座敷牢の少女が『メリーさんのひつじ』を口ずさむ時、世界は歪み、見てはいけないものが現れる…。
若き才能・今野恭成監督によるサイコホラー『心魔師』をご紹介します。
中国主導による日中若手映画人合同プロジェクト第1弾作品として製作され、美術や音楽に中国人スタッフが多く参加した『心魔師』。
まさに“怪奇”という言葉がふさわしい、退廃的な世界観は必見です!
映画『心魔師』の作品情報
【公開】
2018年(日本・中国映画合作)
【脚本・監督】
今野恭成
【キャスト】
生津徹、真崎かれん、阿部翔平、伊東由美子、小橋めぐみ、河屋秀俊、今里真、熊谷宣之、花井力、柳憂怜、陳懿冰、竹中直人
【作品概要】
ある猟奇事件を追う刑事が精神病院の座敷牢に棲む少女に出会い、不可解な現象に襲われるサイコホラー。
主役の刑事は生津徹、少女役を真崎かれんがそれぞれ演じ、柳憂怜、小橋めぐみ、竹中直人ら個性派俳優が脇を固めます。
監督は『劇場版ほんとうにあった怖い話2016』『バレンタインナイトメア』(2016)を手がけた今野恭成。今野監督は東京藝術大学院にて映画製作を学び、黒沢清監督、諏訪敦彦監督に師事しています。
映画『心魔師』のあらすじとネタバレ
富士山麓のある町で、猟奇殺人事件が発生しました。
遺体は全裸でビニール袋に包まれており、死因はワーファリン(血液抗凝固剤)を打たれた上、小さな切創による失血死です。
謹慎中だった一課の刑事・今村(生津徹)は、人手不足の為合同捜査本部に駆り出されます。
今村はずっと不眠症を患っており、日中は強い眠気に悩まされています。一年前には張り込み中に眠ってしまうという大失態を犯し、他の刑事達からは良く思われていません。
今村が上司の田島(柳憂怜)とともに被害者の家を調べたところ睡眠薬の袋が落ちており、谷療養所という病院が記されていました。
今村、田島は町の精神病院・谷療養所へ向かいます。療養所は病院らしい建物ではなく、豪壮な日本家屋です。
谷家の当主であり、療養所唯一の医者である谷祐介(阿部翔平)は、被害者は不眠と悪夢に悩まされ通院していたと話します。
その悪夢とは、人間が決して考えてはいけない、不道徳な、世界の根幹が崩れるような概念だ、と被害者は生前訴えていました。
今村はワーファリンはあるか尋ねますが、精神病院なのでワーファリンはない、と谷は答えます。
不審に感じた今村は、トイレを借りるフリをして屋敷の奥を探ります。そこで聞こえてきた『メリーさんの羊』のハミングを辿り、座敷牢に閉じ込められた安藤夕子(真崎かれん)に出会います。
今村はその晩、再び療養所に忍び込みました。目的の一つは捜査の為、もう一つは睡眠薬を手に入れる為です。
今村は捜査に参加してから不眠が悪化し、苛立ちも激しく、現場との衝突が多くなっていました。
映画『心魔師』の感想と評価
日本、韓国、中国、マレーシアなどアジア諸国のホラーは「アジアンホラー」と呼ばれ高い評価を受けていますが、そのアプローチは国によって異なるもの。ですが日本と中国はやはり似通った面があるようです。
本作で主な舞台となる谷療養所の屋敷は、戦前の日本文学のような怪美な魅力と、かつてシノワズリとして称えられた中国の神秘が見事に融合しています。
人が暮らす家の中に同居する座敷牢は強烈な存在感を示し、谷や夕子が持つ暗い心の中を象徴しているかのようです。
人間は調子が悪い時、嫌な方へ、不安な方へと思考が傾いてしまうものですが、本作は観客を座敷牢に注目させる事で同じ効果を狙っているのではないでしょうか。
そして屋敷はただの家ではなく、精神病院。
精神病院はよくホラー映画の題材に取り上げられますが、本作では登場人物が食べ、眠り、時にはセックスにも耽る生活の場としての顔と、いつ心の闇が覗いてもおかしくない緊張感が、ひっそりとした気配の下でギリギリにせめぎ合い、あらゆるシーンに恐怖を感じられる不健全な印象を醸しています。
例えば、後半のクライマックスである、夕子が食卓で一人会話をしている場面。
実は多重人格だった、という落ちは今やよく見られる展開ではありますが、このシーンの異常に起伏のない、現実離れした雰囲気は「こんな人が実際身近にいたら怖くない?」という感情に改めて気づかせてくれます。
広い食卓で、延々と一人芝居を続ける夕子。他に聞こえるのは食器の音と小鳥の声だけ。同席する谷は、何の感情も見せず黙々と食べ続ける…。
もし、普段は見えない隣家でこのような光景が繰り広げられていたら。
また、夕子に6つの人格が生まれるきっかけとなった、バスの事故現場で一晩明かしたというエピソード。その時、夕子に何が起きたんでしょうか。夕子は何を見て、何を思ったんでしょうか。
本作の“恐怖”はイベントではなく、ただ隣や後ろにあるものです。その恐怖に終わりはなく、また答えもありません。
本作『心魔師』が表現してみせたのは、江戸川乱歩や田中貢太郎を彷彿とさせる、肌にじっとり吸い付くような幽玄の世界です。
本作を友人と一緒に観て、「どこが一番怖かったか」をお互いに語り合うのも一興かも知れません。
まとめ
日中合同製作というと歴史映画やアクション映画が多く思い浮かびますが、ホラーはほぼ初めてではないでしょうか?
1989年生まれの今野監督を始め、日中の若手スタッフが集結した映画『心魔師』。今野監督が師事した黒沢清監督もまた、『回路』『CURE』など背筋の凍るホラーを生み出してきました。
日本・中国が持つ、多くの良質な怪談・ホラー映画の文化が新しい世代に引き継がれていくのは本当に素晴らしい事だと実感させられました。
これを足がかりに、アジアンホラーがより新しい局面へ発展することを期待しています。
いずれは共同製作が進んで、日中韓が合同でホラー映画を撮る、なんて日も遠くないかもしれません。