映画『ニューノーマル』は2024年8月16日(金)より全国順次公開!
韓国ホラー映画・歴代興業収入2位を記録した『コンジアム』のチョン・ボムシク監督による映画『ニューノーマル』。
韓国・ソウルに暮らす6人の男女の物語を通じて、絡み合う奇妙な運命が日常を一転させ、身近な出会いの裏に潜む恐怖と絶望を描いたサスペンス・スリラーです。
このたび日本での劇場公開を記念し、映画『ニューノーマル』を手がけられたチョン・ボムシク監督にインタビュー。
本作の制作経緯をはじめ、作中で描かれた「食うか・食われるか」の人間関係と現代社会における孤独・孤立の問題、監督が考える「ジャンル映画」の長所など、貴重なお話を伺えました。
CONTENTS
《サスペンス》満ちた現実世界で
──はじめに、本作の制作経緯を改めてお聞かせください。そして脚本執筆を進められるにあたって、どのようなリサーチを行われたのでしょうか。
チョン・ボムシク監督(以下、ボムシク):『太陽がいっぱい』(1960)の原作者であり、サスペンス小説の巨匠パトリシア・ハイスミスは「サスペンスとは、暴力行為、さらには死の可能性が身近にあることだ」と言いました。
その言葉は私の心にとても響いたのですが、一方で本を閉じてみた時「今書かれていたことは、決して特別なことではないのでは」とも感じたのです。
ボムシク:ハイスミスの言葉通り、白昼堂々と見知らぬ人に凶器を振り回される、インターネット上で殺害予告が投稿される、世界各地で無意味な戦争が起こり多くの人が死んでいくこの世界こそ「サスペンス」に満ちた世界ではないか。そうして現実世界を強く反映したサスペンス映画を作りたいと思い至りました。
そこで、ニュース、小説、映画、ウェブ漫画、ドキュメンタリーなど、サスペンスジャンルの着想元になり得そうな作品や出来事をソースとして集め、物語を作り始めました。
また本作のチャプター名の一部では往年の名作映画のタイトルを引用していますが、それらの作品も観直していました。ホラー・スリラーといったジャンル映画の古典として多くのインスピレーションを得た上で、古典をいかに現代的にアレンジし、今を生きる人々を楽しませられるかを考えました。
孤独・孤立の先の《食うか・食われるか》
──映画作中にはフランシスコ・デ・ゴヤの名画『我が子を食らうサトゥルヌス』が登場しますが、本作では「食べる」という行為が象徴的に描かれています。
ボムシク:ゴヤの絵は『コンジアム』(2018)でシッチェス・カタロニア国際映画祭に招待されてスペインに行った時、ミラノ美術館で直接見て感銘を受けたのですが、『ニューノーマル』を作る時に本能的に頭に浮かんできたイメージです。
結局、私たちは皆、絵の中のサトゥルヌスの子どものように、この世に少しずつ食われているのではないかという想像を具現化したものです。
そして「食べる」という行為は、「生きる」ということに対する最も直接的な行為だと思いますが、エピローグでも描かれている独りでご飯を食べる姿は、私たちはみな孤独に生きていることを意味しています。
──作中でたびたび描かれる、食うか・食われるかでしか構築できない「他者に対する一方的な消費」という人間関係は、現代社会における孤独・孤立から芽生えてしまったものなのではとも感じられました。
ボムシク:孤独や孤立の先にある暴力は、他人への危害に向かうこともありますが、それ以上に自分自身へ向かってしまうことが多くあります。
本作のリサーチにあたって実例を知らされた「孤独死」も、そうした胸が痛むような現実の一つなのですが、孤独・孤立を生み出してしまうのは、やはり人々の生活を取り巻くシステムの問題に原因があるのではと思うのです。
本来であれば社会がより孤独・孤立に目をむけるべきなのですが、無関心であるがゆえの結果として、多くの人々の現実を放置してしまっているのです。
ジャンル映画──観客の期待に応えた先に
──ボムシク監督は『コンジアム』でのホラー映画、『ニューノーマル』でのサスペンス・スリラー映画など多くのジャンル映画を手がけられていますが、監督にとってのジャンル映画の魅力をお聞かせください。
ボムシク:それぞれのジャンル映画を観に来られる観客の皆さんは「こういうことを感じたい」「こういうものが観たい」と思って、映画館へ足を運ばれているのだと思っています。
ホラー映画を観に来る方たちは「恐怖を感じたい」、コメディ映画を観に来る方たちは「今日は笑って、明るい気分になりたい」、悲しいラブストーリーやメロドラマ映画を観に来る方は「心の切なさを感じたい」などの理由で、その映画を観ようと選ばれたはずです。
観客の皆さんが心に望むものがある中で、ジャンル映画はそうした観客の皆さんの望みを叶えてくれるものだと考えています。
ボムシク:また私自身「観客の皆さんが望み、期待するものに応えることができたら、私が人々に観せたいものも同時に作れる」という点が、ジャンル映画の長所だと思っています。
例えば『ニューノーマル』なら、映画館に訪れた方々が求めているサスペンス映画・スリラー映画としての面白さを存分にお届けした上で、私自身が映画制作の中で至った考えも映画に込めて「この映画をきっかけに、皆さんも考えてみてくれませんか」と問題の提起もできる。
作家性の生き方の一つの形が、ジャンル映画の長所にあるのだと思っています。
《ニューノーマル》の中でも変わらない意思
──本作をご覧になった方々からは、どのような反響がありましたか。
ボムシク:『ニューノーマル』が韓国で公開された際には、SNS上で映画を観てくださった方々による感想が多く投稿され、「怖かった」「とても楽しかった」という評価をいただけました。
一方で、とある方がエピローグでの食事の場面に対し「あの場面は、まるで自分の姿を見ているようで、涙が出た」と感想を載せてくれていたんです。その方の感想を読んで、『ニューノーマル』はジャンル映画として人々の期待に応えつつも、私が伝えたかったメッセージも届けられていたんだと実感できました。
観客の皆さんと、監督という作り手である自分との間で、コミュニケーションが成立できた……私は『ニューノーマル』だけでなく、常に「観客とのコミュニケーション」を考えながら映画制作を続けています。
──新型コロナウイルスによるパンデミックを経た2024年現在、世界の映画業界でも「ニューノーマル(新しい常態)」が生じました。そのような状況の中でも映画制作を続けられている、ボムシク監督のご心境を最後にお聞かせください。
ボムシク:パンデミックの影響はもちろんそうですが、韓国社会そのものを取り巻く状況は年々厳しくなりつつあります。
ですが、かつて自分自身が考えていた原点というべき意思を忘れずに、どうせ一度きりの人生を生きていく以上は、幸せな心持ちで映画を作りたいと感じています。
社会に様々なニューノーマルが生じている中で、「観客と作り手の間に、双方向でのコミュニケーションを作り出す」という変わらない意思によって、映画制作を続ける。それが、今の時代で自分自身ができることです。
インタビュー/河合のび
チョン・ボムシク監督プロフィール
1970年生まれ。一貫してジャンル映画への愛情を示し、美しくも切ないホラー映画『1942奇談』(2007)でデビュー。第27回韓国映画批評家協会賞新人監督賞、第10回ディレクターズカット賞新人監督賞、第8回釜山映画批評家協会賞新人監督賞など数々の賞を受賞。
『コンジアム』(2018)では「体験型ホラー」というジャンルを開拓し、商業的な成功と人気を獲得。同作は韓国ホラー映画で歴代2位の興行収入を記録し「Kホラー・マスター」「韓国ホラー映画の誇り」とまで評価された。
映画『ニューノーマル』の作品情報
【日本公開】
2024年(韓国映画)
【原題】
뉴 노멀(英題:New Normal)
【監督・脚本】
チョン・ボムシク
【キャスト】
チェ・ジウ、イ・ユミ、チェ・ミンホ、ピョ・ジフン、ハ・ダイン、チョン・ドンウォン
【作品概要】
韓国・ソウルに暮らす6人の男女の物語を通じて、絡み合う奇妙な運命が日常を一転させ、身近な出会いの裏に潜む恐怖と絶望を描いたサスペンス・スリラー。監督・脚本は、韓国ホラー映画・歴代興業収入2位を記録した『コンジアム』(2018)で知られるチョン・ボムシク。
キャストにはドラマ『冬のソナタ』(2002)『天国の階段』(2003)のチェ・ジウをはじめ、『イカゲーム』(2021)『今、私たちの学校は…』(2022)のイ・ユミ、K-POPグループ「SHINee」のチェ・ミンホ、同じくK-POPグループ「Block B」のP.O(ピョ・ジフン)らが出演。
ソーシャルメディアに左右される現代的なテーマをちりばめつつ、誰もが死と隣り合わせであり、 私たちの日常そのものがホラーになってしまった社会を見事に表現した本作。
第26回富川国際ファンタスティック映画祭のクロージング作品に選ばれた際には、わずか10秒で完売し話題に。 またファンタジア国際映画祭では「独創的でカリスマ的なエネルギーで観客を魅了する新ジャンル映画」として評価されるなど、世界各地の映画祭で高く評価されています。
映画『ニューノーマル』のあらすじ
ソウルでは、女性ばかりを狙う連続殺人事件が多発し、世間を賑わせていた。
ある日、マンションで一人暮らしをしているヒョンジョン(チェ・ジウ)の元に火災報知器の点検をしに来たという中年の男性が訪ねてくる。図々しく家の中に入ってくる怪しげな男性に不安を覚えるヒョンジョン。
一方、デートアプリでマッチングした相手と待ち合わせをしているヒョンス(イ・ユミ)。しかし、そこに現れたのは思いも寄らない人物だった。
交差する2つの出来事が予想だにしない結末を巻き起こす……。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。