スタジオジブリ初のフル3DCGアニメーション『アーヤと魔女』
この作品は、『レッドタートル ある島の物語』以来4年7か月ぶりとなるスタジオジブリの劇場公開作品です。
『ハウルの動く城』の原作者ダイアナ・ウィン・ジョーンズの児童文学『アーヤと魔女』の映像化を企画したのは宮﨑駿でした。
ちなみにこの作品は2020年12月30日(水)にNHK総合テレビにて放送され、その後劇場公開が決定しました。
『アーヤと魔女』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【原作】
ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
【監督】
宮崎吾朗
【キャスト】
平澤宏々路、寺島しのぶ、豊川悦司、濱田岳、シェリナ・ムナフ
【作品概要】
待望のスタジオジブリ新作。監督に指名されたのは、劇場用作品の監督は2011年公開の『コクリコ坂から』以来約10年ぶりとなる宮崎吾朗です。
テレビアニメ「山賊の娘ローニャ」をセルルック(手描きセル画風にみえるCGアニメーション)で制作したあとだった宮崎吾朗のもとには、ジブリ作品おなじみのスタッフに加え、背景美術の武内裕季やマレーシア出身の3DCGアニメーター・タンセリを始めとする国内外の制作スタッフが集結しました。
また、いままでのジブリ作品にはなかったロックテイストの音楽は『ゲド戦記』などの武部聡志が手掛け、ライブシーンのバンド演奏を担当したのはギター=亀本寛貴(GLIM SPANKY)、ベース=髙野清宗(Mrs. GREEN APPLE)、ドラム=シシド・カフカなどのそうそうたるメンバーです。
『アーヤと魔女』キャラクター紹介
まず簡単にキャラクターと声の出演者を紹介します。
アーヤ(アーヤ・ツール)/平澤宏々路
赤ん坊のとき、魔女である母に孤児院「子どもの家」へ預けられた10歳の女の子。したたかで前向き、周囲の人間を自分の思い通りにすることに長けています。演じるのはオーディションで選ばれた13歳の女優・平澤宏々路(こころ)。大人すぎず子どもすぎず、芯の強い印象の声がアーヤにぴったりです。
ベラ・ヤーガ/寺島しのぶ
「子どもの家」の近所に住む魔女。さまざまな魔法の注文を受けていていつも忙しく、手が足りないためアーヤを引き取って仕事を手伝わせようとしますが…。ベラの声は本作が声優初挑戦となる女優・寺島しのぶが担当。「夢のような体験でした」とその喜びを語っています。
マンドレーク/豊川悦司
ベラ・ヤーガとともに生活している長身の男。気に入らないことがあるとすぐ怒る気むずかしい性格で、仕事は小説家のようです。演じるのはこちらも声優初挑戦の豊川悦司。ぼそぼそした普段の話し方と怒ったときの迫力ある声色、振り幅の大きな演技を披露しています。
トーマス/濱田岳
ベラ・ヤーガの使い魔で人間の言葉を話す黒猫。言うことを聞かないとベラに大嫌いなミミズを食べさせられてしまいます。トーマス役は人気アニメ「ONE PIECE」などでも声優経験のある濱田岳です。
アーヤの母/シェリナ・ムナフ
“12人の魔女”に追われているため娘のアーヤ・ツールを「子どもの家」に預けて逃亡した魔女。その際“EARWIG”と書かれたカセットテープをそばに置き、何年かかっても必ず迎えにくると書き残しています。演じるのはインドネシア出身のシンガーソングライターで俳優のシェリナ・ムナフ。主題歌とエンディングテーマも彼女が歌っています。
カスタード/齋藤優聖
「子どもの家」でアーヤとともに育ったSF好きな男の子。引っ込み思案で臆病なカスタードはいつもアーヤにリードされています。カスタード役は子役として活躍する13歳の齋藤優聖。
園長先生/木村有里
「子どもの家」を切り盛りする貫禄ある女性。“アーヤ・ツール”という名前は“操る”みたいだと言ってアーヤと呼ぶことに。「ナンセンス!」が口ぐせ。劇団NLTの木村有里がチャーミングに演じています。
副園長先生/柊瑠美
アーヤに甘い園長を冷静にサポートする副園長ですが、園長のマネをするお茶目な一面も。『千と千尋の神隠し』で主人公の荻野千尋を演じた柊瑠美が、『崖の上のポニョ』『コクリコ坂から』に続いて4度目のジブリ映画出演となります。
『アーヤと魔女』のあらすじとネタバレ
夜明け前のハイウェイを逃げる1台のバイク。それを追う黄色いシトロエン。バイクの女がその赤い髪を引き抜くとそれはたちまちミミズとなり、投げつけられた車の女は追跡を断念します。
逃げ切った赤髪の女は孤児院「子どもの家」の入口に幼い娘を置いて去っていきました。
鳴き声に気づいた園長がその子を抱き上げると、「12人の仲間の魔女に追われている。逃げ切れたら、何年かかっても迎えにくる」という手紙と、“EARWIG”と書かれたカセットテープがついていました。
その子の名前は“アヤツル”。その響きが“操る”みたいだと感じた園長は、彼女をアーヤ・ツール、アーヤと呼ぶことにしました。
10歳になったアーヤは孤児院の中でもリーダー的な存在です。満月の夜、隣接する墓地でおばけの格好をして羽目をはずす子どもたち。アーヤは気弱な男の子カスタードを連れて施錠されていた塔に入り、その高い屋根の上に登ります。
遠くの海に浮かぶ豪華客船をながめ、外の世界への憧れを口にするカスタード。それに対しアーヤは「ここではみんな、わたしのいいなり」と、居心地の良いここから出る気がないと言い、カスタードにもだれかにもらわれていかないよう念を押すのでした。
翌日。園長がゆうべの墓地での騒ぎのことを口にすると、すかさずアーヤがやってきて自分がやったと告白します。ここを出ていってしまう友だちとのお別れパーティだったとしおらしく話すアーヤの言葉に感激する園長。
アーヤを可愛がっている園長は、ほかの子には内緒でアーヤが欲しがっていた服をこっそり渡します。アーヤはおおげさに喜ぶと園長の重そうな荷物を率先して運び、「園長先生大好き!」と言いました。
次にアーヤはキッチンへ行き、今日のランチが好物のシェパーズパイだとわかると「おじさん大好き!」と料理長に声を掛けます。それがうれしい料理長はついアーヤのいいなりになってしまうようです。
そんなアーヤには耐えられない時間があります。子どもを欲しがっている大人がやってきて、まるで品定めのように子どもたちをながめるその時間がなにより嫌いなアーヤ。
ある日、派手な太った女と長身の不気味な男が子どもを選びにやってきました。いつものように“より目”をして選ばれないよう無愛想にしているアーヤですが、その努力もむなしく選ばれてしまいます。
すかさず拒否しますが、その家はここから近く、学校に通えばいつでもカスタードに会えると言われ渋々承諾します。
荷物をまとめて別れを告げると、カスタードと料理長は泣いていました。アーヤも「やりたくないことやらされるの、生まれてはじめて」と憮然とした表情を浮かべています。
3人でしばらく歩くと13番地にその小さな家はありました。女はベラ・ヤーガという魔女で、忙しくて手が足りないので手伝わせるためにアーヤを引き取ったといいます。アーヤは魔法を教えてくれるなら手伝う、と前向きです。
ベラの作業部屋は散らかっていて床はヌルヌルと滑りひどい臭いがしました。そこでドブネズミの骨を砕くよう指示されたアーヤは次々とベラに質問します。
口ではなく手を動かせ、と怒るベラはひとつだけ、「マンドレークの手をわずらわせるな」と忠告します。
マンドレークはベラといっしょに来た長身の男で、ふたりは夫婦というわけではなさそうですがこの家にいっしょに住んでいます。
作業部屋にはほかにトーマスという使い魔の黒猫がいました。ベラは電話で注文を受けると、あやしげな呪いをかけるための薬をこの作業部屋でつくっているのです。
ベラが呪文を唱えながら薬を混ぜると突然それは光り出し、完成した薬はスミレのにおいがしました。
食事のため食堂に行くと、マンドレークがデーモン(小さい悪魔)を使って調達したパイが並んでいました。ベラが「好きじゃない」と言うとそれが好物であるマンドレークの目から炎が出はじめます。
でもすかさずアーヤが「わたしも好き!」というと彼の怒りはおさまったようでした。
アーヤはその後、家の中を調べますがベラの部屋は見つかりません。マンドレークはつまらない小説を書いているようです。床が水びたしの臭いガレージには古い黄色のシトロエンがあり、ラジカセと“EARWIG”のレコードを見つけたアーヤはそれを自分の部屋へ持ち帰ります。
部屋の窓からは外が見えるのに開かず、廊下にはあるはずの玄関もありません。「くっそー、完全に閉じ込められた!」と初めての逆境にアーヤは闘志を燃やします。
翌朝。アーヤはバスルームの鏡に大好きなカスタードと園長先生の写真を貼ります。ベラは食事づくりや洗濯など、いずれみんなアーヤにやらせるつもりです。言うことを聞かないと二言めには「ミミズを食わせるよ」というベラ。
言いつけどおり庭のイラクサを取っているとき、アーヤがちょっとでも門に近づこうとすると草がのびてきてその手にからまってしまいます。「逃げられないよ」とすごむベラ。アーヤは仕方なく言われるままに仕事をこなしていきます。
ちらちらとベラの魔法薬の作り方が書かれた本を盗み見るアーヤでしたがなかなか役に立ちそうな魔法は見つかりません。それにベラは全くアーヤに魔法を教えるつもりはなさそうです。
マンドレークはアーヤのことを監視しているうちに、アーヤが親友のカスタードに会いたがっていることや子どもの家のシェパーズパイを食べたがっていることなどを知り気に掛けるようになります。
そしてベラには内緒で自作のお菓子と紅茶を差し入れたりするようになります。
ある晩、黒猫のトーマスがアーヤの部屋に入ってきます。実は人間の言葉がしゃべれるトーマスは、ベラの魔法の本の中でアーヤ(と自分)に役に立つものを教えてあげると持ちかけてきました。
さっそく作業部屋にしのびこむと、トーマスの指示のもとにさまざまな材料を混ぜてアーヤは薬をつくります。
トーマスうろ覚えの呪文を復唱してなんとか魔法から身を守る薬を完成させたアーヤは、トーマスと自分の身体にその薬を塗りたくります。
夜通しの作業のあと眠ってしまったアーヤは寝坊してしまいますが、薬を塗っているせいか余裕が感じられます。
ベラは文句ばかり言い、自分が出かけるときだけ玄関を出現させるとすぐに消してしまいます。アーヤは仕返しをしようと、ベラそっくりの人形を作ります。
そこに本人の髪の毛を巻き付ければ魔法を発動させられるのですが、用心深いベラの髪の毛はなかなか手に入りません。
ベラの部屋を探そうと、アーヤは自分の部屋の壁にドライバーで穴を開け始めます。となりはバスルームのはずですが、穴からのぞいたその先はマンドレークの部屋でした。背中を向けたマンドレークはノリノリでキーボードを弾いているようです。
『アーヤと魔女』の感想と評価
ジブリ初のフル3DCGアニメである本作ですが、『魔女の宅急便』(1989)『崖の上のポニョ』(2008)の作画監督をつとめた近藤勝也がキャラクターデザインを担当していることもあり違和感なくスンナリと受けとめられました。
どうしても過去のジブリ作品、宮﨑駿監督作品と比べられてしまう宿命を持つ宮崎吾朗監督作品ですが、3DCGという違うフィールドに移ったことでその呪縛から多少なりとも解放され、生き生きとした伸びやかなキャラクターが誕生しました。
いままでのジブリヒロインというと“勤勉な少女”、どちらかというと薄幸の境遇が多かったように思います。家庭環境や状況の変化によって自ら行動し、他者を助けながら成長していく姿に感動し、子どもたちに見せたい作品として受け継がれてきました。
それを否定するつもりはありませんが、そんなジブリ作品とともに育ち、思春期から大人に、親になってきた世代として振り返ると、ジブリヒロインは働かされすぎではなかったかと感じるようになってきました。
映画なのでドラマ性が必要なのはわかるのですが、ジブリ作品のように子どもが見ることを前提に作られた作品の主人公が、最終的にハッピーエンドを迎えるとはいえ、一番の働き手として当然のように労働させられる姿がいまのこの時代にはそぐわないような気がしてきたのです。
その点、このアーヤは違います。魔女に引き取られ労働させられるのですが、そこにあまり悲壮感はありません。つねに前向きで、いまいる場所を何とか自分にとって居心地の良い場所にしようと頭を働かせているのです。
なにが過去のヒロインたちとちがうのか、それはその行動の理由が“自分”だからです。他者のためではなく、自分がいかに気分よく過ごすか、それを大切にしているところが決定的にちがうのです。
そんなワガママで自分勝手な主人公はイヤだ、とはじめは思っていましたが、鑑賞後にそういった気持は不思議と起きませんでした。それはアーヤがギブ&テイクの精神を持っているからです。
思うとおりのことをやってもらうためにアーヤは、その相手が喜ぶことを言ったりその人の作業を手伝ったりするのです。それをイヤイヤではなくむしろ楽しんでいるようにできるので、やってもらう方も嬉しくなってしまうのでしょう。
結果としてうまくやったな、あざといな、と見える部分もあるかもしれませんがそこは10歳の女の子ということで許される範囲内だと思います。
きっとアーヤがもう少し成長したら、さらにもっと気づかれないように他人を動かせるようになるにちがいありません。
そんなアーヤを堂々とヒロインに据えたところに、スタジオジブリの新たな可能性を感じます。
まとめ
アーヤという、現代に生きる者にとって魅力的なヒロインの登場は嬉しい限りです。ただ、原作未完のまま作者が亡くなってしまったためなのか、本作もこれからどうなる?というところで唐突に終わってしまった印象が否めません。
アーヤの母が再登場し、12人の魔女との攻防やバンド“EARWIG”の過去の因縁など伏線が回収されないまま映画は終わるので、正直もう少し続きがあってもよかったかなと感じました。
この終わり方は次回作の公開(または制作)が決定し、クレジットが終わったらその予告編が流れて興味をつなぐ手法のように思えたので、終映後もしばらく待ってしまいました。素敵な作品だっただけに残念な気がします。
ここはぜひ、スタジオジブリだからこその解釈で物語を続け、宮崎吾朗だから描ける親子のあり方を示してほしいところ。母との関係を描き、成長したアーヤが活躍する続編に期待したいです。