連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第27回
2020年10月9日(金)より全国ロードショー公開を迎えた映画『望み』。
雫井脩介の同名小説を『悼む人』『人魚の眠る家』などを手掛けた堤幸彦監督が映画化。家を出たまま帰ってこない息子が、事件の加害者なのか被害者なのか、わからずに苦悩する家族の姿を描きます。
誰もがうらやむような幸せな一家の息子が、少年犯罪の事件の関係者になってしまった時。その息子は「加害者」と「被害者」どちらであってほしいのか?
残された家族たちの願う「望み」は、果たして叶えられるのでしょうか。
映画『望み』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【原作】
雫井脩介『望み』角川文庫刊
【監督】
堤幸彦
【キャスト】
堤真一、石田ゆり子、岡田健史、清原果耶、松田翔太、加藤雅也、市毛良枝、竜雷太
【作品概要】
映画『望み』は、『悼む人』(2015)『人魚の眠る家』(2018)『十二人の死にたい子どもたち』(2019)を手掛けた堤幸彦監督と俳優・堤真一が初タッグを組み、雫井脩介の同名ベストセラー小説を映画化したサスペンスドラマ。脚本は『八日目の蝉』(2007)『おおかみこどもの雨と雪』(2012)の奥寺佐渡子。
主人公役の堤真一をはじめ、その妻役を『マチネの終わりに』(2016)の石田ゆり子が、岡田健史と清原果耶が兄妹を演じています。他に松田翔太、加藤雅也、市毛良枝、竜雷太ら、実力派俳優が脇を固めます。
映画『望み』のあらすじとネタバレ
建築デザイナーの石川一登は、フリーの校正者である妻の貴代美と、高校1年生の息子・規士(ただし)、高校受験を控えた中3の娘・雅(みやび)の4人家族。
一登は、自分で設計した一軒家で暮らし、隣接した事務所から戸建ての相談者を連れて、我が家をモデルハウスのようにして見せることもたびたびありました。
その日もご夫婦で家の相談に来た客を我が家に案内し、子供部屋も披露します。部屋にいた子供たちの反応は正反対。
規士はスマホのイアホンをしたままでぶっきらぼうな態度を取りますが、勉強中の雅は顔を見て明るく挨拶をします。
規士は、膝の怪我のためにサッカーが出来なくなりサッカー部を退部してからは、顔に青あざを作って帰ってきたりと、少し生活が乱れ気味でした。
一登は、規士のやる気を感じられない生活について説教し、未来のために努力をするよう諭しましたが、無口な規士は答えません。貴代美は規士の心根の優しさや誠実さを信じ、静かに見守っていました。
そんなある日、貴代美は規士の部屋のゴミ箱から、切り出しナイフのパッケージを見つけて驚きます。
「何に使うのかしら?」不安になった貴代美は一登に相談を持ちかけました。
ナイフは、規士の机の引き出しに入っていました。一登は規士に顔のあざとの関連や友人関係などを質問しますが、規士ははっきりと答えず、自分の部屋に籠もりました。
ナイフは一登が預かり、デザイン事務所の工具棚へ。
冬休みに入り、年が明けて1月5日。前日から出かけた規士は昼になっても帰ってきません。心配した貴代美は規士にラインを送ります。
返信がないのでたびたびラインを送っていましたが、しばらくすると、やっと規士から返信がありました。
いろいろあってまだ帰れないけど、心配しなくていいから、という内容にホッとする貴代美。
そして、規士のことを心配しながらも、3人で外食をしていると、パトカーのサイレンが鳴り響きました。
夜に貴代美の母から電話があり、規士がまだ帰っていないか確認し、すぐにテレビを見るように言われます。
ニュースでは、戸沢で起こった事件を伝えていました。道の途中で動けなくなった車から何人かの少年が逃げ出し、その車のトランクから10代の少年の遺体が発見されたというのです。
目撃者の証言では、車から逃げ出したのは高校生くらいの若い男性が2人ということ。
また、警察の発で、遺体には複数の打撲痕や刺し傷があり、激しい暴行が加えられていたこと、昨日から今日にかけて亡くなった可能性が高いこと、外見の特徴からすると高校生くらいの少年であるということがわかりました。
規士との関係性を危惧した一登は戸沢警察署に電話をし、息子が昨晩から帰ってきていないと相談します。
事件性が認められない限り警察は動けないため、少し様子を見て、規士の友人関係を自身で調べてみてはどうかと担当署員はアドバイスをしました。
翌朝、まだ規士は帰ってきていません。新聞には、事件の被害者の身元が載っていました。被害者は高校一年生の倉橋与志彦。
規士が被害者ではなかったことに安堵する石川夫妻でしたが、「ヨシヒコ」という名を規士が電話で口にしているのを聞いたと雅が話したことで、貴代美の中で不安が大きく膨れ上がっていきます。
戸沢署の男性と女性の2人の警察官が昨日の電話の内容を詳しく聞くため、石川家を訪れました。規士が外出した時の様子や友人関係についても聞いてきます。
そして、規士と今回の事件の関連は捜査中と言いながらも、被害者の倉橋与志彦と規士に交友関係があり、規士を含めて数名の少年が事件前後で行方が分からなくなっていることを教えられました。
警察官は規士の携帯番号やキャリアを尋ね、微弱電波から居場所を探してみると言います。
警察官が帰り、一登は塾に向かう雅を車で送ります。一登は、もし規士が加害者だったら、雅の将来はどうなってしまうのかといたたまれない気持ちになりました。
家に1人残った貴代美は規士が加害者であるという思いを強くします。そこへインターフォンが鳴り、フリージャーナリストの内藤が、倉橋与志彦について聞きたいことがあると訪ねて来ました。
「マスコミだからこそ知っている情報がある」という内藤の言葉に、貴代美は話をすることにします。
映画『望み』の感想と評価
映画『望み』は、殺人事件を扱ったサスペンスですが、事件の解明や謎解き場面はほとんどなく、被害者か加害者かわからない行方不明者の家族の姿を描いています。
“息子が姿を消した日、息子の友人が殺害される”という事実が、やがて一家を心配と絶望の淵に追い込んでいきます。
事件の関係者というだけで浴びる、世間からの誹謗中傷、マスコミの容赦ない取材要求。それは平穏な昨日とは打って変わった日常の姿……。
行方の分からない少年が3人、逃げている少年は2人。
「1人は何処へ?」「そしてそれは誰?」終始物語を牛耳るこの問いかけは、主人公の一登と貴代美、そして雅の“望み”に通じるものです。
息子が被害者だとすれば、もうこの世にはいないだろうという事実は、とても辛いもの。
それに反して、生きているなら、殺人事件の加害者ということになります。こちらもまた、家族にとってはとんでもなく辛いこと。
息子が生きているなら犯人であり、それは社会的地位も仕事も失うことを思い知る父・一登。息子の無実を信じ、残された家族を守るために、必然的に息子が被害者であることを望みます。
父・一登のリアルな心情を堤真一が熱演。振り乱した髪、落ち窪んだ目と憔悴しきったその顔には、子供を案じる親心と事件後への不安が色濃く刻まれています。
一登が経験した魔の数日間の“心労”を凄まじく表現したその姿は、ヒューマンドラマから時代劇、コメディまで幅広いジャンルの役をこなす堤ならではのものでしょう。
息子を被害者に望む父に反して、母・貴代美が持つのは「愛する息子には生きていて欲しい」という強い願い。
母は息子が殺人犯だったとしても、加害者の家族という立場を覚悟して息子とともに罰を受けようと望みます。
愛情深い母・貴代美に扮するのは石田ゆり子です。一登ほど心労も心情も外に出していませんが、明らかに疲れ切った様子の風貌には、痛々しいまでの苦悩がありました。
清原果耶が演じる妹の雅は、どちらかというと父に近い“望み”を持っていますが、それを母に面と向かって言えず、自分の将来も考えて思い悩みます。
三者三様の事件に対する“望み”があったのですが、ラストは息子・規士が望んだと思われる結末でした。
作中で描かれる、警察官の言葉が強烈なインパクトを残しています。
「少年犯罪を扱っていて一番心を痛めるのが、よくできた子供さんほど親には何も言わないことです」。
まとめ
息子が姿を消した日に彼の友人が殺害された。果たして息子は加害者か、被害者か……究極の選択を迫られる家族の姿を描いた映画『望み』。
平凡で幸せな一家に、少年犯罪という社会の闇が襲いかかります。息子の安全を願いながらも死を望む父と、息子の命さえ無事なら加害者でもいいという母の願いが交錯し、最初から最後までハラハラドキドキさせられます。
岡田健史演じる規士という少年は、思春期特有の気持ちの凹凸があり反抗的ですが、親が思っている以上に優しく思いやりのある少年だったと言えます。
優秀で優しい子ほど、親に心配をかけまいと何も言わないそうです。規士がいなくなって初めてわかることが多かったのに驚かされることでしょう。
この状況は、家族の中での会話が少なくなっていると思われます。お互いをわかりあうために、今一度自分の家族と真正面から向かい合って話し合うのもいいかもしれません。
本作の石川家に起こった出来事は、誰の身にも起こりうること。もし、同じようなことが我が身に起こったら……。いったい自分は何を望むだろうかと考えさせられることでしょう。