「未体験ゾーンの映画たち 2016」で上映されたコリアンクライム『コインロッカーの女』。
人は血縁関係がなくてもその背中を見て育つとき、同じような人生を結果的に生きることになるのか、生まれてきた意義を問わずにはいられない、「母」と「娘」の熾烈な人生を軸に描かれるクライム・ヒューマンドラマ『コインロッカーの女』。
『国家が破産する日』『修羅の華』のキム・ヘスが女ボスである「母」を演じ、若い時分から年老いた姿に合わせた体型含め、徹底した役作りを見せ圧倒的な存在感を出しています。
実際、キム・ヘスは本作で数々の主演女優賞を受賞。一方、「娘」を演じるのは『ユ・ヨルの音楽アルバム』『ウンギョ青い蜜』のキム・ゴウン。出演の韓流ドラマ『トッケビ』などで見せる可憐さを封じ、本作では孤独に生きてきたタフな人間を熱演しています。
監督・脚本はハン・ジュニで、本作が初の長編映画監督作品です。脇役には韓流ドラマ『青春の記録』などで活躍中のパク・ボゴムが、キム・ゴウン演じる娘イリョンが恋する相手役を爽やかに演じ作品に明るい光をもたらしています。
映画『コインロッカーの女』の作品情報
【公開】
2015年(韓国映画)
【原題】
차이나타운(チャイナタウン)英題:Coin Locker Girl
【脚本・監督】
ハン・ジュニ
【キャスト】
キム・ヘス、キム・ゴウン、パク・ボゴム、アン・ジェホン
【作品概要】
『国家が破産する日』(2018)『修羅の華』(2017)のキム・ヘス、『ユ・ヨルの音楽アルバム』『ウンギョ青い蜜』のキム・ゴウンが、「母」「娘」として韓国仁川近くの中華街を舞台に熾烈に生きる様をそれぞれ熱演するクライム・ヒューマンドラマ。
キム・ヘス演じる「母」のもと、闇金業そして臓器売買を生業に中華街を牛耳る一家の様子が至極冷徹に描かれつつも人が抱く感情を細部に捉えた作品となっています。
監督・脚本を務めるハン・ジュニの初の長編映画監督作品。第68回カンヌ国際映画祭国際批評家週刊出品作品。第52回百想芸術大賞映画部門新人監督賞受賞作品。本作品で主演のキム・ヘスは様々な賞において主演上優勝を受賞。
映画『コインロッカーの女』のあらすじとネタバレ
路上生活者によって駅のコインロッカーから発見された赤ん坊。ロッカー番号にちなみ拾われた赤ん坊の女の子は「イリョン」(10番)と名付けられます。
路上生活者として生きのびていましたが、ある日タク刑事によって仁川近くの中華街にある馬家に売られてしまいます。
「母」である女ボスが仕切る馬家は、馬家興業の名のもと闇金業及び臓器売買を生業にしており、イリョンのような身寄りのない子供を引き取り、駒として使用していました。「役に立たなくなったら殺す」というルールのもと、馬家は容赦ない取り立てをすることで中華街を仕切っていたのです。
母の右腕となったイリョンは、ある日債務者の家に取り立てに行き、そこで債務者の息子ソッキョンと出会います。
債務者である父親は既に外国に飛んでいたのです。取り立てに臆することなく、イリョンを女の子として優しく丁重に扱うソッキョン。そんなソッキョンにイリョンは次第に心惹かれていきます。
ある夜、ソッキョンと食事をして遅く帰ると母が出かけるのを目にし、イリョンは母のもとへ駆け寄ります。
雨降る夜、母は弔いをするためにある場所へ赴くところでした。イリョンは同行します。そして、その夜、母が弔いをしたのは母の母親であり、その母親を母が殺害したことを知るのでした。
借金を取り立てるはずのイリョンがソッキョンに恋心を抱きつつあるのを母は感づきます。そして、ソッキョンから借金を回収できないと判断した母は、イリョンにソッキョンを殺害し臓器売買するよう命じます。
ソッキョンのもとへ急ぐイリョン。ソッキョンに逃げるように伝えますが、悠長に構えるソッキョン。そこへ一味のホンジュがやってきます。
弟分のようにかわいがっていたホンジュでしたが、イリョンはホンジュを刺し、そしてソッキョンの手をとり逃げ出します。
地下駐車場まで逃げたところで、ソッキョンもイリョンも捕まってしまい…。
映画『コインロッカーの女』の感想と評価
映画の冒頭、「なぜ生まれてきたのか」と母がイリョンに問いかけるシーンから始まります。そしてその問いは、イリョンが生まれてからずっと抱えてきたものであり、彼女が生きていく決意をする時まで抱えていた疑問であることが映画全編を通して伝わります。
名前も戸籍もない自分が、生きるために拾われた環境で強く生き延びるしかなかったイリョン。その中にいれば幸せだったものが、ソッキョンとの出会いで初めて外の世界、生き方、自身が属する環境にはない考え方を知ってしまいます。
「家族」以外の世界を知り、外の世界に出る夢を抱いてしまったがゆえに始まった崩壊。楽しさなど感じたことのなかったイリョンが、ソッキョンと過ごすことで彼の言う「生まれたからには簡単には死ねない、なら楽しく生きなきゃ」という言葉を実現させようとしていたのではないかと思えるのです。
けれども、イリョンはこれまで生きてきた環境もしがらみもそれを許すものでは決してなかったことを知り、悲しみとともにその中で強く生きていくことを決意し実行します。元来彼女が持ち合わせていた孤独の強みとともに。
登場人物各人が抱える孤独、そしてどこか歪んでいるものの抱く愛情といった感情が本作では台詞以外の表情や目線によって多分に表現されています。言葉の裏側にあるもの、起こす行動の背景にある心情、そういったものが第三者である観客側だからこそ画面を通して冷静にわかるものとなっています。
渦中にいるときには理解しえないものなのだろう不条理さが歯がゆく、また痛いほどに伝わってくる映画となっています。
まとめ
圧倒的な存在感のキム・ヘスの胸を借りるように体当たりの演技で立ち向かうキム・ゴウンの二人の「母娘」の共演は、最後にはまるでふたりが本当の親子のような錯覚を覚えさせます。
それは、ラストカットに映るキム・ゴウンのまっすぐなまなざしが、キム・ヘス演じる母の強いまなざしと同じ強度であり、そこに母娘がそれぞれに抱えていた孤独の強さが現れているからなのかもしれません。
コインロッカーで生まれて出自もわからない戸籍もない設定を、現実として役に投影できたのは、キム・ゴウンという孤独を醸し出せる女優が演じたものだからだとも言えます。
邦題は「コインロッカーの女」ですが、原題は「차이나타운(チャイナタウン)」の本作。
邦題からはイリョンを主軸とした「母娘」の二人の関係性が際立ちますが、作品では韓国の中国人社会、権力の栄枯盛衰、そして臓器売買など複雑な問題が絡み合った人間模様、またその中の縮図が描かれています。原題にある中華街に象徴される韓国の裏社会を知る作品としても興味を持っていただけると思います。
また本作は、ハン・ジュニ監督のデビュー作品ですが、監督は各登場人物の個性を際立たせることで重厚なテーマの中にも精彩をもたらし、見ごたえ十分のパワフルな作品となっています。
韓国ノワールが好きな方にも、そうでない方にお楽しみいただけるクライム・ヒューマンドラマです。是非ご覧ください。