金子雅和監督が海外で行われた各国の映画祭で、10冠の名誉を掴み取った映画『アルビノの木』。
ポルトガルで開催されたフィゲイラ・フィルム・アート2017では、日本映画初である最優秀長編劇映画、最優秀監督、最優秀撮影の三冠受賞をはじめ、フォルモサ台湾国際映画賞2017など、勢いは留まることを知りません。
“金子ワールド”といってもよい、監督が切り取ったフレーム内で魅せる「自然の中にいる人間の様」とは何か。
今回は金子雅和監督が10冠を達成した映画『アルビノの木』の感想を中心に考察していきましょう。
CONTENTS
1.映画『アルビノの木』の作品情報
【公開】
2017年(日本映画)
【製作・脚本・撮影・編集・監督】
金子雅和
【キャスト】
松岡龍平、東加奈子、福地祐介、山田キヌヲ、長谷川初範、増田修一朗、尾崎愛、細井学、松蔭浩之、松永麻里、山口智恵
【作品概要】
自然と人間の関係をモチーフに短編映画を手掛けてきた金子雅和監督の長編第2作。
主人公ユク役を金子監督長編初作品『すみれ人形』のほか、短編作品でも「金子組」では常連俳優となっている松岡龍平が演じ、その脇を東加奈子、現代美術家の松蔭浩之、山田キヌヲ、長谷川初範たちが務めます。
2.映画『アルビノの木』のあらすじ
害獣駆除会社に勤務する腕の良い若い猟師ユクのもとに、多額の報酬となる仕事依頼が舞い込みます。
入院した母親の病気治療の手術費を必要としていたユクにとっては、何よりも絶好の潮目というべき都合の良い機会でした。
その後、駆除会社の同僚猟師とともに乗り降り立った駅には、なぜか遅れて役場の女性アヤが迎えに来ました。
役場に着いて間もないユクたち。役場の課長が仕事内容の説明する害獣駆除の依頼は、奥歯に物が挟まったようで肝心な要領は伝えられず隠されたままでした。
その日の晩、村にある宿泊先を取れなかったユクたちを、役場のアヤは祖母の自宅に泊まるよう手はずを整えます。
すると、アヤの祖母であるチトセとの団欒の話をするうちに、役場の課長が隠していた仕事についての不明な点が明確になりはじめます。
それは鉱山として栄えた山間の村で、“白鹿様”と敬われてきた珍しい鹿を秘密裏に撃つことでした。
翌朝、アヤの運転する軽自動車に乗ったユクたちは、害のない動物を殺傷することに仄かな疑問を抱えつつも、深い山間へと入り込みます。
境の尾根までユクたちを連れて来たアヤから、これから先は山小屋に住む罠猟師から作業の詳細は聞くようにと促されます。
やがて…、依木村に“白鹿様”を殺傷する猟に入ったユクは、そこで困っていた村に住む女性ナギと出会います。
彼女は昔から変わらぬ伝承を守っている故郷に対して複雑な心境を抱き、村を出ようとしていたのですが…。
2.映画『アルビノの木』の感想と考察
見どころ①金子ワールドのターニングポイント的作品
本作『アルビノの木』は金子雅和監督の創作活動や作家活動の両面において、現時点の集大成といってもよい作品に仕上がっています。
創作活動としては、金子監督が本作に挑んだ背景は、約20年もの年月にわたって抱き続けた思いであり、また、猟師をモチーフにした作品を映画化したいという、8年間にも及んだ構想の物語だからです。
そして言うまでもなく、作家活動は『アルビノの木』が世界各国の映画祭で正式上映されただけでなく、10冠の映画賞を獲得した実績があるからです。
映像作家としての金子雅和を知るうえで、『アルビノの木』は彼のフィルモグラフィにおいて今後のターニングポイントになる映画で、創作と作家の今の到達点を見出せる作品です。
見どころ②金子雅和監督と小栗康平監督との自然を描く差異
ベルリン国際映画祭 国際芸術映画連盟賞を獲得した
小栗康平監督『眠る男』(1996)
本作を初見で観た映画ファンであれば、1996年に公開された小栗康平監督の『眠る男』を思い出すことでしょう。
自然とともにある共生体としての大きな時間の流れや、奥深い山の信仰である“白鹿様”扱ったことで、何がしかの類似点を見出すことは容易いはずです。
しかし、小栗康平監督が好む演出で切ったフレーム内は、「自然と人間」が絵画的であり、回帰性を持つエモーショナルであるのに対して、金子雅和監督の演出は、「自然と人間」が写真的かつ、怪奇性なエモーショナルを観る者に感じさせています。
小栗作品では自然の中の人間が“等しくあるよう”に描かれ謳われますが、金子作品では自然の中で人間は得体の知れない生命感、言うなれば“何者でもない生き物として艶かしい”ように見て取れます。
この人間が自然と乖離して得てしまった“生き物の生々しさ”とは何なのか。
それこそが小栗康平監督と最も異なる自然観をベースに、金子雅和監督が見い出した独自性とも呼ぶべき人間描写ではないでしょうか。
2人の映像作家が同じように日本に残された自然を見つめながらも、異なる創作の作風に要注目です。
見どころ③金子ワールドの「川の時間」の存在
金子雅和監督の現時点での集大成といえる『アルビノの木』。
そして、過去の短編作品においても金子作品では、シークエンスに登場するキャラクターの対比や、フレーム内に配置されたたメタファーによるモチーフに類似性や傾向を見い出すことができます。
そこから読み取ることのできる映像言語は秀でた演出力の特徴があるように考えられます。
例えば、先ほど一例にあげた映像作家の小栗康平監督も、「川・河」というモチーフに“時間や時代”という大きな意味が込められています。
小栗康平監督の1981年作品の『泥の河』では、川沿いの食堂に住む少年と川の上の船宿に住む少年(もしくは少女)の境の交流を描き。
1996年作品の『眠る男』は、天高い山の頂から流れ出る川は共同体という時間のメタファーを論じています。
近作の2015年作品の『FOUJITA』は、不穏な時代に入って行く世相を逆流を持って映像言語として狼煙を上げていました。
では、金子雅和監督にとって「川」とは何を意味するのでしょう。
山間深い撮影現場で被写体を見つめる金子雅和監督
『アルビノの木』では幾度か「川」が、金子監督の演出によって印象深く登場します。
おそらくはその怪しいまでの“美しさ”は、映像表現として他の映像作家に類を見ないものです。
もちろん「川」だけでなく、「滝」もそれと付随して意味があるモチーフです。
そこに何があるのか?
「川」の流れや色彩や「滝」の落下する水の動き。またそこに入水する人間の行動には何の意味を見出せるでしょう。
本作『アルビノの木』を劇場で観て、あなたなりの深掘りをじっくりとして欲しい重要な鑑賞ポイントです。
また、そのメタファーを読み解く考察のヒントになるかも知れないモチーフに、「鉄道(あるいは駅)」があります。
金子雅和監督にとって、山にある「川(あるいは滝)」と町にある「鉄道(あるいは駅)」と描いた1点を抜き出してみても、小栗康平監督にはない価値観の才能を持った映像作家の逸材である証明はあきらかなような気がしてなりません。
世界各国の映画祭で注目を浴び続ける映画『アルビノの木』と、映像作家である金子雅和監督の今を見逃す手はありません。
まとめ
自然と人間をテーマに扱った映画『アルビノの木』を、どのように観客たちが考察し、深く読み解くなどと書いてきました。
しかし、難しさばかりが目立ち、映画を読み解くのみの作風に『アルビノの木』は描かれていませんのでご安心ください。
鑑賞するそれぞれの多様な価値観から映画を楽しめばエーモーショナルであり、映画のエンターテイメントというものです。
それを後押しするかのように金子雅和監督の本作は、他の作品同様に常連俳優の松岡龍平がユク役を務めているように、“イケメン映画”でもあります。
イケメンぶりは他にも、依木村に住む木地師の羊市役を演じた福地祐介や、ベテラン罠猟師の火浦役を演じる円熟さを見せる長谷川初範も脇を固めていますので、要チェックです。
そんなところも単なる自主映画や実験的作品と一線を画す特徴であり、アート性の強い芸術映画です!とばかりは作られていないようです。
また、物語のシークエンスの見方によっては、ホラー映画やミステリー要素も盛り込まれ、アクション映画的なシチュエーションすら感じさせる新しい才能持った作品でもあります。
このことについて、金子雅和監督はこのようなことを語っています。
「自分は若い時にアート寄りな映画をたくさん見て影響を受けているものの、その根本が、映画好きというより絵画好きから入っているので、映画をそこまでたくさん見ない人にも“伝わる”、“面白がってもらえる”、かつアート性もある映画を作りたいなと、いつも思っている」
金子監督の「伝わる」と「面白がってもらえる」という言葉には、やはりエンターテイメント性を感じさせられます。
そして、金子雅和監督はアート性の共存もある映画を作りたいとしながら、その共存こそが「やはり映画の醍醐味なのかな」とも述べてくれました。
今、広い意味で世界が注目する映像作家の金子雅和監督の作品をお見逃しなく!
【告知】池袋シネマ・ロサで開催される金子監督の特集上映と凱旋上映
金子雅和監督自身も上映企画に関わり、4月14日(土)よりレイトショーが行われます。
作品を組み合わせる編成の構成や順番を意識した上映は、きっと金子監督を知る絶好の上映プログラムなっているはずです。
金子雅和監督特集上映:Aプログラム
「自然と美の探求・初期衝動作品」
・『AURA』(劇場初/1998年/11分)
・『すみれ人形』(2007年/63分)
・『こなごな』(2009年/10分)
金子雅和監督特集上映:Bプログラム
「美と恐怖・黒い寓話集」
・『逢瀬』(都内劇場初/2013年/36分)
・『復元師』(2010年/29分)
・『鏡の娘』(2008年/18分)
金子雅和監督特集上映:Cプログラム
「自然と人間・水と光と風たち」
・『ショウタロウの涙』(劇場初/2000年/30分)
・『失はれる物語』(2009年/34分)
・『水の足跡』(2013年/30分/きりゅう映画祭助成作品)
『アルビノの木』凱旋上映
映画『アルビノの木』は、4月21日(土)より池袋シネマ・ロサでの凱旋上映をかわきりに全国順次上映される予定です。
お近くの劇場でぜひご鑑賞くださいね。