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「このホラーがすごい!2024年版」第1位を獲得した作家・背筋による人気ホラー小説を、『ノロイ』(2005)などの上質モキュメンタリー・ホラーから『貞子vs伽椰子』(2016)などのエンタメ・ホラーまで手がける白石晃士監督が映画化。
無関係なはずの事件・情報を調べ続ける果てにつながっていく“近畿地方のある場所”にまつわる物語の真相と、真相を越えて明かされる恐怖を描き出します。
主演は、菅野美穂と赤楚衛二。原作者・背筋の脚本協力のもと、原作小説から萌芽した“映画ならではの魅力”を持つ『近畿地方のある場所について』が誕生しました。
本記事では映画版のネタバレあらすじと共に、本作の魅力をご紹介いたします。
CONTENTS
映画『近畿地方のある場所について』の作品情報

(C)2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
【日本公開】
2025年(日本映画)
【原作・脚本協力】
背筋
【監督】
白石晃士
【脚本】
大石哲也、白石晃士
【主題歌】
椎名林檎
【キャスト】
菅野美穂、赤楚衛二
【作品概要】
原作は、2023年に小説投稿サイト「カクヨム」で連載され、KADOKAWAでの出版後に「このホラーがすごい!2024年版」第1位を獲得するなど大ヒットを記録した同名モキュメンタリー・ホラー小説。
“近畿地方のある場所”について調査するオカルトライター・千紘役には菅野美穂、雑誌の特集記事のため彼女に執筆協力を依頼する編集者・小沢役を赤楚衛二が演じた。
監督は、これまで数多くのモキュメンタリー・ホラー映画を手がけてきた白石晃士。原作者・背筋の脚本極力のもと、「スマホを落としただけなのに」シリーズなどで知られる大石哲也と共同で脚本を執筆した。
映画『近畿地方のある場所について』のあらすじとネタバレ

(C)2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
「私の友人が消息を絶ちました」「情報をお持ちの方はご連絡ください」……ライター・瀬野千紘がSNS上に投稿した動画から、物語は始まります。
ある時、瀬野はオカルト雑誌「超・不思議マガジン」の編集部員・小沢から、同誌の編集長・佐川が次号特集記事の原稿を全て持ったまま妻と共に失踪したため、誌面に“穴”が生じないよう、佐川の特集記事原稿を彼が残した資料を基に“復元”するのに協力してほしいと頼まれます。
出版社地下の資料倉庫室で、佐川の記事用資料を一つずつ確認していく瀬野と小沢。1点目は、1984年に発生した某女子小学生の謎の失踪事件と、某ダム付近での奇妙な目撃証言を記録したワイドショー番組の映像でした。
続けて確認したのは、オカルト界隈では有名な、2002年の東大阪市・倉本中学校生徒の林間学校・集団ヒステリー事件の記録映像。林間学校の窓から見える暗闇の山中から聞こえた「おやまにきませんか」「かきもあります」という声と、木の影から伸びる正体不明の白い手……。
一見すると、関連性がわからない資料。ところが、2013年の某バイカーのツーリング記録映像には、山中にあった人形だらけの祠の他に、例の林間学校集団ヒステリー事件で生徒たちが遭遇した“声”と同じ声が記録されていました。
失踪した「ニコ生」配信者が直前に凸(突然のアポ無し訪問)した心霊スポット「首吊り屋敷」でのライブ配信映像。失踪前の佐川が自らインタビューした、大学生・目黒の「『見たら死ぬ動画』を見た友人・佐藤が『女の声が聞こえる』と言い出し姿を消した」という証言……。
首吊り屋敷の室内と、目黒の友人・佐藤のアパートの玄関には、同じ図柄(鳥居とヒトガタ、四隅にはそれぞれ「了」の字)が描かれた謎のお札が貼られていました。またネット上で調べてみると、四隅の文字が「女」であるものの、非常に酷似したお札の目撃情報が存在しました。
現在は取り壊された首吊り屋敷は、近畿地方にあった心霊スポット。またお札に関してもネット上の目撃情報を辿ると、それは近畿地方を中心に各地へ分布していることが判明。
2014年のとある家族のホームビデオ映像には「見たら死ぬ動画」に映っていた建物そのものである某団地・5号棟が記録されていました。さらに同じ団地で、鬼役が捕まえた相手に“みがわり”を求める「ましらさま」という奇妙な遊びに興じる子どもたちの記録映像も。
一見無関係のはずが、次々とつながっていく資料たち。瀬野は知人の霊能者・諸田に例のお札の正体を探ってもらうべく霊視を依頼しますが、「人ではない『猿』のようなものが見える」と判明した時点で、諸田は背後に潜む恐ろしいモノの存在に怯え、霊視を中断してしまいます。
大学生・目黒が友人・佐藤の失踪後に目撃した“首の長い男の子=縊死した男の子”の怪異の映像。お祓いに失敗したのちに投身自殺した僧侶の「生き物を絶え間なく飼い続けなさい」という目黒への助言を記録した映像。
某バラエティ番組で特集された、女子高生の間で流行中のチェーンメールで「3人以上に送らないと死ぬ画像」として紹介されていた例のお札と、お札に添えられた「おやまにきませんか」という文面。そして番組に出演していた一人の女子高生が、集団自殺を実行した報道記事。
あまりに関係者の失踪・死が多過ぎることを危惧する瀬野。しかし、それでも雑誌のために記事を完成させようとする小沢を心配し、最後まで協力することに。
連絡が通じた目黒の「“みがわり”のペットが死に続けている」という近況と、彼が以前住んでいたアパートに出現した、両手を天に向かって上げ続ける“赤い女”の情報を聞かされる二人。目黒が撮影した赤い女の姿は、「見たら死ぬ動画」に登場するソレと酷似していました。
そして、佐山が残した最後の映像資料である、某テレビアニメで紹介された『まさるさま』という近畿地方の昔話を視聴することにしました。
亡き母との再会を願った青年・まさるは、山の頂上で遭遇した“神”から、食べさせたらその者を思い通りにできる「黒ずんだ柿」を授けられ「柿で嫁を娶って、母代わりにしろ」と言われる。
まさるは山から「おーい」「柿があります」と村の女性たちを呼ぶも、不審がった誰からも無視され続け、最後には衰弱死する。ところが、まさる亡き後も彼の呼び声は山から聞こえ続け、村の女性たちが怯えたため、彼のために祠を建て“まさるさま”として祀ることにした……。
近畿地方のある場所には、“何か”があると確信する二人。
しかし、一家失踪事件が起こった手芸店でお札を目撃した際に怪奇現象に遭遇するなど、異変が生じていた小沢。彼は偶然にも資料倉庫室で発見した佐川のメモを見た後、周囲の女性に「見つけてくれて、ありがとう」という言葉を残して姿を消しました。
映画『近畿地方のある場所について』の感想と評価
監督・白石晃士の“映画化力”が全力発揮!
多くの人々をモキュメンタリー・ホラー小説の世界へ没入させ、小説ならではの王道叙述トリックと、全ての読者を「“近畿地方のある場所について”という怪異とつながった者」にするためのギミックが融合したラストで話題を呼んだ小説『近畿地方のある場所について』。
映画化という報せを聞いて「叙述トリックをはじめ、原作の“小説”というメディアだから描けた本作の醍醐味を、映画ではどう消化するのだろう?」と思った方は多いはずです。そして、実際に封切りを迎えた映画を鑑賞し終えた後、誰もが「私は一体、何を観せられたんだ?」と同時に、「ああ、そうだ。“白石晃士監督作”だ!」となったはずです。
原作のモキュメンタリー小説としての魅力を具現化したような、“近畿地方のある場所”の資料として登場するモキュメンタリー映像のクオリティは言わずもがな。これまで多数のエンタメ・モキュメンタリー・ホラーを生み出してきた白石監督のキャリアがこれでもかとフル活用されています。
しかし忘れてはいけないのは、白石監督は「『リング』貞子と『呪怨』伽耶子が対決する映画」と「Jホラーをぶっ壊す」というトンデモ企画&テーマを両立させ、『貞子vs伽椰子』という恐るべき映画を生み出してしまうほどの“映画化力”の持ち主である点。
原作小説の叙述トリックやギミックをそのまま“映画で再現する”ことで「自分が小説から思い浮かべたイメージと違う」と観客にじわりじわりと落胆の感情を抱かせるよりも、原作小説の魅力をいかに“映画化”するかに特化し「これは“小説”ではなくて、あくまで“映画”と化した作品だ!」と観る者に伝える、映画化力。
その力を白石監督が本作でも遺憾なく発揮しているからこそ、映画を観終えた後に「ああ、私が映画館で観にきたのは“小説”の『近畿地方のある場所について』じゃない」「白石監督が“映画化”した『近畿地方のある場所について』だ」という感想と、「白石監督、またやってくれてくれたねえ!」という笑みが溢れるのです。
“宇宙的恐怖×母子の執念”の爆発

(C)2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
入場者特典として原作者・背筋が書き下ろした短編でも言及されている通り「“やしろさま”の御神体の黒石=宇宙から飛来した詳細不明の隕石」説が仄めかされている点。また小説内に登場する一切の出自&意味が不明の呪文がクトゥルー神話作品に見られる呪文と似ている点から、「コズミック・ホラー」としての要素も持つ小説『近畿地方のある場所について』。
映画版では、そのコズミック・ホラーの要素が“映画化”にあたって爆発。映画終盤に登場する黒石のビジュアルは「地球上には存在しない奇妙な石=地球外から飛来した隕石」をより想起させるものとなり、“まさるさま”のビジュアルも原作小説の「白い猿のような男」や「巨大な『もののけ姫』(1997)のコダマ」を通り越した神話生物チックな異形として描かれました。
映画化に際し爆発したのはコズミック・ホラー要素だけでなく、青年・まさるが“まさるさま”になるまでの経緯、黒石の力に取り込まれ怪異と化した洋子と了の悲劇、そして“子を亡くした母=洋子に近しい者”で在ったがゆえに怪異に取り憑かれた語り手という「母と子の執念の物語」という側面も、映画版ではより強烈なものに。
「怪異に取り憑かれたことで、自身も怪異を拡散させるモノとして、“近畿地方のある場所について”という怪異の一部と化してしまう」という末路を辿った原作小説の語り手。
対して映画版の主人公・瀬野は、「黒石に願った母も、再会を願った子も怪異と化す=願いは必ず歪んだ形で叶う」と洋子・了の母子を通じて知りながら、それでも息子・たくみと再会するために黒石を利用し「自身も息子も怪異と化す」という選択をとりました。
原作小説の語り手同様に「自身も怪異の一部と化す」という末路ながらも、瀬野はそこに「亡き息子との再会」という“必要なところ=母と子の幸福”だけを見出したのです。
まとめ/“必要なところ”は、今この記事を読んでいます。

(C)2025「近畿地方のある場所について」製作委員会
元は悪鬼だったが、釈迦の導きによる改心を経て仏教を守護する天部となり、ヒンドゥー教においても子授け・安産・子育てを司る神となった「鬼子母神」ことハーリーティー(可梨帝母)。
その逸話における物語としての一番の見どころは、ハーリーティーの改心そのものではなく、逸話の序盤で描かれる「我が子を育てるためなら、他者の子も容赦なく食らう」という“子を持つ母”の本質なのかもしれません。
「息子のように甲斐甲斐しく世話を焼き、自身の秘密も明かせるほどに親しい間柄になったからこそ、小沢は“みがわり”にふさわしい」……情(じょう/なさけ)が有るからこそ冷酷な瀬野の決断は、原作小説からさらに爆発した映画版における「母と子の執念の物語」の極致といえます。
……しかしながら。
もし「我が子を育てるためなら、他者の子も容赦なく食らう」が“子を持つ母”の本質なのだとしたら、ハーリーティーは“子を持つ母”という本質を全うしていたに過ぎない。だとしたら、他者の子を食らい続けていた彼女の心中に、悪意などなかったのではないか。だとしたら、彼女を責め立てる理由など、どこにもなかったのではないか。
悪意なんて、一切ない。ただ、“みがわり”にしただけ。それはいわゆる「人殺し」かもしれないけれど、小沢くんも誰かが「大切な人との再会」を黒石に願ったら、きっと生き返る……。
映画版のラストにて、瀬野が自ら黒石への生贄として捧げたはずの小沢の行方を、SNS上の動画で視聴者に探すように求めた理由。それは、小沢との再会を願う者のもとに……近畿地方のある場所などではない“必要なところ”に黒石を送り届けたいと、“心から”思っていたからではないでしょうか。
そして、同時に「黒石をめぐる怪異譚……近畿地方のある場所についての物語を“必要なところ”に送り届けようとする」という構図自体が、小説・映画とどれだけ姿かたちが変わっても、実話なのか実在のモデルが存在するのかすら分からなくても「怪談」を求め続ける私たちこそが、近畿地方のある場所についての物語が“必要なところ”なのだと描いているのです。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身。2019年に日本映画大学を卒業。映画評を寄稿する一方、映画配給レーベル「Cinemago」宣伝担当として、『ザ・エクソシズム』『Kfc』のキャッチコピー作成なども行う他、『獄舎Z』『トレジャー・アイランド』の字幕監修を手がける。2025年公開のタン・チュイムイ監督・主演作『野蛮人入侵(原題)』では、日本公開版タイトル『私は何度も私になる』を命名した(@youzo_kawai)。

(C)Cinemarche


































