黒木華と柄本佑主演『先生、私の隣に座っていただけませんか?』
「本当に観たい映画作品企画」の募集から映画化までバックアップを行うオリジナル作品のコンペティション「TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM FILM 2018」で準グランプリに輝いた『先生、私の隣に座っていただけませんか?』。
結婚5年めを迎える漫画家夫婦の危機。妻は売れっ子漫画家、一方夫は新作が描けずに妻のアシスタントとして働く日々。しかも妻の担当編集者と不倫中という“ありがち”な状況が、妻の行動によって徐々にくずれていきます。
CONTENTS
映画『先生、私の隣に座っていただけませんか?』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【脚本・監督】
堀江貴大
【キャスト】
黒木華、柄本佑、金子大地、奈緒、風吹ジュン
【作品概要】
『哀愁しんでれら』(2021)『ルームロンダリング』(2018)など、受賞した作品を良質な映画として世に送り出している「TCP(TSUTAYA CREATORS’ PROGRAM)」。
2018年の準グランプリ作品『先生、私の隣に座っていただけませんか?』は、『ANIMAを撃て!』などすでに映画監督として活躍していた堀江貴大が出した企画でした。
ドロドロではなく、コミカルな部分もある不倫劇をスリリングに描きたかったという堀江が主演に選んだのは黒木華と柄本佑。
感情をあまり表に出さない主人公佐和子を黒木華が好演、ここぞというときの効果的な表情の変化でしずかに夫を追い詰めていきます。
対する夫の俊夫を柄本佑が表情豊かに演じ、愛すべきダメ男ぶりを遺憾なく発揮しています。
映画『先生、私の隣に座っていただけませんか?』のあらすじとネタバレ
売れっ子漫画家・早川佐和子(黒木華)は同じく漫画家の夫・早川俊夫(柄本佑)をアシスタントに、無事に連載の最終回を迎えます。
担当編集者の桜田千佳(奈緒)が内容を確認し、俊夫の新作も期待していると言って帰ろうとします。
佐和子は俊夫に駅まで千佳を送っていくよう促して見送ると、突然母が事故に遭ったとの報せが入ります。
佐和子は俊夫の車で田舎にある実家へ。大きな家にひとりで住んでいる母・真由美(風吹ジュン)は杖を使っていますが大事には至りませんでした。
ふたりがしばらくここで生活することになり真由美は大喜び。調子のいい俊夫は家事も率先してやりますが佐和子は終始無愛想。そんな佐和子を真由美は注意します。
久しぶりに同じ部屋で寝る夫婦。千佳に新作の相談をしたら?という俊夫の言葉に佐和子はかすかに反応します。
翌朝、充電が切れてしまったと言って佐和子は俊夫のスマホから千佳に電話をかけさせ、「もしもし、俊夫さん?」という甘えたような声を確認してから話し始めました。
佐和子は自動車教習所に通い始めます。初めて教習車に乗った日、佐和子はどうしてもアクセルを踏むことができず、すっかり落ち込んで帰宅しても部屋にこもったまま出てきませんでした。
別の日。教習を終えて俊夫の車に戻ってきた佐和子の表情は別人のように明るく、今日運転できた!とうれしそうです。
免許は無理かと覚悟してたと俊夫は軽く言いますが、自分が免許とれないと車なしでは生活できないこの土地で俊夫は自分を置いて出ていくことができない、と佐和子は勘ぐり不機嫌になります。
帰宅後すぐに2階に上がった佐和子は自室にこもって新作を描き始めます。仕事に没頭していた佐和子が翌朝下りてくると、真由美に妻らしいことをちゃんとやって俊夫さんを大事にしなさいと説教されてしまいます。
車の中で新作のテーマは不倫だという佐和子。帰宅した俊夫がこっそり佐和子の原稿を盗み見ると、ここ数日間の現実の様子がそっくりそのまま描かれていました。
俊夫と千佳の不倫、母の事故…。俊夫は平静を装って迎えにいきますが、心中おだやかではありません。
翌日、俊夫は原稿の続きを読み始めます。そこには教習所で若いイケメン教官に頬を赤らめる主人公の姿がありました。
現実の教習所でも若い教官・新谷歩(金子大地)の指導によって佐和子の心はほぐれ、「免許が取れなければ僕が運転してあげますよ」と言われてドキドキしていました。
帰り道、俊夫は佐和子に「教官は若い男?」などとそれとなく質問しますが、佐和子は「私に興味をもつなんてめずらしい」と冷静に返答します。
次の日の教習中、いつになくスピードを出している佐和子を新谷は路肩に停めさせます。
感情は運転に出るのでそういうときはいったん停めましょうと新谷が言うと佐和子の目から涙が。新谷がそっとハンカチを手渡して外の空気を吸おうというと、佐和子は「ここにいたいです!」と拒否。そっとふたりの手が重なります。
原稿の続きを読んだ俊夫は家を飛び出し教習所へ。物かげから佐和子の様子を伺い、原稿とそっくりな教官の顔を見てがく然とします。
そして帰りの車で俊夫はついに原稿を見てしまったと白状します。しどろもどろの俊夫に佐和子は、千佳との不倫は事実かとたずねます。「いや、ないよ、それは」と俊夫。
その夜、あの漫画を描くのはやめるという佐和子。俊夫に自分の漫画は描かないのかとたずねます。もう描くつもりはないと言う俊夫。「なにを見ても心が動かないんだよ」
翌朝俊夫が目覚めると、すでに佐和子は階下で朝食の準備をしていました。
その日は夫婦ふたりで買い物にでかけ、戻ってからは庭で家族3人で桃を食べたりして久しぶりにおだやかで幸せな時間を過ごします。
そして佐和子のもとには真新しい運転免許証が届きました。
真由美と俊夫が庭仕事をしていると、佐和子が軽くドライブしたいので車を貸してとたのんできました。
いっしょにいくという俊夫の申し出を断って出かけていく佐和子。しかし夜になっても彼女は戻りません。「私たち、あの子に捨てられちゃったかな?」と冗談ぽく言う真由美。
俊夫はこっそり千佳に電話をかけ、佐和子が帰ってこないことや自分たちの不倫がたぶんバレていることなどを話します。
会いたいと言いながらも千佳の最大の関心事は佐和子の新作のようです。
翌朝、FAXで佐和子から原稿の続きが届きます。それは主人公と教官がふたりでドライブに出かけ、もう戻れないと話し、そしてキスをするという内容でした。
そのとき外で車の音が。俊夫があわてて外にでると、それは心配してやってきた千佳でした。
真由美にあいさつをして家に上がりこんだ千佳に、俊夫はいままでの原稿をすべて見せます。「おもしろい!」千佳は目を輝かせて声を上げます。
FAXで続きが送られてくる以外は連絡がなく、千佳はそのまま佐和子の実家に泊まることに。不倫は認めずバレなければかまわないとふざけて俊夫に迫る千佳。
俊夫はうろたえて拒否しますがその様子は真由美に聞こえていました。
映画『先生、私の隣に座っていただけませんか?』の感想と評価
“不倫”を題材にしながらもドロドロせず、適度に怖く、適度に笑える映画でした。だれが良いとか悪いとか、あえて“正解”を出さず結論は観る側にゆだねられるので、身近なよくある夫婦の話でありながらも、そこに道徳観の押し付けや説教臭さはありません。
それはやはり発想の面白さと物語づくりのうまさの勝利だといえそうです。
まず、主人公夫婦が漫画家で、現実と漫画が入り混じるようなファンタジー要素が入っていること(それを具現化するキャラクターの見た目と俳優陣の演技についてはまたあとで触れます)、そしてほんのり心があたたまったと思ったらさらに待ち受けていたどんでん返し。オリジナル脚本の醍醐味を感じました。
肝のすわった女たち
なんといってもこの作品の一番の魅力は、黒木華の存在感です。
これだけの不倫復讐劇をやってのけるのに、この人が演じるとこんなにもふわっと可愛らしくて嫌味がありません。
口数が少なく表情をあまり出さないキャラクターですが、夫の不倫を疑っているときの視線の動かし方、新たな恋の予感に胸ときめかす少女のような笑顔、実家の母親との遠慮のない関係性など、それぞれのシーンで矛盾するような役柄でありながら、全部まるっと引っくるめてリアルに感じさせる演技は見事です。
そして最後まで佐和子の本心、たぶん心の奥のドロドロした部分を見せない、見えないように黒木華が演じているところがこの映画全体の印象につながっています。
一方、不倫相手の千佳を演じる奈緒も印象的です。清々しいほどの後ろめたさのなさ、この一言につきます。今回の不倫劇がドロドロしていないのは、この千佳の存在も大きく影響しています。
もちろん漫画家としての俊夫を尊敬し、男性としての魅力を感じているからこの関係に陥っているのでしょうが、彼女の行動には正妻に対する申し訳なさなど微塵もありません。
笑えるくらいの“怖いものなし”を演じさせたらこの人は天下一品です。
そして佐和子の母・真由美を演じた風吹ジュンのおとぼけぶりも素敵でした。大きな家にひとりで悠々と暮らし、生活感のあまりない不思議な女性。
でも娘に対しては一般的によくあるような、ちゃんと家事をしなさい、などという古い価値観を押し付けたりするところもあります。
それでもこの修羅場を笑顔で見守り最後には応援して送り出すその度量はさすが。肝がすわっています。この母にしてこの娘あり、といったところでしょうか。
作品を彩る漫画の力
この作品をさわやかに見せている大きな要因のひとつは、主人公佐和子の描く漫画です。アラタアキの描く佐和子の漫画は少女漫画のようなタッチで、生々しい現実の不倫劇をふんわりとおとぎ話のように提示してくれます。
時折パステルカラーの色付きでリアルな画像へと変換されているその手法はありがちなようですが、使い所をおさえることで功を奏しています。
また、画風のちがう漫画家がもうひとりいるという点も見逃せません。特に後半活躍することになる俊夫の画を担当している鳥飼茜の画が、よりリアルな妄想をかきたててくれます。
こちらは髪の毛一本から情念を感じさせるような画で、俊夫という男を立ち直らせる力を暗示させているようです。
音、音楽の魅力
不倫、恋愛、コメディ、ホラー…。さまざまな要素のあるこの作品ですが、鑑賞後にホラーのイメージが結構残ります。
振り返ると映像的にはそんなシーンはあまりないのですが、それは音楽によるものだということに気づきました。
渡邊琢磨の音楽はメインテーマこそふんわりと可愛らしい曲ですが、不倫発覚に恐れおののく俊夫のシーンでは不協和音を多用したり、音だけ聞いているとまるでホラー映画かと思うような劇伴で不安感をあおってきます。
また音楽ではなく自然の音も作品を盛り上げています。実家の庭で聞こえる虫の音、暑い夏を感じさせる蝉の声など、絶妙の間で入ってくる音の使い方にもうならされます。
まとめ
夫に不倫された妻の用意周到な復讐劇。でもそこにドロドロした愛憎はあまり感じられません。
妻佐和子は夫を捨て、新谷とともに旅立ってしまうわけですが、セリフにあった「俊夫さん、嫌いだ」というほどには嫌いになりきれていないのです。
佐和子の苦悩は、自分と結婚したことによって(単に時期がかぶっただけかもしれませんが)新作が描けなくなってしまった俊夫をなんとかして復活させたいというところにありました。
自信を失っている夫がそれを補うかのように不倫に走ったことも、頭では理解していたのだと思います。
そこはかつて自分も愛した相手。どうにかして立ち直ってほしいという愛情が、彼を自立させようとする方向へ佐和子を動かしたのでしょう。
新しい男と去っていくラストシーンでありながら、さわやかに感じられるのは、妻の愛情が感じられるからなのかもしれません。