『青春の光と影』 彼女の歌声は家族に届くのか。
2014年製作のフランス映画『エール!』のハリウッド・リメイク版。耳の聴こえない両親に育てられた子ども=「CODA(コーダ)」の少女の物語。
両親と兄と暮らすルビーは、家族の中でただ1人の健聴者です。彼女は、家族の耳となり、仕事や身の回りのことをサポートしていました。
高校の合唱部に入部したルビーは、歌の才能を発揮。顧問に名門音楽大学の受験を勧められますが、彼女の歌声が聞こえない家族は信じられません。
家族を残して夢を追うべきか、諦めるべきか。ルビーの選択とは。家族の想いとは。映画『コード あいのうた』を紹介します。
映画『コーダ あいのうた』の作品情報
【日本公開】
2022年(アメリカ・フランス・カナダ合作映画)
【監督・脚本】
シアン・ヘダー
【キャスト】
エミリア・ジョーンズ、トロイ・コッツァー、マーリー・マトリン、ダニエル・デュラント、フェルディア・ウォルシュ=ピーロ、エウヘニオ・デルベス、エイミー・フォーサイス
【作品概要】
サンダンス映画祭にて、観客賞など史上最多4冠に輝いた注目の作品『コーダ あいのうた』。
監督・脚本は『タルーラ 彼女たちの事情』(2016)のシアン・ヘダー。原作となったフランス映画『エール!』(2015)の前提を残しつつ、シアン・ヘダー監督ならではの新たなストーリーを描き出しました。
主人公のルビーには、大ヒットテレビシリーズ「ロック&キー」で一躍人気のエミリア・ジョーンズ。見事な歌唱力に、流暢な手話を披露しています。
また、ルビーの家族を演じるのは、オスカー女優のマーリー・マトリンを始め全員が実際に耳の聴こえない俳優たちを起用。
生き生きとして創造的で流麗に体現されたアメリカ手話「ASL」が、ふんだんに盛り込まれています。
映画『コーダ あいのうた』のあらすじとネタバレ
明け方の海に浮かぶ漁船から、少女の力強い歌声が聞こえてきます。慣れた手つきで大量の魚を引き上げていく父と兄、そして歌声の主は娘のルビーです。
マサチューセッツ州の港町で漁師をして暮らすロッシ家は、陽気な父フランクと美しい母ジャッキー、プレイボーイの兄レオ、そして音楽好きの女子高生ルビーの4人家族です。
ルビーは家族の中で唯一の健聴者。いつも家族の耳となり、漁師の仕事や身の回りのことを一手にサポートしていました。
耳が聞こえないことで周りから邪険に扱われることがあっても、ロッシ家族はもろともせず、決して諦めません。言いたいことは言う。身振り手振りで語り合う時間は、どの家族よりも賑やかです。
ルビーは新学期を迎え、コーラス部への入部を決めます。密かに想いを寄せるマイルズがいたからです。顧問のV先生は少し変わり者ですが、とても熱心な先生でした。
人前で歌うことが怖くて逃げだしてしまうルビー。聴覚障がい者の中で育ったルビーは、「言葉がヘン」と言われた経験から人付き合いが苦手でした。
そんなルビーにV先生は、「上手い下手ではなく、声で何を伝えられるかが大事だ」と教えます。次第にルビーは、伸び伸びと歌うことが出来るようになります。
ルビーの歌の才能に気付いたV先生は、発表会に向けマイルズとデュエットを組ませます。そして、マイルズも目指しているボストンのバークリー音大へ進学を勧めるのでした。
2人での練習はどこかぎこちないながらも、声の相性は抜群です。マイルズは、助け合って暮らしているルビーの家族が羨ましくもありました。
漁港では政府の介入で魚の値が低下し、漁師たちの不満は限界を超えていました。ルビーの父フランクと兄レオは、ルビーに通訳してもらいながら手話で懸命に訴えます。
ロッシ家は、自ら魚を売りさばく新たな漁師共同組合を立ち上げました。地元の人たちも一緒に働いてくれました。仕事が忙しくなるにつれて、ルビーの負担も大きくなっていきます。
ルビーは、V先生の元で歌のレッスンを受けていました。家族の手伝いをしながらレッスンに通う日々は、どうしても遅刻してしまうこともしばしば。レッスンに集中出来ない環境にV先生も苛立ちを隠せません。
そんなある日、組合の取材にテレビ局がやってくることに。母はルビーに通訳をお願いしようと考えていましたが、歌のレッスンの時間と被ります。
事前に知らされていなかったルビーは怒りますが、家族のために取材に応じます。このままでは大学への進学は望めません。ルビー自身もこれまで家族抜きで行動したことがありませんでした。
ルビーは、家族に歌の道に進みたいことを打ち明けます。ルビーの歌声を聞くことが出来ない家族は、才能があるのかどうかも知るすべがありません。
娘の望む道を歩ませてあげたいと思うものの、母ジャッキーはこの大事な時期に頼りにしているルビーがいなくなることに反対します。
もどかしい気持ちを抱えたまま、ルビーは次の日の朝、漁をさぼり、マイルズと特別な時間を過ごします。
父フランクと兄レオは、ルビー抜きで漁にでます。運悪く、その日は政府の監視員が船に同行することになっていました。不正を犯せば漁の資格がはく奪されてしまいます。
事態は最悪な展開を迎えます。漁の最中に陸からの無線に気付かない親子に不安を感じた監視員が、海上警察に通報。
今後も漁を続けるならば、健聴者を乗船させること、反則金を支払うことを申し付けられます。これを機にルビーは「やはり自分が残らなければ」と進学を諦めるのでした。
映画『コーダ あいのうた』の感想と評価
フランス映画『エール!』のハリウッド・リメイク版『コーダ あいのうた』。シアン・ヘダー監督により、オリジナル作品を前提にしつつも、魅力的なキャラクターたちの新たなストーリーが誕生しました。
耳の聴こえない両親に育てられた子ども=「CODA(コーダ)」の少女の物語と聞くと、考えさせられる重い内容の作品なのかと想像してしまいますが、全体的に明るく前向きな気持ちにさせてくれる青春映画となっています。
ロッシ家は、娘のルビー以外は聴覚障がい者という家族ですが、手話で多くの会話をし、互いに支え合い、笑い合い、普通の家族より賑やかです。
一緒に暮らしていても会話がない家庭もたくさんあります。言葉はなくても何でも言い合えるロッシ家が羨ましくも見えます。
そして、ロッシ家の面々は耳が聞こえないからといって臆することがありません。やりたいことはやるし、言いたい事は言い、人生を謳歌しています。
個性豊かな家族を見ていると、障がいがあるなしに関わらず、自分に正直に生きることが大切なのだと気付かされます。
さらにこの映画のみどころは家族愛のほかにも、恋愛映画としても楽しめる点にあります。
ルビーは同じ学校のマイルズに密かに想いを寄せていますが、人とは違う家庭環境から自分に自信を持てませんでした。
合唱部の発表会でデュエットを組むことになったルビーとマイルズは、歌のレッスンを通して少しづつ距離を縮めていきます。
小さな頃から家族の耳となり、大人に混ざり通訳をしてきたルビーは、同世代の子よりもしっかりしています。
そんなルビーが、自分だけのお気に入りの場所である湖にマイルズを招待し、高い崖から飛び込んだり、無邪気にじゃれ合う姿は、年相応の女の子に見えて微笑ましいシーンとなっています。
また、映画全体の特徴として、手話がヒートアップする場面では、BGMが途切れ静寂が訪れます。特にルビーの合唱部でのデュエットのシーンでは、途中から音が無くなり、耳の聴こえない家族の目線から観客の表情が映し出されます。
また、劇中で使用されている音楽が最高です。ルビーとマイルズのデュエット曲は、タミー・テレルとマーヴィン・ゲイの『You’re All I Need To Get By』。
娘の歌声を聞くことが出来ない父親が、自分のために歌ってほしいと頼みます。ルビーの喉に手をあて振動を感じとろうとする父の姿に涙がこみ上げます。
そして、ルビーが大学の試験で選んだ曲は、ジョニ・ミッチェルの『青春の光と影』。
普通と違うことで周りから冷やかされ孤独だったルビー。悩んだ日々を乗り越え、現実を受け入れて強く成長したルビーが、未来へと強く歩み出す心情が曲の歌詞と重なります。
主人公ルビーを演じたエミリア・ジョーンズの伸びやかで心地よい歌声は、まさにハマリ役。この映画のために特訓したという手話もスムーズに使いこなしています。
ロッシ家族が使う手話は、スピードが速く知らないと理解できないものもありますが、時に面白おかしく表現したり、顔の表情で伝えたりと、聴覚障がい者が身近に感じられ理解しようとする気持ちが湧き上がります。
まとめ
2014年製作のフランス映画『エール!』を、シアン・ヘダー監督がリメイク。アカデミー賞最有力と評判の映画『コーダ あいのうた』を紹介しました。
聴覚障がい者の家族の中でただ一人の健聴者ルビーが、自分の夢を見つけ大人へと成長していく物語。ルビーの夢を理解し応援しようとする家族の強い絆に心打たれます。
家族ドラマとしてはもちろん、恋愛映画としても楽しめ、耳の聞こえない人も一緒に鑑賞できる映画となっています。