現実と夢の狭間でもがく恋人たち
『君の膵臓をたべたい』(2017)『東京リベンジャーズ』(2020)の北村匠海主演で描く若者の恋と葛藤を描く青春ストーリー。監督を松本花奈が務めます。
共演は黒島結菜、井上祐貴。
若者たちの苦く切ない、けれどもキラキラと光る時間と恋がリアルに映し出されます。
明け方まで笑い合い、語り合った頃の輝きが、観る者すべての胸に切なく蘇る作品です。
CONTENTS
映画『明け方の若者たち』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【原作】
カツセマサヒコ
【監督】
松本花奈
【脚本】
小寺和久
【編集】
高良真秀
【出演】
北村匠海、黒島結菜、井上祐貴、山中崇、楽駆、菅原健、佐津川愛美、高橋ひとみ、濱田マリ
【作品概要】
WEBライターのカツセマサヒコによる長編小説デビュー作を、自身も俳優として活動するほか『ホリミヤ』(2021)、『脱脱脱脱17』(2017)などを手掛ける若手監督・松本花奈が映画化。
主演は『君の膵臓をたべたい』(2017)『東京リベンジャーズ』(2020)の北村匠海。
主人公が恋に落ちる女性を、NHK朝ドラ『ちむどんどん』でヒロインを務めた、『カツベン!』(2019)の黒島結菜、親友の尚人を井上祐貴が演じます。
映画『明け方の若者たち』のあらすじとネタバレ
2012年4月。就職が内定し、明大前の沖縄料理屋で退屈な飲み会に参加した僕は、彼女と出会いました。携帯がみつからないという彼女のために、僕が番号を鳴らしてやると、携帯はすぐにみつかります。彼女はそのままひとり先に店を出ました。
その後、僕の携帯に彼女から「私と飲んだ方が、楽しいかもよ?」という誘いの連絡が入ります。
指定されたクジラ公園で待っていた彼女。誘い方があざといと言った僕に、彼女は笑って飲みかけのハイボール缶を渡しました。公園で飲みながら話すうち、彼女が院生で、年上だとわかります。
「俺といたらきっと楽しいよ」と別れ際に言った僕に、彼女はありがとうと答えました。
下北沢のザ・スズナリに演劇を観に行き、中華を楽しく食べ、帰り道ふたりは手をつないで歩き出します。「少し押していいよ」と言われた僕は、朝まで一緒に過ごそうと彼女を誘ってOKをもらいました。
ホテルのベッドでキスしようとした僕は勢いあまって歯に歯をぶつけてしまいます。ふたりは痛いと言って笑ってから、熱く抱き合いました。
付き合いながら僕は印刷会社に、彼女はアパレルに就職しました。研修後に総務に配属された僕は、夢のある仕事ではないことに落ち込みます。営業になった同期の尚人もまた、体質の古い部署に幻滅していました。
映画『明け方の若者たち』の感想と評価
終わりがわかっている恋の魔力
切なさと熱さが入り混じった若き日の青春譚『明け方の若者たち』。恋でも仕事でも、夢と現実の狭間でもがく青年を、人気俳優の北村匠海が演じます。主人公は‟僕”とだけ表現され名前を持たず、私たちすべてを体現する存在として描かれています。
幸せになる恋や、夢を叶える仕事に憧れと希望を持っていたのに、それらすべてを厳しい現実に打ち砕かれる‟僕”。長い年月を経て振り返り、悩み苦しんだその時間もまた愛おしいマジックアワーだったことに気付く姿にも、大きな共感を覚える一作です。平凡な青年の悩みと喜びを北村が繊細に演じています。
主人公の恋の相手を演じるのは若手女優の筆頭・黒島結菜です。彼女もまた‟彼女”という呼び名しか持ちません。
‟僕”と‟彼女”として描かれる恋は、私たちすべての普遍的な物語であると同時に、現実離れしたファンタジックな匂いも醸し出します。
飲み会で‟僕”を誘った‟彼女”は、携帯をなくしたふりをして、探すためにかけてもらって番号をゲットするというあざと女子です。しかし、彼は一瞬で恋に落ち、その晩ふたりはすぐに結ばれます。
実は彼女は出会ってすぐに、自分が既婚者であることを青年にカミングアウトしていることが後半に明かされます。
彼女はあざといながらも純粋な女性でした。愛する夫と心通じ合えないまま遠く離れたことに苦悩し、夫に似た横顔を持つ青年を振り向かせることで寂しさを埋めようとしていたのです。
一方、幼さの残る青年は、彼女が既婚者とわかっても、ひとめぼれした彼女を欲しいという強い思いに逆らえませんでした。目の前のおもちゃやお菓子を欲しがる子どもとさほど変わりません。
スリルある恋を味わいたい気持ちもあったことでしょう。その性格は、工場の事故で切断された指を持って不謹慎ながらも興奮してしまう姿からもうかがい知れます。
終わりがわかっているからこそ、彼女は必死でその時間のきらめきを存分に味わおうとします。冬の花火、夜通し飲んでしゃべって迎える朝、行先を決めずに出かける旅行。それらは「終わってしまうのが寂しい」という思いでさらに輝きを増し、麻薬のようにふたりをとらえて離しませんでした。
火遊びで終わるはずだったのが、思ったより長く続いてしまい、お互い本気になってしまったというのが本当のところでしょう。
これが終わってしまう恋であることは、初めからわかっていました。彼女が本当に愛していたのは最初から夫だけでしたし、青年もまた、奪い取ろうという思いは抱かなかったからです。恋が終わった後、彼はデリヘル嬢に打ち明けます。「2番目でもいいから、会っているときは自分だけを見てほしかった。それだけ。」と。
初めは軽い気持ちで始まった恋も2年もの時を経て熟し、別れは彼の心を深く傷つけることとなりました。しかし、その経験を乗り越えたことで、青年はやっと本当の大人になることができたのです。
過ぎてから気づくマジックアワーの輝き
‟僕”と‟彼女”の恋を見守る、尚人という会社の同期の青年が登場します。彼だけは名前を持って描かれます。
尚人も‟僕”もクリエイティブな仕事をするのだという夢を持って入社しましたが、厳しい現実を前にあっけなくその思いは打ち砕かれました。それでも彼らは飲みの席でオールで企画を出し合ったりして、夢を捨てきれずにいます。
尚人は‟彼女”が既婚者だと知っており、ずっと親友を見守ってきました。終わりがくることは必然だったので、尚人はいつも‟僕”を気にかけ続けます。恋が終わり、会社を休んで音信不通になった時には、すぐに友人の家を訪ねてきて元気づけました。
「温かい甘い物を飲むと人間は落ち着く」そう言ってドリンクを作ってやる彼のやさしさは、‟僕”の胃袋と心に深く染み入ります。その後も彼を飲みに連れ出したりして、現実に引き戻してやりました。
その大仕事を終えてから、尚人は別の会社へ移っていきます。風俗嬢に仕事はなにかと聞かれて思わず「企画」と答えた‟僕”もまた、企画の部署への異動願いを出しました。ふたりで夜通し語り合った夢は静かに根付き、確かに芽吹き始めたのです。
そうやって語り合った夜明けを迎えるまでの時間こそが、自分たちのマジックアワーだったことに気づくふたり。そこには確かに‟彼女”も存在していました。
‟彼女”もまた旅が終わる直前、海を見ながら「魔法みたいな時間だった」と呟きます。
私たちがそのかけがえのない時間を見つめるのは、いつも通り過ぎた後です。失った後だからこそ、その魔法のような時間はまぶしいほどに輝き続けるのでしょう。その輝きのかけらは間違いなく胸に残り、その後もそれぞれの人生を照らし続けるに違いありません。
まとめ
既婚者とわかっていて付き合い始めた恋人達の切ない関係を描くラブストーリー『明け方の若者たち』。主人公の青年は、希望を抱いてきた恋や仕事に厳しい現実が待ち受けていることを思い知ります。
大学生にして不倫を経験したり、工場での事故で切断されてしまった指を見てしまうなどという大変な経験をする人は少ないでしょう。しかし、思い通りにいかない現実にもがく主人公の姿は、間違いなく私たちひとりひとりの姿を映し出しています。
まだ大学で青春真っただ中の方、若くこれから新たに社会に出る方には同時進行的な内容が身につまされることでしょう。それらの時間を通り過ぎてから何年も経つ方は、観終えた後に強く郷愁を呼び起こされるに違いありません。
人生の苦さや切なさとともに、その時代にだけ存在する確かな輝きが掬い取られて描かれており、たまらなく胸を引き絞られるのです。
あなたにとってのマジックアワーはいつだったでしょうか?輝いていた時間を大切に取り出して、もう一度眺めてみたくなる作品です。