運に見放された漁師とダウン症の青年の心の交流
トラブルメーカーの漁師と、プロレスラー志望のダウン症青年の旅路を描く映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』が、2020年2月7日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国公開されます。
本作で長編デビューをはたした俳優ザック・ゴッツァーゲンの映画出演の経緯や、彼が演じる青年が、野球でもバスケットボールでもなく、プロレスに憧れた理由を考察します。
CONTENTS
映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』の作品情報
【日本公開】
2020年(アメリカ映画)
【原題】
The Peanut Butter Falcon
【監督・脚本】
タイラー・ニルソン、マイケル・シュワルツ
【製作】
ロン・イェルザ、アルバート・バーガー、クリストファー・ルモール、ティム・ザジャロフ
【撮影】
ナイジェル・ブラック
【編集】
ナット・フラー、ケビン・テント
【キャスト】
ザック・ゴッツァーゲン、シャイア・ラブーフ、ダコタ・ジョンソン、ブルース・ダーン、トーマス・ヘイデン・チャーチ、ジョン・ホークス、ウェイン・ディハート、ジョン・バーンサル、ジェイク・ロバーツ、ミック・フォーリー
【作品概要】
ツキに見放された漁師タイラーと施設から脱走したダウン症候群の青年ザック、そして施設の看護師エレノアの3人が繰り広げる冒険の旅を描いたヒューマンドラマ。
監督と脚本は、本作が長編映画デビューとなるタイラー・ニルソンとマイケル・シュワルツで、実際のダウン症の青年であるザック・ゴッツァーゲンと意気投合した2人は、彼を主役とした映画の製作を決意。
2人が著した脚本に感銘を受けた、『リトル・ミス・サンシャイン』(2006)、『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(2014)など多くのインディペンデント映画を製作したプロデューサー陣により、映画化が実現しました。
主要キャストとして、タイラー役にシャイア・ラブーフ、エレノア役をダコタ・ジョンソンが演じます。
アメリカでは2019年8月に公開され、初週わずか17館だったのが、公開6週目には1490館まで公開規模が拡大するヒットとなりました。
映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』のあらすじ
アメリカ・ジョージア州サバンナ郊外。
身寄りがなく、老人の養護施設で暮らすダウン症の青年ザックはある夜、子どもの頃から憧れていたプロレスラー、ソルトウォーター・レッドネックが主宰のレスラー養成学校に入ろうと、施設を脱走します。
その頃、最愛の兄を亡くし、荒んだ生活を送っていた漁師タイラーは、カニ漁をする同僚ダンカンとラットボーイの捕獲網を勝手に使ったことで、2人に暴行を受けてしまいます。
タイラーは、その仕返しに彼らの網を燃やして船で逃亡しますが、その船内にはザックが潜んでいました。
新たな船を手に入れるために、遠く離れたフロリダへ向かおうとするタイラーは、ザックが行こうとするレッドネックの学校も同じ道中にあると知り、2人で共に行動することに。
やがて、ザックを探していた施設の看護師エレノアも加えた3人の旅となっていきますが、その一方でタイラーの行方を追うダンカンたちの姿もあったのです…。
新人俳優ザック・ゴッツァーゲンがもたらした化学反応
本作『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』のキーパーソンは、これが本格長編デビュー作となる、ザック役のザック・ゴッツァーゲンです。
実際にダウン症候群を持つザックは、幼少時から俳優を目指して演技を学んでおり、数本の短編映画に出演。
ザックと知り合う機会を得たタイラー・ニルソンとマイケル・シュワルツの監督・脚本コンビは、「彼の前向きな姿を見ているうちに、彼をスター俳優にしたいという大きな野心を抱いた」として、本作を企画しました。
タイラーとマイケルの期待に応えるかのように、ザックは高さ10メートルほどの台から水中に飛び込むシーンを、スタントマン起用を拒んで自らこなせば、撮影中盤でヘルニアを患って製作中止の危機に見舞われるも、痛みをこらえて撮影に臨んでいます。
そんなザックの姿勢は、スタッフのみならず共演者の心も動かしました。
ザックの旅の相棒となるトラブルメーカーの漁師タイラーを演じたシャイア・ラブーフは、私生活でも酒によるトラブルで、何度も警察のお世話になっていることで知られます。
実は本作の撮影時も、シャイアが飲酒による騒動を起こして逮捕されてしまい、一時公開が危ぶまれる事態に。
しかし、「君はもう有名人だからいいだろうけど、僕にとってはこの映画が大きなチャンスなんだよ」というザックの言葉に猛省し、アルコール依存症克服のセラピーに通い始めたというエピソードもあります。
人生一度きりだからこそ、外の世界に飛び出す
ハンディキャップを抱える人は、健常者と比べても日常生活が困難なため、しかるべき施設で介助を受けて暮らす方が安全という考えは、必ずしも間違いではないでしょう。
しかし、そうした施設から、ザックは逃げ出してしまいます。
施設看護師のエレノアは、最初は職務としてザックの行方を追うも、やがて合流してザックとタイラーの旅に同行するうち、彼を連れ戻すのがはたして善きことなのか、疑問を持つようになります。
表向きは「ザックのため」としながらも、内実は「介助=仕事しやすいから」という施設側の思惑が強くなりすぎて、結果としてそれが彼のアイデンティティを抑えつけているのではないか、と。
心あらずな同情を寄せられたり、施設内で邪見に扱われたりするザックは、一度きりの人生でプロレスラーになるという夢を叶えようと、施設での変わらぬ日常から外の世界に飛び出します。
施設でザックと同部屋の老人カールは、身寄りのない彼にこう言います。
「友だちというのは、自分で選ぶ“家族”なんだ」。
ザックは、外の世界で知り合ったタイラーを“家族”に、夢を現実に変える旅に出るのです。
プロレスにハンディキャップは存在せず
ザックがプロレスラーになりたがっているという設定も、本作の大きな要素でしょう。
野球でもバスケットボールでもアメフトでもなく、なぜプロレスなのか?
理由として、プロレスは他のスポーツよりもエンターテインメント性が高いうえに、非日常的要素が高い個人競技という点が挙げられます。
ザックが憧れるソルトウォーター・レッドネックのようなヒール(悪玉レスラー)にもなれますし、熱い声援を受けるベビーフェイス(善玉レスラー)にもなれますし、さらには正体不明の覆面レスラーにだってなれます。
虚実入り混じった何でもありなプロレスの世界では、自分がなりたい存在になることができる――だからこそ、ザックはレスラーを目指すのです。
プロレスには、すべての人間を受け入れる度量の広さがあり、リングに上がればハンディキャップなど存在しません。
現に、世界最大のプロレス団体WWEが義足のレスラーをデビューさせたことがありますし、日本にも、さまざまなハンディキャップを持つレスラーが闘うドッグレッグスという団体があるほど。
本作にゲスト出演した元レスラーのジェイク・ロバーツやミック・フォーリーが、堂々たる俳優の顔を見せているのも、彼らが現役時代から「観られる」ことを十二分に理解しているからでしょう。
まとめ
プロデューサーのクリストファー・ルモールは、本作に込めたメッセージとして、以下のように語ります。
大切なメッセージの一つは、誰にでも夢や希望を持つ権利があるということです。私たちは皆、現実と向き合いながら生きなければならないが、夢を諦めなければならない理由はないのです。
このメッセージに説得力があるのは、ザック役のザック・ゴッツァーゲン自身が、誰よりも俳優になりたいという夢を持ち続けてきた人物だからに、他なりません。
映画『ザ・ピーナッツバター・ファルコン』は、2020年2月7日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国ロードショー。