映画『横須賀綺譚』は2020年9月11日(金)よりフォーラム福島、9月19日(土)より下高井戸シネマ、9月25日(金)より京都みなみ会館、9月26日(土)よりシネマスコーレ他にて全国順次ロードショー!
東日本大震災で亡くなったと思っていた元恋人が「生きているかもしれない」という情報を受け、男は半信半疑のまま、横須賀へと向かうー。そんな奇妙な旅の顛末を描いた映画『横須賀綺譚』が全国順次ロードショーされています(元町映画館、シアターセブン、横浜シネマリンでの上映は2020年9月4日まで)。
本作が劇場長編デビュー作となる大塚信一監督は、日夜ラーメン屋の店員で働きながら、5年の歳月をかけてこの映画を完成させました。
主人公の春樹には映画初主演となる小林竜樹が扮するのをはじめ、『終わってる』、『Motherhood』で知られるしじみが主人公の元恋人役を演じ、川瀬陽太、烏丸せつ子、長内美那子、長屋和彰ら個性的な魅力溢れる俳優が脇を固めています。
今回、「Cinemarche」は大塚信一監督にインタビューを敢行。『横須賀綺譚』を制作するにいたった経緯や、作品に込められた思いなど、たっぷりとお話を伺いました。
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最初はSF映画を撮りたかった
──太平洋戦争や東日本大震災、そして今の日本の社会情勢など、描きたいもの、表現したいもので溢れている作品だという強い印象を持ちました。それを「綺譚」という”物語“として描いた点が実にユニークだと感じたのですが、もともとは震災をテーマにした映画を作ろうとしたのではなくてSF映画を撮りたかったそうですね。
大塚信一監督(以下、大塚):フィリップ・K・ディックの短編「地図にない町」や小松左京の短編「戦争はなかった」のような映画を撮りたいと考えていました。僕は長崎出身で、長崎に原爆は落ちてないよと言われる男の不条理劇を撮ろうと思っていたんです。
当初はアラン・レネの『二十四時間の情事』(1959)の現代版をイメージした短編映画を考えていたのですが、福島のことをいれるとなると、調べれば調べるほど、切れ味だけで描くのはきつい、やるなら長編でやる方がいいだろうという結論に至りました。
物語自体はそれほど複雑ではありません。ただ、制作に5年をかけたということでいろんな層が分厚くなってしまったなと思います。最初から奇をてらったような映画を撮ろうという気はさらさらなくて、一つ一つ自分が作っていったものに真摯にあたっていたら奇妙な方向に自然といったという感じでしたね。
震災以降の僕たちの“無意識”を撮る
──「記憶」の問題が大きなテーマとして浮かび上がってきます。「あったことをなかったことにしてはいけない」という言葉が何度も登場し、強く印象に残りました。
大塚: 最近はあったことをなかったことにし過ぎですよね。震災後、特にそれを感じています。この映画は当初、「すべては変わってしまった。のに、なにも変わらない」というタイトルでした。最近、なぜそのタイトルにしたのか思い出したのですが、当時、この国は震災を機に変わるんだという気運があったと思うんです。
ところが、震災後の最初の総選挙で自由民主党が大勝して、第二次安倍内閣が発足します。総選挙の結果、そっちに変わるんだ、保守化するんだと驚かされました。安倍さんがいい、わるいという問題ではなくて、昭和に戻るんだ、そっちを選ぶんだという驚きからこのタイトルを思いついたんです。
その後、安倍政権が行ったのは、森友疑惑や、公文書改ざん問題など、「あったことをなかったことにして捻じ曲げていく」というものでした。安倍政権誕生とともに、構想を練り始めて、安倍政権が終わる時にこの映画が公開されていることを思うと、『横須賀綺譚』は安倍政権と共にあったんだなぁと、今、凄く感慨深いです。
不条理が不条理と思われない、不条理が道理となっていくという、今はそんな時代です。「忘れちゃいけないことがあるだろう」という部分はそちらの方面に対するものが強いですね。
──エンドロールにデモのシュプレヒコールが微かに聞こえてくるのも、そうした思いが反映されているのでしょうか。
大塚:政治的なメッセージというよりは、この国に暮らす震災以降の僕たちの『無意識』を撮りたいという思いがありました。エンドロールに流れてくるデモの音声も、政治的な意図はないんです。震災を機に変わるんだという気運があった中、真逆の方向を選んだ僕らの心の内にある無意識なものに耳をすませましょうという意味合いに近いです。
空っぽの本棚が意味するもの
──エピローグとプロローグに登場する空っぽの本棚は何かを象徴しているのでしょうか。
大塚:1945年に起こったことと、2011年に起こったことと、ほぼ同じことが起こっているということを立体的にやったつもりです。
長内美那子さんに出演していただいたのですが、その世代の方は、もう数十年もすれば皆さん、いなくなるんですよ。「みんな死ぬのよ」と映画の中で長内さんが何度も言いますが、この世から、太平洋戦争の記憶のある人がひとりもいない時代が必ずやってきます。
誰もいなくなる瞬間っていうのは、ひとつ「ターム」が変わる瞬間だろうな、と思っていて、『横須賀綺譚』は、その日に向けた映画でもあるんです。空っぽの本棚は、その人たちがいなくなるということを表しています。
主人公の春樹という名前は村上春樹から取りました。村上春樹の作品の中で『ねじまき鳥クロニクル』という作品があります。どのような話かというと、1945年に満州で起こったことに井戸を掘ることによってたどり着く、ある種のSF的手法で突破するというものです。
戦争を体験した高齢者の方からお話を聞くということに限界が来て、次のタームにはこうしたSFの想像力というのが必要になってくるのではないか。『横須賀綺譚』は、そのための映画でもあるのかなと思っています。
想像力を「別の回路」と言い直してもいいかもしれません。
いままでのように戦争の特集番組を作って大変だったね、というのももう限界なのではないかと。戦争特番を作る費用も減り、視聴者も減っています。いきなり来年はやらないというようなことはないでしょうけれど徐々に減っていくでしょう。別の入り口を考えないといけない段階だと思います。
観客の感じ方が変わることで主人公が変化する
──映画のキャラクターについてお尋ねします。川瀬陽太さんが演じた川島が強烈なキャラクターなので、そちらに目がいきがちですが、小林竜樹さんが演じた主人公の春樹も周りから「薄情な人」と言われるなど、個性的な人物です。監督ご自身は春樹をどのようにみていらっしゃるのでしょうか。
大塚:春樹というのは、あんまり日本人にいないタイプなんです。「幸せより大事なものがあるでしょ?」という台詞がありますけど、あれは義理とか人情より大切なものがあるでしょ?という意味です。
宗教で言えば「一神教」の感性ですよね。欧米は契約社会ですけれど、日本だと俺とお前の仲だろ?というようなところで話が動いていく側面がありますよね。「契約書を結びましょう」と言うと水臭いやつだな、となる。安倍政権を批判する人が多いですけれど、そんな人たちだって義理と人情と利権に忖度がこんがらがってプチ安倍な部分があるじゃないですか。春樹はそうではなくて、筋を通して真理があるというタイプなんです。
僕はそんな春樹に自己投影していました。ライバルを強力に描かなければいけないと思って、笑顔で「まぁまぁまぁ」といいながら裏で手を回していたり、少し悪どいことをしながらもお年寄りに優しかったり、そういう「日本的な善き人」として川瀬陽太さんが演じた川島を描いたんですが、強力に描きすぎてライバルの方が魅力的になってしまいました(笑)。
──そんな主人公もラストは印象が変わりますよね。
大塚:シナリオの問題でいえば、主人公は成長しなければいけないという風潮がありますけれどそこまで主人公が変化しなくてもいいと考えました。
このラストにすることによって、お客さんの立ち位置が動くからと。主人公は変化していないけれど、お客さんの感じ方が変わるから、ある種、主人公が変化したのと同じような効果が生まれるはずだと思い、撮影していったのですが、想像した通りの変化がありました。お客さんの感想の中に、「パラレルワールドに入った気がする」「時間軸が別の春樹と知華子という感じがする」と述べてくださっているのがあって、それが映画のカタルシスになっていると思います。
これって映画のメタファーでもあったんです。僕たちは一本の映画を観た。春樹は一つの夢を見た。一つの夢を見たり、一本の映画を観たからって人はそんなに変わらないけれど、映画館から帰ってきて、家族や近しい人に少しは優しくしようと思うかもしれない。その時だけで長続きしないかもしれませんけれど。
春樹が、恋人が書いている小説をちょっと読んでみようかという程度まで、ぎりぎりのところで変化してくれた。それが未来につながるのかなと感じています。
インタビュー・撮影/西川ちょり
大塚信一監督プロフィール
1980年生まれ。長崎県出身。日本大学文理学部哲学科卒。20代前半に長谷川和彦に師事。飲食店で働きながら『連合赤軍』のシナリオ作りを手伝い、『いつか読書する日』(2005/緒方明)などの現場に制作として散発的に参加。その後、映画の現場からは離れ、ラーメン屋での勤務で生計を立てながら、自主映画制作に取り組む。本作は「子供が生まれる前の最後の挑戦」として、短編を一本撮ろうと準備を始めた企画だが、いつしか長編となり、製作期間に5年を費やすることとなった。
映画『横須賀綺譚』の作品情報
【日本公開】
2020年(日本映画)
【監督】
大塚信一
【撮影・照明】
飯岡聖英
【録音・整音】
小林徹哉
【キャスト】
小林竜樹、しじみ、川瀬陽太、烏丸せつ子、長内美那子、湯舟すぴか、長屋和彰
【作品概要】
大塚信一監督が、自ら脚本も手掛け、5年の歳月をかけ完成させた長編映画デビュー作。
カナザワ映画祭2019に、期待の新人監督賞として正式出品を果たした。
東日本大震災で亡くなったはずのかつての恋人が横須賀で生きているという怪情報をもとに、半信半疑で旅に出る男の物語。
小林竜樹が主人公・春樹を、元恋人役をしじみが演じる他、川瀬陽太、烏丸せつ子、長内美那子、長屋和彰らが出演。
映画『横須賀奇譚』のあらすじ
2009年3月、東京。知華子は、友達の絵里に手伝ってもらい、引越し作業をしていました。小説家を目指している知華子の荷物は、たくさんの本で一杯で、引っ越しの準備は結構な力仕事でした。
夜になって、ようやく春樹が帰ってきました。春樹が酔っ払っていることに気がついた絵里は、「信じられない。今日、引越しって知ってたよね」と春樹を責めます。
「本当に2人は別れるの?」と問う絵里に「しょうがないだろ」と応える春樹。父親の介護のため、実家の福島に帰ることにした知華子と、今の仕事をそのまま続けようとする春樹は何度も話し合った上、別れを決めたのです。
「いいの。この人はいい人なの。浮気もしないし、お金にもきれいだし。欲がないの。でも、執着がないということは愛がないということでしょ? この人、とっても薄情なの」と知華子は言うのでした。
9年後の東京。証券会社で働く春樹は、後輩に付き添い、ある老人との契約を取り交わしました。しかし、老人は自分が何にサインをしているのか春樹たちが誰なのかもわかっていませんでした。
そんな中、春樹はばったり絵里に再会します。絵里は知華子のお墓を建ててあげたいんだけどと語り、春樹を驚かせます。知華子は東日本大震災で実家が津波で流され、行方知らずのままだというのです。「いままで知らなかったの? あんな大きなことがあって、何もしなかったの? 本当に薄情だね」と絵里は春樹を責めました。
春樹は休暇を取り、福島へと向かいます。新しい堤防の上で海を眺める春樹の携帯電話が鳴ります。春樹が電話に出ると、「1回ぐらい遊びに来なよ」という女性の声がしました。知華子の声でした。
再び電話が鳴り、春樹があわてて出ると今度は絵里からでした。知華子は生きているかもしれないと彼女は言い、死亡届とは別に知華子の転移届が提出されていたことを知らせてきたのです。転移先は、横須賀ということでした。
春樹は半信半疑のまま、知華子を探すために横須賀へと向かい、知華子と再会しますが・・・。