連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第26回
今回ご紹介する映画『バーシティ・ブルース作戦:裏口入学スキャンダル』は、2019年に起こった前代未聞の大学入試不正入学事件の実態を、FBIが捜査上で行った盗聴による音声記録などを基に描いたドキュメンタリー映画です。
事件の首謀者リック・シンガーは1998年頃、アメリカ・サクラメントで“街唯一の入試カウンセラー”として誠実に働き、信頼も厚く人気の高い人間でした。
一見、どこにでもいそうな地味で“しがない”風貌のリック・シンガー。しかし彼は「“通用口”入学」と名付けた方法によって、アメリカの有名無名に関わらず、富裕層と呼ばれる人物の子息や息女の大学入試を不正に斡旋していました。
本作は、その一大スキャンダルとして世間を騒がせた事件と、それを暴く“きっかけ”となった「バーシティ・ブルース作戦」の全貌に迫っていきます。
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映画『バーシティ・ブルース作戦:裏口入学スキャンダル』の作品情報
(C)2021 Netflix
【配信】
2021年(アメリカ映画)
【原題】
Operation Varsity Blues: The College Admissions Scandal
【監督】
クリス・スミス
【脚本】
ジョン・カーメン
【キャスト】
マシュー・モディーン、 ケン・ヴァイラー、 リロイ・エドワーズ3世、サラ・チェイニー
【作品概要】
監督は2019年にNetflixで配信された、ドキュメンタリー映画『FYRE:夢に終わった史上最高のパーティー』のクリス・スミス。
首謀者リック・シンガー役には『フルメタル・ジャケット』(1987)で主演を務め、テレビ映画を中心に活躍し、『スティーブ・ジョブズ』(2013)などの話題作にも出演したマシュー・モディーンが好演しました。
映画『バーシティ・ブルース作戦:裏口入学スキャンダル』のあらすじとネタバレ
(C)2021 Netflix
「金は慈善団体に寄付される」「大学ではなく?」「それなら子供も気づかない」「金は希望する大学によって変わる仕組み」……。
2018年11月15日、アメリカ・カリフォルニアのニューポートビーチ。作中の会話は、FBIが捜査上において盗聴した音声記録を基に再現されていきます。
多数の不正入学を取り仕切っていた首謀者“リック・シンガー”と、子供を有名大学に不正してまでも入れたかった親の会話は、全て筒抜けになっていました。
リック・シンガーは延べ730人もの生徒を不正に有名大学へと送り込みました。個人コンサルタントが犯した不正の数としても十分に多いのですが、全米に多大なる衝撃を与えたのには他にも要因がありました。
不正に関与した親が弁護士やCEO、ハリウッドスターなどの富裕層ばかりだったのです。
そして、この1つの不正事件に対して起訴された人間の数は50人。これは、かなり珍しいケースとなりました。
リック・シンガーが入試コンサルタントとして、不正をはじめたのは2011年頃からです。しかし彼の経歴を遡ると、それ以前から詐欺まがいのことをしていました。
リックはかつて、1998年当時ではアメリカ・サクラメントで唯一の入試カウンセラーだったこともあり、保護者から絶大な信頼を得た人気カウンセラーとして仕事をしていました。
また、なぜ富裕層が関与していたのかも、この事件から浮き彫りになっていきます。例えば受験生が500人いる高校でも、親が裕福であれば、その子供は一目置かれる存在になります。
なぜなら、希望する大学に合格するために“足りないもの”を埋める手段として、親が裕福な子供は“受験のノウハウ”を知り尽くしたカウンセラーが雇うことができるから。文字通り、ある程度は“金”で解決できるからです。
当時のリックが担当した生徒は成績優秀な生徒が多く、カウンセラーをつけなくても問題ないように思えました。しかし当時は入試に関する情報が少なかったこともあってか、“彼を頼りにしていた”という声が多くありました。
友人の多くがリックの会社“フューチャー・スターズ”を利用していて、「利用しなければ後悔すると思った」。“彼の力を借りていれば受かっていたのに”という後悔を味わいたくないからこそ、リックに頼ってしまった人間が多かったのです。
ある元生徒が感じたリックの印象は、‟バスケ部のコーチのような恰好”。生徒を大学に入れるための“コーチ”として、リックは自らを演出していたのでしょう。
ほぼ笑わない顔、無口で愛想がない態度も、表面的には彼を冷静な‟やり手”のようにに見せました。しかしその一方で、その内面には常に動揺や苛立ちを抱えていたことが明らかにされていきます。
ある同業者は、彼を“野心家”と表現します。当時のリックは書店やゴルフ場などでの講演を続けていましたが、その言葉は守れもしない約束や嘘ばかりで、むしろ胡散臭さを感じたといいます。そして元顧客の中には、「金をくれれば、君を大学に入学させてやれる」と言われたという証言もありました。
またリックは“願書の捏造”など、サクラメント時代から小さな不正を行っていました。
中には、受験生は白人なのにラテン系やアフリカ系と記入し、受験における優遇処置を得ようとする悪質なものも。同業者も不審に思い、リックの作った資料をコピーしたり、彼が運営する会社のWebサイトのページをプリントアウトして真偽を確かめるほどでした。
さらにリックの経歴も辿っていくと、それらも嘘にまみれていました。“スターバックス”の役員にはじまり、彼の嘘はエスカレートしていく様が判明したのです。
2018年6月15日、コネチカット州グリニッチ。リックは大手弁護士事務所に所属する弁護士であるゴードン・カプランに電話をし、入試コンサルに関する新しい仕事の勧誘をします。
彼は自社の資産状況や経営状況、資産家の子息の入試サポートをしていると説明した上で、顧客にはNBL(ナショナル・バスケットボール・リーグ)やNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)のオーナーもいると語ります。また彼らが入試コンサルタントを雇うのは“確約”がほしいからで、面倒なことをせず“確実”に子供を“有名大学”に入れたいからだと明かします。
そして、リックは自身が考案した「“通用口”入学」について語り出します。
通常、“正面口”は実力による入試合格による入学を、“裏口”は大学に多額の寄付を払うことでのコネ入学を指します。しかし“裏口”には入学できる保証自体はなく、多少優遇があるだけだとリックは指摘。その点、“通用口”は確実だときっぱり言い切ります。
『2019年3月11日 FBI宣誓供述書』……企業の不正や証券詐欺、贈収賄など経済犯罪を担当するFBI捜査官が行なった捜査の供述書に基づき、“通用口”入学の仕組みが語られていきます。
以下、『バーシティ・ブルース作戦:裏口入学スキャンダル』ネタバレ・結末の記載がございます。『バーシティ・ブルース作戦:裏口入学スキャンダル』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。
(C)2021 Netflix
リックが新しく立ち上げた“The Key”は、営利目的で入試コンサルを手がける一方で、連邦所得税の免除を狙った非営利事業も行っていました。そして彼は、受験生の親に「自身が運営する財団への寄付」という名目で賄賂を支払わせ、賄賂を隠ぺいすると共に税金逃れをしていたのです。しかし、それはあくまでも“通用口”入学の一部分に過ぎません。
2011年~2018年の間に親達が彼に払った金額は“2500万ドル”(約27億40000万円)。このような高額なコンサル料を得られたのは、一部の富裕層が顧客だからです。
スタンフォード大学の元入試担当責任者は、近年30~40年の間で高等教育の商品化が進み、“学歴は買うもの”が当たり前の世界になったと語ります。
特に富裕層の間において“学歴”は一種のステータスとなり、「子供がいい大学に入れば、親のステータスも上がる」という思考になっています。受験レースの主役は子供ではなく親であり、子は親を乗せる車と見るのが常識とさえ言われ、自身の学歴の低い親は子供を“名門大学”へと入れることで、自身がかつて体験できなかった優越感に浸るのです。
それでは、富裕層の親はどの大学が“名門”と考え、子供たちを入れたがるのでしょうか?
アメリカ合衆国北東部にある、8つの私立大学は通称「アイビー・リーグ」と呼ばれ、アメリカ最高峰の大学群と称されています。しかし、これらの大学が最高とされる理由は「学業成績とは無関係」だと、入試対策専門家は言います。
各校が“名門”の目安となったのは、1980年代にU.S.News誌が掲載し始めた大学ランキングのがきっかけとされています。そのランキングの基準は、あくまでも“名声(プレステージ/Prestige)”。フランス語で“偽り”を意味する言葉を語源とする“Prestige”によって、“名門”は選ばれていたのです。
また近年、アメリカでの大学進学の難度が上がっているのは、人口増加や貧困のほかに、大学側がこのランキングを意識し始めたからです。そしてどの大学も“名声”によって順位を上げようとしのぎを削るあまり、本来存在すべき試験の成績による合格者を軽視し、例外(偽り)だらけの合格者が増えることになりました。
“裕福な白人”が優遇される傾向にあり、また富裕層が好むヨットや乗馬、フェンシングといった特定なスポーツに秀でている人間も優遇の対象になりました。大学側の資金調達担当者は多額の寄付が期待できる富裕層に目をつけ、“スポーツ推薦”という形で入学させようとするのです。
その例に、ある大手不動産会社の御曹司は、高校では平凡な成績だったのに、父親の250万ドルという巨額の大学への寄付によってハーバード大学へと入学しました。
しかし大学への寄付は、必ずしも入学を保証するものではありません。たとえ300万ドル寄付しても、もし他の誰かに1000万ドル以上の寄付がされたら、こちらのことなどすぐに見切りをつけるからです。
対して、リック・シンガーはそんな法外な金額を支払わずとも、30万ドル~50万ドル程度で入学を保証する方法を考えついていました。
また彼の“通用口”入学は、大学が長年不正に用いてきた“スポーツ推薦”を悪用しています。しかし、リックの場合は依頼人の子供がそのスポーツをしていなくても、むしろ運動に興味ない子供ですらもその枠にねじ込み入学させることができていました。
それまでの不正入学では聞いたことがないその成功例は、輝かしい経歴がなく素性の怪しいリックを巧みに上流階級へ潜り込ませ、大金を稼がせました。
またリックは複数の大学に通ったのち、指導者となりサクラメントの大学でバスケットのコーチをしていたものの、やがて問題を起こし解雇された過去を持っていました。その経験は、スポーツ推薦の流れを把握し悪用する上で役立ちました。
まずリックは依頼者を安心させるために、親身なコンサルタントを装い、他の家族にも同じようなことをしていると伝えます。そして、入試までの時間を綿密に把握し計画を立てます。
最初の手口は、“人脈作り”。彼は大学運動部のコーチが、スポーツ推薦対象者となる生徒をスカウトする権限を持つのを知っていました。つまりコーチを買収さえすれば、推薦枠を得ることが実質可能なのです。
スタンフォード大の元ヨット部コーチは、当時リックから推薦枠の話を持ちかけられた際、推薦は終了していると答えると「100万ドルの寄付の用意がある」と告げられます。
コーチが体育局に確認したところ、その額では難しいと回答。しかし、リックの依頼者からスタンフォード大に合格したという御礼の連絡が彼の元に届き、ヨット部に50万ドルの寄付をしたいと申し出が届いたのです。
コーチはなんの便宜を図ったわけでもないが、もらえるものはと寄付金を受け取りましたが、しばらくして小切手が届いたといいます。なぜ、リックはヨット部に寄付を贈ったのか。その真意は不明ですが、ヨット部に対して強い“コネ”を作っておくためと考えられます。
コーチは体育局長に伝えると、指導はしなくても寄付が贈られることはあると、不審には思っていないようで、逆に局の主任には“おめでとう”と言われます。
大抵の大学の経営陣は金が入ることは大歓迎で、出どころに関しては不問にしがちです。スタンフォード大の場合も同じで、特に10万~50万ドルの寄付は少額扱いで、ヨット部に贈られても咎められることはありませんでした。
リックはマイナースポーツの運動部が、常に財政難であることを知っていました。例えばボート部、水球部、ヨット部など。そこに彼は目をつけたのです。
イェール大学ではサッカー部コーチが86万ドルの賄賂を収受し、推薦枠を提供しました。
またUSC(南カリフォルニア大学)の女性体育局長は、月2万ドルの送金を受けていました。彼女は入試課との調整役をしているので、推薦枠に関し推薦された生徒について、競技ごとに検討できる立場でした。
メジャースポーツにはスカウトマンがいて、優秀な選手はスカウトという形で入学します。ところがUSC(南カリフォルニア大学)には、あきらかに偽アスリートがいます。165cmのバスケット選手、ラクロス選手にみせかけたチアリーダー、未経験の水球選手……しかしその事実が発覚しても、体育局長と入試課がもみ消していました。
リックのやり方が通用したのは、大学側が推薦された選手の技量を精査せず、賄賂を収受したコーチの意見を鵜呑みにしたからです。
こうした不正入学が行われている影で、真に希望した大学を目指し努力してきた、受験生が苦汁を飲まされました。結果、年々生徒側の大学への執着が強まり、多くの学生が不安を抱え、冷静さを失う人も出ています。それゆえ学生には“望めば入れる大学”を選択する傾向が生じ、それに伴い選択する大学に大きな偏りが生じたため、“名門”大学の合格率も下がる一方でした。
そして中には、大学進学自体を希望していなくても、“通用口”入学によって大学に入れさせられた生徒も存在します。それは、有名人の親が自分の“名声”のために子供を大学へ行かせるケースの最悪の形でした。
アメリカのテレビドラマで有名になった女優の子女は、カリスマYouTuberとしてコスメ業界とコラボするなど成功に至っていましたが、親の強引な意向で「ボート部の選手」としてUSCに入学させられました。彼女はのちに「両親は高卒だったから、私を大学に入れたがった」と、インタビューで話しています。
のちに彼女の父親が押しかけてきたことで、彼女の通う高校の進路指導員は「ボート部の選手」でスカウトがきたことに疑念を持ち、大学側に問い合わせました。そこでようやく、リックがコーチを買収し不正入学を斡旋していたこと、それが明確な違法であることが判明したのです。
様々なコーチたちが危険を冒してまで違法に手を染めた理由は、部運営の資金集めが重要視されていたからです。特にマイナースポーツは予算自体が少なく、スタンフォード大のヨット部も、恒常的な赤字を寄付によって補填していました。
またスタンフォード大の元ヨット部コーチは当時、指導に徹するべくアシスタントコーチを付けたいと考えていましたが、その資金がなく悩んでいました。だからこそ、寄付を受けた際にリックから言われた「自分が紹介する、ある生徒の面倒を見てほしい」という言葉を承諾してしまったのです。
しかし元ヨット部コーチは私欲を肥やすことなく、純粋にヨット部のためにその“寄付金”を資金に充てていました。
このようにリックは人の弱みにつけこみ、利用することに長けていました。それは依頼者の親に対しても同じで、時には依頼者に「合格点には数点足りない」と脅します。
依頼者の多くは仕事が多忙ゆえに子供に対し負い目があり、「せめて良い大学に」という思いからリックに依頼していました。そしてリックは便宜を図って報酬を得るという、シンプルな手口で依頼者たちの負い目につけこんでいたのです。
リックの次なる手口は“替え玉”。アメリカの大学試験制度には、ACT試験とSAT試験があります。名門校に入るには、どちらを選んでも高得点を獲ることが合格の条件になります。
受験対策が一大ビジネスとなっているアメリカは、予備校の主導型になっています。“500点得点アップ”などが決まり文句です。また入試カウンセラーによっても、より質の高い指導を求める場合、1時間200~300ドル、最高レベルで500~1500ドルかかります。
高得点を出す生徒には共通点があります。それは、“裕福で教養が高い家庭の子供”です。、あらゆる試験対策をするには財力がいるため、したがって統計的にも富裕層の家庭の子は高得点が取れるのです。しかし、それでも彼らは“不正”に手を出してしまうのです。
リックは「2年間、指導したが合格点に全く達していない」とだけ親に報告します。そして「奥の手がある」と“替え玉”の話を持ち出します。
まず、一般の試験を受けるのではなく“学習障害の検査”を受け、学習障害のある生徒に適用される優遇制度を悪用し、試験日程を数日間引き伸ばします。
また医療文書を作成する検査員や、試験当日の試験監督もリックが買収。リックが立てる“替え玉”とは、“受験を受ける子供”のではなく“試験監督”のであり、そうして多くの入試解答を改ざんさせ不正に加担させていたのです。
2018年、いよいよ事件が動き出します。しかしそれは、リックが致命的なミスをしたわけではありません。不正入学とは何の関係もない、別の犯罪で逮捕された容疑者が「イェール大のコーチから不正を持ちかけられた」という情報を提供したのです。
この情報提供により、リックに買収されていたイェール大のサッカー部コーチは、保護者と共謀して不正推薦を行ったことで逮捕・起訴されます。
その裁判、裁判長から「最後に何か言いたいことはあるか?」と訊ねられた際、サッカー部コーチは「あります。リック・シンガーのことです」と切り出します。そして彼は刑務所行きを免れるために、リック・シンガーの不正について情報を提供。ボストンでのリックへの捜査が始まりました。
2019年2月、サッカー部コーチは捜査協力のため、リックをボストンのホテルに呼出します。リックを待ち構えていたのは、IRS(米国国税庁)の職員1人と、FBI捜査官1人でした。
リックは盗聴されていた電話の通話記録を聞かされます。捜査協力に関してはすんなり承諾したものの、一部の不正に関して「大学体育部に払った金は寄付だ」と訴えます。しかしその見返りに生徒をアスリートと偽り入学させるのは“違法”だと諭されると、依頼者たちとの通話記録でのやりとりを認めました。
大金を得るために依頼者に協力したのと同様に、リックは自身の罪を軽減させるために検察への協力も行います。そして依頼者たちに「財団に監査が入っている。共通認識を明確にしておきたい」と電話や面会をし、次々と証拠を作成したのです。
1年以上にわたって進められた捜査の元行われた、不正入学を斡旋したリックならびに依頼者たちの検挙。それが「バーシティ・ブルース作戦」でした。
事件が世間に明るみになったのは、スタンフォード大の元ヨット部コーチが罪は免れないと悟り、自ら罪を認め保護観察部で尋問を受けたことでした。
司法省は大学入試詐欺事件を提訴し、全米で50人を起訴したと発表しました。この事件は全米を揺るがす騒ぎとなり、関係者も事の重大さをはじめて身をもって実感することになります。
事件はまだ終わっておらず、リック・シンガーは捜査協力を続け、刑務所行きを免れています。彼はいまだに自由の身であり、被告人全員に判決が下るまで捜査協力を続けるつもりでしょう。
まだまだ、先は長くなりそうですが、リック・シンガーは罪を認め、判決が下るのを待っています。こうして“通用口”の扉は閉じられました。
しかし、多くの大学の“裏口”はまだ開かれたままです。
映画『バーシティ・ブルース作戦:裏口入学スキャンダル』の感想と評価
(C)2021 Netflix
最近も日本で不正入学のニュースはありましたが、何も知らない子供は、親に自身の努力を信じてもらえなかったこと、そして世間からのバッシングに傷ついていました。
アメリカで起きたこの不正入学事件では、志望校に合格できなかった生徒の辛さや絶望が映し出されていましたが、一方で親が勝手に不正をした結果入学をした、子供たちの心境はいかばかりかと想像してしまいます。
人気YouTuberとして活躍していた子供の例があげられていましたが、彼女自身は大学進学をまったく望んでおらず、それでも親がなんとかしてくれる環境に感謝したいなど、デリカシーのない発言を連発。何とも同情できない後味の悪さがありました。
また作中では、リック・シンガーが不正をし始めた動機自体は触れられていません。果たして、かつて熱心にバスケットの指導をしていた彼は、単に金儲けがしたくて“通用口入学”を斡旋したのでしょうか?
この点に関しては、本作がNetflixにて配信開始された2021年時点でも事件が解明の途中であることからも、今後よりその真実が明らかになってくるのでしょう。
“通用口”と“裏口”のセキュリティーの甘さ
起訴された50人の内訳は、大学志願者の33名の親、スタンフォードやハーバードなど、8大学のコーチまたは体育局関係者など11名、他に3つの大学が関与しているといわれています。
日本でも1980年に早稲田大学集団裏口入学という、入試問題の漏洩が発覚し大きな事件となりました。当時の日本はバブルの好景気で、“受験戦争”という言葉が生まれた時期と重なります。まさに受験ビジネスが加速し、不正で稼ぐ輩も出てきました。
作中での「学歴は買うもの」「学歴はステータス」といわれる所以とも重なる、早稲田大学集団裏口入学、時と場所は違えども、いずれの事件も大学側のチェックの甘さが、事件を生んだと言っても過言ではありません。
“性善説”に基づいた信頼関係があってこそ、教育現場は聖域としてこれまで安全に学べてきました。金と欲にまみれ不正が行われた悲しい事件です。
“教育”を受ける真の意味とは?
リックが起こした事件の背景……マスコミのランキングに踊らされ、“名門”の意味と真の目的を見失っている受験生や大学側、そこにつけいるビジネス市場主義などからは、「大学とは本当に偽りの場所で、夢も希望もない場所なのか?」という疑念を観る者に抱かせます。
民主国家アメリカの教育理念を遡ると、「国民が無知なら民主主義は滅びる」という言葉からも読み取れるように、その建国の直後から、アメリカの公的教育は“子供の教育”が最大のテーマに掲げていました。そして「為政者にだまされるな」「自分の意見を表明する」という2つの目標を、何よりも重要視していました。
しかしそのテーマや二つの目標をあざ笑うかのように、今回の不正入学事件は“偽者に騙され、自分に意見がないために、何かが滅びてしまった”というあまりにも皮肉な結果を生みました。
アメリカの教育機関には、多様性を大切にする多くのカリキュラムがあり、自由な環境で高等教育が受けられるとされています。しかしその反面、富裕層の中には、子供の夢の芽を摘みかねない偏った思い込みや歪んだ“愛”が、不正に走らせてしまうこともあると言えます。
まとめ
(C)2021 Netflix
映画『バーシティ・ブルース作戦:裏口入学スキャンダル』は、リック・シンガーと彼が考案した“通用口”入学に飛びついた有名セレブ人の不正の様子、そしてアメリカ社会での教育の現実に迫った社会派ドキュメンタリー作品でした。
アメリカの大学受験はすでにブランド化され、一部の特権階級の子供たちに有利なシステムになっていました。そこにつけこんだのが首謀者のリック・シンガーです。
関係者のインタビュー、盗聴されたリックと依頼者のやりとりは生々しく、事件を通じてアメリカ社会での教育の不平等を知った国民は、「アメリカらしい」と冷めた反応をする者、激怒を露わににした者と様々な声が上がり、反響の大きさを物語っていました。
しかしもっと怖いのは、今回表に出てきた“悪”よりも、この事件を発端にして各大学や受験ビジネスが更にたくましい“商戦”を巻き起こし、特権階級に有利な受験という現実がさらに悪化することではないでしょうか?
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