“キスも知らない17歳が銃の撃ち方は知っている”…ガス・ヴァン・サント監督の代表作のひとつ映画『エレファント』。
ガス・ヴァン・サント監督の演出による映画『エレファント』は、2003年の第56回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールと、監督賞を同時にダブル受賞した作品で、1999年4月20日にコロラド州で起きたコロンバイン高校銃乱射事件を作品の主題に扱っています。
劇中では職業俳優を僅か大人のみ3人の出演に留め、生徒役のすべては高校生たち3000人をオーディションから配役を行いました。
本作後に出演作『バージニア/その町の秘密』(2010)のアレックス・フロストをアレックス役、また『トランスフォーマー』のジョン・ロビンソンもジョン役を演じるなど、当時新人の彼を本名で配役して、台詞や役柄にも等身大の自身の体験や実生活の要素を盛り込むことで、高校生たちの学校での様子をリアルに描いています。
ガス・ヴァン・サント監督らしく、実際に起きた事件をショッキングに描くことのみ拘ることことなく、日常で生きていることの悲しみと無情なやるせなさを、ベートーヴェンの『ピアノソナタ第14番』や『エリーゼのために』の調べにのせて、崇高な作品に高めた秀作です。
CONTENTS
映画『エレファント』の作品情報
【公開】
2003年(アメリカ映画)
【原題】
Elephant
【脚本・監督】
ガス・ヴァン・サント
【キャスト】
アレックス・フロスト、エリック・デューレン、ジョン・ロビンソン、イライアス・マッコネル、 ジョーダン・テイラー、キャリー・フィンクリー、ニコル・ジョージ、ブリタニー・マウンテン、アリシア・マイルズ、クリスティン・ヒックス、ベニー・ディクソン、ネイサン・タイソン、ティモシー・ボトムズ
【作品概要】
1999年のコロンバイン高校での銃乱射事件を『ドラッグストア・カウボーイ』(1989)『マイ・プライベート・アイダホ』(1991)『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』(1997)のガス・ヴァン・サント監督が演出を担当。
撮影監督は『裏切り者』(2000)『ゲーム』(1997)のハリス・サヴィデス。2003年のカンヌ映画祭でパルムドールと監督賞を史上初のダブル受賞しています。
映画『エレファント』のあらすじとネタバレ
乗用車が蛇行しながら住宅街を走行。側道に止められた車への接触を繰り返し、また自転車を運転する人を轢きそうになったり、とても危険な状況。車に乗っているのは通学途中のジョンでした。
アルコール依存症の父親が酔っぱらい運転をしていたことに気がついたジョンは、父を助手席に座らせ自ら運転を始めます。
木々のある公園を歩いていたイーライは、道すがら出会ったカップルに声をかけて、ポートレート写真の被写体になってもらい撮影をします。そして彼らに別れを告げると学校へと向かいました。
自動車を運転していたジョンが学校に到着すると、父親には車で待つように言いつけ、校舎内の電話で兄に父親を迎えに来るように頼みます。しかし校長が現れ、ジョンが遅刻したことを見つけると、状況も聞かずに叱責しました。
学校内のグランドでは、男子生徒数名がラグビーに楽しんでおり、その中で筆頭格アスリートであるネイサンがいました。練習を終え派手な赤いパーカーを着込むと校舎へと歩き出します。
廊下ですれ違った3人組の女子生徒ジョーダン、ニコール、ブルターニュから「かっこいい」と憧れのまなざしを浴びますが、いつものことで鼻にもかけません。(*注1:この状況は後で別ショットから再び繰り返し有り)
ネイサンは歩き続けると、そこには美しい恋人キャリーがいて、2人は総務課で外出許可を取りに行きました。
一方のジョンも総務課の父親を迎えに来る兄のために車の鍵をを預けた後、誰もいない教室でひとり涙を流します。すると友人のアケイディアがやって来て心配してくれました。彼女はその後、ゲイ・ストレート連合の会議に出席しました。
その後、イーライは廊下でジョンとすれ違い、ジョンがお尻を叩いている写真を撮ります。(*注2:この状況は後で別ショットから再び繰り返し有り)ジョンはそのまま校舎の外に出て犬とじゃれ合いました。(*注3:この状況は後で別ショットから再び繰り返し有り)
その側を大量のバッグを抱えたエリックとアレックスが現れ、ジョンに「中に入るな!地獄をみせてやる」と警告します。
アレックスは物理の授業中に、ネイサンとその仲間に異物を投げられて嫌がらせを受けます。アレックスは優等生のネイサンたちから虐めを受けていたのです。トイレの鏡の前で汚れを落としたアレックスはカフェテリアに向かいます。
アレックスは食堂内を注意深く見渡し、何か入念にメモを取ります。横にいた女子生徒から何を書いているのと尋ねられ、「作戦の計画」だと呟きます。
イーライが校舎に入り、廊下を歩いて写真部の部室にやって来ます。暗室にいるイーライは、カメラからフィルムを抜き出すと現像を始め、定着させたモノクロフィルムのネガを干して乾かしました。
体育の授業に出席していたミシェルは、短パンではなく長ズボンの服装だったことことを教師から減点の対象だと叱責されました。ミシェルは体育館の更衣室で着替えを始めますが、背後には女子生徒が集まっており、陰口を言っていました。
写真部の部室を出たイーライは、ジョンとすれ違い、イーライはジョンがお尻を叩いている写真を撮ります。(*注2)その後ろを避けるような早足でミシェルが通り過ぎました。
イーライは図書館に入り、写真集を手にしました。その後、図書館にやって来たミシェルが返却された本を棚に戻し始めます。(*注4:この状況は後で別ショットから再び繰り返し有り)
映画『エレファント』の感想と評価
「日常」を描くこと見えてくるもの
ガス・ヴァン・サント監督の代表作のひとつ挙げられる映画『エレファント』。
本作はヴァン・サント監督の通称「死の三部作」と言われる2番目の作品であり、最初の映画は、マット・デイモンとケイシー・アフレックが出演した『GERRY ジェリー』(2002)、3番目の作品はマイケル・ピット主演の『ラストデイズ』(2005)があり、いずれも実際の出来事をモチーフにしています。
特に『エレファント』は、高校生たちの何気ない学校の様子を撮影監督のハリス・サヴィデスが静かに見つめるような活写したカメラワークが施され、入念に計画された時間軸の構成が見事で優れた作品となっています。
内容としては、1999年にアメリカで起きたコロンバイン高校銃乱射事件を基にしていますが、安易に衝撃的な乱射場面を描いたというよりも、学校という現場の素顔を記録したような作りを見せ、安易に映画的なカタルシスの物語文法を施さない姿勢を感じさせ、ただただ日常の時間が流れていきます。
その“ごく普通(一般的)とでも呼ぶべき”、誰もが知る学校内でのリアルな生徒たちの描写、あるいはイザコザが起きる直前の風景、ある種の無力感の苛立ちまでが、想像に容易い結末の銃乱射で壊れていくのではないかという、不安が全編から漂い見るものにある種の無常観が襲ってくることでしょう。
決して成長期の高校生にとって誰もが安心安全な「日常」は学校にはない。その多くの緊張感に満ちた学校生活は緊張感そのものであり、その「いっぱいいっぱいの日常」が、あることで一変する。それが本作の注目すべきポイントなのだと感じさせてくれます。
学校という公共を多角的な視点で描く
あらすじ内でも紹介したように、繰り返して同じ場面が多角的な視点で描かれた構成が、本作『エレファント』の大きな特徴です。
邦画好きの方であれば、すでにお気付きかもしれませんが、本作は2012年後発の吉田大八監督『桐島、部活やめるってよ』と同じ構造で作られた、元ネタのお手本と呼んでもよいでしょう。
これは生徒それぞれが主役であるべき学校において、多くの視点を持つことで価値観の多様性を描いています。
また、それだけでなく音楽を使った高揚さも、『桐島、部活やめるってよ』の場合は吹奏楽の演奏のシンクロでカタルシスを盛り上げましたが、本作『エレファント』の音楽の使い方はその何倍も豊かな意味が込められています。
ドイツ出身の偉人と狂人
ベートーヴェンの三大ピアノソナタの『ピアノソナタ第14番(月光)』は、世界的に誤解されたデマ的な逸話があり、ベートーヴェンが盲目の少女のために贈った曲であり、少女は涙を流したと言われていますが、そのような事実はありません。
では、“盲目”とはいったい何を指すのでしょう。作曲家であるベートーヴェンも、劇中のテレビに登場するヒットラーと同じドイツ出身。高校生の若者たちを経験の少ないという意味で盲目なのか。またはナチスに加担した者たちを盲目としたのか。それともナチズムに憧れた少年が盲目なのでしょうか?
少なくとも銃乱射の強行に走ったアレックスは、ピアノを幼少期から習い、おそらくは部屋にあったトロフィーを貰うほど演奏が優秀な生徒であったのでしょう。
しかし、高校生になったアレックスは、高校内の優等生で学校の人気者である赤いパーカーを着ていたネイサンのようになれなかった男子像です。
ネイサンは、学校ヒエラルキーの頂点に立ち、スポーツ万能、女性とたちからも人気者。それでいて彼はアレックスを虐めるような一面を持った人物でした。
本作のファーストショットは、鉄塔らしき電線と早く流れる雲の描写で1日の目まぐるしさが表現され、ラグビーを行なっている声には、「ネイサン」のみの呼び声が聞こえてきます。
その後、ジョンの酔っ払い運転の父親や虐め問題を取り合わない校長もでますが、ヒエラルキーやマウントを取れる優勢な人間たちと一方で弱者である人間を必要なまでに本作『エレファント』の、「ありきたりな日常」の中で病的に蔓延した様子を描いて見せました。
まとめ
ガス・ヴァン・サントはタイトルの意味に様々な含みを待たせています。
本作を『エレファント』は実際の事件である「コロンバイン高校銃乱射事件」を題材にしながらも、その事実を描かないことであえて描かないエンディングにしています。
そのことにより、テーマの追求が高尚な域に達して、映画を見た者がこの事件を議論し合える余地を残したと言えるでしょう。それこそが実際の事件とも重なり物議を呼び起こすものなのです。
また、作品タイトルの『エレファント』は、アメリカ共和党の銃規制の方針と党シンボルである「象」を掛け合わせた逸話も有るものの、明確なエンディングにしなかった意味を考えれば、「群盲象を評す」ということわざが納得いくかもしれません。
複数の盲人が一頭の「象」を触ってることで、象とはどのような動物かと語っていく逸話です。
同じ「象」であったとしても、足を触った盲目の人は木であると言い、鼻を触れた盲目の人は蛇であると言う。対象が同じモノを論じ合っても、その印象は人それぞれに異なるということです。
わずか一部分を接触して知った気でいても、その事象(「象」)の全てがわかるわけではないという意味でもあります。
さて、レビュー内でも述べたベートーヴェンの三大ピアノソナタの『ピアノソナタ第14番(月光)』。
果たして世界的なデマで出来上がった盲目の少女の存在の例えも出しましたが、「日常」の真実、あるいは若き思春期の光と闇を如何に心眼で見抜くのか。
本作は2003年の第56回カンヌ国際映画祭で最高賞のパルム・ドールと監督賞を同時受賞した作品だけあって、余白を読み解く楽しみに満ちた作品です。