国連主導の人道支援プロジェクトが、国連史上最悪の汚職事件になってしまったという、2003年のスキャンダルを描く映画『バグダッド・スキャンダル』は、11月3日(土)よりシネマカリテほか全国順次公開されます。
いまだ全貌が明かされていないこの事件を追及した、社会派サスペンス映画となっています。
CONTENTS
映画『バグダッド・スキャンダル』の作品情報
【公開】
2018年(アメリカ、カナダ、デンマーク映画)
【原題】
Backstabbing for Beginners
【監督】
ペール・フライ
【キャスト】
テオ・ジェームズ、ベン・キングズレー、ジャクリーン・ビセット、ベルシム・ビルギン
【作品概要】
本作『バグダッド・スキャンダル』で描かれるのは、1996年から2003年に渡って行なわれた「石油・食料交換プロジェクト」(オイル・フォー・フード)に絡んだ一大スキャンダルです。
このプロジェクトは、湾岸戦争が発端で国連により経済制裁を受けたサダム・フセイン政権下のイラクで、飢餓や病気で苦しむ一般市民の救済として、国連がイラクの石油を管理し、その販売金で食料や医療品をイラク国民に配給するというものでした。
しかし、プロジェクトにかけられた640億ドル(約7兆1千億円)という巨額予算に、中東社会に暗躍するフィクサーや政治家、更には海外企業までが食いつき、賄賂や不正が横行。それに国連も絡んでいたという、最悪の汚職事件となったのです。
以上のことを踏まえた上で本作を鑑賞すると、より物語に入っていきやすくなると思います。
映画『バグダッド・スキャンダル』のあらすじ
2002年アメリカ。青年のマイケル・サリバンは、金融の仕事を辞め、国連での外交官への転職を考えていました。
実はマイケルの父も国連で外交官をしていましたが、1983年に、赴任先のベイルートで発生したアメリカ大使館爆破事件に巻き込まれ、命を落としていたのです。
それでも、人道支援に心血を注いでいた父を誇りに思っていたマイケルは、父と同じ道に進むことを希望していました。
面接を担当した国連職員のルースは、マイケルが24歳とまだ若いことで躊躇しますが、マイケルの父と同僚だった事務次長のコスタ・パサリス(パシャ)は、彼を即決で採用。
パシャをサポートする特別補佐官に任命されたマイケルは早速、国連主導の「石油・食料交換プログラム」を担当します。
湾岸戦争による経済制裁により、貧困にあえぐイラクの民間人を救うこの支援計画に参加できるとあってマイケルは意気込みますが、前任の補佐官は現地イラクにて、交通事故に遭って亡くなったと聞かされます。
勤務初日を終え帰路に就くマイケルの元に、FBIを名乗る男カッターが現れます。
カッターは、「石油・食料交換プログラム」に関して、国連内でキナ臭い動きがあることを告げます。
しかし勤務初日の自分には無関係だとばかりに、マイケルはその言葉を一笑するのでした。
それからも、マイケルの素質を見込み、「嘘の報告をせずに、自分に有利な事実だけを選んで報告しろ」と、様々なアドバイスを与えていくパシャ。
そのパシャから、マイケルは一緒にイラクに行くことを命じられます。人道支援現場の最前線に行けることと、パシャの期待に応えるべく、マイケルはイラクへと向かいます。
イラクでは、バグダッド支部担当の国連女性所長のデュプレ主導のもと、支援作業が行われていました。
デュプレからは少々疎ましく思われつつも、入院している少女を見舞い、涙を流しながら「必ず助けるから」と励ます一方で、会議中にも関わらず好き勝手に話す上層部たちを一喝するパシャ。その姿を見てマイケルは、外交官として生きていくための帝王学を学んでいくのでした。
ところがある日、通訳担当の女性ナシームと共に物資現場を視察したマイケルは、支給用の医療品も食料品の大半が、使用・賞味期限が切れた物ばかりであることを知ります。
さらには、マイケルが滞在する部屋に、口止め料として賄賂を渡そうとする謎の男たちまで現れるのでした。
事の詳細をパシャに伝えるマイケル。
しかしパシャは、期限切れの救援物資については「支援を打ち切るよりマシ」、賄賂についても「この国ではよくあること」と、にべもありません。
どうにも腑に落ちないマイケルはそんな中、ナシームに連れられてイラク北部に車を走らせます。
着いたのは、フセインによって製造されたサリンやVXガスで虐殺されたクルド人たちが多く眠る墓地でした。
そこでナシームから、自身がクルド人であることと、「石油・食料交換プログラム」での利権を秘密裏に得ようとする要人たちが存在すること。加えて、前任の補佐官がその存在をつきとめるも、事故に見せかけて殺されたのだと告げられるのでした。
その補佐官から、死の間際にUSBメモリーを受け取っていたというナシーム。
彼女は、暗号でロックされていて中身が何か分からないと言い、それをマイケルに託します。
しかし、マイケルたちが墓地から帰路に就く途中、謎の男たちに行方を遮られ、ナシームが帯同していた仲間が目の前で殺されてしまいます。
その謎の男たちはイラクの秘密警察で、かつてマイケルに賄賂を持ちかけた連中だったのです。
ナシームの素性が秘密警察に知られると、彼女の身に危険が及ぶ――そう考えたマイケルはパシャに相談するも、逆にパシャは、彼女が地元のフィクサーや要人たちと密会する現場を捉えた写真を突きつけ、「あの女はスパイだから嘘をついている」と忠告するのでした。
困窮する人を救うという志を抱いて国連入りしたはずなのに、次々と起こる現実に苦悩し、一体誰を信じればいいのかという疑心暗鬼に苛まれるマイケル。
そこへ、プログラミングに精通する義理の兄から、マイケルは頼んでいたUSBメモリーの解読ができたと連絡を受けます。
はたして、マイケルが見た者とは?
そして、マイケルが取る最終決断やいかに?
社会派サスペンス『バグダッド・スキャンダル』は、映画的要素が盛りだくさん?
本作『バグダッド・スキャンダル』は、元国連職員のマイケル・スーサンによる原作小説『Backstabbing for Beginners』(映画の原題でもある)の映画化です。
ただ、これはあくまでも実際のスキャンダルをベースとしたフィクションです。
従って、原作者がモデルのテオ・ジェームズ演じるマイケルとベルシム・ビルギン演じるナシームとの恋愛などは、実際にはない“盛った”エピソードとされています。
このあたりは、物語をドラマティックに展開するための映画的要素といえるでしょう。
もう一つの映画的要素といえるのは、ベン・キングズレー演じるパシャとマイケルとの擬似的な“父子関係”です。
父を早くに亡くしたマイケルにとってパシャは、仕事の上司である一方で、父のように慕う存在となります。
しかし、次第にパシャの隠された面を知るマイケルは疑問を感じ、ついに彼と対峙していく――つまりこれは、作劇においてよく見られる“父殺し=通過儀礼”を描いています。
参考映像:『スーパー・チューズデー/正義を売った日』(2011)(2016)
参考映像:オリバー・ストーン監督の『スノーデン』(2016)
このパターンを踏襲した近年の映画では、ジョージ・クルーニー監督、出演の『スーパー・チューズデー/正義を売った日』(2011)や、オリバー・ストーン監督の『スノーデン』(2016)などがあります。
特にストーンは、『プラトーン』や『ウォール街』、『アレキサンダー』などの過去作からも分かるように、“父殺し”映画を作り続ける監督の第一人者といえます。
このように、形式上は社会派サスペンスの『バグダッド・スキャンダル』ですが、中身は作劇法の王道に則った作品となっています。
映画『バグダッド・スキャンダル』の感想と評価
本作『バグダッド・スキャンダル』で取り上げられた、「石油・食料交換プロジェクト」に絡んだ国連汚職事件。
事件が明るみになった当時は日本でも報道されてはいるものの、その直後にイラク戦争が本格化したこともあり、この事件を記憶している人は少ないのでは。
また、フセインによるシーア派やクルド人への弾圧といった、イラク国内における人種問題事情なども前もって頭に入れておかないと、理解するのは難しいかもしれません。
しかしながら、事件を風化させないべく、真実を公表しようとする者たちのドラマとして見ごたえのある内容となっています。
まとめ
「石油・食料交換プロジェクト」をめぐる汚職スキャンダルにおいて、用途先が不明となった200億ドル(約2兆2,000億円)もの大金は、フセインやイスラム国(IS)にまで渡ったと言われています。
さらには、国連側が調査協力を拒否したことで、事件の全貌はいまだ明らかになっていません。
善意に憑りついて、暴利をむさぼる人間たちの実態をむき出しにしたこの映画。
いろいろな意味で、鑑賞後に考えさせられる一本なのは間違いないでしょう。