Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

ヒューマンドラマ映画

Entry 2021/07/03
Update

『こちらあみ子』原作小説のネタバレと結末の感想解説。トランシーバーの届かない呼びかけがあみ子と世界との乖離を示す

  • Writer :
  • 星野しげみ

小説『こちらあみ子』が井浦新と尾野真千子が両親役で実写化に!

小説『こちらあみ子』は、『むらさきのスカートの女』で第161回芥川賞を受賞した今村夏子のデビュー作。第26回太宰治賞、第24回三島由紀夫賞をダブル受賞した作品です。

この小説が、主人公の「あみ子」の両親役に井浦新と尾野真千子を迎えて、実写映画化が決定しました。

風変わりなあみ子をはじめ、奇妙で滑稽で、でもどこか愛おしい人間たちのありさまを生き生きと描く物語『こちらあみ子』。

映画『こちらあみ子』は、2022年7月8日(金)新宿武蔵野館他全国順次公開。映画でも、あみ子への温かな励ましと応援エールが盛り込まれていることでしょう。

映画公開の前に一足早く、原作小説『こちらあみ子』をネタバレありでご紹介します。

小説『こちらあみ子』の主な登場人物

あみ子
田中家の長女。風変わりで、周囲から距離を置かれています。

のり君
あみ子が思いを寄せる少年。あみ子の母が開いている書道教室に通っています。

孝太(兄)
あみ子の2つ上の兄。幼い頃はあみ子の面倒をよく見ていたのですが、中学生になると不良になりました。


あみ子の父親。よくあみ子の面倒をみてくれる。


あみ子の母親(実は義母)。家で書道教室を開いています。

小説『こちらあみ子』のあらすじとネタバレ


『こちらあみ子』書影

あみ子は、自分を慕ってよく遊びに来る小学生のさきちゃんが遠くにいるのを見つけました。さきちゃんは、いつも竹馬に乗ってゆっくりやって来るのです。

あみ子はさきちゃんと遊ぶのが好きです。さきちゃんが笑えばあみ子も笑います。あみ子には前歯がありませんので、口を開けて笑うと、前に大きな穴があいたようになりました。

そのスカスカ感があみ子は気に入っているのです。

「歯、どうしたの?」とさきちゃんに聞かれたとき、あみ子は「のり君に殴られて折れちゃった」と言いました。

現在祖母と二人暮らしのあみ子ですが、15歳のときに祖母の家に引っ越すまで、田中家の長女として育てられました。

家では母が書道教室を開いていて、兄はそこに参加しています。しかし、あみ子は参加できず、教室をのぞくことも許されませんでした。

あみ子は、書道教室に通う同い年ののり君という少年に惹かれていました。あみ子はのり君と仲良くなろうと話しかけますが、のり君は全く相手にしてくれません。

10歳の誕生日、あみ子は父からトランシーバーをもらいました。あみ子は、今お母さんのおなかにいて近いうちに生まれてくる弟とスパイごっこをすると言って張り切ります。

12月になって、入院していた母が病院から帰って来ました。あみ子は「赤ちゃんは」と兄に聞きますが、兄は「……おらん」とだけ言います。あみ子の弟は死んでしまったのでした。

あみ子はそんな母を元気づけようと、弟の墓を作ることにしました。あみ子は、母の教室に通っていて字がうまいのり君に、立て札に字を書いてもらおうとします。

しかし、あみ子が手さげから出した土だらけの立て札は、人の畑に立ててあったものでした。

のり君はよその家のものじゃないかと怒りますが、あみ子は「弟のおはかって書いて」と言って聞きません。それから、あみ子はのり君に書いてもらった立て札を持って家に帰りました。

立て札を見た母はきっと喜ぶだろうとあみ子は思っていましたが、母はそれを見て泣き崩れてしまいました。あみ子には、母が泣いている理由が分かりませんでした。

そのころから、母はやる気をなくして書道教室をやめてしまいました。兄は家に帰らなくなり、家にはタバコの匂いが立ち込めるようになります。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには小説『こちらあみ子』ネタバレ・結末の記載がございます。小説『こちらあみ子』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。

中学校に入学したあみ子は、兄が「田中先輩」と呼ばれて恐れられていることを知ります。しかし、実際に「田中先輩」を見たことがないあみ子は、「田中先輩」と兄を結び付けられないでいました。

そんな中でも、あみ子は相変わらずのり君を追いかけます。教室の後ろに張り出されるお習字の作品も、のり君の名前だけを探す程に……。

保健室登校のあみ子は偶然保健室に来たのり君に「好きじゃ」と迫りますが、のり君は驚き、あみ子の顔を殴りつけて逃げ出してしまいました。

あみ子は前歯を折り、血だらけのまま家に帰ります。驚いた父が歯医者へ連れて行ってなんとか処置をしました。

折れた前歯は差し歯とはすればなんとかなるようでしたが、あみ子は歯のないスカスカ感が気に入って、「このままでいい」と言いました。

ある日曜日の午後、あみ子の担任の先生が三者面談のためにあみ子の家を訪ねて来ました。

そこで、あみ子はもう何年も母の手料理を食べていないことに気づき、母と初めて会ったときのことを思い出しました。

はきはきしながらあみ子と兄の好きな食べ物を聞いていた母……。ふさぎこんだままの母の以前の姿を、あみ子は懐かしく思い出します。

三者面談が終わった後、父はあみ子に「引っ越しするか」と言いました。あみ子が「わかった!離婚するんじゃろう」と言うと、父は「ん?」と答えました。

引っ越しのため、部屋の片づけを始めたあみ子は、10歳の誕生日にもらったトランシーバーを見つけました。2個セットのはずですが、1個しか見当たりません。

「弟とスパイごっこしようと思っとったんじゃけぇ」とあみ子が言うと、父は怒りに震えながら「妹じゃ。女の子じゃった」と言いました。

なぜ、生まれてくる赤ちゃんを弟と決め込んでいたのか、あみ子は今更ながら後悔します。

晴れた日の朝、あみ子はベランダで物音がしたのに気づきました。実は、あみ子はだいぶ前からベランダの音を気にしていたのですが、誰に言っても相手にしてもらえませんでした。

自分でそれは幽霊のしわざだと思っていたのですが、ついに我慢も限界。

あみ子はトランシーバーを手に取ります。そして、「応答せよ。応答せよ。こちらあみ子」と言います。

しかし、どこからも返答はありません。あみ子がトランシーバーに向かって1人でしゃべっていると、ふいに「は?」という応答がありました。

あみ子は「幽霊がね、おるんよ。こわいんじゃ。助けて、にいちゃん」とトランシーバーに話しかけました。

すると、部屋のふすまが開いて誰かが入って来ました。それは、中学で「田中先輩」と恐れられた兄・孝太でした。

しかし、初めて「田中先輩」の姿を見たあみ子は、あぜんとしてその人を目で追うばかり……。

兄がベランダの植木鉢を蹴ると、バサバサと黒い鳥が飛び立っていきました。割れた植木鉢のところには、鳥の巣がありました。

兄は、巣とその中の3つのたまごを外に捨ててしまいました。

中学卒業と同時に、あみ子は祖母の家に引っ越しました。父は一緒に来ません。あみ子は一人で祖母の家に引っ越したのです。

そういえば、父は母と離婚するともしないとも、一言も言っていませんでした。

今日もあみ子は、小学生のさきちゃんが遠くにいるのを見つけました。さきちゃんは、いつも竹馬に乗ってゆっくりやって来るのです。

祖母に呼ばれたあみ子は、「はあい」と返事をして家の中に入りました。

小説『こちらあみ子』の感想と評価

主人公「田中あみ子」とは、何と奇妙な少女でしょう。見たまま、感じたままに遠慮も考えもなく、ぽんぽん言葉を吐き出すあみ子は、周囲から面倒に思われており、まともに相手をしてもらえません。

あみ子は人の気持ちになって物事を考えたり、場の空気を読んだりすることが苦手です。小学校にもあまり行かなかったせいもあり、とても世間知らずです。

しかも、一生懸命に話しかけているのに、誰もあみ子の話を真剣に聞いてくれず、一人で空回りをしているようなところがあります。それは、助けを求めてトランシーバーで話しかけているのに、応答がないのとよく似ています。

「トランシーバーに応答がないこと」は、そのまま「コミュニケーションから離れること」だと言えるのではないでしょうか。

あみ子目線で語られる本作で、あみ子が感じる家族の愛と学校の友人関係は、やはりちょっと歪です。

あみ子が特別な子どもだったから、普通では考えられない状況で起こる出来事が、切なくもありユニークでもありました。

流産した母を気遣おうとしてかえって古傷を悪化させてしまったあみ子。血の繋がらない母は、彼女をこれからどう扱って行けばよいのかわからなくなったことでしょう。

また、ストーカーのように自分の感情だけを押し付けるあみ子は、のり君にとっては脅威の的に違いありません。

確かにあみ子のような子どもはいることでしょう。こういう子たちは、人に迷惑をかけているとは全く思わず、浮いた存在になっていることすら、気がついていないのかも知れません。

暗くなりがちなストーリーですが、作者独特のユーモアセンスで、明るくめげないあみ子に描かれ、あみ子を応援したくなりました

中学校を卒業したあみ子を祖母の家に預けたのは、せめてもの両親の愛情だったのでしょう。

誰を恨むでもなく、自分の置かれた境遇で自分なりの人生を生きる真っ直ぐなあみ子に、いつしか惹かれていきました。

映画『こちらあみ子』の作品情報

【公開】
2021年(日本映画)

【原作】
今村夏子

【監督】
森井勇佑

【キャスト】
井浦新、尾野真千子ほか

映画『こちらあみ子』の見どころ

小説『こちらあみ子』が映画化されます。

なんといっても気になるのは、風変わりなあみ子のキャスティングでしょう。あみ子をはじめ、あみ子の憧れるのり君や兄などの子役は、すべてオーディションで選ばれるそうです。

皆と同じでなければ距離が生まれる、ある意味残酷な子どもたちの世界観を、等身大のルーキーたちがどう表してくれるのかと、期待は高まります。

また原作にはない、ひとりぼっちのあみ子を優しく包み込むシーンがあるといいますから、世界には優しい人もいるという現実味が増します。

あみ子の両親には、滅多に怒らない優しい父に井浦新、書道教室を営むお腹に赤ちゃんがいる母に尾野真千子と、実力派のキャストが扮します。

優しく力強く生きる母親役をこなしてきた尾野真千子が、原作通りのあみ子から遠ざかる母を演じるのか、それともあみ子を元気づける母となるのか、興味深いところです。

まとめ

今村夏子原作の映画『こちらあみ子』は、あみ子役をはじめ、子供たちの主要キャストは純粋さや素直さをなるべく自然体で表現するべく、演技経験の有無を問わずオーディションにて選考されます。

監督は同じ原作者である今村夏子さんの映画『星の子』(2020)で助監督を務めていた森井勇佑。

あみ子を面白いヤツと思う監督ですから、あみ子への温かな想いが込められた映画作品となることでしょう。

本作は、2022年7月8日(金)新宿武蔵野館他全国順次公開です。


関連記事

ヒューマンドラマ映画

【映画ネタバレ】ドクターコトー|最後/ラストシーン/結末の解説考察で“死亡説”と彩佳との子の“夢見る未来”を探る

映画ラストシーンから浮かぶ“残酷な解釈”とは? 2003年にフジテレビで放映されたテレビドラマ『Dr.コトー診療所』。山田貴敏の同名人気漫画が原作の本作は大ヒットを記録。2004年の二つの特別編、20 …

ヒューマンドラマ映画

映画『82年生まれ、キム・ジヨン』感想評価と内容解説。男性登場人物の視点も描き小説と異なる結末に導く

映画『82年生まれ、キム・ジヨン』は2020年10月9日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開。 チョ・ナムジュによる小説『82年生まれ、キム・ジヨン』は、韓国の1982年生まれの女性で最も多い名前“ジ …

ヒューマンドラマ映画

『バハールの涙』ネタバレ感想レビュー。実話を基にした映画でゴルシフテ・ファラハニバが演じた女性の強さとは

2018年ノーベル平和賞受賞者ナディア・ムラトの言葉によって、全世界に性暴力の被害の実態が訴えられました。 映画『ババールの涙』は、ナディアと同じ境遇を持ち、捕虜となった息子を助けるために銃を取り立ち …

ヒューマンドラマ映画

世界は今日から君のものキャストとあらすじ!原作はある?試写会情報も

“閉ざされた世界から、一歩踏み出す勇気を君に…。” 門脇麦さんが不器用な引きこもり女子を熱演したガーリー青春ドラマ映画『世界は今日から君のもの』をご紹介します。 (C)2017クエールフィルム CON …

ヒューマンドラマ映画

『ヒューマン・ポジション』あらすじ感想と評価解説。‟世界一裕福な国”に潜む疑問を優しいタッチで描いたスロームービー

映画『ヒューマン・ポジション』は2024年9月14日(土)より全国順次公開! とある港町における、静かで優雅な生活の中に見える微妙な疑問とメッセージを優しいタッチで描いた映画『ヒューマン・ポジション』 …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学