デイヴ・エガーズの原作を新鋭ジェームズ・ポンソルトが映画化。SNSを題材にしたサスペンススリラー『ザ・サークル』をご紹介します。
エマ・ワトソン、トム・ハンクスらがこれ以上ないはまり役で熱演。誰もが落ちうる可能性のあるSNS社会の闇の部分をスリリングに描いています。
1.映画『ザ・サークル』の作品情報
【公開】
2017年(アメリカ映画)
【原題】
The Circle
【原作】
デイヴ・エガーズ
【監督】
ジェームズ・ポンソルト
【キャスト】
エマ・ワトソン、トム・ハンクス、ジョンボイエガ、カレン・ギラン、エラー・コルトーン、ビル・パクストン、エレン・ウォン、パットン・オズワルト、グレン・へドリー、フレッド・コーラー
【作品概要】
冴えない生活から一転、世界でも名だたる大手SNS企業に就職するチャンスに恵まれたメイは、真面目さゆえに、一生懸命働き、幹部に見出される。24時間シー・チェンジ・カメラを装着し、自分を「透明化」するプロジェクトに自ら志願するが…。
2.映画『ザ・サークル』のあらすじとネタバレ
地元の水道会社に派遣社員として務めているメイ。電話で支払いを催促するという仕事は単調で、常に文句を言われ、ストレスを感じることもしばしばです。
父は難病を患い、母が介護しており、メイも週末は実家に帰って母を手伝うようにしています。両親がはいっている保険では最適な治療を受けられないという事実を聞いてもどうもしてあげられないのがもどかしくてなりません。
週末はカヤックで湾に漕ぎ出すのがメイの唯一の趣味で息抜きの時でした。
そんなある日、大学時代の親友アニーから電話がかかってきます。世界最大手のSNS企業「サークル」に来ないかという誘いでした。
彼女は「サークル」内で”最も期待できる40人の一人”に選ばれており、メイを推薦してくれたのです。
願ってもないチャンス! メイは面接に挑みます。面接官は次々と質問を繰り出し、テンポよく応えていかなければなりません。
面接官が最後に質問したのは「一番の恐れは?」というもの。メイは「力を発揮できないこと」と応え、めでたく採用されます。
アニーが案内してくれた「サークル」のキャンパスは、広々としていて緑が多く、人々が溌剌と活動し、まるで理想郷のような風景です。
メイに与えられた仕事は”トゥルーユー”と呼ばれるサービスの顧客対応です。”トゥルーユー”は実名で登録することが必須で、買い物やチャットなど、ユーザーが望むことを全てワンアカウントで可能にするというもの。
全世界で90%のシェアを誇るこのサービスが「サークル」を世界最大手のSNS企業に押し上げたのです。
ユーザーは担当者に対して100点満点の評価をつけることになっています。メイの一週間の仕事は平均で86点の評価を受けました。初めてにしては上出来なのだそうです。
そんな時、ドリーム・フライデーと称して、経営者のベイリーによる大規模な社内発表会が催されました。
「シーチェンジ」と名づけられたそのプロジェクトは、超小型ワイヤレスカメラを世界のあらゆる場所に設置し、リアルタイム解析処理を行い、その映像をユーザーとシェアするというもの。
カメラは壁にはりつけるだけ。一瞬で設置でき、目に見えない。このシステムにより犯罪者やテロリストも撲滅できると語るベイリーに大きな拍手が送られました。
週末はいつものように実家に帰り、両親と幼馴染のマーサと過ごし、月曜日に出社すると、社員が二人、「あなたのソーシャルネットワークを新設しなくては」とやってきました。
社内ネットワークにもっと自分自身の情報をあげ、シェアする必要がある、週末あなたが何をしていたのかまったくわからない、と彼らは話し出します。
週末にも何か仕事があったのですか?とメイが尋ねると、仕事はないのよ、でも多くのアクティビィティに大勢が参加していたのは事実ね、と彼らは早口で話します。インナーサークルの活動は集計され、評価につながるとも。
そんなわけで週末、実家に帰ることができなくなったメイ。母だけに苦労をかけて申し訳ない気持ちでいっぱいですが、せっかくのこの仕事を失うわけにはいきません。
そんな彼女の様子を心配したアニーは、会社の人事課に交渉して、メイの父親が最先端の治療を受けられるように、会社の保険に加入させてくれたのです。両親も大喜びで、メイは、アニーと会社に深く感謝するのでした。
政治家の中には「サークル」の多大な影響力を危惧する者もおり、活動を規制しようとする動きもありますが、ベイリーたちはいち早く、味方をつけ、その議員たちの活動内容を透明化し、会議など全てをオープンにするという試みをドリーム・フライデーで発表します。
「さらば裏取引、さらばロビイスト!」
嘘も隠し事もなくなれば、世界はもっとよくなる、ベイリーの思想に、社員たちは共感し、喝采を送るのでした。
子どもたちの安全対策に取り組んでいる社員は、子どもたちがいなくなれば、すぐに場所がわかるようにするとメイに話します。
「どうやって?」と尋ねると「骨にチップを埋める」と応える彼女。冗談だと思ってメイは笑いますが、彼女の顔は真剣そのものでした。
社内パーティーで、メイは以前話したことのある黒人男性を見かけ、声をかけます。
仕事のことを聞かれ、あたりさわりのないことを応えていましたが、彼に「本音は?」と尋ねられ、「ちょっとやり過ぎ」と応えました。
実は彼は「サークル」の創設者の一人、”トゥルーユー”の開発者タイ・ラフィートでした。
彼はメイを秘密の場所に案内してあげると言い、地下深い場所につれていきます。
そこにはあらゆるデーターが保存されていました。「サークルは間違った方向に向かっている。変えなくては」と打ち明けるのでした。
そんな折、メイのところにマーサが尋ねてきます。彼はメイがSNSにあげた彼の手作りのシャンデリアの画像のせいで、「鹿殺し」と非難され、殺害予告まで受けているというのです。
鹿の角を使ったものに間違いはありませんが、彼は鹿を一匹も殺してないのです。「君の世界の一部になりたくない」と告げると彼は彼女の前から姿を消しました。
メイは気分を落ち着けようと、夜中にカヤックを漕ぎ始めました。しかしカヤックが転覆し、水中に放り出されてしまいます。
もうだめかと思った時、上空にヘリコプターの音が聞えてきました。彼女は危機一髪で救出されたのです。
メイの命を救ったのは、「シーチェンジ」の画像を見て、あざらしを観察していたユーザーが事故に気付き、通報してくれたからでした。
数日後の社内発表会で、メイは壇上に上げられます。事故のことを聞かれ、「私は法をおかしました。他人のカヤックを勝手に借り、夜は禁止されているのにそれを無視しました」と告白します。
そしてベイリーの誘導のもと、メイは「見られていないと思ったからそのような行動を取ってしまった。隠し事は罪です」と懺悔して、24時間シー・チェンジ・カメラを装着し、自分を「透明化」すると宣言します。
たちまちフォロワーは1000万人を超え、彼女は一躍時の人となりました。
両親も同じように24時間シー・チェンジ・カメラをつけ、彼女と会話していましたが、あまりにもプライバシーが持てないため、やめてしまいます。「ご両親のことは残念ね」といった書き込みが彼女に殺到しました。
メイは新入社員としては破格の待遇を得て、トップ会議に出席することも許されるようになり、アニーを驚かせます。
3.映画『ザ・サークル』の感想と評価
未来の理想の世界を類稀なる技術とアイデアで構築していく「サークル」という企業。
代表のベイリーは、カリスマ的な魅力を持ち、巧みな話術と親近感のわくルックスで、人々を一瞬にして魅了してしまいます。
さえない人生を歩んでいた若い女性にとってこの世界の一員になれるのは、これ以上ないほどの幸運と思われましたが、メイは次第に違和感を持ち始めます。
子どもの骨にチップを埋めると語る社員の真剣すぎる目は、どこかカルト信者に近いものが感じられ、親友はハードな業務を薬に頼りながらこなしています。
これってまさにブラック企業。華やかな外見の裏には、過酷な労働があり、プライベートタイムさえも評価の対象になり、他人とシェアすることを強いられます。
さらにメイという女性の真面目な性格、彼女の失敗体験が巧みに利用されます。
死ぬ思いをした恐怖体験とともに、彼女が持ったバツの悪さを利用するあたり、かなり悪質ですが、そのことによって寧ろ彼女が救われたように思わせ、虚栄心を煽るやり方は、こなれた洗脳の手口と言っても良いのではないでしょうか。
そして人はなんと簡単に洗脳されてしまうのでしょう。この企業のカルト的な体質は、華やかに見えるキャンパスのどこか桃源郷的な風景からも感じ取ることが出来ます。ラマ僧が通っていくシーンはある意味示唆的です。
こんな企業いやだ!と観客の立場では思えるでしょうが、その現場にどっぷり浸かった人々にとっては疑問点があったとしても後戻りできにくいものです。そこがカルトの怖さなのですが、ひょっとしてこれは私たちが気づかずにいる世界そのものなのかもしれません。
その内部にいなくても私たちの多くは、根拠のない信頼をネットに寄せ、個人情報を惜しみなく与えています。それが悪用されている可能性など一つも考えずに。
このような力と技術を持った企業が、政治家と結びつけば、どのような悪夢が待っているのかと末恐ろしくなりますが、それも決して突飛な話でないのが怖いところです。
映画はデイヴ・エガーズの原作の精神を忠実に辿りながら、ラストは原作とは違う展開であっと言わせます。
彼らの理念である「透明化」を逆手にとって、有無を言わさぬ証拠を突きつけ、非常に胸のすく思いです。
会場の電源を切っても、スマートフォンという時代の産物が光をもたらすシーンは感動的ですらあります。その光は「No!」の意思表示であり、憑き物が落ちた瞬間の希望の光なのです。
しかし、その手のひら返しのような様子は人間の「熱狂」の怖さも物語っています。
今後益々、SNSは人間の生活と切り離せないものになり、社会はどんどん監視社会になっていくことが予想されます。
その社会をデストピアとして描いた原作に比べて、映画の方はまだその「可能性」を信じています。
理想や人間を信じるのはいつも小説より映画なのです。例えそれが青臭いと言われようとも。
まとめ
幼い頃から注目され、プライベートもあってなきがごとくの経験をしてきただろうエマ・ワトソン。彼女のツイッターアカウントは約2500万人からフォローされているといいます。彼女がメイを演じるのはまさに適役といえるでしょう。
一方、トム・ハンクスがこのような役を演じるのは珍しいと見終えた時思ったのですが、『ザ・サークル』の原作者、デイヴ・エガーズとは、彼の2012年の作品『王様のためのホログラム』をトム・ハンクスが絶賛し、後に彼が主演で映画化されたという縁があったそうです。
エガーズからトムはどうかという提案があり、トムもそれを快諾します。
その縁が仮になかったとしたら、彼はこのオフアーを受けていなかったかもしれません。
しかし、今では彼でないイーモン・ベイリーは考えられないくらいです。弁舌爽やかな彼の演技は勿論のこと、彼の映画歴が、イーモン・ベイリーという男を盲信させるのです。
このような説得力のある配役が『ザ・サークル』の魅力の一つとなっています。
監督のジェームズ・ボンソルトは長編デビュー作『OFF THE BLACK』(2006)がサンダンス映画祭でプレミア上映され、その後の二作『スマッシュド~ケイトのアルコールライフ~』(2012)、『The Spectacular Now』(2015)で同映画祭の審査員特別賞を受賞。
『人生はローリング・ストーン』(2015)では、インディペンデント・スピリット賞の二部門にノミネートされました。
Netflix制作の話題のテレビドラマ『マスター・オブ・ゼロ』のファーストシーズン第1話と3話でも監督をつとめています。
今、最も注目の新鋭監督の一人といっても良いでしょう。今後の作品が楽しみです。