『聖なる犯罪者』は2021年1月15日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて全国順次公開!
聖人か? それとも悪人か?
ポーランドで実際に起こった事件を基に、過去を偽り聖職者になりすました若者の運命に迫るヤン・コマサ監督の『聖なる犯罪者』。
ポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』、ラジ・リ監督の『レ・ミゼラブル』などと並び第92回アカデミー賞国際長編映画賞にノミネートされた衝撃の問題作です。
映画『聖なる犯罪者』の作品情報
【日本公開】
2020年公開(ポーランド・フランス合作映画)
【監督】
ヤン・コマサ
【原題】
Boze Cialo
【キャスト】
バルトシュ・ビィエレニア、エリーザ・リチェムブル、アレクサンドラ・コニェチュナ、トマシュ・ジェンテク、レシュク・リホタ、ルカース・シムラット
【作品概要】
過去を偽り小さな村の聖職者になりすました男の運命を描き、第92回アカデミー賞の国際長編映画賞にノミネートされたポーランドのヤン・コマサ監督によるヒューマンドラマ。ポーランドで実際に起こった事件を基にしています。
2020年3月にワルシャワで行われたポーランドのアカデミー賞と称せられる「2020 ORL Eagle Awards」では監督賞、作品賞、脚本賞、編集賞、撮影賞ほか11部門を受賞しました。
映画『聖なる犯罪者』あらすじとネタバレ
第二級殺人で少年院に送られた青年ダニエルは、出会った神父の影響で熱心なキリスト教徒となり、神学校に入学することを夢見ていました。しかし、前科者は聖職者になれないと告げられます。
そんな中、ダニエルの釈放が決まります。ダニエルに弟を殺されたことで恨みを抱いているボーヌスはダニエルに近づくと言いました。「逃げられると? 必ず見つけ出してやる」
少年院から遠く離れた田舎の製材所で働くため、長距離バスに乗ったダニエルは、タバコを吸っているのを中年の男に咎められます。
男は警官で、「製材所に行くのか?」と何もかもお見通しだというように尋ねました。うなずくダニエルに警官は「ずっと見張っているからな」と警告します。
目的地についたダニエルは製材所には寄らず、村の教会を訪れました。そこで偶然出会った少女マルタに「司祭だ」と言うと、マルタは「じゃあ私は修道女よ」と言って笑いましたが、ダニエルが司祭服を見せると、彼女は急に敬語になって、神父を呼びに行きました。
新任の司祭と勘違いされたダニエルはヴォイチェフ神父にもてなされ、自分のことを「トマシュ」と名乗りました。翌朝、ダニエルが神父を訪ねると、神父はベッドから落ちて倒れていました。
神父は重度のアルコール依存症で、治療をする間、代わりを務めてくれとダニエルに頼みます。ダニエルは戸惑いますが、告解もミサもなんとか自己流で乗り切ります。
司祭らしからぬ言動や行動をするダニエルに最初は戸惑っていた村人たちも、ダニエルの言葉に重みを感じて、次第に彼を信頼するようになっていきました。
この村では1年前、7人もの命を奪った凄惨な自動車事故がありました。亡くなった7人の中にはマルタの兄も含まれていました。事故は村人たちに深い傷を与えていました。ダニエルは遺族の心を癒そうと、祈り、彼らの怒りを吐き出させました。
献花台には亡くなった若者たちの写真が飾られていましたが、なぜか6人の写真しかありません。ダニエルは、マルタとその友人たちから話を聞いて、マルタの兄ら6人が乗った車とスワヴェクという男が運転していた車が激突し事故が起こったこと、スワヴェクの飲酒運転が事故の原因だろうと言われていることを知りました。
スワヴェクの遺体は司祭から埋葬を拒否され、遺灰は妻のエヴァに返されました。村人たちの怒りはエヴァに向い、彼女は村の中で孤立していました。
マルタは事故が起こる前に兄から送られてきた動画をダニエルに見せます。そこにはひどく酔っ払った若者たちの姿が写っていました。
ダニエルとマルタはエヴァの家を訪れました。一度目はけんもほろろに追い返されましたが、二度目は中に入ることを許されました。
ダニエルは遺族から遺品を集めていて、スワヴェクの遺品ももらいたいと伝えました。するとエヴァは小さなダンボール箱を持ってきました。
そこには村人から送られた憎しみに満ちた手紙が入っていました。マルタの母の筆跡の手紙もありました。エヴァは夫は4年間禁酒をしていたと証言しました。検死でもアルコールは発見されていません。
翌日、ダニエルはミサで「私は人を殺しました」と発言し、人々を戸惑わせますが、ダニエルの言葉は深く胸に刻まれるものでした。
聖体祭の晩、ダニエルは村人たちと楽しく過ごしますが、集まったお金でスワヴェクを埋葬すると語り、村人たちは反発します。
マルタの母は怒りを表明しながら「私たちは誰もが善良だ」と語りますが、ダニエルは献花台の前に立つ人々に彼らがエヴァに送った手紙を手渡しました。マルタの母は受け取らず、その場を走り去りました。
映画『聖なる犯罪者』感想と評価
司祭服を持っていたことで、少年院を出たばかりのダニエルはいとも簡単に立派な人と評価され、他者からの尊敬を得ます。
逆に彼が本当の司祭だったとしても、司祭服を忘れたら、見た目で判断されて追い返されてしまったことでしょう。人は何か象徴的なものを拠り所にすることでしか他者を判断することが出来ないのです。
村の司祭となった彼は、映画の終盤、人に評価されたかった、人から褒められたかったという自身の欲望をミサでの説教という形で正直に告白しています。
偶然収まった境遇に味を締めた部分も確かにあったでしょう。少年院あがりのチンピラが誰からも一目置かれる人間に成り代わることができたのですから。
では、彼はまんまと司祭になりすまし、心の中で笑いながら人々を騙してきたのでしょうか? 神に仕え、人々の魂を癒やしたい、誰かの役に立ちたいという彼の純真な思いに嘘はなかったのではないでしょうか?
実際の神父の言葉よりも、彼の言葉のほうが村人に届き、重みを持ち、心を動かしさえしているのです。
交通事故による悲劇に対する処置は前任者の判断よりもダニエルのほうがよっぽど正しいのではないか。「資格」はなくとも、ここには偽りのない、心に訴える「真なるもの」が確実に存在しています。
また、村人たちは、自らを「善良」であると思い込んでいますが、彼らは被害者であると同時に加害者でもあります。ダニエルが来るまで、彼らはそのことに気づいてさえいませんでした。
本作は一種のピカレスクロマンの体を取りながら、「悪」と「善」、「嘘」と「真実」、「偽物」と「本物」という相反するものが入り乱れ、共存する人間の内面や社会の複雑さを、冷え冷えとした空気感の中で、静かに淡々としたタッチで描き出しています。
まとめ
ダニエルに扮しているのは幼いころから舞台で活躍してきたバルトシュ・ビィエレニアです。限りなく透明に近い彼の瞳は、純粋さを象徴するようでもあり、逆に何かを企んでいるように秘密めかしてもいて、ダニエルという人物を演じるのに最適なキャスティングといえるでしょう。
彼の瞳の奥にあるものを読み取りなさいといわんばかりにクローズアップが多用されますが、簡単に答えはでません。まるで観る者の心が試されているようにも感じられます。
ヤン・コマサ監督は本作のあとに『ヘイター』(2020)という作品を撮っています。SNSでの情報操作に関わる青年を主人公にしていて、作品の背景も雰囲気も本作とは随分違いますが、恵まれぬ環境の中、一度過ちを犯してしまったら、もう取り返しがつかず、世間から蔑まれながら生きるしかない若者の孤独と抗いというテーマは共通しています。
『ヘイター』はNetflixで観ることが出来ますので、合わせて鑑賞されることをおすすめします。