真実はすべて美しい
2020年10月2日からTOHOシネマズシャンテ他にて公開中の映画『ある画家の数奇な運命』。
ゲルハルト・リヒターをモデルに、激動の時代を生きた画家の半生を描く感動作です。
叔母との別れ、叔母に似た女性エリーとの出会い、そしてエリーの父は叔母の死に関わっていたという、数奇な運命に翻弄されながらも叔母の「真実はすべて美しい」という言葉に導かれ、自身の“芸術”と“真実”を追い求めていくクルト。
第二次世界大戦、東西冷戦と激動の時代を生きた一人の画家の苦悩と葛藤の日々と美しき芸術が彩る感動のドラマ。
映画『ある画家の数奇な運命』の作品情報
【日本公開】
2020年(ドイツ映画)
【原題】
NEVER LOOK AWAY
【監督・脚本】
フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
【キャスト】
トム・シリング、セバスチャン・コッホ、パウラ・ベーア、サスキア・ローゼンタール、オリバー・マスッチ
【作品概要】
監督を務めるのは、『善き人のためのソナタ』(2006)でアカデミー賞外国語映画賞を獲得したフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク。
主人公クルト・バーナードを演じたのは『ピエロがお前を嘲笑う』(2014)、『コーヒーをめぐる冒険』(2014)などのトム・シリング、他のキャストには『婚約者の友人』(2017)のパウラ・ベーア、『ブラックブック』(2006)のセバスチャン・コッホ、『さよなら、アドルフ』(2014)のサスキア・ローゼンタールなどドイツ映画界をけん引する役者陣が揃っています。
映画『ある画家の数奇な運命』のあらすじとネタバレ
ナチ党支配下のドイツ。
教員であったクルト・バーナードの父はナチ党に入党することを拒否していましたが、生きていくために仕事を手放すわけにもいかず、ナチ党に入党することを決めました。
クルトの叔母(サスキア・ローゼンタール)は、クルトに画家の才能があることを見抜き、幼いクルトに芸術に触れさせ、「真実はすべて美しい」と伝えます。そんな叔母でしたが、精神のバランスを崩してしまい、精神病院に入院させられてしまいます。
第二次世界大戦下のドイツではナチ党の指導のもと、精神病は遺伝であると考え、精神病の患者は断種(子孫を残させない、女性の場合は不妊手術を行う)、もしくは収容所に送るということが決まり、ナチ高官の医師らにその旨が伝えられました。
ナチ高官の医師であったカール・ゼーバント(セバスチャン・コッホ)はクルトの叔母に会い、彼女を収容所に送るよう書類にサインしました。
戦争が激化し、ドイツの中心部も空襲に遭います。幸いクルトの住む家は無事でしたが、戦地に行っていたクルトの兄は戦死し、戦争の最中、叔母は収容所で他の精神患者らと共にガス室で安楽死させられました。
戦争が終わり、戦争の傷も癒やらぬなか、クルトは東ドイツで看板を書く仕事に就いていましたが、画家の道を諦めきれず芸術学校に通い始めました。
そして叔母に似た芸術学校の服飾科のエリー(パウラ・ベーア)に恋をします。少しずつ道を切り開き始めたクルトでしたが、ナチ党に所属していたことを理由に、まともな職に就くことができなかったクルトの父は突然自ら命を絶ってしまいます。
悲しみにくれてもクルトは再び筆をとり絵を描き始めます。そして、エリーが妊娠し、結婚しようとしていたエリーとクルトでしたが、エリーの父は反対し、2人に嘘をついて中絶させてしまいます。
そのエリーの父こそが、クルトの叔母を死に追いやった、書類にサインした医師だったのです。
映画『ある画家の数奇な運命』感想と評価
本作は激動の時代を生きた一人の画家の人生と、芸術のあり方について描かれています。
クルトを主軸として描きながらも、この映画においてもう一人多く描かれている人物がいます。それはエリーの父であり、クルトにとっては義理の父となるカール・ゼーバント(セバスチャン・コッホ)です。
クルトの物語ではなくカールの物語に着目してみると何が見えてくるでしょうか。
カールはナチ高官の医師として、精神患者らの安楽死に関わった人物です。終戦後はソ連当局管理下の刑務所にいますが、ソ連の所長の子供の妊娠を手伝い、命の恩人となったことから、刑務所から出所し、かつての地位に返り咲きます。
しかし、カールに指示を出したナチスの幹部が行方をくらまし、居場所を知っている可能性があるカールは、所長に保護してもらってはいても常に当局から目をつけられている存在でした。
そんなカールは義理の息子であるクルトのことを認めておらず、芸術ではなくまともな職につくよう折をみて持ちかけていました。
自身が死に追いやった精神患者の親族であることは知りません。そんなカールが事実を知ったのは、幼いクルトと叔母の写真をクルトが模写した作品を見たことがきっかけでした。
ドラマチックな音楽が響き、戸惑い、恐れ…。複雑な表情を浮かべたカールをカメラは捉えますが、決してクルトにカールが詰め寄ったり、真実を言葉で問う場面は映しません。あくまで音楽と表情だけで観客に訴えかけるのです。
そこから観客は、戦争というものが残した決して消えることのない爪痕と、カールをはじめ多くの人が犯した罪に対する逃れらない運命、因果を感じさせるのです。
同時に、カールの、その皮肉なまでの“数奇な運命”を通して、戦犯に対する断罪をも描いているとも言えます。
まとめ
今回は主人公クルトではなく、カールに着目して紹介しましたが、本作は第二次世界大戦、そして東西冷戦と激動の時代を生き抜いた人々の“数奇な運命”と戦争のもたらした消えることのない爪痕を描きます。
そして、第二次世界大戦、東西冷戦下で失われつつある芸術の在り方、自分にとっての真実を追い求める若者の姿をも描いています。
人々の運命と様々な苦悩、葛藤の先にある美しき芸術に心が震えることでしょう。
クルトの叔母が言った「真実はすべて美しい」。そして「目をそらさないで」という言葉がいつまでも頭に残ります。