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映画『雨の方舟』あらすじと感想評価レビュー。瀬浪歌央監督が描いた若者の共同生活から見えてくる社会問題|2020SKIPシティ映画祭14

  • Writer :
  • 西川ちょり

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020エントリー/瀬浪歌央監督作品『雨の方舟』がオンラインにてワールドプレミア上映!

2004年に埼玉県川口市で誕生した「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」は、映画産業の変革の中で新たに生み出されたビジネスチャンスを掴んでいく若い才能の発掘と育成を目指した映画祭です。今年で17回目を迎え、本年は初めてのオンラインでの開催となりました。

今回ご紹介するのは、国内コンペティション長編部門にエントリーされた瀬浪歌央監督による映画『雨の方舟』です。

【連載コラム】『2020SKIPシティ映画祭』記事一覧はこちら

映画『雨の方舟』の作品情報


©2020 京都造形芸術大学映画学科卒業制作瀬浪組

【公開】
2020年公開(日本映画)

【監督】
瀬浪歌央

【キャスト】
大塚菜々穂、松㟢翔平、川島千京、上原優人、池田きくの、中田茉奈実

【作品概要】
2019年度の京都造形芸術大学(現京都芸術大学)映画学科の卒業制作。短編『パンにジャムをぬること』(2019)がすでに海外映画祭で上映された経験を持つ、瀬浪歌央監督の初長編作品。

ヒロインの琴子を演じた大塚菜々穂はプロデューサーも兼任している。

瀬浪歌央監督のプロフィール

1997年生まれ、愛知県出身。鈴木卓爾監督の2019年の作品『嵐電』に助監督として参加。初監督作品短編『パンにジャムをぬること』(2019)はGYEONGGI FILM SCHOOL FESTIVAL 2019 Asian Student Films、東京ろう国際映画祭公募部門に選出されるなど、内外で高い評価を得た。本作で長編映画監督デビューを果たす。

映画『雨の方舟』のあらすじ


©2020 京都造形芸術大学映画学科卒業制作瀬浪組

降りしきる雨の中、森の中を彷徨った塔子は、意識を失い倒れてしまいます。目覚めた塔子は、温かい布団に寝かされていました。

そこには4人の男女が共同生活を行っていて、どうやら、倒れていた塔子をここに連れてきて、看病してくれたようです。

しかし、彼らには何か不自然なものがありました。ミカゲという女性が一切の家事を担っており、塔子にも親切に声をかけてくれるのですが、他の3人は無愛想で、どこからか食物を調達してくる以外には何もしていないように見えました。

野外にあるドラム缶風呂の炊き方や、渓流での洗濯などを学ぶ中で、自給自足の生活をしている彼らとの暮らしにも馴染みはじめた塔子でしたが、そんな時、不思議なことが起こり始めます。

映画『雨の方舟』の感想と評価


©2020 京都造形芸術大学映画学科卒業制作瀬浪組

山間の緑豊かな田園地帯の一軒家で共同生活をしている若者たち。見ず知らずのものが寄り添って自給自足を規範にした新しい共同体を築き、互いに支え合って暮らしているように見えます。

しかし、その共同体に新しくやってきた一人の女性は、その関係に違和感を覚えます。その違和感が、終始ミステリアスに作品を覆い、不安な気持ちを観る物に呼び起こします。

掃除や、洗濯、料理などの家事全般は、係を決めて行われているのかと思いきや、ミカゲという女性が全て一人でこなしており、他の人々が彼女を手伝うことはありません。ミカゲ自身もそのようなことは望んでいないように見受けられます。

わたしたちが思い描きがちの「理想の田舎暮らし」、「新しい家族の形」といった概念を映画はするりと通り抜けていきます。ミカゲ以外の人々は常に心ここにあらずの様子で、不機嫌な表情をみせ、虚無感を漂わせています。

自給自足といえば、まず、田畑の開墾、野菜の栽培を連想しますが、若者たちが調達してくる食物は、近くの農家から盗んできたもので、若者たちは、ここに根を張る気持ちなどサラサラないようです。それを証明するかのように、ひとり、またひとりと彼女たちは姿を消していくのです。

若者たちのそうした不可解な行動が描かれる一方、カメラはこの山間に暮らす人々にも向けられます。

子や孫といった次世代は、この土地を出て都会暮らしをしており、年老いた人々だけが取り残されています。多くの穀物を実らせてきた土地は、美しく輝きながら静かに終わりを迎えようとしています。

ふらりとこの土地にやってきた若者たちにとって、広大な大地はもはや負の遺産でしかないのでしょう。

自然の恵みを受け継いで行くよう望まれるなど迷惑以外の何ものでもないといったところかもしれませんが、土地の人たちもまた、そんな期待をしているようには見えません。

土地の者とよそ者。老人と若者。二者が交わる点は皆無であり、ある種の断絶がそこには見受けられます。

ですが若者自身もまた、共に滅んでいくことを望んでいるような、そこはかとない死生観が画面の隅々に現れているように感じられるのです。

そんな中、大塚菜々穂が演じる塔子だけは、その流れに逆らうかのように、地に足のついたところを見せ、何かを信じているように見えます。引き締めた唇とまっすぐ前を向いた眼差しは強い意思を感じさせます。

夏都愛未監督の『浜辺のゲーム』(2019)で、あっけらかんとした女子学生を好演し、その存在を映画ファンの脳裏に焼き付けた大塚菜々穂。

今回は全く正反対の寡黙な憂いを帯びた女性を演じ、新たな魅力を放っています。今作ではプロデューサーも務めています。

短編『パンにジャムをぬること』(2019)がすでに海外映画祭で上映された経験を持つ瀬浪歌央監督は、このミステリアスで不穏な物語を、青々とした田園の風景と、古くても広々とした端正な一軒家という舞台を魅惑的に捉えながら、厳かに進行させます。

草木の生の感触と匂いがこちらまで伝わってくるかのような風景の中で繰り広げられる物語からは、人間の存在のおぼつかなさが静かに立ち上がってきます。

まとめ

SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020の国内コンペティション短編部門では、藤田直哉監督の『STAY』が見事優秀短編賞に選ばれましたが、この作品も若者の共同生活をテーマにしています。

地方の田舎の空き家となった古民家に、居場所を求めて住み始める人々。見知らぬ者同士が同じ屋根の下で眠り、食卓を囲みます。

しかし、ある男性が、積極的に家を修理し、障子を張替え、家長のように振る舞い始めると、誰にもしばられない自由な暮らしを求めてやってきた人々は別の場所を求めて出ていってしまいます。その一方で、新たに家にやって来るものもいます。

『雨の方舟』と『STAY』は、地方の田舎の空き家となった家で共同生活を送る若者たちの姿を描いたという点で共通しています。

とはいえ、作風もテーマ的にも2作はまったく異なる作品であり、それぞれに独自の魅力があるのはいうまでもありません。

『雨の方舟』はミステリアスでSF的、寓話的でもあり、『STAY』は広義な意味でコメディと呼べる人間ドラマです。

が、両作に描かれる共同生活の姿が、一昔前にしばしば描かれたようなユートピア的なものではなく、「疑似家族」という形体も求められていないのは非常に興味深いものがあります。

個人の集まりがコミュニティになることはなく常に個人のままバラバラであること、そのため、そこに存在する人間は代替可能であることなど、深く突き詰めていけば、現代日本社会が抱える様々な問題を読み取ることもできそうです。

そんな中、『雨の方舟』で最後に大塚菜々穂が取った行動に、いくばくかの希望を見出すことも可能でしょう。

ともあれ、『雨の方舟』と『STAY』という個性的な作品に同時に出会えたことは、映画祭ならではの醍醐味といえるでしょう。

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