夫婦・親子・家族の「愛」について綴る映画『妻の愛、娘の時』
映画『妻の愛、娘の時』は、代表作『恋人たちの食卓』など、香港・台湾映画で数多くの作品に出演する女優シルビア・チャンが監督、脚本、出演をし、アジアの映画祭で数々のノミネート、受賞を飾っている作品。
妻であり母でもある高校教師の主人公が、実の母の死を機に遠い田舎にある父の墓を移設しようとします。しかし父の最初の妻から猛反対され、大きな波紋を巻き起こしていきます。
3世代の女性による価値観の違いで、複雑に絡まる家族への愛を、切実かつユーモラスに描いたヒューマンドラマ。
映画『妻の愛、娘の時』の作品情報
【公開】
2017年(中国・台湾映画)
【監督】
シルヴィア・チャン
【脚本】
シルヴィア・チャン、ヨウ・シャオイン
【原題】
相愛相親 Love Education
【キャスト】
シルヴィア・チャン、ティエン・チュアンチュアン、ラン・ユエティン、ウー・イエンシュー、ソン・ニンフォン、レネ・リウ
【作品概要】
シルヴィア・チャン監督は監督・プロデューサーとして、金城武が主演を務めた『君のいた永遠』(1999)をはじめ、『20.30.40の恋』(2004)『念念』(2015)を手掛けたあと、活躍の幅を広げてアジア映画界をもりあげた立役者です。
本作の『妻の愛、娘の時』は第12回アジアフィルムアワードで主演女優賞と生涯貢献賞、第54回金馬奨で主要7部門ノミネート、第37回香港フィルムアワードで脚本賞受賞、第24回香港電影評論学会で監督賞受賞など多くの栄冠を得ました。
主人公の夫役には中国映画界の巨匠と呼ばれる、ティエン・チュアンチュアン監督が起用され、作中で巻き起こる3世代の女性の葛藤の渦の中、絶妙な緩衝役を好演しています。
映画『妻の愛、娘の時』のあらすじとネタバレ
死の床にいる老女は亡き夫が澄みきった空の下、花畑を走る夢を見ています。彼女はそよ風に髪を揺らしながら空に手を差し伸べました。
老女の側には一人娘のフイインとその夫、そして、孫娘のウェイウェイが付き添っています。
ウェイウェイは携帯で仕事の話し、夫は居眠りをしていますが、ウェイウェイがふと祖母の顔をみると、目を覚まし何かを訴えたいように口を動かしていました。
娘のフイインは聞き逃すまいと口元に耳をよせますが、ウェイウェイが大声で呼んだりしてなかなか聞き取れません。やっと静かになったとき老女は涙を一粒流して亡くなるのでした。
フイイン家族は母の死を機に父の故郷へ墓参りにいきます。
フイインは母が「夫と同じ墓に入りたい」と言い残したと言いますが、側にいたウェイウェイは「フイイン……」としか聞こえなかったと言います。
フイインは母の遺骨を田舎の墓にそのまま埋葬するのではなく、父の遺骨とともに自宅近くの墓所に移設したいと考えていました。
そのために父の親族や村人に承諾を得ようとして父の故郷を訪れたのです。
父の実家には“お婆さん”と呼ばれる先妻が暮らしていて、家の中に棺が置かれていたのでフイイン達は驚きます。
家の中に“棺”があるのはその家の経済力を示すもので、お婆さんは健在で暮らしていました。そして、夫の墓の移設には反対し説得ができません。
フイインは村長や村人に金を渡し、墓の移設を強行しようとしますが、毎朝墓参りを欠かさないおばあさんは、先回りをして土を盛った墓の上に座り込んで、作業を阻止します。
フイイン達が無理やり墓を掘り起こそうとしたため、お婆さんは墓に覆いかぶさってそれを守ろうとしていると、他の村人がお婆さんを助けようと集まり、大騒動となってしまいました。
その一部始終をウェイウェイは撮影していて、彼女の務めるテレビ局で仲間に見せます。その映像を見た局のプロデューサーはある企画を思いつき、後日取材班を向かわせます。
映画『妻の愛、娘の時』の感想と考察
この映画のテーマは「家族愛」とシルヴィア・チャン監督は語ります。主人公のフイインとその母、父の田舎の妻の結婚は、それぞれ時代や出会った環境も家族の形も違いました。
田舎のお婆さんは夫の帰りを待ち続け、数十年経ち棺に入り帰ってきたという哀しいものです。
家庭としての営みもなかったのに、それでも墓を守ろうとしたのは、夫への愛のほかに「家族」としての使命に近いと感じます。
第二次世界大戦直後の中国
第二次世界大戦が終わり日本が敗戦国になると、次は中国国内で社会主義国へと変革の始まった時代、農村地域で農業の集団化がおこり経済が大混乱していました。
農村の若者は都会に出て職を得ながら、生活費を家族に送るという時代だったのです。フイインの父はまさにそうした経緯で街に出てきたのです。
1950年前後の中国の婚姻事情
中国の婚姻法が定まったのが1950年です。お婆さんがスエ家に嫁いだのは1945年ころです。このころは親(家)同士の決めた相手と結婚するのが普通でした。
戸籍もない時代なので家系図に名前が追加されるだけのものです。戦争で食べるものがなかったことも想像でき、お婆さんも親に言われるがまま、口減らしのため嫁にだされたのでしょう。
夫は“家族”を守る、嫁は“家”を守るという構図があたりまえだった時代に、夫は家族を養うために働きに出て、妻は家に残り夫の帰る場所を守ったのです。
しかし、婚姻法が定まった頃にフイインの父は恋愛をし、法的にも認められる結婚をし、そのまま田舎へは帰らず、お婆さんは田舎の慣習に縛られ残ってしまったのです。
まとめ
中国といえば人民服(中山服)を着た人々が、自転車に乗って街中を行き来する、そんな風景を思い出す世代ですが、この映画を観る限り日本の都会となんら変わらない営みを感じます。
逆に田舎のシーンになると違います。作中に出てくる田舎の風景は、時代が止まってしまったような雰囲気で、生活スタイルや慣習も伝統的に引き継がれているのです。
急速に変わりゆく都会とゆっくり時間のながれる田舎との差、土地だけではなく生きてきた時代の違いによる、世代間の価値観の相違もあり、その「違い」によって家族への思いがぶつかりあったお話でした。
『妻の愛、娘の時』は、母として妻としてそして、娘として……生きてきた時代や土地は違えど、遺伝子レベルで家族への愛は共通していると思える作品です。