映画『セカイイチオイシイ水~マロンパティの涙~』は、2019年9月21日(土)よりユーロスペースほか全国順次公開!
日本とフィリピン両国のボランティア達の献身により、戦争の傷を乗り越え9年もの歳月を費やし完成した、フィリピン・パンダンの水道建設工事。
首都マニラから300キロ南のパナイ島。その島に安全な飲料水を供給するには、井戸水では間に合わないと分かり、キレイな水を水源から丘を越えて引かねばならず、「パンダン飲料水パイプライン建設事業」というパンダンプロジェクトがスタートします。
本作は、そんなフィリピン・パンダンの水道建設工事にまつわる実話の物語をひとりの日本女子大生を通して、優しく素直に描いています。
今回は長編初監督を務めた目黒啓太監督にお話を伺い、本作での体験や、作品で大切にされた思いなどをお聞きしました。
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何も知らないところから始まった映画づくり
──初長編監督おめでとうございます。
目黒啓太監督(以下、目黒):ありがとうございます。今日、初日の舞台挨拶をおかげさまで迎えることができました。僕はとても緊張していたのですが、お客さんが優しく温かに迎えてくださって、主演の辻美優さん、新井さん、花房さんも色々とお話してくださり、楽しい時間となりました。また、SNSなどでも感動したという声も頂けて、胸を撫で下ろしています。
──本作を監督するに至った経緯をお聞かせいただけますか?
目黒:原案者である湯川剛さんからお話を頂いたのですが、湯川さんは大阪で水道関係のお仕事をされてきた方で、今回のマロンパティの原作を読んで、いつか映画化したいと考えていらっしゃったようです。
正直、僕自身は海外でのボランティア活動や慈善事業というものにあまり明るくなかったので、監督できるのか不安だったのですが、湯川さんから、ひとりの女子大生が何も知らないところからフィリピンのボランティア活動に関わっていくという具体的な映画のイメージを伺い、それなら僕自身もこの作品に接点を見出せると感じました。
また、僕と同じように、この実話を知らない方たちに知ってもらう最初の入り口のような映画にできるかなと思って監督させて頂きました。
フィリピンでの経験
──監督ご自身もこの作品と向き合い、新たな発見も多くあったのではないでしょうか。
目黒:まず海外自体がプライベート含めて初めての経験でした。海外に行ったら蛇口から出る水は飲んでは行けないということは聞いていましたが、そういった日本の常識とは違うことを体感し、日本との違いに気づきながら、映画を撮っていきました。
──具体的にどんな違いがあったのでしょう。
目黒:日本では水道から飲める水があってもペットボトルの水を買って飲みます。これってとても贅沢な事なんだなということに気がつかされました。フィリピンでは水道の水は飲めませんから、お金を払って水を買わなければならないわけです。
──現地に入って作品に影響を与えたことはありましたか?
目黒:脚本を書いている段階では、風景、街で人が行き交っている様子といった、実景を物語中に入れることをあまり重視していなかったのですが、撮影スタッフの方に、実景をもっと取り入れた方が良いよとアドバイスを頂きました。
僕自身も新しい土地に足を踏み入れた時、目に飛び込んでくるものを映画に取り入れたいと感じて、風景や情景のカットは意識的に撮影しました。
本来、僕は物語の歯車が噛み合いながら進んでいくものが好きなので、実景のカットを挿入することなど、あまり重要視していなかったのですが、今回はその地の持つ空気感だったりを盛り込んで行きたいと思いました。
リアクションを大切にしながら紡いだ物語の連なり
──長編初監督ということですが、短編映画との違いはありましたか?
目黒:登場人物の気持ちの流れや、感情の起伏みたいなものを持続させるための構成は改めてしっかり考えてやりました。
特に今回の話は、どんでん返しやラブロマンス、大きな謎解き要素がある訳ではなく、主人公の明日香を通して描く等身大の話でしたので、まず脚本の時点で、ひとつひとつの出来事に明日香がちゃんとリアクションをして、次の展開に繋がっていくというような、全体の連なりを意識しました。
──撮り終えて、出来上がった作品をご覧になった感想は?
目黒:見るたびに印象が変わります(笑)。ちゃんとひとつの物語として連なって出来ているなと思うこともあれば、ちゃんと意図しているものが伝わるかなと不安に思うこともあります。
イメージとしては、シークエンスとシークエンスの間にフックを掛けていて、そのフックがうまく絡まって次のシークエンスにという感じで、それが90分間連なっていって1本の鎖のようになるというのを目指して作りました。
でも、そのフックはどこかが外れてしまうと、そこで見る側の物語への関心が途切れてしまう。かと言ってガチガチにくっつけていくものではないと思っていて、掛かるか、掛からないかという状態に置いて、見る人がその間を想像で補って何かを感じ取ることで繋がる程度の連なりを意識していました。
それは「これが結論です」というような強固なものではない方が良いと考えているからで、敢えてちょっと掛かるか掛からないかくらいのところを狙いました。
ですので、見る時の気分次第で、噛み合っていると思える時もあれば、掛からなかったと感じる時もあり、大丈夫かなと不安に感じることもあります(笑)。
キャストとスタッフと共に作り上げた撮影現場
──キャストの方々についてもお話を伺えますか?
目黒:主人公明日香を演じる辻美優さんは、初映画、初主演でしたが、良い意味でカメラの前でどう立ち居振る舞いをしようということをせずにとても自然体でいらっしゃってくださいました。
辻さんは美声女ユニット「elfin’」としてアイドル歌手をされていますが、役はいわゆる普通の女子大生という役どころでしたので、飾らない佇まいがとてもマッチしていたと感じています。
目黒:赤井英和さんは大ベテランの方なので僕が何か言うことはないというのが正直なところですが、役者を長きに渡って続けていらっしゃることは、ボランティアをずっと続けているという今回の役どころと通ずるところがあるので、こちらでどうこう言うことなく、そのまま演って頂きました。
あと、赤井さんの役は、言わば肉体を使った仕事、水道管を通すために9年間スコップでずっと道を掘り続けたという役です。
赤井さんご自身もボクシングの世界も通して肉体を駆使して来られた方ですので、身体を使うということにおいては板に付いていらっしゃいますから、赤井さんの身体をそのまま撮ろうということは意識しました。
目黒:アミー役のエミル・エスピノーザさんは、とにかく芝居が上手でした。彼女はタガログ語しか話せなかったので、演出では2段、3段の通訳を通しながらと大変なこともありましたが、子供扱いせずに一俳優として向かい合い、それに彼女も応えてくれました。
──他にもフィリピンの現地の俳優さんも出演されています。日本の俳優さんとの違いというのは感じましたか?
目黒:芝居に取り込む姿勢がとてもシンプルだなという印象を受けました。
日本でやっていると、俳優さんの普段のキャラクターがどうかとか、芸能界の立ち位置みたいなものがどうしても付いてまわることがありますが、フィリピンの方たちからはそいったことを感じることがなく、役柄に対して非常に素直に向き合ってくれているという印象を受けました。
もしかしたら言葉が違うのも手伝って僕がそう受け止めているだけかも知れませんが。
──スタッフもフィリピンの方々がいらっしゃったと思いますが。
目黒:いらっしゃいました。そして一生懸命に仕事をしてくださり、日本と比べてということではなく、今回の撮影で本当に凄いなと感じることは結構ありました。
例えば、最後の水道から水が溢れ出す広場は、畑だったところを広場にしたのですが、撮影は次の日という状況で、かなりの畝が残っていて本当に大丈夫か心配していましたが、撮影当日の朝に行ったらキレイな広場になっていて、あれは本当に感動しました。
日本、フィリピンのスタッフの皆さんの力があったからこそ撮ることが出来た作品です。
胸躍りドキドキするフィクションを撮りたい
──目黒監督の原点をお伺いしたいのですが、そもそも映画監督を志した理由は?
目黒:僕は1986年生まれで、幼い頃はスタジオジブリの映画をテレビで何回も見ていた映像の原体験があって、その中で冒険や知らない世界との出会いというものにとても惹かれ、憧れたのがベースにあります。
とにかくフィクションの世界というのが胸躍り、楽しくてドキドキして「お話をつくる人」になりたいと想っていました。
それをどんなアプローチでできるのか模索し、アニメーションやCGをやりたいと考えて、九州大学の芸術工学部に進学しました。
そこで、実写が好きな友人にも出会い、岩井俊二監督の映画を見て、実際の風景と生身の人間でこんなにも面白いフィクションを作れるんだと感じさせられて、実写映画でそんなものをつくりたいというようになりました。
それと在学中に『雨に唄えば』を見て、映画ってこんなにも楽しいものなんだなって思えたんです。
──実際に映画監督になった今の心境はいかがですか?
目黒:映画監督になったという感覚はあまりまだ持てなくて、今回の長編作品もとても幸運なことで嬉しいことですが、もっともっと勉強しなきゃいけないなと感じていますし、もっと作り続けていかなければならいと思います。
これからについて
──監督のお話を伺って、誠実で素直な方だなと感じました。『セカイイチオイシイ水』にもそんな監督のお人柄が反映されているのですね。
目黒:欲望としては話が複雑に混み入ったものなど、技術的にもテクニカルなこともやりたい欲求はあります(笑)。
でも、まだまだ技量もありませんし、今回はなるべく裏表なく素直に丁寧に作ろうと心がけました。
まずはこうして1本、外に出させてもらえたことは有り難い限りです。と同時に続けていくことが次の目標としてあると思っています。
──今後はどのような作品を作って行きたいですか?
目黒:SFをつくりたいという気持ちはずっとあります。今までもSFの長編シナリオは書いているのですが、なかなか日の目を見る機会がないです(笑)。それとSFをやるとなるとハードルが高いという問題もあります。
もし日本でSFをやるとなると、ドラえもん的なものになるのかなとも思います。日常をベースに何か違う要素が入ってくるような、日常と接している非日常をやりたいなと思っています。
インタビュー・写真/大窪晶
目黒啓太(めぐろけいた)監督プロフィール
1986 年生まれ。新潟県出身。
2009年、九州大学芸術工学部画像設計学科卒業。映像制作会社勤務を経て、13年より助監督として映画・ドラマに携わります。
2016年、脚本「ライフ・タイム・ライン」が第5回TBS連ドラ・シナリオ大賞受賞。同年、10月期TBS連続ドラマ「コック警部の晩餐会」第5話、第8話の脚本を担当。
また、文化庁委託事業「ndjc:若手映画作家育成プロジェクト2016」に選出され、短編映画「パンクしそうだ」を監督。本作が長編デビュー作となります。
映画『セカイイチオイシイ水~マロンパティの涙~』の作品情報
【日本公開】
2019年(日本映画)
【原作】
小嶋忠良「マロンパティの精水 いのちの水の物語」(PHP研究所)
【監督・脚本】
目黒啓太
【キャスト】
辻美優(elfin’)、赤井英和、前川泰之、新井裕介、花房里枝、岡千絵、橋本マナミ、蝶野正洋、角田信朗、篠原信一、森次晃嗣、BONG CABRERA、SUE PRADO、MIEL ESPINOZA、ERMIE CONCEPCION
【作品概要】
フィリピンの離島パナイ島パンダンの町での水道建設に奔走する日本とフィリピンのボランティアたちの姿を、実話をもとに描いたドラマ。
主演を務めるのは、全日本美声女コンテストで14,434人の中からグランプリを受賞した辻美優。美声女ユニット「elfin’(エルフィン)」でアーティストとして活動し、本作の主題歌「アンルート アンルート 」も担当しました。
共演には赤井英和が、誠実な人柄と情熱で皆から最も信頼される、アジア協会アジア友の会・岩田役を務めます。
映画『セカイイチオイシイ水~マロンパティの涙~』のあらすじ
フィリピンの首都マニラから300キロ南にあるパナイ島の田舎町パンダン。
海水混じりの井戸水しかないパンダンでは、多くの村人が腎臓病などに悩まされていました。
友人に誘われ軽い気持ちで、パンダン水道建設工事プロジェクトにボランティアとして参加した女子大生・明日香。
ですが、戦争の禍根から日本人に反発する現地の人々、灼熱の中での作業など、多くの困難が待ち受けていました。
そんな中、明日香を優しく迎え入れてくれたのは、5歳の少女アミー。
2人は絵本と折り紙を通して仲良くなっていきます。
しかし、アミーも重い腎臓病に蝕まれていて…。