連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」第49回
「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」の第49回で紹介するのは、モロッコを舞台にしたモンスター・ホラー映画『ドント・イットTHE END』。
世界の様々な地域には、風土とそこに住む人々の文化に根差した怪物が潜んでいます。アラブ文化の影響が強いモロッコの怪異の主役は、超自然な存在の総称である魔神、”ジン”です。
モロッコには様々な”ジン”にまつわる怪談、都市伝説が存在します。そんな存在を映画的に描き、モロッコ版『 IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』(2017)と呼ばれている、異色のホラー映画が誕生しました。
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CONTENTS
映画『ドント・イットTHE END』の作品情報
【日本公開】
2020年(フランス・モロッコ映画)
【原題】
Achoura
【監督・脚本・製作】
タタル・シェルハミ
【キャスト】
ソフィア・マヌーシャ、オマール・ロトフィ、アイヴァン・ゴンザレス、ムーサ・マースクリ
【作品概要】
モロッコで行方不明になる子供たち。その背後に潜む恐るべき存在を描いたサスペンス・ホラー映画。この映画はシッチェス・カタロニア国際映画祭で作品賞にノミネートされ、審査員特別賞を受賞など、世界の映画祭で高い評価を獲得しています。
監督はプロデューサーとしても活躍してきたタタル・シェルハミ。『死霊院 世界で最も呪われた事件』(2017)や『コールド・スキン』(2017)のアイヴァン・ゴンザレス、リュック・ベッソン製作の『インターセクション』(2013)など、様々な映画で活躍するムーサ・マースクリが出演しています。
映画『ドント・イットTHE END』のあらすじとネタバレ
その昔モロッコのとある町は、子供たちの日である”アシュラの日”(イスラム教の祝祭の日。モロッコでは子供にプレゼントを与える風習がある)を迎えていました。
その夜の祭で、ある男の子がバシーラと呼ばれる女の子に目を留めました。モロッコでは慣習となっている児童婚の影響か、バシーラとは親しい間柄のようですが、年のはるかに離れた男に従わされているようです。
見かねた男の子は、彼女を連れて逃げ出しました。無人の館に逃げ込みますが、彼は男に捕まり首を絞められますが、バシーラによって助け出されます。
しかしその館の闇の中には、子供を狙う何かが潜んでいました。
現在。刑事のアリは、子供が行方不明になる事件を追っていました。捜査に熱中するあまり家庭をかえりみず、教師をしている妻のナディア(ソフィア・マヌーシャ)とも疎遠になっていました。
彼は残されたビデオの映像や、子供の証言を繰り返し調べます。見かねた上司のマジットが帰宅して、子供の顔を見るように促しても、憑かれたように事件を捜査をさせてくれと望むアリ。
そんな折、街の中の廃墟となったビルに、サッカーボールを持った1人の少年が入って行きます。暗闇の中に転がったボールは、少年の元に帰ってきました。
誰かが入ると中に入ろうとした少年の前に、年配の男(ムーサ・マースクリ)が現れます。男は少年に強い態度で、すぐに立ち去るよう促します。
男は1人の若者(オマール・ロトフィ)に口かせを噛ませて監禁していました。そして若者の足を鎖で縛り、逃げられないように拘束します。
若者の腹の中で、何かがうごめいているようです。男は番人のように彼の前に座り、それをじっと見つめていました。
警察署を出たアリは、ナディアと息子ユーセフのいる家に帰りますが、息子には荷物を取りに来ただけだと告げ、早々に家から出て行きます。
アリとナディアが向かった先は、今は画家として活躍する幼なじみの友、ステファン(アイヴァン・ゴンザレス)の展覧会でした。
得体の知れない怪物のようなものを描くステファンの絵は、見る者を不安に陥れるものでした。アリに対し、絵のインスピレーションとなっているのは、自分の見る悪夢だと語るステファン。
夢の中では子供の彼に、何かが襲いかかり首を絞めます。その悪夢を見て、目を覚ますのだとステファンは打ち明けます。
記憶から消せない怪物を描き始めたステファン。怪物は社会の中に潜む、悪を映し出す存在だと考えていました。
しかし彼は同時に、この怪物は決して妄想の産物ではなく、かつて自分がどこかで目撃したものだと自覚していました。
彼はその悪夢と向きあうことにしたと告げます。我々が出会ったのは人間じゃなかったと言い、ナディアに記憶と向き合う協力を願うステファン。
20年前。幼いナディアとステファン、そしてアリと弟のサミールの4人は仲良しで、いつも行動を共にする間柄でした。
ある日、かつてモロッコが植民地支配された時代にフランス兵たちが使用していたことから、大人たちが”フランス屋敷”と呼んでいる廃墟に行ってみようと4人は話します。
アリは今日こそ思いを寄せているナディアに、ペンダントを渡そうと考えていました。しかしナディアとステファンの親しそうな姿を見て、思わずペンダントを捨てました。
そのペンダントは今は、廃墟の中で口かせを噛まされ、拘束された若い男が持っていました…。
その男の前に、あのサッカーボールを持った少年が現れます。好奇心に駆られた少年は、また同じ廃墟に現れたのです。
鎖につながれた男を助けようと、少年は彼に口かせを外します。しかし男は少年に、「逃げろ」と叫びました。体に何か異変が起き始めている男。
その日は”アシュラの日”でした。子供たちが仮面を付け街中を走り回る中、アリは上司のマジットとともに通報があった廃墟に入ります。
そこには確かに人を拘束する鎖が残されていました。少年が見たという若者の姿はありません。
そして廃墟の周囲に住む住民は、若者の存在は知りませんでした。この廃墟に住みついた老人を目撃していましたが、その老人も姿を消しています。
とある家では1人ベットで休む子供が、何かの怪しい気配に怯えていました。母親はベットの下にも、クローゼットの中にも何もいないと示し安心させ、子供を寝かしつけました。
しかし少年の前に、どこからともなく現れた、奇怪な姿の魔物が現れます。少年を捕えると姿を消す魔物。その家に何か目的があったのか、あの拘束されていた若者が姿を現します。
また子供が行方不明になったとの連絡が、アリの元に入ります。しかし今回は、その現場で不審な男が逮捕されました。男の取り調べに向かうアリとマジッド。
身元不明の判らない不審な男は、少年の行方について何も語りません。厳しく追及しようとしたアリは、男の身に付けたペンダントに目を留めます。
それは20年前のあの日彼がナディアに渡せずに捨て、その後にそれを拾った、弟のサミールに与えたものでした。
ペンダントについて聞かれ、男は目の前にいる刑事こそ自分の兄アリだと気付きます。20年ぶりに再会した兄弟は抱き合い、マジッドはアリに捜査を委ねます。
アリはナディアとステファンも健在だと弟に知らせます。兄に対して子供たちを行方不明にした者の正体は、”ブガタトゥ”と呼ばれる魔物だと教えるサミール。
何としても”ブガタトゥ”を止めなければならない、とサミールは兄に訴えます。20年も失踪していた彼と、子供を襲う魔物”ブガタトゥ”とは、いかなる関係にあるのでしょうか。
映画『ドント・イットTHE END』の感想と評価
参考映像:『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』(2017)
幼き日の出会った怪物と、大人になってから再度対決するストーリーは、将にスティーヴン・キング原作の映画『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』、『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』(2019)2部作を思わせる本作。
それっぽい邦題がつく訳ですが、本作が撮影されたのは2015年の1月から2月の間。影響を受けたのはこの2部作ではなく、それ以前の映像作品かキングの小説そのものでしょう。
撮影から3年後、ようやく2018年に完成したこの映画は、モロッコ系フランス人監督タタル・シェルハミによる、モロッコを舞台にした異色のホラー映画です。
完成まで長期化した理由は、ポスプロ作業で特殊効果で描く魔物に満足できず作り直し、さらにフランス側の製作会社の破産という、思わぬトラブルに見舞われたシェルハミ監督。
プロデューサーの尽力で映画は完成したものの、結局製作に3年以上の激動の月日を費やした監督は、その日々のおかげで随分白髪が増えたと、今は笑って振り返っています。
モロッコの風土で描かれた怪奇
本作のプロットは『IT/イット』と同じですが、監督がモロッコを舞台に描いたことで、他の映画にない独特の雰囲気を出すことに成功しています。
まず”ブガタトゥ”という魔物。実際に伝承されているものか、監督による創作した怪物か判りませんが、イスラム教文化圏に根付いた魔物(精霊)である、ジン(ジーニー)の影響を受けた存在として登場します。
正体が明確でない、身近に潜む超自然的な存在という設定は日本の妖怪に近く、西洋的なモンスター像とは一線を画すキャラクターとして登場しました。
また現在もモロッコで社会問題となっている児童婚を匂わす描写や、かつて植民地支配したフランス軍の存在の示唆など、モロッコの文化的・歴史的要素を怪談に取り入れています。
もっとも監督は本作で、モロッコのエキゾチック要素や社会的問題の追求する意図はなく、都市伝説的な怪奇を描く娯楽映画の枠内で、バランス良く描くことに配慮しています。
こうして描かれた不条理な存在の魔物”ブガタトゥ”は、妖怪を知る日本人には、どこか身近に感じられるのではないでしょうか。
人知を超えた魔物に翻弄される人々
劇中に登場した魔物”ブガタトゥ”は、多くの妖怪がそうであるように、正体も理由も遭遇する人との因果関係も明かされない、不条理に満ちた存在として映画に君臨しました。
魔物の正体や目的だけでなく、なぜ人の体に封印できるのか、それを果たす「番人」とは何者なのかも、全て明かされません。なぜ子供時代の記憶を失ったのかも不明のままです。
現代になり、主人公の弟が魔物を宿して現れると、映画の中で警察は機能停止状態。この怪談話は、現実社会をベースにした物語とは思えなくなります。
さらに現在と過去のシーンが交互に繰り返し登場します。様々な謎を説明も解明のせず物語が進行していくことと重なり、何とも展開が掴みにくい物語になってきます。
謎を解きながら物語を楽しみたい方には、何とも不親切に思えるこのホラー映画。しかし雰囲気を楽しむ作品だ、と割り切ればと存分に楽しめる内容です。
まとめ
参考映像:『Le complexe de Frankenstein』(2015)
モロッコを舞台に独自の恐怖世界を描いた『ドント・イットTHE END』。『IT/イット』に似ていながら、子供時代への郷愁や大人になってから怪物との対決するという、もっとも大事な核となる部分は存在しません。
それこそが本作の魅力です。もやっとした、不条理で救いのない恐怖を好む方、そして異境の地で異なる設定で描いた作品に、興味を持つ方にお薦めします。
しかしこの作品、モンスター映画好きなら絶対に気にいるはずです。タタル・シェルハミ監督は本作の魔物の当初の出来に満足せず、完成までに多くの時間を費やしたと紹介しました。
監督はモンスター映画の監督や造形作家を紹介したドキュメンタリー映画、『Le complexe de Frankenstein』の製作に参加している人物です。
そんな彼がこだわりと愛情の詰めこんで創作した魔物、”ブガタトゥ”。その姿をモンスター映画ファンなら、絶対に憎めない存在だと受け取るでしょう。
自分のイメージをデザイナーに伝え、モンスターを作り上げていった監督。しかし敬愛するギレルモ・デル・トロ監督の『ミミック』(1997)のモンスターが似たデザインだと気付いて、軌道修正して作り上げたそうです。
モンスターに関しては全てをやり遂げたに等しい、デル・トロ監督の後を追うのは難しい、と笑って語るシェルハミ監督。その気持ち、モンスター映画フャンなら大いに共感するでしょう。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2020見破録」は…
次回の第50回はイライジャ・ウッド主演のサスペンス・スリラー映画『プライス—戦慄の報酬-』を紹介いたします。お楽しみに。
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