2018年開催の第31回東京国際映画祭コンペティション部門入賞作『ブラ! ブラ! ブラ! 胸いっぱいの愛を』
今回ご紹介するのは、全編セリフ一切なしの特異なコメディ映画『ブラ!ブラ!ブラ!胸いっぱいの愛を』。
『世界でいちばんのイチゴミルクのつくり方』『ツバル』のファイト・ヘルマー監督が、ブラの持ち主を探す鉄道運転士の旅を全編セリフなしでユーモラスに描いたヒューマンドラマ。
哀愁とほろ苦さがあるのに愛おしくて微笑みがこみ上げる、本作の魅力をお伝えします。
映画『ブラ!ブラ!ブラ!胸いっぱいの愛を』の作品情報
【公開】
2018年 ドイツ・アゼルバイジャン合作映画
【原題】
Vom Lokfuhrer, der die Liebe suchte…
【監督】
ファイト・ヘルマー
【キャスト】
ミキ・マノイロビッチ、ドニ・ラヴァン、チュルパン・ハマートバ、マヤ・モルゲンステルン、フランキー・ウォラック、パス・ベガ、ポリアナ・マノイロワ、サヨラ・サファーロワ、マナル・イッサ、イルメナ・チチコバ、ラ・シュリアシュビリ
【作品概要】
監督はドイツ出身、『世界でいちばんのイチゴミルクの作り方』(2017)のファイト・ヘルマー。主演はユーゴスラヴィア出身の俳優、エミール・クストリッツァ監督作品『アンダーグラウンド』(1995)で知られるミキ・マノイロビッチ。共演はレオス・カラックス監督作品『ボーイ・ミーツ・ガール』(1984)『汚れた血』(1986)『ポンヌフの恋人』(1991)、またハーモニー・コリン監督作品『ミスター・ロンリー』(2007)のドニ・ラヴァン。
『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』(2014)に出演するスペイン出身のパス・ベガ、『グッバイ、レーニン!』(2004)のロシア出身のチュルパン・ハマートバ、『パッション』(2004)のルーマニア出身のマヤ・モルゲンステルンと世界各国の実力派女優たちが一堂に会します。
『ブラ!ブラ!ブラ!胸いっぱいの愛を』あらすじとネタバレ
定年退職を控えた鉄道運転士ヌルランは、毎日街中を通り抜ける電車を運転しています。
住民たちがいつも日常で使っている場所を通り抜けるため、電車が来ることを知らせるのはホテルで手伝いをしている孤児の少年の役目。
しょっちゅう洗濯物などが電車に引っかかるため、線路の上を歩いて帰宅するヌルランは帰り道落し物を住民たちに返すのが日課でした。
感謝の顔を見せる人もいればひったくるように受け取る人も様々。ヌルランは山小屋でひとり孤独な生活を送っています。
彼の後任としておどけた調子の鉄道員見習いがやってきてからすぐのこと、電車に引っかかったのは青色のブラジャーでした。
戸惑うも持ち帰ることにしたヌルラン。彼はある日窓から見かけた女性の美しいブラジャー姿を思い出し、この持ち主は彼女なのではと想像します。
引退したヌルランは釣り道具をプレゼントされ川に出かけるも、先客に嘲笑される始末。加えて近所に住む美しい女性の家族に会いに行くも散々な目にあいます。ヌルランは街に出て、青いブラジャーの持ち主を探すことにしました。
映画『ブラ!ブラ!ブラ!胸いっぱいの愛を』の感想と評価
柔らかでカラフルな色彩に満ち自然に囲まれ、ノスタルジックで現代か過去なのか、それとも架空の世界なのか想像できない魅力を持っている本作の舞台はアゼルバイジャン共和国。
ヌルランは毎日首都であるバクーという場所に電車を走らせています。南コーカサスに位置し東ヨーロッパに含められることもあるアゼルバイジャンは北はロシア、北西はジョージア、西はアルメニア、南はイランで、ヨーロッパとアジアの中間的な場所。
様々な文化や風俗が混じり合った不思議な空気感が本作をファンタジックに昇華させています。
青いブラジャーの持ち主を探すという『シンデレラ』のような物語であり、最後ヌルランの同業者の女性が持ち主であると発覚する『幸せの青い鳥』のようであり、男性のはかなく淡い恋の物語のようである本作。
セリフは一切ありませんがヌルランを演じるミキ・マノイロビッチの表情や街の女性たちの強烈なキャラクター、自然や可愛らしい色彩が映画自体がひとつの言語であると物語ります。
またドニ・ラヴァンが演じる鉄道員見習いの姿が道化師の役割を果たしており、出演シーンは多くないながらも力強い印象を残します。彼が列車や身の回りのものを使って音楽を奏でるシーンや体を思いっきり使ったパフォーマンスは魅力的です。
“ブラジャーの持ち主を探す”というコミカルなプロット、ひとりぼっちの初老の男性の哀愁も染み渡る『ブラ!ブラ!ブラ!胸いっぱいの愛を』。電車の運転手ヌルランが引っかかったものを人々に返していくというのは象徴的です。
人生、何気ない毎日にいきなりやってくる出来事、予想できていたはずの出来事なのに思わず気持ちを持っていかれてしまう、自分も気付かぬうちにその出来事と時間の中に“何かを置いてきてしまう”。
それをそっと元に戻してくれるようなヌルランの行動に感じる親しみと愛情。その暖かさが本作が持つ美しい魅力の一つかもしれません。
まとめ
自分でも気がつかなかった、記憶の彼方に追いやってしまった落し物を、もしかしたらよく知る近しい人が届けようとしているのかも。
ちょっぴり切なくてロマンチックな感慨に浸る『ブラ!ブラ!ブラ!胸いっぱいの愛を』。
色と自然、役者たちの表情、いつも通りの日常、珍妙な恋慕が奏でる唯一無二の映画をお楽しみください。