている統合失調症の患者リリスと出会います。

彼女は美しく聡明、絵や音楽といった芸術が好きで、そして妖艶な魅力を持つ女性。

「私には私だけの言葉があるの」そう語るリリスに、ヴィンセントは興味を持ちました。

同じ病院に入院する青年スティーヴンも、このリリスに惹かれていました。

ある日、スタッフと患者でピクニックへ出かけた時、リリスはスティーヴンに渓流近くに落ちた絵筆を取りに行かせ、危険な目に合わせます。

ヴィンセントは注意しますが、リリスは奔放に振る舞い気に止めようとしません。

リリスはヴィンセントに心を開いたように見え、ヴィンセントもまた彼女に惹かれ、彼女を回復へ向かわせることができるのではと一緒に過ごすようになります。

一緒に乗馬の大会へ出かけたり街に出かけたりと、スタッフの目からもリリスの症状は良くなっているように思えました。

しかし、あらゆる人々に愛を与えようとするリリスに、ヴィンセントは激しく嫉妬。

同じ病院の女性患者と2人で小屋に閉じこもり、情事にふけっていたリリスにヴィンセントは激怒し、彼自身も次第に精神を追い詰められていきます。

スティーヴンは、リリスにプレゼントを渡そうとしますが、彼女が拒絶したことを知り自死。

現実と妄想の区別がつかなくなってしまったリリスは昔、弟が自死したことをうつろに語ります。

ヴィンセントは昔の恋人に会いにいきますが、精神の均衡が不安定になった彼は病院に戻り、医師に助けを求めます。

映画『リリス』の作品概要

参考映像:『ハスラー』(1961)

映画『リリス』は、1961年公開の『ハスラー』の監督として知られるロバート・ロッセンの作品で、彼の遺作となった映画です。

戦地帰りの青年ヴィンセントを演じるのは、ニューシネマを代表する映画『俺たちに明日はない』(1967)で主演、『天国から来たチャンピオン』(1978)や『レッズ』(1980)では監督と制作、そして主演も務めたウォーレン・ベイティ。

蠱惑的な女性リリスを演じるのはジャン=リュック・ゴダール監督の『勝手にしやがれ』(1959)のヒロイン役が印象深いジーン・セバーグ。

統合失調症の女性を演じたセバーグ自身も私生活でうつ病を患い、40歳の若さで自ら命を絶ってしまったことを思うと哀切極まりません。

リリスに恋をする青年スティーヴンを演じたのはこれもまたニューシネマの傑作『イージー・ライダー』(1969)に主演、『木洩れ日の中で』(1997)などで知られる若き日のピーター・フォンダです。

リリスを演じたジーン・セバーグは、本作でゴールデングローブ賞最優秀主演女優賞にノミネートされました。

また『勝手にしやがれ』でセバーグを起用したゴダールは、1965年にフランスの映画批評誌“カイエ・デュ・シネマ”で選んだベストテンに本作を挙げています。

“リリス”の意味とは

全編モノクロの本作は錯覚と妄想、現実が入り混じる物語を妖艶に映し出します。

効果的に使用されるのは水の描写。ピクニックの日には雨が降り、そばには勢いよく流れる渓流。

川は穏やかにもなり、そして病院には水槽がある…。

リリスとヴィンセントが愛を交わし合う場面では、太陽を反射してきらめく水面がオーバーラップされ、みずみずしくも妖しい官能的なシークエンスとなっています。

リリスがワンピースをたくし上げて川へ入り、水面へ顔を近づけてそっとキスをする。「誰か水に映ってる、かわいいわ。彼女は私のキスで死ぬの、愛は人を滅ばすわ」。

そんな台詞とともにヴィンセントに微笑むリリスことジーン・セバーグ。

審美的な作品でありながら、本作は冒頭で登場するような不均衡の蜘蛛の巣のように、居心地が悪く不穏に満ちた映画です。

この“リリス”という名前は様々な神話に登場し、語られています。

旧約聖書の1つの解釈では、リリスはイヴの前に神によって創られた2人目の人間であり、初めての女性。

アダムと同じく土から生まれたリリスは、自分もアダムと平等だと主張、彼に従うことに背き幾度もすみかを飛び出したと言います。

アダムの元に戻らなければ1日に100人子供を産ませる、と天使たちに言われたリリスはならばその子供達を全員殺すと突っぱね、激怒した神はリリスの下半身を蛇に変えたのだそうです。

カバラ文献によれば、その後悪霊の妻になったとも、また保守的な教派によれば魔王ルシファーの妻になったとも言われる“リリス”。

リリスという名前はヘブライ・バビロニア語の“夜”の女性形容詞を語源とし、夜の魔女、女神と言われる怪しく神秘的な存在なのです。現在ではフェミニズムの象徴ともなっています。

非対称の蜘蛛の巣

本作のリリスもそんな神話の中の“リリス”のような怪しげな魅力、男性を虜にし自分の世界に引き込んでしまう魔性の力を持っています。

そして彼女は外の世界も自分だけの世界も、一緒に包み込む存在なのです。

絵を描いたり音楽を奏でたり、自分だけの言語を持ってたり、また太陽が降り注ぐ中で自然と戯れることもします。

「私の血は透明なの」と彼女が言う通り、全編を通して水が登場するようにリリスの中には自然の渓流が流れているのです。

自然さえも内包するリリスは男女問わず様々な愛を受け、彼女もそれに応えます。

「君の言葉が知りたい」とリリスの世界に交わろうとするスティーヴンに反し、ヴィンセントは外の世界にリリスを連れ出すことによって彼女と親密になろうとします。

“保護する側”、リリスよりも力が上の者として、彼女に必要とされている、彼女に愛されていると思うヴィンセント。

しかし街の子どもや患者の女性にも自分と同じように、“女性”としての愛を持って接する彼女を見て激しく嫉妬します。

ヴィンセントが人形を水槽に押し込めるシーンがあるのですが、リリスはそのように閉じ込めておくことなどできません。

「リリスは全てを与えたいの」とリリスはヴィンセントにいいます。

なぜなら彼女は、大きな世界さえも自分の中の世界の1つとして考えているのですからです。

全てに分け隔てなく愛を与える母のような存在でもあるリリスを、独占したいと思うのは叶わない望みであり、リリスを縛り付けることでもあるのです。

物語序盤にある蜘蛛の話が登場します。

それは、統合失調症の血を与えられた蜘蛛が巣を張ると、それは非対称な不完全な形になるというものです。

リリスは大きな愛を持つ母のような面も持ちながら、魔性の魅力を持つ“夜の女神”であり、人間の心の暗部へと引きずり込んでしまう力も持っているのです。

ヴィンセントは、リリスに出会ったから心を病んでいったのではなく、元からその“原因”を抱えていました。

戦争に行く前の彼の過去は明示されませんが、彼の母も精神の均衡を崩していたことが描かれています。

無意識に募る母への思いがヴィンセントの足を精神病院へ向かわせ、そこでリリスという女性に出会いました。

女性としての愛と、母としての大いなる愛を併せ持つ彼女に母の面影を重ね、リリスが持つ魔性の力によって、彼は母の翳りある思い出の深みにはまってゆくことになりました。

ずっと求めていた母の姿を独占しようとするヴィンセントと、すべてに自分を与えたいと願うリリス。

この2人の衝突は彼も、彼女も闇に身を委ねてしまう、絶望的な結末へと導きました。

物語最後、施設の内側に置かれたカメラが柵越しにヴィンセントを映します。

“保護する側”として女性を外に連れ出す側であった彼が“保護される側”、柵の中に囲われる側になったことを明示する印象的なショットです。

まとめ

外と内に広がる世界両方で生き、抗いがたい魅力を持ちながらも自らもさらなる暗部へと引きずり込まれてしまった女性。

一方で母と恋人としてのイメージを重ねた彼女を独占したい、制圧したいと望み彼女の魔力に屈した男性。

男性からの抑圧と解放というフェミニズム的な面も描きつつ、幻想的かつ蠱惑的なイメージで全ての人の心の暗部を覗き込むかのように映した本作『リリス』は、美しく危険な匂いが香りたつ神話のような作品です。

ジーン・セバーグが演じた“リリス”は愛を与えるとともに、心を惑わす唯一無二の魅力的な存在として、人々の中にいつまでも残り続けるでしょう。

【連載コラム】『偏愛洋画劇場』記事一覧はこちら

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