「愛の世界への執着」をテーマに独自の世界観を築き上げた女性監督たち
今回ご紹介するのは、日本を代表する女性監督たちが描く愛の世界への執着。
様々な愛のかたちにスクリーンを越えて心を揺さぶる作品ばかりを選びました。
多彩な愛が結晶された素晴らしい5作品に心ゆくまで浸ってゆきましょう。
CONTENTS
【愛の世界への執着】①『光』/河瀨直美
映画『光』の作品情報
【公開】
2017年(日本・フランス・ドイツ合作映画)
【脚本・監督】
河瀨直美
【キャスト】
永瀬正敏、水崎綾女、神野三鈴、小市慢太郎、早織、大塚千弘、大西信満、堀内正美、白川和子、藤竜也
【作品概要】
監督は劇場映画デビュー作『萌の朱雀』(1997)でカンヌ国際映画祭カメラ・ドールを史上最年で受賞し、『殯の森』(2007)では同映画祭にてグランプリを獲得した河瀨直美。
本作は、河瀨直美監督と永瀬正敏がタッグを組み、ヒロインに水崎綾女を迎えた珠玉のラブストーリーです。
また、三谷幸喜や井上ひさしらの舞台にて活躍する実力派女優の神野三鈴、日本を代表する藤竜也といった役者が脇を固めています。
映画『光』のあらすじ
音声ガイドの仕事をする美佐子(水崎綾女)は、とある仕事をきっかけに弱視のカメラマン・雅哉(永瀬正敏)と出会います。
雅哉との時間を過ごす中で彼の葛藤を垣間見え、大事なものを失わなければいけない悲痛の思いに寄り添う美佐子が見た先は…。
障害を越えて普遍的な愛への物語
ある映画監督が撮った作品に音声ガイドをつけるという仕事をする主人公の美佐子。
劇中で何度も流れる映画と本編のストーリーが絡まり合い進行していきます。
映画の中の映画を観ていることで、まるで映画館で映画を鑑賞している錯覚を思い起こさせ、本来のフィクションがいつのまにか自己の内面にするりと入り込んでいく感覚に陥っていきます。
入り子構造のストーリーだからこそ、弱視のカメラマン・雅哉に立ちはだかる目が見えなくなっていく境地に距離を感じることなく寄り添えます。
また、各所に散りばめられた眩い光やざらついた砂といったテクスチャ、雅哉が手の感触を頼りに生活しているショット、美佐子がなぞる指先といったショットの連なりが、主人公たちの手の届かないモノへの美しさと喪失感を映し出します。
傷を抱えながらも寄り添う美佐子と雅哉が見た光とは?
タイトルの『光』に込められたその光に魂を揺さぶられることでしょう。
【愛の世界への執着】②『ふがいない僕は空を見た』/タナダユキ
映画『ふがいない僕は空を見た』の作品情報
【公開】
2012年(日本映画)
【監督】
タナダユキ
【キャスト】
永山絢斗、田村智子、原田美枝子、窪田正孝、三浦貴大、小篠恵奈、田中美晴、銀粉蝶、梶原阿貴、吉田羊、藤原よしこ、山中崇、山本浩司
【作品概要】
本屋大賞2位に選ばれ、さらに山本周五郎賞を受賞し話題をさらった窪美澄の小説を原作とした『ふがない僕は空を見た』。
監督は『百万円と苦虫女』(2008)に日本映画監督協会新人賞を受賞したタナダユキ。本作はタナダユキ監督の4年ぶりの長編映画です。
主演には『海辺の生と死』や『泣き虫しょったんの奇跡』などで色彩豊かな演技を見せる永山絢斗。『血と骨』や『隠し剣 鬼の爪』で確かな演技力を高く評価される田村智子。
映画『ふがいない僕は空を見た』のあらすじ
高校生の卓巳(永山絢斗)は、友人に誘われて行った同人誌のイベントであんずと名乗る里美(田村智子)と知り合います。
卓巳は、里美の長年憧れていたアニメの主人公・むらまさに似ていました。
いつしか二人は逢引きを重ね、アニメのコスプレをして情事に溺れていく、卓巳と里美だったが、ある事件をきっかけに事態は変わっていく…。
生きてこその愛
日常に潜んでいるどうしようもなくヒリヒリとすることを繊細なタッチで描いたタナダユキ監督。
本作は、卓巳と里美がアニメのコスプレをして情事を重ねながらストーリーが展開していきます。
アニメ好きの主婦・里美は、コスプレという仮装に身を包むことで目を背けたい日常から逃避している。そして、卓巳のまわりの人たちもまた、人生に纏わりついてくる出来事を受け入れたくないともがいています。
そこはかとなく漂う虚ろな日常が物語の中を漂いはじめ、ある出来事をきっかけに露になる現実と向き合っていく。「やっかいな日常」、「否応なし続く日々」と対峙する主人公たちが目にするものとは何でしょうか?
ぜひとも、絶望感から解放される瞬間に立ち会ってみてください。
【愛の世界への執着】③『そこのみにて光輝く』/呉美保
映画『そこのみにて光輝く』の作品情報
【公開】
2014年(日本映画)
【監督】
呉美保
【キャスト】
綾野剛、池脇千鶴、菅田将暉、高橋和也、伊佐山ひろ子、火野正平、田村泰二郎
【作品概要】
不遇の作家・佐藤泰志が残した唯一の長編小説を基に映画化した『そこのみにて光輝く』。呉美保が監督を務めた本作はモントリオール世界映画祭ワールド・コンペティション部門にて最優秀監督賞を受賞など国内外の名賞を獲得しました。
主演には『夏の終わり』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞した綾野剛、そしてヒロインには池脇千鶴。本作では深い情感の演技をみせ、日本アカデミー優秀主演女優賞を受賞。
映画『そこのみにて光輝く』のあらすじ
函館の港町。ある出来事をきっかけに仕事を辞めた達夫(綾野剛)は、することもなくパチンコ屋に入り浸っていました。
そこで一本のライターをあげたことで拓児(菅田将暉)と知り合います。
ライターのお礼にと拓児に誘われた場所は、海岸沿いに佇む拓児の実家・バラックでした。
そこに住む拓児の姉・千夏(池脇千鶴)と出会い、次第に心惹かれ合うのだが…。
一筋の愛を求める純愛ストーリー
佐藤泰志が残した青春の残酷さと美しさを集結させた小説を、呉美保監督が生々しくも丁寧に描き出した『そこのみにて光輝く』。
愛を見失った男・達夫と愛を諦めた女・千夏が出会い、惹かれ合う二人に幾度となく立ちはだかる非情な現実。それでも、もがきながら愛をつかもと生きる姿が舞台となった函館の風景と美しくもはかない情景を映し出していきます。
重々しく展開していくストーリーの中に、荒くれものだけれど無邪気で憎めない拓児のキャラクターが際立っています。
男女の愛だけではなく、達夫と拓児の間に生れる兄弟愛のような絆が物語を奥深いものにし、観客を捉えて離さなく心にずしんと残る作品になっています。
作品のメインに使われている写真には、一筋に照らされた朝日に映る男女の姿が映っていますが。その照らされた先を見つめる二人がどうなったのか、ぜひ映画の世界に浸って見届けてみてください。
【愛の世界への執着】④『さくらん』/蜷川実花
映画『さくらん』の作品情報
【公開】
2007年(日本映画)
【監督】
蜷川実花
【キャスト】
土屋アンナ、椎名桔平、成宮寛貴、木村佳乃、菅野美穂、安藤政信、市川左團次、石橋蓮司、永瀬正敏、夏木マリ、美波、山本浩司、小池彩夢、山口愛、遠藤憲一
【作品概要】
安藤モヨコの人気漫画作品『さくらん』を本作が映画デビュー作となる蜷川実花が手掛けました。
主人公の花魁を演じるのは、『下妻物語』で日本アカデミー賞新人賞をはじめとする映画賞を総なめにした土屋アンナ。
脚本をタナダユキ、映画音楽には椎名林檎、劇中の着物デザインをテキスタイルデザイナーの谷川みゆきが手がけ、独特の世界観を醸し出しています。
映画『さくらん』のあらすじ
吉原遊郭の玉菊屋に売られてきた少女・きよ葉(土屋アンナ)。
トップの花魁・粧ひ(菅野美穂)に世話になるのだが、女だけの世界に怖気づけ逃亡しようとするもすぐに捕まってしまいます。
きよ葉は、逃れられない運命に翻弄されながらも、勝気な性格と美貌を武器に玉菊屋の人気遊女に這い上がっていきます。
やがて、お客としてきた青年・惣次郎(安藤政信)と恋に落ちるのだが…。
哀しみと歓び渦巻く愛憎劇
江戸の吉原遊郭。女と女、男と女がだまし合う色町に繰り広げられる愛憎劇を豪快に、かつ妖艶に描いた安藤モヨコの人気コミック『さくらん』を独自の色彩美で映し出した蜷川実花監督。
主人公・きよ葉は、玉菊屋に売られてきた少女の時から、ふてぶてしく負けん気だけは強い。けれど健気な面も持ち合わせ、まわりの遊女たちや花魁の生き様を目のあたりにして成長していきます。
スクリーンの隅々まで技巧を凝らした色彩配色が艶やかな遊女の人生と相まり、途端に遊女の世界に引き込まれるはず。
また、廓言葉(遊女たちが使う言葉遣い)のセリフからも表ざたにできない心情を含み、作品の世界観を表わしています。
男の性を見下し技笑いながらも、男に尽くし、本気で惚れた男を心底愛して身を投げうる覚悟で愛を貫こうとする。その女気に力強さを感じずにはいられません。
哀しみと歓びの先にある女・遊女の世界で新たな愛を発見してみてはいかがでしょう。
【愛の世界への執着】⑤『0.5ミリ』/安藤桃子
映画『0.5ミリ』の作品情報
【公開】
2013年(日本映画)
【原作・脚本・監督】
安藤桃子
【キャスト】
安藤サクラ、津川雅彦、柄本明、坂田利夫、草笛光子、織本順吉、木内みどり、土屋希望、井上竜夫、東出昌大、ベンガル、角替和枝、浅田美代子
【作品概要】
安藤桃子監督自身が書き下ろした小説『0.5ミリ』を脚色し映画化されました。
主人公は、『かぞくのくに』や『百円の恋』で主演を務め、監督の実妹でもある安藤サクラ。
主人公のサワと出会う老人たちには、坂田利夫、津川雅彦、草笛光子、柄本明らの豪華なメンバーが集結。
映画『0.5ミリ』のあらすじ
介護のヘルパーとして働くサワ(安藤サクラ)は、ある日派遣先の家族から「冥土のお土産におじいちゃんと寝てあげてくれない?」と頼まれます。
サワは、添い寝だけだったらと、一夜を共にすることになるのだが、思わぬ事件へと巻き込まれ、仕事も住む家も失ってしまいます。
無一文で街をさまようサワが出会ったのは、ワケありの老人たちでした。
そして、彼らの生活に押し入り、おしかけヘルパーとして生活を共にするのだが…。
ハードボイルドな女が突き進む愛の道
介護ヘルパーのサワがある事件をきっかけに突如崖っぷちに立たされます。
身一つで路上に投げ出されたサワは、憂いに沈むわけではなく出会った老人たちの世話を買って出て、おしかけヘルパーとして生きていく様をハードボイルドな人情劇として仕上げた『0.5ミリ』。
安藤姉妹が仕掛ける前代未聞のドラマに序盤からのみ込まれていくことでしょう。
上質なユーモアを散りばめ、爽快に突き進んでいくストーリーは、3時間を越える作品とは感じさせないほど、見入ってしまいます。
もし長尺を敬遠して観ていないという方がいたら、どうか観ていただきたい作品です。
主人公のサワがたまらなく魅力的。少女のような天真爛漫さを持ちながら、老人たちを時に母親のように叱咤し、時には恋人のように寄り添い、また妻のような眼差しで見つめるサワに目が離せなくなります。
ワケあり、クセありの老人たちもまた、どこか憎めなく愛くるしい。
はじめは疎ましく思うサワの言動を生活をともにしていく中で、老人たちは老い木に花咲くように枯れかけた命を再生していく姿は、革命とも言えるほど華々しく映し出されています。
広大な愛を持って見つめるその視点をぜひご覧ください。
まとめ
5人の日本女性監督が描く愛の世界をご紹介しましたが、いかがでしたか?
愛のかたちは違えど、女性監督ならではの繊細さと強さを兼ね備えた愛の執着へのリアリティが見えてきます。
どんなことが起ころうとも飽きることなく愛を求める執着こそが女の性かもしれませんね。
そして、女性が本能的に持ち合わせている真の強さそのものが愛の世界を形作っているのかもしれません。
どうぞ普遍的な愛から純愛、愛憎、仁愛まで様々な愛の形をごゆっくりご堪能ください。