母親と娘、それぞれの目線で語られる親子をつなぐ母性とは?
女子高生が自宅の庭で死亡する、ショッキングな事件が発生したことで語られる「ある出来事」を、母と娘それぞれの証言で構成されるミステリードラマ『母性』。
同じ出来事が、母親のルミ子と娘の清佳、二人の目線を通して語られる内容なのですが、語り手が違えば伝え方も変わってくるという、なかなか面白い構成になっています。
タイトルにもなっている「“母性”とは一体何なのか?」を痛烈に問いかける、本作の魅力をご紹介します。
映画『母性』の作品情報
【公開】
2022年映画(日本映画)
【監督】
廣木隆一
【脚本】
堀泉杏
【キャスト】
戸田恵梨香、永野芽郁、三浦誠己、中村ゆり、山下リオ、高畑淳子、大地真央、吹越満、高橋侃、落井実結子
【作品概要】
ベストセラー作家で「告白」などの作品でも知られる、湊かなえの同名小説を映画化したミステリードラマ。
生粋の箱入り娘であるルミ子を、映画『デスノート』でデビューして以降「SPEC 警視庁公安部公安五課 未詳事件特別対策係事件簿」シリーズなど、数々の映像作品で活躍している戸田恵梨香が演じています。娘の清佳を演じる永野芽郁は、映画『俺物語!!』(2015)でヒロイン役に抜擢されて以降、注目されている若手女優です。
ルミ子の夫になる哲史を三浦誠己が演じる他、高畑淳子や大地真央など、実力派の俳優が出演する本作を監督したのは、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(2017)の廣木隆一。
映画『母性』のあらすじとネタバレ
女子高生が自宅で自殺するという事件が発生。母親が発見者であることから、事件は話題になります。
教会の懺悔室に訪れたルミ子は、神父に娘とのことを話し始めます。
母親から深い愛情を受けて育てられたルミ子は、絵画教室をキッカケに、田所哲史と出会います。
ルミ子は当初、哲史の絵が嫌いでしたが、最愛の母親が哲史の絵を褒めたことから、哲史と交際を始めます。
3回目のデートでプロポーズを受けたルミ子は、哲史の両親と会いますが、哲史の母親はルミ子に冷たい態度を取ります。
これまで、大人に嫌われたことがなかったルミ子はショックを受けますが、ルミ子の母親は「あなたは太陽なのよ」と、ルミ子を励まします。
さらに、哲史の幼馴染である仁美から、ルミ子は結婚に関して反対されます。
ルミ子は哲史に「私とどんな家庭が作りたい?」と聞いた際、哲史から「明るい家庭」と答えが返ってきたことで「母親と同じ価値観」であると確信し、ルミ子は哲史との結婚を決意します。
それから、ルミ子と哲史は森の中にある一軒家で暮らすようになります。
ルミ子がどんなに料理や家事を頑張っても、哲史は褒めてくれません。
ですが母親は褒めてくれるため、ルミ子はさらに頑張るようになります。
ある日、急な吐き気に襲われたルミ子は、自身が妊娠していることを知ります。
映画『母性』感想と評価
ある事件を通して、母親と娘、2人の目線で真相が語られる映画『母性』。
本作は、前半と後半で大きく雰囲気が変わっています。
まず前半では、20代のルミ子が哲史と出会い、結婚し清佳を出産、育てるまでが描かれています。
愛情豊かな母親に育てられたルミ子は、究極の箱入り娘という感じなのですが、ルミ子の母親を演じる大地真央の存在感が凄く、上品すぎて生活感を一切感じさせない、聖母のような母親像を作り上げています。
更に、絵画教室を通じて出会う哲史ですが、無口でミステリアスな雰囲気を持っており、カッコいいのですが、どこか現実離れした空気を纏っています。
結婚後も、ルミ子と哲史が住む住居「夢の家」が森の中にあるなど、前半パートは、どこかメルヘンチックで、現実感の無い雰囲気が特徴的です。
娘の清佳が産まれて以降も、ルミ子の愛情は母親に向けられており、母親に言われて仕方なく清佳を可愛がっているようにも見えます。
前半パートは、母親になったルミ子と幼少期の清佳、2つの目線で語られているのですが、何よりも母親の愛を重視しているルミ子に、哲史は早くも愛想を尽かしているようで、清佳目線での夫婦は完全に冷め切っています。
前半パートは、ルミ子の最愛の母親の死と「夢の家」の崩壊で終了し、後半パートから哲史の実家へと舞台が移ります。
哲史の母親で、ルミ子の義母を演じる高畑淳子が、ルミ子の母親とは正反対の口うるさい農家の姑を演じており、ここのギャップも注目です。
また、前半では無口でミステリアスな雰囲気だった哲史は、実家に戻って以降は肩身の狭さからか、何も喋らなくなり、同じ無口でも「ミステリアス」というより、ただの「頼りない夫」として描かれています。
メルヘンチックだった前半と打って変わり、後半は田舎で姑にいびられるという、やたら現実的な雰囲気に変わっていきますが、ここでもルミ子は「良い娘」として認められることに必死で、清佳のことを考えようとはしていません。更に哲史の浮気も重なり、ついに清佳は首吊り自殺を図ります。
本作の冒頭は首吊り自殺をした、女子高生の場面から始まるのですが、「この女子高生が清佳と思わせておいて、実は別人」という仕掛けがされています。
清佳は命を取り留め、その後教師になっていました。冒頭の女子高生の首吊り事件は、同じ経験を持つ清佳が、母親との記憶を回想するキッカケになっています。
清佳は成長することで両親を受け入れ、ルミ子も母親らしくなっています。清佳も新たな命を授かって「ハッピーエンド」のように見えますが、気になる点がいくつもあります。
まず、大人になった清佳は「真面目過ぎて遊び心がない」性格で、居酒屋で隣の席で飲んでいた客に「串を入れる筒があるのに、なんでジョッキに串をいれるんですか?衛生的にどうなんですか?」と聞き、不快な思いをさせています。
高校時代から清佳の「遊び心のなさ」は問題となっており、クラスでおちょくられていた女子を助けたように見えて、実は清佳が一番嫌がられていたという場面があります。
しかし、ルミ子に学校でのことを話す時は「クラスの女子を助けた」としか言っていません。つまり清佳もルミ子と同様に、自分に都合の良いように現実を認識する部分があるということです。
また、妊娠した清佳にルミ子がかけた言葉は、完全に母親の受け売りです。ルミ子の中に愛する母親が今も残っていることは確実で、ルミ子は清佳への母性本能が芽生えたというより、母親と同じ存在になろうとしているだけのように見えます。
母親になる清佳も、遊び心のない性格という問題を抱えており、本当に母性本能に目覚め「良い母親」になれるのか疑問が残ります。
などなど、映画『母性』は一見爽やかですが、何かモヤモヤするエンディングが印象的です。
まとめ
「母性本能」をテーマにした本作は、メインの登場人物は全員強い女性です。男性の登場人物もいますが、全員が影が薄く、特に哲史は最後には、母親からも忘れられている程です。
子供が産まれることで、女性は娘から母親に成長し、その中で備わるのが「母性本能」と、本作では語られていますが、男性は成長しないんですよね。
「父性本能」という言葉も一応ありますが、あまり一般的には聞きません。それほど、男性は成長しないということです。
そう考えると母と娘の関係性は、男性には全く理解できない部分で、だからこその怖さがあるのかもしれません。
映画『母性』は、見事な2部構成に加え物語内の仕掛け、そしていろいろ解釈できそうな場面と、見応えのある作品に仕上がっています。
母娘だけでなく、誰かに依存する「依存体質」の人はどこにでもいますので、そういう目線で見ても面白いのではないでしょうか?