理想と現実の間に悩みながらも努力を尽くす挑戦者たちの生き様を描く!
『犬猿』(2018)などの作品で知られる吉田恵輔監督が、自身が30年以上も取り組んできたボクシングを題材に脚本を執筆。拳闘シーンの殺陣指導も監督自らが担当し、熱い想いを注ぎ込んだ映画『BLUE/ブルー』。
誰よりもボクシングを愛しているのに連戦連敗を続ける主人公・瓜田に扮するのは松山ケンイチ。脚本に惚れ込んだ松山は、2年間ジムに通い、役作りに身を投じたといいます。
瓜田と同じジムに所属する仲間を東出昌大、柄本時生が演じ、理想と現実の間で苦しみながらも、それでもボクシングに打ち込む“挑戦者”たちの姿がリアルに映し出されています。
映画『BLUE/ブルー』の作品情報
【公開】
2021年公開(日本映画)
【監督・脚本・殺陣指導】
吉田恵輔
【キャスト】
松山ケンイチ、木村文乃、柄本時生、東出昌大、守谷周徒、吉永アユリ、長瀬絹也、松浦慎一郎、松木大輔、竹原ピストル、よこやまよしひろ
【作品概要】
吉田恵輔監督が30年以上続けてきたボクシングを題材に自ら脚本を執筆。成功が約束されなくとも、努力し続ける挑戦者たちの姿をみつめた人間ドラマ。
誰よりもボクシングを愛する主人公・瓜田に松山ケンイチが扮し、瓜田の初恋の女性・千佳に木村文乃、瓜田の後輩に東出昌大、才能を開花していくボクサーに柄本時生が扮しています。
映画『BLUE/ブルー』あらすじとネタバレ
誰よりもボクシングを愛する瓜田は、基本を大切にし、努力を怠らず、ジムの後輩の面倒見もよいので、会長から信頼を置かれていました。
後輩の一人である小川とは特に親しい関係ですが、小川は抜群の才能とセンスを持ち、着々と日本チャンピオンへと近づいていました。瓜田の幼馴染である千佳とは恋人同士。チャンピオンになったら結婚するつもりです。
しかし、小川は試合のたびに受けるパンチのせいで、時々、平衡感覚を失ったり、物忘れをするようになっていました。
千佳は心配して、小川にボクシングをやめるよう言ってほしいと瓜田に頼みます。しかし瓜田は「そんなこととても言えない。もし自分にチャンピオンになるチャンスがあるならどんな犠牲だって払うさ」と応えるのでした。
瓜田にとって千佳は初恋の相手であり、この世界へ導いてくれた人。
千佳自身は忘れてしまっているようですが、千佳に言われた高校時代から瓜田はずっとボクシングを続け、ひたむきに努力してきました。しかし、ここのところ、連戦連敗が続き、なかなか勝つことが出来ません。
ジムに楢崎剛という青年が通ってくるようになりました。ひょうひょうとした彼は、仕事先の気になる女の子の気を引くためにボクシングを始めたため、形だけできればいいと考えていました。
しかし、毎日ジムに通っているうちに、彼もまたボクシングに魅せられ、試合をしたい、強くなりたいと思うようになっていきます。
そんな中、小川にチャンスがやってきました。次の試合に勝つと、チャンピオンに挑戦することができるのです。同時に、瓜田の試合相手も決まりました。
瓜田は今回も破れてしまいましたが、小川は勝ち、ついにチャンピオンへの挑戦権を手にしました。瓜田は小川と千佳が暮らしているアパートへ行き、2人で実際、スパーリングしながらチャンピオンの責め方を考えていました。
すると下の階の住人からうるさいと苦情が来て、結局小川はマンションに引っ越すことになりました。
ところがうっかり前のアパートのエアコンのリモコンを持ってきてしまったため、小川は自転車に乗って、それを返しに行きます。
しかし、その途中、急に目眩に襲われ、自転車ごと倒れてしまいます。
立ち上がってもしばらく景色がぐるぐる回っていました。運送業の仕事をしている時も同じように体調が悪くなり、トラックを道端に寄せて停まらざるを得なくなりました。
そのため、配達が遅くなってしまいますが、社長は、小川のスポンサーになってくれていることもあり、大目に見てくれました。
ついにタイトルマッチの日がやってきました。その日は同時に瓜田の試合と楢崎のデビュー戦があります。
瓜田の相手は無名の30代の男でまったくデーターがなかったのですが、試合が始まると、客席で観ていた小川は相手が元キックボクサーであることに気が付きます。
男は簡単に倒せるのに、わざと長引かせているようなふざけた試合をしていました。善戦しましたが、瓜田は今回も破れてしまいました。
楢崎のデビュー戦も散々な結果となってしまいました。しかし小川は勝ち、ついにチャンピオンベルトを手にします。
試合に負けたショックで、楢崎は瓜田にあたってしまいます。勝てない瓜田をなじる楢崎に千佳が近づき、平手打ちをくらわしました。「試合後でなかったらもっと叩いてるよ!」と千佳は楢崎を睨みつけました。
食事を終えて、帰路につく小川と千佳と瓜田。別れ際、瓜田は言いました。「俺はお前が負ければいいと思っていた。ずっとずっとそう思っていたさ」
千佳は驚きますが、小川はその言葉に静かに応じました。「わかっていました」と。
次の日から瓜田はジムに来なくなりました。今回勝てなかったら引退すると会長に告げていたのです。仲間たちは少なからずショックを受けていました。
小川と千佳は結婚式をあげ、ジムの仲間に祝福されましたが、その中に瓜田の姿はありませんでした。
結婚後、千佳は小川がこれまで以上に物忘れがひどくなっていることに気が付きます。
「中止に出来ないの?」と試合を前にした小川に言いますが、「できるわけ無いだろ」と彼は返すばかり。
そんな中、ジムの会長に電話がかかってきました。瓜田に勝った元キックボクサーの男の対戦相手はいないかと連絡があったのです。
「うちにはいないなぁ」と会長が応えているのを聞き、楢崎が「俺がやります!」と直訴しました。
最初はためらっていた会長でしたが、楢崎の決意が固いのを見て、受けることにしました。
映画『BLUE/ブルー』感想と評価
ボクシング映画といえば、弱かった者が努力と鍛錬で次第に強くなっていき、最後に王者を倒すという王道ストーリーをイメージする人が多いのではないでしょうか。
ボクシングに限らず、スポーツを題材とする映画には、そのような展開によって大きなカタルシスがもたらされるものですが、映画『BLUE/ブルー』はそうした作品群とは一味もふた味も違ったものになっています。
「勝者」と「敗者」なら、圧倒的に後者が多い勝負の世界。『BLUE/ブルー』は、ほんの一握りの者しか栄光の座につくことのできない過酷な世界に挑戦する「その他大勢」の人間を描いた作品です。
主人公の瓜田を演じる松山ケンイチは、脚本に惚れ込んで2年間、ジムに通い役作りに身を投じただけあって、ボクサーとしての身体性だけでなく精神性さえも習得したように見えます。
瓜田は感情をたかぶらせることなく淡々としており、いつでも笑顔をたやさず、落ち着いた雰囲気を漂わせていますが、ボクシングへの並々ならぬ情熱を内に秘めています。「勝ちたい」という気持ちは誰よりも強いのですが、しかし彼は勝つことができません。
対して、彼の後輩である東出昌大扮する小川は才能に恵まれ、チャンピオンベルトを掴むまであと一歩のところにいます。
小川の恋人・千佳は瓜田の幼馴染で、瓜田が今でも彼女のことを好きでいることは、観客のわたしたちには伝わってきますが、小川も千佳も全く気づいていないように見えます。
持つものと持たないものの対比が、なんとも切なく、瓜田がひょうひょうとしているだけに、なお一層、2人の違いが鮮明に見えてきます。
一方、柄本時生扮する楢崎は職場の女性に一目置かれたいという目的からボクシングジムを訪れ「ボクサー風」を習得しようとしますが、ボクシングの面白さに気付き、試合に出たいと思うようになっていきます。
観ていてついつい、このキャラクターが実は隠れた才能があって、トントン拍子に天才ぶりを示していくことになるのではないかと期待してしまったのですが、ここではやはりそういった展開はおきません。
彼にセンスがあるのは確かですが、上り詰めるまでの才能があるかはまだまだ未知数です。
吉田恵輔監督は2013年の作品『ばしゃ馬さんとビッグマウス』で、小説家を目指す2人の男女を主人公に「才能」をテーマに、コミカルかつアイロニカルな物語を生み出しました。
小説の良し悪しがどのように判断され、文学賞での落選に至るのか見えにくいのに対して、ボクシングの試合は、人々の目の前で行われるので、力のある者、ない者の差が歴然と可視化されます。そういう意味ではわかりやすいともいえるでしょう。
けれども、『BLUE/ブルー』という作品は、ただ、「才能」のあるなしで、人間を図る作品ではありません。強い者が必ず勝てるかと言えば、「判定」や「ドクターストップ」など、納得のいかないことも多々起こります。映画はその点にもきっちりと言及しています。
才能に恵まれた小川も、パンチドランカー症状に悩まされ、日常生活に支障をきたすほどです。小川は難しい選択を強いられているのですが、やめるという選択肢は彼にはありません。
映画『BLUE/ブルー』は、こうした残酷ともいえる現実を描きながら、それでも、ボクシングにくらいつき、挑戦することをやめない人々、そしてその果にリングを去った人々を慈しむように描いています。
天才でもなんでもない、でもボクシングが好きで好きでたまらない人々の姿は、天賦の才能を持ったスーパーヒーローとは違い、身近に感じることが出来ますが、と、同時に、それでも私たちは彼らのように頑張ることができているのだろうか、という羨望にも似た思いを、汗のしたたる彼らの姿に感じることでしょう。
まとめ
映画に登場するジムにはダイエット目的の主婦たちの姿も見えます。様々な人々が出入りするジムの風景はとてもリアルで、実際、瓜田のモデルとなった男性は、そうした主婦の指導も行っていたそうです。
30年前からボクシングジムに通い続けてきた吉田恵輔監督は、ボクシングに汗を流す様々な人々との出会いを果たしてきました。
その中に瓜田のモデルとなった男性がいました。いつもジムにいて、朗らかに他の人々の面倒を見ていたその人は、3勝12敗という成績を残し、ある日突然ジムから姿を消したといいます。
その男性に対して「今、何している?」という思いが募った吉田監督は、今から8年前に『BLUE/ブルー』の脚本を完成させました。
本作には「結果を出したチャンピオンも、結果を残せなかった敗者も、努力と労力の分量と流した汗と涙は変わらない。そこに対する花束のような映画を撮りたい」という吉田監督の思いが込められています。
人間味溢れるキャラクターを描かせたら天下一品である吉田監督と、徹底した役作りをして臨んだ松山をはじめとする俳優たちのアンサンブルが結実した「新しい」ボクシング映画。それが『BLUE/ブルー』です。
尚、作品タイトルにある「BLUE」とはリングの青コーナーを意味しています。青は「挑戦者」を象徴する色なのです。