ロシアが世界に誇る文豪トルストイの「戦争と平和」と並び称される名著「アンナ・カレーニナ」をベースに映画化。
カレン・シャフナザーロフ監督が、20世紀前半に活躍したグィッケーンチィ・ヴェレサーエフの日露戦争文学要素を加味し、大胆にもアンナの死後をテーマに、“新しいアンナ・カレーニナ”を完成させました。
アンナが謎の死を遂げた後、成長したアンナの息子セルゲイと愛人だったヴロンスキーが戦争中に出会い、真実の物語の扉が今開けられた、愛の本質に迫る文芸大作です。
CONTENTS
映画『アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語』の作品情報
【公開】
2018年(ロシア映画)
【原題】
Anna Karenina. Vronsky’s story
【脚本・監督】
カレン・シャフナザーロフ
【キャスト】
エリザヴェータ・ボヤルスカヤ、マクシム・マトヴェーエフ、ヴィタリー・キシュチェンコ、キリール・グレベンシチコフ、マカール・ミハルキン
【作品概要】
カレン・シャフナザーロフ監督は『アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語』でロシアのゴールデン・イーグル賞最優秀美術賞、ロシア映画批評家協会最優秀音楽賞などを受賞。
グィッケーンチィ・ヴェレサーエフの日露戦争文学要素を加味し、“新しいアンナ・カレーニナ”の文芸大作の映画化を果たしました。
主人公アンナ役は『ヒトラー〜最期の12日間〜』(2004)で、抜群の演技力と美貌の名女優エリザヴェータ・ボヤルスカヤ。
ヴロンスキー扮するモスクワ芸術座ベテラン舞台俳優マクシム・マトヴェーエフは、本作のテレビシリーズ(2017)でも主演ヴロンスキー伯爵を務め、二人はプライベートにおいて夫婦です。
アンナの夫カレーニン役は、実力派の名優ヴィタリー・キシュチェンコを起用し、三人のセリフは原作に忠実に重厚かつ楽しめる文芸作品に仕上げました。
映画『アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語』のあらすじとネタバレ
広大な荒涼とした大地を、コサック隊が「我らは 三日三晩 眼が血で染まる 何のために 突き進むのか」と歌いながら行進しています。
日露戦争が始まった1904年、満州にセルゲイ・カレーニンは軍医として戦地に赴きました。
中国の村の外れの野戦病院のなかに入ると、負傷を負った兵達があちこちに横たわり、苦しみ悶える声が日を追うごとに増えていきます。
ある日、重要人物だという大佐が、セルゲイの元に運ばれてきます。彼がアレクセイ・ヴロンスキーという名前であることを聞き、セルゲイは凍りつきます。
この男のために母アンナは、幼い自分と父を捨て、自ら命を絶ったことをセルゲイは忘れたことがありませんでした。
ヴロンスキーはセルゲイの手当てのおかげで少しずつ回復し、部屋も移動することになりました。
窓から優しい女の子の歌声が聞こえてきました。彼女はいつもそこで歌っている中国人の娘のでした。ヴロンスキーは中国語で名前を尋ねると、娘からキセルをもらいました。
ある日セルゲイは自分がアンナの息子であることを名乗り、母アンナの真実を聞き始めます。
なぜ自ら命を絶ったのか、何があったのかを知りたいとセルゲイが問うと、「人は記憶を捏造する。愛の真実は無数にある」とヴロンスキーは答えます。
セルゲイは真実を知りたいと食い下がると、あの日から30年過ぎた、駅舎に女が列車に飛び込んで、ボロ布に覆われていた体はズタズタに引き裂かれていたが、見てすぐに分かったとヴロンスキーは答え、自分の真実を語り始めます。
1872年の冬モスクワ駅は白く覆われ、その中に佇むヴロンスキーは、母親を迎えに駅で待っていました。
列車が着き、ヴロンスキーが車内に入ると母親が嬉しそうに「お話してると楽しくて時間が早く過ぎたの」と話します。
横に座っていたのは、政府高官のアレクセイ・カレーニンの妻アンナ・カレーニナでした。
アンナの兄スティーヴァ・オブロンスキーがアンナを迎えにやってきて、アンナは共に去って行きました。
アンナの姿をヴロンスキーが追っています。
後日舞踏会でアンナを見つけたヴロンスキーは、約束していた公爵令嬢を振り切りアンナをダンスに誘います。
戸惑いながら手を差し出すアンナと、ヴロンスキーの二人のダンスを社交界の人々は、スキャンダラスな目で見つめています。
ある日、モスクワから戻りアンナがペテルブルグ駅に降り立つと、同じ列車からヴロンスキーも降りてきました。
ヴロンスキーから自分を追ってきたことを聞き、アンナは「今の言葉を取り消して!」と硬い表情で突き放します。
更にやってきたアンナの夫カレーニンに、ヴロンスキーは家に訪問したいと願い出ます。
それからヴロンスキーとアンナは、心が惹かれ合い親密になっていくと、その噂はレーニンの耳にも入っていました。
ある日、馬術大会で夫とアンナが観戦していると、ヴロンスキーが出馬した途中で落馬をしました。
アンナは夫や友人の目の前で取り乱し、ヴロンスキーの元へ駆け寄ろうとするのを夫に止められます。
その夜に夫から咎められ、ついにアンナはヴロンスキーへの想いを告白し、妻ではいられないと伝えます。
夫カレーニンは、「私の体面が傷つかない限り、我々の関係は何も変わらない。私は自分の名誉を守る」と、冷静に答えました。
アンナの心は凍りつきます。それでも彼女はヴロンスキーに会うことを止めずに、夫との会話を全て告げて逢瀬を重ね、やがてヴロンスキーとの子を身ごもります。
アンナは離婚を許さない夫との生活を続けるなか、アンナの社交界の風当たりは強くなり、親しい友人からもきちんと離婚しないと会うことはできないと告げられました。
次第にアンナもヴロンスキーに対する目に見えない嫉妬や猜疑心が募り、せっかく会えても言い合いになる日々が続きます。
自分の留守中にヴロンスキーが屋敷に出入りしていることを知ったカレーニンは、ついにアンナに怒りをぶちまけ、離婚を切り出しますが、一人息子のセルゲイは渡さないと言い渡します。
アンナも息子を切望する中、ヴロンスキーの子どもを身ごもったことを打ち明けます。
怒りと憎しみに震え上がったカレーニンはその場を出て行きます。
出産後、産褥熱で生死をさまよいながらも回復しつつあるアンナの許に、カレーニンは駆けつけます。
側にいるヴロンスキーに、妻の全てを許しこれからも妻に寄り添うという固い決意を告げました。
絶望したヴロンスキーは帰宅してすぐに銃口を頭に向け自殺を図りましたが、急所が外れ命を取り留めました。
その頃カレーニンは、アンナの兄ティーヴァから妻に対する自分の冷酷さや愛情が冷めていることを聞き、離婚を本気で考えます。
息子はカレーニンが離さなかったままでしたが、喜びに包まれたヴロンスキーとアンナは娘のアーニャを連れて、ヨーロッパへと旅立ちました。
映画『アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語』の感想と評価
今やロシア本国に留まらず、文豪トルストイの名作『アンナ・カレーニナ』は世界で愛され、多くの翻訳と共に名優と共に何度も映画化されています。
ちなみに、これまでの映画化された代表作の流れを紹介しましょう。
幾度となく映画化された『アンナ・カレーニナ』
参考映画:グレタ・ガルボ主演の『アンナ・カレーニナ』(1935)
1927年のサイレント映画と、1935年のトーキー映画と2度にわたり、『アンナ・カレーニナ』で、ハリウッド映画の伝説的女優グレタ・ガルボが演じ、息を呑むほどの美貌で悲劇的な女性として世界を魅了しました。
また1948年には銀幕女優のヴィヴィアン・リー(1948)は、『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラ役を彷彿させるかのように同じ許されない愛を貫き波乱に満ちた女性を美しく演じました。
参考映画:ソフィー・マルソー主演の『アンナ・カレーニナ』(1997)
1997年公開のイギリスとアメリカの合作では、バーナード・ローズが監督を務め、主演はフランスの人気女優ソフィー・マルソーが演じ、記憶に新しい方も多いのではないでしょうか。
『アンナ・カレーニナ』を十分にロシア的にしつつも、ロシア以外の国の観客にわかりやすくする意図が反映されており、マルソーは今までにない官能シーンに挑戦しました。
また、2009年公開の作品では、小説の『アンナ・カレーニナ』の冒頭に何と書かれていようと、女性はいつでも同じように不幸だというテーマに沿ってロシアの女優タチヤナ・ドルビッチアンナ・カレーニナを演じます。
アンナが薬物中毒者だったことを強調している点も評価されました。(原作でアンナはモルヒネ中毒となっています)
参考映像:キーラ・ナイトレイ主演の『アンナ・カレーニナ』(2012)
近年では2012年にイギリスが映画化し、『パイレーツ・オブ・カリビアン 呪われた海賊たち』(2003)のヒロイン役のエリザベスに大抜てきされた女優キーラ・ナイトレイがアンナの役を演じています。
イギリスならではにロシア文学をシェイクスピア経由で英国映画に変貌させたような映像のなか、恋の絶頂から悲劇に向かって突き進むアンナを原作を忠実に描きました。
これまでに映画化された作品を振り返ると、トルストイの原作を敬愛し、どれもが主人公アンナ・カレーニナは、「不倫という神の掟をやぶる行為に走ったアンナは、不幸な結末を迎えざるをえないが、自身の気持ちに誠実に生きたアンナを同じ罪人である人間が裁くこともできず、虚飾に満ちたロシアの社交界で死を選ぶアンナ」という原作のままに描かれています。
そしてもう一つの原作の物語、農村で実直に生きて信仰に目覚め、幸せをつかんだ妹リョーヴィンとの対比から人が真に生きるべき道が、どの作品でもテーマとして貫かれています。
さて、本作品『アンナ・カレーニナ ヴロンスキー物語』はどのように描かれたのでしょうか。
映画『アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語』の見どころ
本作品『アンナ・カレーニナ ヴロンスキーの物語』のテーマは、トルストイの原作で綴られたテーマ「貫く愛」や「人の生きる道」、そして戦争に対する「非暴力」を踏襲しつつも、注目すべき点は、現代のロシアとこれからのロシアを示唆を感じる場面があることです。
エリザヴェータ・ボヤルスカヤ扮するアンナは、自分の感情が抑えられなくなり、素直に誠実に生きることを決意します。
とはいえ、狂信的な夫からなかなか離婚を認めてもらえない現実があり、息子への罪悪感もあって彼女は押し潰されていきます。
その苦悩は、今でも国内に女性の差別や地位を脅かすものがあり、宗教的にも贖えない現実が感じ取られます。これはロシアに限ったことではなく、多くの国で今も現実にぶち当たっている壁です。
気丈にカレーニンの妻として立ち振る舞い、社交界で立つ彼女から気品と光を放つ美しさは、暫し心を奪われる姿ですが、悲劇的なヒロインとしての美しさではなく、愛を貫く苦悩に苛まれながらも必死に生きる姿が、観客の心を打ち命の美しさを伝えます。
実際ヴロンスキーとの逢瀬後、コルセットの紐を締める場面では、ヴロンスキーが背中越しに紐を締め上げていきますが、それまでの愛情に満ちた優しい笑顔が紐をきつく締める度に、凛とした社交界の夫人に変貌していきます。
今までの悲劇のヒロインに留まらず、その一瞬の幸福な時間を切り取るアンナの切ない儚さと、未来へと続く強さを見事に演じています。
このロシアの名監督カレン・シャフナザーロフは、彼の父がゴルバチョフ大統領の補佐官も務めたリベラルは政治学者であり、本人も大きく影響を受けていると語っています。
それをも鑑みると、トルストイのリアリズムを追求し、戦争への非暴力等映画の要素を垣間見ることができるかもしれません。
まとめ
本作はトルストイの原作にグィッケーンチィ・ヴェレサーエフ(1867-1945)の日露戦争『日露戦争にて』(1905)の要素を加味されています。
映画の冒頭に描かれたコサックの歌、「我らは 三日三晩 眼が血で染まる 何のために 突き進むのか」が耳に残ります。
コサックとは、ウクライナ地方等ロシア帝国の支配下に置かれた地域で編成された世界最強と言われた騎兵隊で、自治を取り上げられた農民や旧将兵や諸民族が含まれていました。
その部隊の鼓舞するようなメロディーではなく、物哀しい歌で行進していきます。
既にこの日露戦争の虚しい結末を示唆しているように感じられます。
そして何よりもラストシーンの日本軍が差し迫る中、ヴロンスキーが中国の娘を一心不乱に探し回ります。
まるで、失ったアンナを取り戻すかのように…。更に見つけた娘だけを馬車に乗せて、自ら戦場へ向かう背中が映し出されます。
その背中こそ、アンナへの愛の深さの象徴であり、平和への願いと祈りが伝わってきます。