連載コラム「銀幕の月光遊戯」第40回
映画『エセルとアーネスト ふたりの物語』が、2019年9月28日(土)より、岩波ホール他にて全国順次公開されます。
『スノーマン』、『風が吹くとき』などの名作が世界中で愛される英国の絵本作家レイモンド・ブリッグズが自身の両親の人生を描いた作品をロジャー・メインウッド監督がアニメーション映画化!
1928年に知り合い結婚したエセルとアーネストが、1971年にこの世を去るまでの“普通の人の普通の生活”を温かなタッチで描いています。
それは、また、戦前、戦中、戦後の20世紀を生きた名もなき人々のクロニクルでもあります。
CONTENTS
映画『エセルとアーネスト ふたりの物語』の作品情報
【公開】
2019年公開(イギリス、ルクセンブルク映画)
【原題】
Ethel&Ernest
【監督】
ロジャー・メインウッド
【キャスト】
(声の出演)ブレンダ・ブレッシン、ジム・ブロードベント、ルーク・トレッダウェイ
【作品概要】
『スノーマン』、『風が吹くとき』などの作品で世界的に著名な絵本作家、レイモンド・ブリッグズが自身の両親の生涯を描いた絵本をアニメーション映画化。
監督はTVアニメ『スノーマンとスノードッグ』のロジャー・メインウッド。
ブレンダ・ブレッシン、ジム・ブロードベント、ルーク・トレッダ・ウェイら、イギリスの名優が声の出演を務めた。
映画『エセルとアーネスト ふたりの物語』のあらすじ
1928年ロンドン。
貴婦人のメイドとして働くエセルが、窓から雑巾の埃を払っていたとき、階下の道路を自転車で通りかかったアーネストと偶然目があいます。
次の日も、その次の日も、エセルが窓から雑巾を振ると、アーネストは陽気に手を振り返してきました。
こうして知り合った2人は結婚して、ロンドン郊外のウィンブルドンパークの側の小さな家で暮らし始めました。
アーネストは牛乳配達人として堅実に働き、2人は質素ですが幸せな毎日を送っていました。
それから3年が経ち、待望の息子レイモンドが誕生。38歳のエセルは難産だったため、これ以上の出産は無理だと医師に警告されます。
エセルとアーネストはひとり息子を大切に育てていましたが、戦争の影が社会を覆い始めていました。ついに英国がドイツに宣戦布告し、戦争が始まってしまいます。
子どもたちは田舎に疎開することになり、5歳のレイモンドも親戚の家で暮らすことになりました。
約8ヶ月に渡るドイツの激しい空爆を耐え、ようやく戦争が終了。ロンドンに平和が訪れ、再び一緒に3人で暮らせる日々がやってきました。
しかしそれも束の間、レイモンドは全寮制の学校へ進学。
エセルは、レイモンドを良い学校に入れ、オックスフォードやケンブリッジといった名門大学に進ませたいと思っていましたが、レイモンドは美術学校進学の道を選びます。
美術で食べていくのは難しいのではないだろうかと心配する両親と、大人として独り立ちしていくレイモンド。
時は1970年代。エセルとアーネストは年をとり、次第に衰えを感じ始めます・・・。
映画『エセルとアーネスト ふたりの物語』の感想と評価
レイモンド・ブリッグズが自身の両親を描いた作品をアニメーション映画化
日本でも『さむがりやのサンタ』(福音館書店)、『スノーマン』(評論社)、『風が吹くとき』(あすなろ書房)などの絵本でおなじみの絵本作家、レイモンド・ブリッグズ。英国で、そして世界中で、もっとも愛されている絵本作家・イラストレーターのひとりです。
映画の原作となった『エセルとアーネスト」』(日本では2019年8月にバベルプレス社から刊行)は、レイモンド・ブリッグズの両親の生涯を描いた作品で、1998年に発表されるや高い評価を受け、1999年には英国ブックアワード最優秀イラストブックオブザイヤー賞を受賞しています。
アニメーション映画化においては、レイモンド・ブリッグズ自身がエグゼクティヴ・プロデューサーとして制作の全てに関わったそうです。
監督に起用されたのはTVアニメ『スノーマンとスノードッグ』(2012)の監督を務め、ブリッグズから全幅の信頼を得るロジャー・メインウッド。
実在の人物をモデルにした物語ということで、メインウッド監督は細心の注意を払い、ストーリーボードを作成。各時代の建物やインテリアなども徹底的に資料にあたり、1928年から1971年までのロンドンでの一家の暮らしぶりを生き生きと再現しました。
見たこともない時代物の洗濯機や、アーネストの牛乳配達車の変遷などは目に楽しい歴史の資料になっています。
“普通の夫婦”が送った40余年の暮らしは、人々の心に大きな共感を与えることでしょう。
市井の人々の20世紀史
エセルとアーネストが生きた時代は、第二次世界対戦をはさんだ激動の時代でした。
本作では、名もなき人々の普通の暮らしが静かなタッチで描かれているのですが、それらはイギリス・ロンドンがたどった20世紀史としても見ることが出来ます。
エセルとアーネストが出逢った1928年当時のイギリスは、産業革命で繁栄した時代が過ぎ、製造業の衰退が起こり始めていた頃でした。
また、1930年代初頭にはドイツでヒトラーが政権を握り、1939年9月にはイギリスがドイツに宣戦布告、ドイツ軍によるロンドン空襲は8年にも渡りました。
戦時中、エセルとアーネストは5歳の愛息子を疎開させ、手作りの防空壕で眠り、アーネストは消防団として活動し、爆撃を受けた工場地帯の惨状に激しく心を痛めました。
戦争が終わっても何年も続く食料不足、保守党、労働党が幾度も入れ替わる政権、生活を便利にする電化製品の普及など、移りゆくロンドン社会の有りさまが、エセルとアーネストの日々の営みから見えてきます。
このように市井の人々の暮らしから見た、イギリス戦前、戦中、戦後史が本作の大きな見どころのひとつとなっています。
両親の個性と普遍的な共感を生む家族愛
エセルとアーネストはごく平凡なロンドン市民で、仲睦まじい夫婦ですが、それぞれ違った個性を持っています。
アーネストは典型的な労働者階級の気のいい男性ですが、エセルには上流階級への憧れがあり、自身が労働者階級であることを頑なに認めません。
また、アーネストは労働党の支持者ですが、エセルは保守党支持。少し気難しいところのあるエセルに対して、アーネストはいつも包み込むように優しく接しています。
エセルの個性が、作品をリアリティのあるものにしています。息子が美術の世界を選んだことで母とはちょっとした衝突もあったのでは?と映画では描かれていないことにまで想像を巡らしてしまいます。
夫婦が苦楽をともにしながら固い信頼で結びつき、2人が息子のことを想う気持ちは心からのもので、そうした彼らの生き方は、多くの人の共感を生むでしょう。と、同時に息子からの両親への愛情もひしひしと伝わってきます。
手書きアニメーションの優しく丁寧なタッチが、エセルとアーネストが築いた家庭の暖かさと、心の暖かさを豊かに表現しています。
まとめ
愛すべきキャラクターの声を担当したのはイギリスの名優たちです。
『秘密と嘘』(1996/マイク・リー)でカンヌ国際映画祭主演女優賞に輝いたブレンダ・ブレッシンがエセルを、『パディントン』(2014/ポール・キング)、『アイリス』(2001/リチャード・エア)などで知られるアカデミー賞俳優ジム・ブロードベントがアーネストをの声担当しています。
息子のレイモンドを担当したのは、『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』(2016/ロジャー・スポティスウッド)に主演した期待の若手俳優ルーク・トレッダウェイです。
映画の中でかかる数々の楽曲は、作曲家のカール・ディヴィスによるオリジナル楽曲です。20年代から70年代までの時代のイメージに合わせて製作したそうです。
そして、エンディングテーマ曲を担当したのはポール・マッカートニーです。ブリッグズの大ファンだというポール・マッカートニーがブリッグズ自身からの依頼に応えて、曲を描き下ろし、自ら歌い、演奏しています。
是非エンディングも席をたたずに、最後まで耳を傾むけてみてください。
映画『エセルとアーネスト ふたりの物語』は、2019年9月28日(土)から岩波ホール他にて、全国順次公開されます。
次回の銀幕の月光遊戯は…
2019年9月28日(土)より公開の二ノ宮隆太郎監督の『お嬢ちゃん』をお届けする予定です。
お楽しみに!