11歳の少年ジュリアンは隔週ごとに別居した父と会わなければいけなくなり、母親の情報を聞こうとしてくる父から母を守ろうとしますが…。
監督は本作でデビューした“第二のグザヴィエ”と呼ばれる俊英グザヴィエ・ルグラン。
家庭内暴力の恐ろしさを描いたある意味ホラーな一作です。
フランス映画だからと文芸的作品を期待していると強烈なパンチを食らわしてくる衝撃的映画です。
映画『ジュリアン』の作品情報
【公開】
2019年(フランス映画)
【原題】
Jusqu’a la garde(英題:CUSTODY)
【監督・脚本】
グザヴィエ・ルグラン
【製作】
アレクサンドル・ガヴラス
【撮影】
ナタリー・デュラン
【キャスト】
レア・ドリュッケール、ドゥニ・メノーシェ、トーマス・ジオリア、マティルド・オネヴ
【作品概要】
フランスで社会問題となっているDVを扱った映画。
離婚調停で共同親権となった両親の間で揺れる息子ジュリアンを描きつつ、物語は意外な方向へ梶を切っていきます。
2012年に短編映画『すべてを失う前に』を発表したグザヴィエ・ルグラン監督は本作で長編デビュー。
同一キャストが本作にも出演しています。
映画『ジュリアン』のあらすじとネタバレ
夫アントワーヌの家庭内暴力が原因で離婚したミリアム。
判事に呼び出され、お互いの弁護士も同席しながら娘のジョセフィーヌと息子のジュリアンの親権について話し合っていました。
アントワーヌには、かつてジョセフィーヌに暴力をふるった過去があるため、姉弟揃って父親のことを嫌っています。
しかしミリアムが失業中ということもあり子供たちの親権は共同になり、まだ小学生のジュリアンは隔週の週末にアントワーヌと会わなければいけなくなります。
ミリアムもアントワーヌも別居してからはお互いの実家に暮らしていました。
最初の面会の週末、アントワーヌは車でジュリアンを迎えにやってきますが、ジュリアンは体調が悪いと言って逃れようとします。
しかしアントワーヌはミリアムに取り決めを守らないなら訴えるといって無理やりジュリアンを連れてこさせました。
実家で祖父母に会ってもジュリアンは浮かない顔で過ごします。
ミリアムの実家の前に戻った際、アントワーヌはミリアムと話をさせてくれと言いますが、母は今いないと言い張るジュリアン。
アントワーヌはミリアムの連絡先を聞きますが、ジュリアンは携帯ではなくミリアムの実家の番号だけを教え、アントワーヌは仕方なくその番号を通じてミリアムと話します。
その頃、ミリアムは別のアパートに新居を用意しており、アントワーヌから離れるつもりでした。
ジョセフィーヌはすでに両親の問題には興味がありません。
その次の面会日、ジュリアンは相変わらず複雑な表情でした。
アントワーヌはジュリアンの言葉の端を捉えて彼に詰問を繰り返し、アントワーヌの父はそんな息子を諌めようとしますが、元々短気な2人は口論になってしまいます。
父は「お前はいつもそうだ!なんでもぶち壊してしまう!子供たちが会いたがらないのは当然だ!」と怒鳴りました。
アントワーヌはジュリアンを連れて実家から車を走らせます。
彼はジュリアンの態度を不審に思っており、ミリアムの連絡先を教えないのも彼女が引っ越そうとしているのを隠しているのではと見抜いていました。
彼は突然怒鳴り、ジュリアンを彼らの新居まで案内させます。
ジュリアンは嘘の道を教え、車が停まって降りてから隙を突いて逃げ出します。
アントワーヌは追いつけずに諦め、しばらくして戻ってきたジュリアンに「俺だって毎回揉める気はない」と彼を家まで送り届けました。
しかし、実家に戻るとアントワーヌの父は息子に愛想を尽かし、彼の荷物を全て外に出していました。
アントワーヌは母親とも口論し、売り言葉に買い言葉で家を出て行ってしまいました。
映画『ジュリアン』の感想と評価
フランスでは離婚した場合、子供の親権は夫婦の共同となることが多く、それが家庭内暴力の温床になっていると社会問題になっています。
人権感覚では非常に進んでいる印象のあるフランスですが、3日に1人は女性が家庭内暴力、所謂DVで死亡しているとの恐ろしいデータまであるんです。
グザヴィエ・ルグラン監督はインタビューでこのようなことを言っています。
「DVはフランス以外でも深刻化している問題です。映画にすべき普遍的なテーマだし、フィクションで作ることでより心に訴えるものになると思った。」
その言葉通り、彼は長編デビュー作として2017年に本作を作りましたが、社会問題を扱っていながらもジャンルはホラーと呼んでも良いものになっています。
ルグラン監督は本作を撮る際に参考にしたと言うある有名映画のタイトルを答えています。
ルグラン監督が参考にしたホラー映画
参考映像:『シャイニング』(1980)
1980年公開、鬼才スタンリー・キューブリック監督の名作ホラー『シャイニング』。
雪に閉ざされたホテルでとある一家が怪異に巻き込まれる作品ですが、物語の根底には人生に行き詰った父親による家庭内暴力の闇が描かれています。
その家族間に生じたひずみに霊的存在が付け込んで惨劇を起こしていくのが、ルグラン監督がリスペクトした『シャイニング』です。
本作『ジュリアン』は怪現象も特殊な舞台立ても一切ない、世界中どこにでもありそうな町の風景と何の変哲もない家を舞台に、心底恐ろしい家庭内暴力の実態を描きました。
オープニングの事務的かつあっさりした離婚調停で共同親権が決まってしまう場面にも面喰らいますが、本作の恐ろしさに一番寄与しているのは父親アントワーヌを演じているフランスの名優ドゥニ・メノーシェでしょう。
映画ファンなら『イングロリアス・バスターズ』(2009)の第一章で“ユダヤ人をかくまって尋問されるフランス人農夫を演じたあの人”と言えばわかるはずです。
熊のような恐ろしい風貌で暴走していく後半の演技はもちろん、前半の必死で理性を働かせようとして努力しているさまや、自分を愛してくれない家族、ままならない人生や自分自身に対する葛藤も見事に表現しています。
この映画が恐ろしいのはこの父親アントワーヌを理解不能な人物として描いていないところです。
彼の気持ち、事情、おそらくは昔よりは改善されているであろう点などがしっかり映画内で提示されているにも関わらず、結局終盤には血が凍るような凶行に及んでしまい、容赦なく裁かれます。
ここはどんな事情があっても家庭内暴力は許さないという監督の断固たる思いが現れている部分です。
猟銃を持ち出してしまうという映画的飛躍はありますが、感情表現が苦手で、愛する家族に拒絶され、家も追い出され、自分の怒りをコントロールできない彼のことを完全に自分と切り離して見られる人は少ないのではないでしょうか。
アントワーヌの気持ちも痛いほど伝わってきて、彼には何か救いはないのかと思っている矢先に、ラストのホラー展開がやってくるので、観客はより戸惑い恐怖を覚えます。
93分しかない上映時間にもかかわらず、終盤のアパート襲撃のシークエンスは比重が大きい上に体感時間も長く感じます。
ジュリアンたちが早く警察が来てくれるよう祈っているように、我々も早くこのシーン終わってくれ!と思ってしまう心底恐ろしい場面です。
そしてその後の顛末も一切描かれず映画は終了。
この突き放したような作りが逆にいつまでも心に残ります。
ジュリアン役のトーマス・ジオリアに注目
姉のジョセフィーヌがトイレで妊娠検査薬を使い、彼氏のサミュエルとの子供を身ごもったことがわかる場面があります。
その後どうなったのか描かれていないんですが、このように特段期待もされない、予期せぬ命の誕生もあるという事が身も蓋もなく描かれているのも容赦ない部分でもあります。
デビュー作ゆえの歪なところも含めて忘れがたい映画です。
映画的な工夫も多く、ジュリアンからの目線で強大な父アントワーヌを見上げるようなカメラワークも非常に恐ろしいですし、本作でデビューしたジュリアン役のトーマス・ジオリアの怯える演技も非常にリアル。
今後に期待な子役です。
まとめ
スリラーとしても苦いホームドラマとしても秀逸な一作。
ヘビーな映画ですが、誰にとっても無関係とは言いがたい問題を描いており、必見です。
このような社会問題を恐怖として扱う映画はどの国でもいくらでも作れるので、今後も積極的に取り組んでくれることを期待します。