天才バレエ少女が、自らの踊りを探求し、挫折を経ながら成長していく姿を描いたフランス映画『ポリーナ、私を踊る』をご紹介します。
本作が映画デビューとなる新星アナスタシア・シェフツォワの魅力がたっぷり詰まった心揺さぶる感動作です。
1.映画『ポリーナ、私を踊る』作品情報
【公開】
2017年(フランス映画)
【原題】
Polina, danser sa vie
【監督】
ヴァレリー・ミュラー,アンジェラン・プレルジョカージュ
【キャスト】
アナスティア・シェフツォワ、ニール・シュナイダー、ジュリエット・ビノシュ、ジェレミー・ベランガール、アレクセイ・グシュコフ、ミグレン・ミルチェフ
【作品概要】
決して裕福ではないが、娘の才能を信じ、娘がプリマ・ドンナになることを夢見る両親のもと、バレエに精を出す少女ポリーナ。見事ボリショイ・バレエへの入団が決まるが、彼女はコンテンポラリーダンスに強烈に心ひかれていた。反対する両親に「私を信じて」と言い、南フランスのコンテンポラリーダンス・カンパニーに入団する。しかしそこで待っていたのは大きな挫折だった…。
2.映画『ポリーナ、私を踊る』あらすじとネタバレ
ロシア
ロシアの工業地帯の高層団地で暮らす少女ポリーナは両親の期待を一心に浴び、バレリーナになるべく日々励んでいました。
体重25キロ、身長126センチの小さな少女は、大勢の子どもたちとともに、バレエアカデミーを受験します。見事合格し、ボジンスキー先生の厳しいレッスンを受けることになりました。
ある日、先生が質問をしました。「自分にとってダンスとは?」ポリーナは答えました。「体から自然に生まれるものです」
レッスンの帰り道、雪の原っぱで、彼女は気の赴くままに伸びやかに無邪気に体を動かします。
ある日のレッスン終了後、ポリーナは先生のもとに行き、「先生はなぜ私をみてくれないのですか?」と質問しますが、先生は「そんなことを聞く暇があれば練習しなさい」と答えるのでした。「バレリーナの仕事はひたすら踊ることだ」。
それから数年がたち、ポリーナは美しいティーンエイジャーに成長しました。クリスマスに音楽を鳴らして家族と楽しく踊っていると、ドアベルが鳴ります。父親がドアを開けると、男二人が入ってきて、いきなり父親に銃をつきつけました。
「金はいつ返すんだ?」と男たちは父に詰め寄り、父は「アフガニスタンルートでやる」と答え開放されました。
アフガニスタンルートの意味を母が尋ねても父は答えません。父は金をかせぐために、怪しい仕事にまで手を出しているようでした。
家庭のことが気になって、どこか上の空のポリーヌにボジンスキー先生は厳しい言葉を浴びせます。「どんどん悪くなる!」「何年やっているんだ!?」「感情がこもらず手足がバラバラだ!」。挙句に「出て行け! 踊る資格などない!」と叱咤されてしまいました。
部屋を出て廊下を少し歩いたところでポリーヌは気を失い倒れてしまいます。
ボジンスキー先生は、深夜に、意識を取り戻したポリーヌが練習しているのに気付きます。「どうした?」と彼が尋ねると、「どこが悪いか知りたくて」とポリーヌは答えました。
先生は、背中の弱さを指摘し、体の軸を意識して踊るようにと指導し、ポリーヌは次第に調子を取り戻していくのでした。
そしてついに憧れのボリショイ・バレエ団の試験を受けることになり、見事に合格。そして共に練習を重ねたフランス人ダンサー、アドリアンと恋に落ちます。
ボリショイ・バレエ団の入団を目前にしたある日、ブータン・フエスティバルでコンテンポラリーダンスに出逢ったポリーナは激しく心惹かれました。
ついには、両親の反対を押し切ってアドリアンとともに、南フランスのコンテンポラリーダンス・カンパニーに行くことを決意します。
南フランス
新天地では、著名な振付家であるリリアの厳しい指導が待っていました。コンテンポラリーは古典よりも重心が低いなど多くの点で違いがあり、ポリーナは戸惑いながらも懸命に練習に励みます。
古典では美しさだけを観客に感じさせろと学びましたが、コンテンポラリーでは自分自身をさらけ出していくことが求められます。「あなたの踊りには感情がない!」リリアの厳しい言葉が飛びます。
ポリーナは次第にペアであるアドリアンに対していらだちを覚え始めました。練習中、言い合いになることもしばしば。そんな中、二人の息が合わず、ポリーナは転倒。足に怪我を負い、しばらく練習に参加出来なくなってしまいます。
アドリアンとは別の女性ダンサーが組むことになりました。怪我が治り、ポリーナは舞台に立たせて欲しいと直談判しますが、リリアには、努力は認めるけれどあなたにはその権利はないのよ、と断られてしまいます。
その上、アドリアンと組んだ女性は彼に恋に落ちている、ダンスとはそういうものと聞かされ、ポリーナはこの地を出ていく決心をします。
ベルギー/アントワープ
彼女が新たに足を踏み入れたのは、ベルギーのアントワープでした。飛び込みで売り込みますが、どこも新しいダンサーを募集するところはなく、ついに所持金が底をつき、ホテルに滞在できなくなってしまいます。
コインランドリーに寝泊まりしながら、仕事を探しますが、どこもかも断られ、最後に入った酒場で、ようやくウエイトレスの仕事にありつきます。
3.映画『ポリーナ、私を踊る』の感想と評価
フランスは漫画文化が盛んで、フランス語圏のマンガは「バンド・デシネ」と呼ばれています。本作は、バスティアン・ヴィヴェスが2011年に出版した作品『ポリーナ』を原作としています。
バレリーナを目指す少女の成長と心の変遷の物語を、ドキュメンタリーを始め、幅広いジャンルの作品を手掛けているヴァレリー・ミュラーと、著名な振付家のアンジェラン・プレルジョカージュが共同で監督しています。
芸術性豊かな美の世界と、一人の女性の成長物語としてのエンターティンメントな面白さが同時に味わえ、昨今のフランス映画の豊かさを実感することができます。
古典、コンテンポラリーダンス、そして自らが自由に振り付けをして踊るダンスと、いくつものダンスが登場すると共に、ロシア、南フランス、ベルギー/アントワープという3つの都市が魅力的に立ち上がってきます。
とりわけ、冒頭のヒロインが産まれ育ったロシアの風景が素晴らしいのです。具体的な土地名は明らかにされていませんが、もくもくと煙が上がる工場の景色、工業団地であろう高層住宅の並びから、彼女が工業都市の労働者階級の出身であることがわかります。
何より印象的だったのは雪が積もった白い野原の向こうに、高く聳える団地が見えている夕暮れの景色です。窓ガラスに灯った明かりに一軒、一軒の生活が見えてくるような、そんな情緒豊かな景色が切り取られていて感動的です。
また、アントワープで、パートナーとダンスの練習をする様子を引きのカメラで撮っているスタイリッシュなシーンは、ポリーナたちが、広い世界を構成する小さな愛しい一部であると示しているかのようです。
ポリーナがカールと独自の振り付けのダンスを追求するアントワープの港の景色も忘れがたく、本作は、ダンスの魅力と都市の魅力が一体となっている稀有な作品と言えるのではないでしょうか。
ボリショイ・バレエ団でプリマ・ドンナになって欲しいという両親の願いを振り切って、ポリーナが自分自身のダンスを追求していく姿は、時に非情に見えもしますが、彼女の強さが際立ち、芸術家の探究心の業のようなものさえ感じさせます。
と、同時に自分たちが希望する道をそれていく娘に対して、見守っていくしかない親の哀しみと愛情がひしひしと伝わってきます。
ラスト近く、ポリーナが幼い頃から学んだバレエアカデミーを訪ね、ドアの前で、入るか入らないか躊躇する場面があります(この際、彼女はそこで引き返したように思えます)。
その後、お世話になったボジンスキー先生が、微笑むシーンが挿入されます。彼の後ろの壁には、ポリーナの写真が飾られています。
このシーンは短く、台詞一つないので、本当にポリーナが会いに行った場面なのか、それとも、ポリーナの望みを描いたものか判然としませんが、おそらく、前者でしょう。
著名人となったポリーナを気にかけていたボジンスキー先生と、先生への感謝の気持ちを忘れていなかったポリーナの再会のシーンと考えて良いのではないでしょうか。
多くをかたらないがゆえに、より心に響き、暖かな気持ちにさせられます。いつも強面のボジンスキー先生の優しい笑顔が素敵です。
4.まとめ
ポリーナを演じるのは、本作が映画デビューとなるアナスタシア・シェフツォワです。10歳でロシアのバレエアカデミーに入り、9年後に卒業したあとは、世界で最も権威のあるバレエカンパニーの一つ、サンクトペテルブルクのマリインスキー劇場に入団。
本作を撮り終え、彼女自身、コンテンポラリーダンスへ転向していきたいという気持ちになったそうです。まさに映画を地で行く展開です。
驚いたのは、リリアを演じたジュリエット・ビノシュです。なんだかこの女優さん、ジュリエット・ビノシュに似ているなぁと思って観ていたのですが、本人だったのです! 彼女はダンスも出来る方だったのですね。
彼女がソロで踊るシーンも出てきます。2008年に英国人振付家でダンサーでもあるアクラム・カーンと共同演出、出演を務めた舞台『in- i』でダンスに初挑戦。この公演に向け、2年間リハーサルとツアーに自分の全てを捧げたといいます。
アントワープでポリーナと組むカールを演じたジェレミー・ベランガールも18歳でパリ・オペラ座バレエ団に入団、様々な賞を受賞している実力派のダンサーです。
その中で、ポリーナの最初の恋人になるアドリアンを演じたニールス・シュナイダーは、『ボバリー夫人とパン屋』(2014)の超絶美少年として記憶に新しいですが、ダンス未経験だったというから驚きです。撮影前に4ヶ月に渡るトレーニングを積んだのだそうです。
アナスタシア・シェフツォワも、ニールスについて、ダンサーじゃないのに踊りもプロだったとベタ褒めしています。
『ポリーナ、私を踊る』はこのように、才能溢れる人々の競演がたっぷり楽しめる作品になっています。